小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
南欧最強と謳われた傭兵集団ヴァルファバラハリアンの中でも、突出した実力を持ち、優れた功績を上げたものだけが選ばれる八騎将という称号。
その称号は敵対勢力からは畏怖の対象として恐れられ、味方からは羨望の眼差しで見られる、ただの傭兵などではない紛れもなく一騎当千の騎士としての証である。
一介のテロ屋からその一角に成り上がったミハエル・ゼールビスは、今まで生きてきた中で一度も感じた事のない戸惑いを感じていた。
ヒューイの手から放たれる一撃一撃を凌ぐ度に両手が激しく痺れる。
ショートソードほどの厚みもなく、ブロードソードほどの重さもない、この一見華奢に見える東洋の刀という剣の一撃が、まるで鉄製の棍棒で殴られているかのような衝撃で襲い掛かってくる。
何百人もの敵を様々な方法で葬り、例え一騎打ちでも確実に勝利を重ねてきたこの自分が、防御に徹していないといけないこの現状が信じられない。
一瞬でも気を抜けばその瞬間に天国への扉を叩く事になると確信できる。
極限まで研ぎ澄まされた緊張感が自分の集中力をかんなで削り取るようにそぎ落としていくのが、ゼールビスにはよくわかった。
『この強さ……破滅のヴォルフガリオと同等、いや、それ以上か!?』
考えたくもない思考が頭の中を巡りつつ的確に首の動脈を狙った一撃をすんでの所でかわしたゼールビスは、大きく後ろに飛び退いてヒューイと距離を取った。
対するヒューイは全くの無表情で刀を持ったまま右足を前に刀を上段に構え、この殺し合いの始まりと同じ構えを取っていた。
『これは、いよいよ切り札を切らなければならないかもしれませんね……』
ゼールビスは流れ落ちる大粒の汗を無視し、司祭杖を構え直した。
これは血煙のゼールビスにとって、完全な誤算であった。
シアター、国立公園、教会の三箇所に爆弾を仕掛け、同時に爆破する事で無差別爆破テロを演出するこの計画だが、本当の狙いはシアターただ一つ。
劇団アガサの復活公演という事で、その活動の熱心な支援者であるベイラム・オーリマンは必ず観劇に行くという事は事前の周辺調査の結果で判明していた。
本来ならシアターに爆弾を仕掛けて遠隔で爆発させてしまえばオーリマンは死ぬし、それで今の飼い主であるシベリアの特殊部隊スペツナズの要望には応えられる。
だが、燐光石の自由貿易を巡ってシベリアとドルファンの輸出入をすべて管轄するオーリマンが敵対しているのは周知の事実であるし、シベリアに疑いの目が向くことはなんとしても避けなくてはならない。
そこで無差別テロを演出する事にしたのだ。
あくまで爆破テロという行為に目を向ける事で、オーリマン暗殺という本来の目的から捜査の目を背ける事こそがこのテロの目的だった。
計画は万全であったし、爆弾の調達、段取りも完璧だった。
あまりにも完璧な計画だった為、ゼールビスは自身の欲求に従い余興を組み込む事にした。
前回のリンダ・ザクロイドの誕生日の船上パーティーでオーリマンの暗殺計画を邪魔した、忌々しい小娘への復讐だった。
あの計画が成功していれば、ゼールビスは今頃一生かけても使いきれない程の金を得て、どこかの南国へでも逃亡する事ができていたはずだった。
あの計画ではドルファン王家に恨みを持つ、破滅のヴォルフガリオの娘である隠密のサリシュアンことライズ・ハイマーを上手く誘導する事で、パーティー会場の客船にワインを模した爆弾を持ち込ませて、ターゲット諸共海の藻屑にするはずであった。
だが何を思ったのかライズ・ハイマーはゼールビスに叛意を翻し、あまつさえ爆破計画そのものを台無しにしてくれたのだ。
