小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
私の繰り出した渾身の突きをレイピアの側面で受け流しながら距離を詰めて来たエレーナは、私の勢いと自分の勢いを利用してタックルをかけて来た。
普通の平地であれば簡単に避ける事が出来るが、ここは足場の悪い丸太の梁の上だ。
私は咄嗟に全身の筋力を足に集中して横方向に飛び退いた。
わずかにバランスを崩しながらも一メートル強の距離を飛んで、隣の梁に着地をする。
すぐに反撃に移ろうと構えを取りエレーナの方を向いた時、そのエレーナが私の立っている梁に軽やかに飛び移ると同時にすかさず三連続の斬撃を放ってきた。
こちらは体制がまだ整っておらず必死にそれを防ぐのが精一杯だ。
最後の斬撃をしゃがんでかわしながら、後ろへとバックステップを踏んで一旦距離を置く。
エレーナはこちらを文字通り見下しながら基本の構えを取った。
私は一度深呼吸をしつつ、立ち上がって同じように基本の構えに戻る。
今の攻防だけで理解したが、この状況は圧倒的に私に不利だ。
薄暗い環境というのは私もエレーナも同じ条件だが、この足場の悪さだけはエレーナに有利だ。
普段からサーカスの軽業を披露しているエレーナにしてみれば、この縦横無尽に張り巡らされた丸太の梁など、普段のサーカスの足場に比べれば随分と戦いやすい状況なのだろう。
私もバランス感覚については常人のそれよりも優れている自負があるが、この状況ではエレーナと私では大人と子供くらいにレベルが違う事を認めざるを得ない。
だからこそゼールビスはこのシアターという彼のメインターゲットに、この軽業師たるエレーナ・ロストワを配置しているのだ。
何か対抗策を考えなければならない。
この戦闘が長く続けば、不安定な足場で体力も集中力も圧倒的に消費していくだけだ。
私は考える時間を稼ぐためにも、エレーナに声を投げた。
「このままじゃれ合っていれば爆破時間が来て、あなたも一緒に吹き飛ぶわよ。こちらは時間が来る前に観客を避難させる手筈になっているし、そうなればあなた達のターゲットも避難してしまうわ」
私の言葉にエレーナは吐き捨てるように答えた。
「つまらない事を言うじゃないかサリシュアン。お前、この爆弾が時間にならないと爆発しないとでも思っているのか?」
「時限爆弾である事は国立公園の爆弾を処理した時点で判っているわ」
そう、国立公園の爆弾を処理した時点で、メネシスはこの爆弾が時間が来ないと爆発しない制御になっている事を確認していた。
だがエレーナはそんな私の考えなどまるで関係ないかのように、不敵な笑みを浮かべた。
「なぜここの爆弾が国立公園の爆弾と同じ物だと思うんだ? ヴァローナの本命がここだという事はお前もわかっているんだろう?」
私は答えず、彼女の反応を待ちつつも状況を打開できる方法を考える。
エレーナは私に構わずに続けた。
「この爆弾は手動でも爆破出来る。私がそれを起動させれば、その瞬間にここは木っ端微塵だ」
狡猾なゼールビスの事だ。確かに手動爆破できる仕組みを用意していてもおかしくはない。
だが、それを実施するには致命的な欠陥がある。
「そんな事をすれば、あなたも爆破に巻き込まれる。その仕組みは実行できないわ」
エレーナは一瞬驚いたような顔をしたが、その美しい顔に似合わない下品な声で笑いながら言った。
「ご心配どうも、ヴァルファの隊長さん。だが、いらぬ心配だ。爆弾を爆破させ、ターゲットを確実に葬る事が出来るというのなら、私の命など安い物だ!」
「自死も厭わないと言うの?」
「お前は違うのか?」
吐き捨てるように鋭く放たれる言葉。
「お前はヴァルファバラハリアンの為に、命を捨てられないとでも言うのか?」
私は自分でもなぜそうなったのかわからなかったが、一瞬戸惑ってしまったものの声を上げた。
「捨てられるわ。当たり前でしょう!」
「だったら、そんな下らない質問をするんじゃない!」
エレーナが怒りの表情で突きを放つ。
私はそれを防ぎながら、不安定な足場から落ちないよう慎重に体重の置き場を探る。
「ぬるい! ヴァルファバラハリアン!!」
すかさずエレーナが力任せに膝蹴りを放ち、私がそれに反応した時には膝が私のみぞおちに食い込んでいた。
激しい痛みとともに胃がひっくり返るような感覚を味わいながら、それでも必死に距離を取る為に後ずさる。
真っ直ぐに立つことが出来ず、立ち膝で必死にエレーナに対峙する。
エレーナは先ほどと同じように、だが今度は侮蔑の表情もありありとこちらを見下していた。
