小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【90】ライズと爆弾テロ③

 流しの馬車を捕まえてシアターに到着した時、時計はすでに十時を回っていた。

シアターの前は大勢の観劇客でごった返しており、まるで何かの祭りのような人の多さだった。

 

「これは尋常じゃない被害が出るね」

 

どこか面白そうに言うメネシスを睨みつける。

 

「そうならないように処理するだけだわ」

 

しかし自分で言っておいてなんだが、どこから手を付けたものか思いあぐねていた。

理想を言えばここにいる人間全員を避難させた方がいい。

だがどうやったらそんな事が出来るだろうか。

ここで爆弾が仕掛けられているから避難しろと喚いても、頭のおかしい女の迷惑行為として連行されるのは目に見えている。

迷っていても時間は無情に過ぎて行ってしまう。とりあえず中に入って爆弾が仕掛けられた場所を探さなくては。

そう思っていた時、不意に明るい声が聞こえた。

 

「ライズさん! 来てくれたんですね!」

 

顔を上げると、片手を上げたソフィアが人波をかき分けながらこちらに近づいてきているのが見えた。

ようやく私の前まで来ると、ソフィアは満面の笑みを浮かべながら言った。

 

「今日は来ていただき、ありがとうございます」

「初舞台だものね。おめでとう」

 

私は笑顔で答えつつも、内心は焦っている自分に気付いていた。

そんな私の態度に気付いたのかソフィアの声のトーンが僅かに落ちた。

 

「あの、何かありましたか? なんだか落ち着かない様子ですが」

 

せっかくのソフィアの初舞台だと言うのにゼールビスの卑劣なテロ行為などで台無しにしたくはない。

だが万が一の事があった場合、被害に遭うのも他ならぬソフィアだ。

今は一人でも協力者がいた方が効率的かもしれない。

私は困惑の瞳を向けるソフィアに対し、覚悟を決めて言葉を紡いだ。

 

「ソフィア、よく聞いてちょうだい。この劇場に爆弾が仕掛けられているわ」

「え!?」

 

まったく想像もしていない言葉だったのだろう。意味を理解できずにきょとんとした表情をしたソフィアに対し、私は続けて言った。

 

「突拍子もない話しだとは思うけれど、確かな筋からの情報なの。出来れば今すぐここの人たちを避難させた方がいいわ」

 

私は言いながら胸の奥が苦しくなるのを感じていた。

こんな話を信じてもらえるはずがない。

ソフィアにしてみれば私はただのスクールメイトの留学生だ。

自分と同じようなただの女子学生が、爆弾だなんだと騒いでいるのを信じる事など出来るわけがない。

さらに言えば自身の夢への第一歩である初舞台を妨害しようと受け取られてもおかしくない。

自分でももっと上手く信ぴょう性のある説明の仕方が出来ないものかと呆れてしまう。

しかしソフィアは私の瞳を無言でみつめると、力強く頷いた。

 

「わかりました。劇団の主宰に掛け合ってみます」

「え……」

 

今度は私が呆気に取られてしまった。

 

「こんな話……信じてもらえるの?」

 

私の質問にソフィアは、なぜそんな質問をされるのかわからないと言わんばかりの

不思議そうな顔をした。

 

「本当は何がおこっているのか全然わかりません。ですが、ライズさんは嘘や悪戯でそんな事を言う人では無いと知っていますから」

 

強い意志の力を持ったまっすぐな瞳で私をみつめるソフィア。

その瞳の純粋なまでの実直さがそもそも身分を偽っている私の胸に重く突き刺さるが、今はそのソフィアの信頼がありがたい。

 

 

 ソフィアにこのシアターが爆弾テロの標的になっている事、正午に爆破予告をされている事、近衛や区警備隊にも情報は共有されている事等をざっと説明すると、彼女はそれをメモに取って一度劇場の中へと戻っていった。

私とメネシスは一旦外で彼女の結果を待つ形になった。

シアターの前に溢れていた人たちは劇の開演に向けて徐々に減っていったが、それはこのシアターの中に収容されていったという事で、避難させるのにも時間を要するようになってしまうという事だ。

 

こうしている間にも爆破時間が迫ってきている事を考えると、この待ち時間は苦痛でしかないが、表立って動けない立場である以上はここで待つしかない。

シアターの壁にもたれながらソフィアを待っていると、すぐ近くに二頭引きの黒塗りにされた立派な馬車が止まり、そこからジョアン・エリータスが降りて来た。

ジョアンはすぐに私に気付いてこちらに歩み寄って来ると、以前より幾分落ち着いた声で言った。

 

「ライズ君。キミもソフィアの舞台を観に来たのか」

「そんなところよ」

 