あのヴォルフガリオの七光りの小娘がドルファンに潜入捜査員として送り込まれたのを知った時には、上手く飼いならして自身の活動に利用しようと思っていたのだが、まさかその小娘に自分の完璧な計画を潰されるとは思ってもみなかった。
その屈辱はゼールビスの心の中に小さな火種を落とし、燻っていた思いは日に日に大きな炎へと変わっていった。
だからこそ今回の無差別テロにライズ・ハイマーを巻き込み、勝負を突き付ける素振りでオーリマンと一緒に始末してしまおうと考えたのだ。
八騎将を名乗る者とは言え、実力ではなく親の七光りでその称号を与えられているライズ・ハイマーはまだまだ未熟だ。
仮にテロを阻止しようと駆けつけたところで、本命であるシアターにはスペツナズ部隊の最強の剣士であるエレーナ・ロストワを配置している。
愛国心の塊のような彼女は子供の頃に野盗に故郷を略奪された過去を持っており、その略奪を行った者たちの印象を利用して上手く思考を誘導してやった結果、ヴァルファバラハリアンを故郷の仇として憎悪させることに成功していた。
そのエレーナとライズをぶつける事で、一騎打ちでエレーナが敗れる事はまず無いだろうし、仮に敗れたところで愛国心溢れるエレーナは爆弾とともに自決をするのはわかり切っていた。
どう足掻いてもライズは死ぬし、オーリマンの暗殺は成功するはずだ。
その間に自分はこの教会を爆破する事で、滞在の痕跡と唯一の接点だったシスター・ルーナを消し去り、神父の死を装う事で足がつかないようにするという徹底ぶりだった。
まさに非の打ちどころのない、失敗するはずのない計画だったのだ。
だが、今まさに誤算が起こっていた。
まず、ライズ・ハイマーが他人に助力を求めるという事が想定外だった。
あの無駄にプライドだけが高い小娘が誰かの力を借りるなど、まず考えられない事だ。
仮に誰かを頼るような事があったとしても、潜入捜査をしている彼女が自分の立場を隠したままで助力を求める事が出来るような、信頼できる人間と関係を作ることなど不可能だからだ。
ゼールビスがそう考えていたのは全く不思議な事ではない。
彼はあずかり知らぬ事だが、今この瞬間にも、ソフィア・ロベリンゲが、ジーン・ペトロモーラが、ジョアン・エリータスが、そしてメネシスがライズに協力をし、爆破テロの阻止に尽力しているのだ。
そして、本来ヴァルファバラハリアンの敵であり、仲間の仇であるはずのヒューイ・キサラギまでもが、このゼールビスの前に立ちはだかっているのだ。
これが誤算でなくて何と言えよう。
しかし、シアターで起こっている事などこれっぽっちも知り得るはずのないゼールビスは、目の前のこの状況さえ乗り切れれば、その先には夢のような未来が待っていると信じて止まなかった。
また一撃、ヒューイの攻撃を防御したゼールビスは力任せに司祭杖を振り回した。
ヒューイはそれを後ろへと飛んでかわした。
「強いですね、あなたは。八騎将であるこの私をここまで追いつめるとは」
おもむろに切り出したゼールビスの言葉に、ヒューイは明らかに顔をしかめて言った。
「お前、本当に八騎将なのか? オレが今まで戦ったヴァルファ八騎将は、お前の比にならないほど強かった」
「ほう……?」
ゼールビスはそれまで薄ら笑いを貼り付けていた顔に、露骨に不機嫌そうな表情を浮かべると冷たい声で答えた。
「あなたもあの下らない騎士道精神の持ち主たちと同じ思考のようですね。武器を取って一対一で斬り合って強い弱いと、まったく呆れて言葉もありません」
「……」
ヒューイは答えず、じりじりと距離を詰め始めていた。
ゼールビスはそれを知りながら、敢えて司祭服の袖に片手を入れた。
「結局のところ、勝負とは勝てばいいのですよ。どんな手を使ってもね」
その言葉とともに司祭服の袖から取り出した円柱状の小さな箱を地面に落とした。