「お前には覚悟というものが足りないようだな、サリシュアン」
何かを言い返そうとしたが、みぞおちの激しい痛みで呼吸もままならず、言葉が出てこない。
「私は祖国の為、祖国に生きる人々や仲間の為なら、喜んでこの命を差し出すよ」
そう言いながらエレーナはレイピアの切っ先をこちらに向けた。
「所詮お前たち傭兵は大義もなく金で動くだけの薄汚く卑しい犬だ。餌さえもらえれば誰にでも尻尾を振る」
私は痛みをこらえながら必死に息を継ぎつつも反論した。
「わ、我がヴァルファバラハリアンを侮辱する事は許さない」
「へえ」
エレーナの顔に浮かんでいた侮蔑の表情が、見る間に真っ赤な怒りの表情へと変わっていった。
「誰にでも尻尾を振る犬ころと何が違うと言うんだ、サリシュアン。お前らヴァルファバラハリアンが私の故郷を、私の村を焼き払い、私の家族を虐殺し、略奪の限りを尽くしたのは大義があったからだと、お前らの中に正義があったからだとでも言うのか!?」
このエレーナ・ロストワの過去にヴァルファバラハリアンと何があったかはわからない。
そして、ヴァルファがいつでも正しい行いをしているわけではない事もわかっている。
我々は傭兵部隊だ。
私が知りえないところで、彼女の言うような略奪行為や非道な行いがあったであろう事は否定できない。
だが我々は、私の父は、誇り高く気高い騎士だ。
傭兵である前に自分の信念に基づき剣を取る、まごう事なき騎士なのだ。
そしてその娘たる私も騎士だ。
その父の信念の為に命を捨てる事など恐れる事ではない。
痛む体をなんとか奮い立たせ、自分でも無様だと思いながらも力なく立ち上がる。
「それは……あなた達も同じでしょう。他国に侵入し、爆弾テロで無関係な人々を虐殺しようとしている」
「お前ら犬どもと同じにするな! 私は祖国の為、祖国に生きる人の為に行動しているのだ!!」
私の言葉に逆上したエレーナは必要以上の大振りで斬りかかってきた。
いくらダメージを負っていてもこんな大振りで斬られてやるほど腑抜けてはいない。
私はそれをかわしながら元々いた隣の梁へと飛び移った。
着地と同時にしゃがんで、そこに置いていた鞄の中から素早くいつものダガーナイフを取り出した。
そして右手のレイピアを前に突き出し、左手のナイフは切っ先を相手に向けた上段に構える。
その構えを見たエレーナのレイピアが警戒心からわずかに揺れた。
レイピア使いならこの二刀の意味をよく理解しているはずだし、その怖さも知っているはずだ。
このレイピアという武器は他の剣を寄せ付けない圧倒的なリーチと、刀身の長さを活かした突き主体のスピードが持ち味の武器だ。
だがその刀身の長さ故、接近戦になった時に不利になるのは避けられない弱点もある。
その弱点を解消する為に左手に私のようなダガーナイフやマインゴーシュのような短い武器、もしくは楯やマントなどを持って戦うのは近代の実践剣術で浸透し始めていた。
もちろん両手で武器を操る事によるスピードの低下や、複雑化する動きに求められる技量のレベルが上がるなどのデメリットもあるが、左手の武器で敵の攻撃を防御しつつ右手のレイピアで攻撃が出来るという圧倒的な手数の多さと防御力の高さこそ、この二刀流の真骨頂だ。
私はエレーナの足場へと飛び移りながらレイピアの突きを繰り出す。
エレーナはそれを自身のレイピアで受け流しながら反撃しようとするが、そこへすかさず左手のナイフを突き入れる。
すでに反撃の体制に移っていたエレーナはからくも上体をひねってそれを回避したが、あきらかに体制を崩していた。
その絶好の機会を見逃すはずもなく、もう一撃レイピアの突きを繰り出す。
刀身から確かな手ごたえが伝わり、エレーナの右肩をかすめた私のレイピアの軌跡に薄暗い天井裏の空間に血しぶきが舞った。
エレーナはすかさず距離を取る為に後ろへと飛び退いた。
追撃したいところだが、私も先ほどのダメージがまだ抜け切れていない。
深追いはせずに二刀を構えると、私達はお互いの間合いを測るべく距離を取って対峙する。
お互いの緊張感が増しており、私は肩で息をしていた。
汗が頬を伝い落ちていき、顎の先から地面に向かって落ちる。
その瞬間にエレーナがリーチとスピードを最大限に活用した突きを連続で繰り出す。
私はわずかににバックステップを踏みながらその一撃一撃をレイピアとナイフで捌いていく。
息つく暇も無い連撃だが、その突きと突きの合間にわずかな切れ目を見つけこちらから反撃を試みる。