おざなりな返事をして適当にやり過ごそうとしたところにソフィアが駆けて戻って来た。

いてもたってもいられず、ジョアンを無視してソフィアに駆け寄る。

 

「どうだった? 避難は開始できそう?」

 

私の質問にソフィアは本当に悔しそうに顔を伏せた。

 

「ごめんなさい、ダメでした……。爆弾テロなんて与太話に付き合っている暇はないと、怒られてしまいました」

 

こうなる事は半ば予想はしていたが、この状況は厳しいと言わざるをえない。

 

「……わかったわ。掛け合ってくれてありがとう」

 

こうなってしまった以上、シアター内に潜入して爆破より先に爆弾を処理する他ない。

少し離れたところで座っていたメネシスに目配せをしてシアターに入ろうとした時、黙っていたジョアンが私の手を取った。

 

「待ちたまえ。避難だとか爆弾テロだとか、一体何の話をしている? ソフィアもキミも、何をそんなに深刻そうな顔をしているんだ?」

 

一刻を争うこの状況でジョアンに時間を取られている場合ではないが、意外にも私の手を取ったジョアンの力強さと、本気で心配をしてくれているような眼差しに少し心が揺さぶられた。

だからという訳ではないが、思わず口が滑ってしまった。

 

「シアターに爆弾テロの予告があるの。ソフィアが劇団の主宰に避難を掛け合ってくれたのだけれど、取り合ってもらえなかったという話よ」

 

私の言葉にジョアンは明らかに怪訝そうな顔をして隣のソフィアを見た。

ソフィアは俯いたままわずかに頷いた。

これが普通の反応だ。

こんな話を誰も信用するはずがない。

一刻も早く爆弾を探しに行くべくジョアンの腕を振り解こうとした時、彼は至って真剣に言った。

 

「劇団アガサの主宰はロバート・クリスティだったな。彼とは面識がある。僕が話をしよう」

 

予想外のジョアンのセリフに、私は思わず立ち尽くしてしまう。

だがジョアンは冷静かつ真面目な面持ちで続けた。

 

「爆破予告の時間は何時だ?」

「正午よ」

 

私の答えに頷くと、貴族らしく威厳に溢れた声で言った。

 

「わかった。では、今から爆弾が本当に仕掛けられているのか捜索する為の許可を得よう」

「待って。私の話を信用するというの? こんな突拍子もない話を?」

 

私の質問に先ほどのソフィアと同じように、ジョアンも不思議そうな顔をした。

 

「疑う理由が何かあるか? 僕の婚約者であるソフィアが信じた事を、僕が信じないわけがあるまい」

「そんな事で……」

 

思わぬ援軍の思いも寄らない言葉に声が詰まる。しかしジョアンは声も高らかに続けた。

 

「それに、ライズ君はこの僕に本気で説教をしてくれた女性だ。そんな人、今まで誰もいなかった。信用するには十分過ぎる理由だと思うがね」

「ジョアン……!」

 

ソフィアが感極まった声を上げる。

ジョアンはそんなソフィアに少しだけ照れ臭そうな視線を投げつつ、言葉を続けた。

 

「仮に爆弾が見つかってもみつからなくても、予告の三十分前には観客を全員避難させる」

 

私の知っているジョアン・エリータスとは到底思えない程的確な判断だ。だが……

 

「そんな事、出来るの?」

 

思わずこぼれ出た本音に、ジョアンは肩をすくめてみせた。

 

「キミはこんなに簡単な事も忘れてしまったのか?」

 

そしてその顔に意地悪そうな微笑を浮かべた。

 

「親の威光かもしれないが、僕はエリータスの人間だ。その威光を今使わないでいつ使うと言うのだい?」

 

 

 ジョアンはソフィアに連れられて、すぐに劇団アガサの主宰ロバート・クリスティに話をしてくれた。

ロバートは勿論ジョアンの話に抵抗を示したが、そこは旧家の両翼エリータス家の力だ。

まずはシアター内の捜索だけは渋々許可を取り付ける事に成功した。

 

「どこか目星はついているのか?」

 

シアター内の狭い廊下を足早に歩きながら、ジョアンが聞いてくる。

私は昨日の夜にこのシアターの建築図面を確認しており、その内容を頭に叩き込んでいた。

もしも爆弾を仕掛けるのならば、舞台下の空間。もしくは客席のどこか。そして、天井裏。

客席は爆弾を隠すのには向いておらず誰かの目に触れる可能性が高い。

ならば舞台下か天井裏が疑わしい。

 

「あなたは舞台下を探して。私は天井裏を当たるわ」

「よし、わかった」

「爆弾を見つけたらすぐに教えて。決して手を出したりしないように」

「ふむ」

 

ジョアンが関係者用の廊下を進んでいくのを見送り、隣で心配そうな顔をしているソフィアの背中を軽く撫でる。

 