ヒューイは油断なくその箱を視界の隅で追っていたが、それが地面に触れた瞬間、まるで爆発でも起こったかのような閃光に視界を奪われた。
それと同時にヒューイは後方へと一気に飛び退いた。
ゼールビスは閃光弾が炸裂する瞬間に目を手で覆っていたので、そんなヒューイの行動がすべて見えていた。
『強い騎士というのは、この瞬間の行動は一致するものですね!』
心の中でほくそ笑みながら、ゼールビスは正面からではなく脇から距離を詰めて心臓を狙った突きを繰り出した。
ゼールビスが勝利を確信した瞬間、声が響いた。
「ヒューイ! 左!!」
その声に反応したヒューイは前方に転がりながらゼールビスの繰り出した死角からの必殺の一撃を避けた。
「ば、馬鹿な!?」
ゼールビスは何が起きたかわからずに狼狽えた。
確実にヒューイを捕らえていたし、あの状況で反応できるなどあり得ない。
「正面! そこ!!」
ゼールビスには聞こえないその心強い相棒であるピコの声に導かれて、ヒューイは刀を振り下ろす。
しかし流石のゼールビスもその一撃を辛うじて受け止める。
力が拮抗した二人は膠着して動けない。
「閃光弾とは恐れ入った。それが騎士のやる事か?」
ヒューイの侮蔑の言葉に、ゼールビスは唾を吐きながら答えた。
「そのくだらない騎士という肩書でメシが食えるとでも!?」
二人は膠着状態から互いに距離を取り、再び対峙する格好となった。
ヒューイは未だ視力は完全には戻っていなかったが、ある程度は形が見えるくらいには回復していた。
認めるのは癪だが、視覚を取り戻したこの東洋人傭兵相手に自身の力が及ばない事を自覚しているゼールビスは、このタイミングを逃して勝ちはないと判断して、すかさず追い打ちをかけていく。
正攻法ではあるが再び渾身の突きを放つ。
ヒューイはそれを仁王立ちのまま、刀で弾き返しつつも吠えた。
「疾風のネクセラリアの突きはもっと鋭かった!」
ゼールビスはそれを無視して、横から力任せに司祭杖で殴りつける。
しかしヒューイはそれを刀の腹で受けると、再び吠えた。
「不動のボランキオの一撃はもっと重かった!」
忌々しさを隠さないゼールビスは、今度は搦め手で足元を狙った突きを繰り出す。
しかしそれもヒューイは一歩下がって容易くかわした。
「氷炎のライナノールはもっと正確で的確な攻撃を繰り出した!」
舌打ちを打ちながらゼールビスは連続で三発の突きを繰り出す。
ヒューイはそれを何の苦もなくあっさりとかわす。
「遅い……。迅雷のコーキルネィファはもっと速かった!」
「うるさい! 一々煩わしいぞ!!」
取り乱しながら放った強引なゼールビスの一撃を、ヒューイの刀は的確に受け流した。
「幽鬼のミーヒルビスはどんな状況でも冷静だった」
攻撃のすべてを無力化されたゼールビスは絶望に近い感情から激しい歯ぎしりをしつつ、まだ策を弄じていた。
そんなゼールビスを眺めつつ、ヒューイは大きなため息を吐きながら言った。
「見苦しいな。騎士としての誇りも持たず、八騎将という名前に縋っているのは」
「私が……八騎将に縋っているだと?」
「そうだろう。お前が自分で名乗りを上げたんだ。八騎将の一人、血煙のゼールビスだと」
事実を突きつけられたゼールビスは愕然としていた。
ヴァルファバラハリアンに見限りをつけて脱走と同時に脱退した身分であるにも関わらず、今も八騎将を名乗ってしまったのはなぜだろうか。
自問自答をしつつも、答えは出てこない。
それよりも今はこの状況をどうやって打破するのかに思考を切り替えたゼールビスは、自分の手持ちの材料を素早く思い出していた。
虎の子の閃光弾はすでに使用してしまった。
自分に残された武器は……
思い当ったたった一つ残された武器に勝機を見出したゼールビスは、司祭杖を突然放り捨てるとゆっくりと両手を上げた。