今度は二歩、三歩と私が前へと進んでいき、エレーナは後ずさりながら攻撃を受ける。
実力が伯仲しているのは明らかで、私には二刀という優位点が、エレーナには不安定な足場という優位点がそれぞれの優位を潰し合い、お互いの決め手に欠けているのを感じる。
しかし、このまま時間を消費すれば、観客の避難を開始する前にエレーナが起爆させてしまう可能性が高まる。
今彼女はターゲットが確実に席に着くのを待っているだけなのだ。
もう一度距離を取って対峙した私たちは、次の一撃を繰り出すべく呼吸を整える。
私は自分の荒い呼吸を感じながら言った。
「もう一度聞くけれど、自死も厭わないの?」
エレーナも肩を上下させながらも、目を吊り上げて答えた。
「祖国の為なら喜んでこの命を差し出すと言っただろう」
「……立派な覚悟だと思うけれど、哀れね」
「なんだと……!?」
それは私の素直な気持ちだった。
私もエレーナと同じように、ヴァルファバラハリアンの為に命を差し出す覚悟はある。
ヴァルファバラハリアン八騎将としての誇りを失うくらいなら死んだ方がマシだと思っている。
だが今日この場に立っている私はヴァルファバラハリアンとしての私ではない。
この国に潜入して、沢山の人と出会い、色々な出来事を経てその結果として得た、かけがえのない物を守るために剣を取るライズ・ハイマーという一人の騎士だ。
その私は何かを守る為に命をかけるのではない。
命をかけて戦った、その先にある物を守るために剣を取るのだ。
そして今私が守りたいもの。
それは、友人であるソフィアの未来。
彼女の初めての舞台と、その先に待っているであろう輝かしい未来への道を、ゼールビスの奸計などで潰すわけにはいかない。
さらに言えば、今日この舞台を観劇に来ているだろうハンナ。
ソフィアの為に奔走しているジョアン。
爆弾処理に付き合ってくれているメネシス。
オーリマン卿が暗殺されれば、リンダのザクロイド財閥が破綻する事も目に見えている。
私は彼女たちの未来も守りたい。
この国に来て出会った、私を認め、私を信じてくれている人たちの未来を守りたい。
例えそれが偽りの関係であったとしても、これが隠密のサリシュアンではなく、ライズ・ハイマーというもう一人の私が剣を取る理由だという事に、この戦いを通して今、明確に理解する事ができた。
私は深く息を吸い込みながら続ける。
「あなたは祖国という形の無いものに縛られて、本当に大切な物を見失っているわ。あなたの命の向こうにあるものなんて何もない。命があるからこそ、その先が見えるのだから」
「下らない物言いは止めろ! 私の死の向こうに同朋達の幸せがあるのなら、何も惜しくない!」
「無責任ね」
「なに!?」
私の言い放った言葉に、エレーナは声を荒げた。
だが、私は続ける。
「この戦いで例え爆破が成功したとしても、その先にあなたの祖国の人たちが幸せになれる保証など何一つない。あなたは祖国の為と言うけれど、結局は英雄気取りの自己満足の為に命を捨てようとしているだけだわ」
「詭弁を弄するな! お前の言っている事は矛盾だらけだ。お前はヴァルファバラハリアンの為に命を捨てられると言った。下らない問答で私の事を揺さぶろうと言うなら、全くの無駄だ!」
揺さぶりをかけたいわけではない。
私は、私の信じるものを貫きとおすだけだ。
「私は祖国とか、そこに住む人とか、そんなに大きな物を守りたいわけじゃない。今、この目に映る大切な人を守りたいだけ。この手で守れる人への責任を果たすだけだわ!」
「大人しくお前が死ねばすべて納まる!」
「私は私を貫く!」
エレーナが今まで見た中で一番の速さでこちらに突進をかけ、必殺の突きを放つのがわかった。
それを予想していた私はダガーナイフを逆手に構え直して左手を下げる。
エレーナの突きを正面から受け止めるのは不可能なので、ナイフでその軌道を逸らすしかない。
レイピアとナイフが接触して火花が弾ける。
逆手に持っていなければすでにナイフごと弾かれて串刺しになっていたはずだ。
軌道を逸らす事には成功したがその勢いは予想以上で、捌ききれなかった突きが私の脇腹をかすめた。
突進の勢いそのままに私の横を駆け抜けたエレーナが、信じられぬバランス感覚と俊敏さで振り返る。
だが、彼女が振り返るその速さよりも、防御の為半身になっていた私の方が瞬き一つほどのタイミングで早かった。
私は振りかぶった右手から得意の袈裟斬りと供に言葉を放つ。
「プレシズ・キル!!」
幾千、幾万回と体に刻み込んだ動きが、脳の指令よりも早く反射的に体を突き動かしていた。