「心配いらないわ。ジョアンは思ったよりも頼りになる」

「はい……」

 

ソフィアが何の心配をしているのかわからないが、頷く彼女の表情は暗かった。

 

「それよりもあなたは舞台の準備をした方がいいわ。うまく爆弾の処理がすすめば、観衆は何も知らずに舞台を楽しむのだから」

「……はい」

 

浮かない様子で頷いたソフィアは、私の手を取ってきゅっと力を込めた。

 

「無理はしないで下さいね。舞台はどんな形になっても次の機会があります。でも、命だけは一つしかないものだから」

 

わずかに震えているその手を私は優しく握り返した。

 

「わかっているわ。いざとなったら私も避難をするし、一応助っ人もいるし」

 

そう言いながらメネシスの方を見る。

メネシスは退屈そうにあくびをしていた。

 

 ソフィアの背中を押して楽屋の方へ促すと、私達は資材置き場の端にある人一人がようやく通れるほどの細い階段を上り、天井裏へと急いだ。

たどり着いた天井裏の空間は客席で言うところの最後尾の席の頭上のようで、幾筋もの太い丸太の梁が縦横無尽に入り乱れ、その梁にへばりつくように客席の天井となる薄い板材が張り巡らされている。

梁は強度があるし幅もそれなりにあるので人が乗っても大丈夫そうだが、天井の板材に乗ってしまえば、たちどころに穴が開いて客席へと転落してしまいそうだ。

所々天井材の隙間があるようでそこから客席の燐光灯の明かりが漏れていて、埃がちらちら舞っているのが僅かに確認できる。

私の後から上ってきたメネシスが背負っていた荷物の袋の中から例のアルコール燃料のランタンを取り出して火を灯すと、それを私に渡してきた。

 

「さあ、爆弾を探すのはあんたの仕事だよ」

 

私は肩をすくめながらそれを受け取ると、前方に向けてランタンを掲げる。

明るい光が天井裏を照らし、ずっと先の方に舞台の上にぶら下がっている大きなシャンデリアが見て取れた。

メネシスのランタンがあるとは言え薄暗い天井裏の空間を、丸太の梁の上に乗り慎重に舞台側へ向かって進んでいく。

一歩進むごとに左右へ光を照らしながら梁の脇や物陰に国立公園で見つけた爆弾と似たようなものがないか確認する。

不安定な丸太の上をまた少し進みながらランタンを足元に向けていると、数メートル先に不意に見覚えのある四角い箱が現れた。

見つけた、と思い振り返ろうとした瞬間、言い知れない殺気を感じた私はその場から一歩後ろに飛び退いた。

 

からくも飛び退いたその場所に一瞬だが金属の光が走った。

慌てて足を踏み外す事が無いように俊敏だが慎重に退きながらランタンの光を爆弾と思しき箱の先に向ける。

ランタンの明るい光に照らされて、ぼんやりと人の影のようなものが浮かんだ。

見覚えのあるかっちりとしたグレーのツーピースに、暗闇の中でも光を受けて輝くシルバーブロンドの長い髪は三つ編みにして後ろに垂らしている。

絶世の美女という表現がぴったりの美しい顔立ち。

そして頬に長く刻まれた醜い傷痕に隠そうともしない抜身の剣のような殺気。

左手に持ったレイピアを突き出しながら忌々しそうに氷のように冷たい灰色の瞳で私を睨みつけているのは、物騒なシベリアのサーカス団の一人、エレーナ・ロストワに他ならなかった。

 

エレーナはこちらに聞こえるほどの舌打ちをしながらレイピアを構えつつ、一歩進み出る。

私は距離を測りながら革袋からレイピアを引き抜き、同じように構えを取りながら声を投げる。

 

「お久しぶり、シベリアのピエロさん。まだこの国にいたのね」

 

エレーナは答えず、じりじりと前へ出ながら距離を詰めてくる。

国立公園の爆弾に護衛がついていたのでこちらもタダではすまないとは思っていたが、このシベリアの女剣士がいるとは思っていなかった。

そうなると教会の爆弾にも護衛がいる可能性が高いし、その場合は仮面のピエロのバリアニコフがいるのか、若しくは自分の隠れ場所であるからゼールビス本人がいるかもしれない。

だがそれを確認するにもまずはこの状況を切り抜けて爆弾を安全に処理しなければならない。

それに私の思惑がきちんとはまってくれれば教会にはあの東洋人傭兵が行ってくれているはずだ。

私は左手に持ったランタンを静かに足元に置きながら、形になって見えそうなほどの殺気を全身から放つエレーナと対峙する。

今日二度目の生死のやり取りに口の中の渇きを感じてつばを飲み込む。

レイピアの重みに緊張感を覚えつつ、私は必殺の突きを繰り出した。

 

 

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