「降参です。よもや八騎将という過去の栄誉に縋っていた自分に気付いた今、これ以上戦ったとてあなたに勝てる見込みはないでしょう。地区警備隊にでもなんでも突き出してもらって構いませんよ」
ヒューイは刀を構えたまま答えた。
「どんな心変わりだ? 随分潔いじゃないか」
ゼールビスは両手を上げたまま肩をすくめた。
「単純に死にたくないだけですよ。生きてさえいれば、再起も可能かもしれませんしね」
ヒューイはそんなゼールビスの言葉を信用するはずもなかったが、武器を捨てた男に対して剣を向ける行為に若干の抵抗を感じていた。
この男が何を企んでいるのかはわからないが、拘束してしまえるならばその方が良い。
そう判断したヒューイが刀を鞘に納める。
その瞬間を狙っていたゼールビスは、素早く左手を司祭服の右袖に突っ込むと、小型の手りゅう弾を取り出すと同時に信管を引き抜いていた。
ゼールビスに残された最後の武器であるこの手りゅう弾は、殺傷能力自体はそれほど高くない物ではあるが、例え殺す事は出来なくとも腕や足の一本くらいなら吹き飛ばすくらいの威力はある。
この東洋人傭兵の剣術の技量ならば、投げた瞬間に爆弾を斬るか弾くかくらいはしてのけるかもしれないが、剣を鞘に納めているのならば話しは別だ。
どんな達人でも鞘から剣を抜いて、そこから攻撃するというのはどうしても一動作分遅くなる。
刀をしまったヒューイの迂闊さに心の中でほくそ笑みながら、ゼールビスは手りゅう弾を投擲するべく右手を振るった。
だが、次にゼールビスが見たのは地面に落ちた自分の右手だった。
手りゅう弾を手に持ったままの肘から先の右腕が、不自然に地面に落ちたのだ。
何故だ、と疑問に思うのと同時に手りゅう弾が爆発し、ゼールビスは爆風と共に体が宙に浮くのを感じた。
爆風の激しい熱と威力を感じるか否かのタイミングで地面に強かに叩きつけられたゼールビスは呼吸をする事すらままならず、襲ってきた信じられない程の全身の痛みに喘いでいた。
そんなゼールビスの下に歩み寄ったヒューイは、痛みにのたうち回る姿を冷たい目で見降ろしていた。
その手には抜き放たれた刀がぶら下がっており、ゼールビスは尚更混乱を極めた。
鞘に納めていたはずの刀がなぜ抜かれた状態でその手に握られているのか。
ゼールビスは知る由もない事だが、ヒューイの極めた東洋の剣術では、鞘に納刀した状態からの方が圧倒的な速さを誇る神速の抜刀術があるのだ。
ゼールビスが手りゅう弾を取り出した瞬間、まさにゼールビスの動きを警戒していたヒューイは抜き打ちの抜刀術を仕掛けるのと同時に大きく後ろに飛び退いていたのだった。
爆発によるダメージと煤でボロボロの様相で転がるゼールビスに、最早何の感情もない声でヒューイが言う。
「降参を装っての不意打ち。そして発破。よもやかける言葉もないが、騎士としてせめてもの情けだ。苦しまぬよう介錯をしてやろう。何か言い残す事はあるか」
「ふふ……あの小娘といい、騎士というのは……本当に忌々しい」
「小娘?」
ヒューイの言葉には反応せずに、ゼールビスは喉の奥からあふれ出る血を吐きながら声にならない声を絞り出した。
「見事……です。一介のテロ屋からヴァルファバラハリアン八騎将まで上り詰めた私を……」
そこまで言って言葉が滑ったゼールビスに、ヒューイは止めの一撃を振り下ろした。
もう命を宿さないかつて血煙のゼールビスだった亡骸を見つめながら、ヒューイはポツリと呟いた。
「……お前、本当は騎士に憧れていたんじゃないのか」
その言葉に応える者はもういない。
いつの間にか歩み寄ってきていたシスター・ルーナが隣に立っており、胸の前で十字を切った。
「死にいく者の魂は等しく天に昇ります。せめてこの方の魂に、救いがありますように……」
その様子を横目で見ながら、ヒューイは血を拭った刀を静かに鞘に納めた。