小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【94】ライズと爆弾テロ⑦

 プレシズ・キルを正面からまともに受けたエレーナはその場で梁の上にうつ伏せに倒れ込み、手から滑り落ちたレイピアがその横に突き刺さっていた。

若干体制を崩していたがほぼ完ぺきに放った技に手加減など出来るわけもなく、鎧すら纏っていない状況ではかなりの重傷になっているはずだ。

私は荒い呼吸で上下する肩のまま、油断することなくエレーナに近づいていく。

 

「う、ぐ……」

 

驚いた事にエレーナは短い苦痛の声を上げながらも両手をついて体を起こそうとしていた。

私のプレシズ・キルは斬撃と刺突の連撃を一瞬で繰り出す技なのでその傷は広範囲かつ複数に渡り、エレーナのように運良く生き残れたとしてもしばらくはその痛みで碌に動けないはずだ。

私はレイピアを鞘に納めるとナイフも鞄に戻し、同じ鞄から止血用の軟膏と包帯を取り出した。

それをエレーナの脇に並べる。

 

「ぐ……。な、何のつもりだ」

 

横目でそれを確認したエレーナが底知れない怒りを孕んだ暗い声を絞り出した。

私は敢えて冷たく言い放った。

 

「私たちはこれから爆弾を処理して撤収するわ。ただ、地区警備隊には通報をするし、しばらくすれば彼らが駆け付けてくるでしょう」

 

言いながら振り返ると、メネシスが恐る恐る梁を渡ってきて爆弾の木箱へたどり着くのが見えた。

爆弾は処理するつもりだが地区警備隊には通報をする気はない。情報提供はしているのだからここに出張ってくるかどうかは彼らの判断次第だし、このタイミングでここにいない事を考えればこの後もここに来ることはないだろう。

それでも私は言葉を続ける。

 

「その薬を使うも使わないも、それはあなたの判断に任せる。ただ、任務に失敗したあなたをあなたの祖国が受け入れてくれるのかどうかは私のあずかり知らぬ事だわ」

 

私はエレーナのレイピアを梁から引き抜くと立ち膝になってその刀身を膝の上に乗せ、全体重をかけて両手で押し曲げた。

レイピアは真ん中のあたりから不格好な『くの字』に曲がった。

剣は騎士の魂。この行為はその魂を愚弄した事と同じだ。

私はその折れ曲がったレイピアをエレーナの近くへ投げ捨てた。

 

「騎士の誇りまで傷つけられた気分はどうかしら」

 

エレーナは言葉こそ発しないが、起き上がろうとするその両手がわなわなと震えているのが見て取れた。

きっと言い知れない怒りを感じているに違いない。その気持ちはよくわかる。

だからこそ、私は続けて言う。

 

「悔しいのならば復讐に来なさい。私は逃げも隠れもしない。もっとも、その時はまたその剣をへし折ってあげるけれど」

 

屈辱以外の何物でもないだろう。

怒りと悔しさで全身を震わせるエレーナは、必死に歯を食いしばり怒りに耐えているように見えた。

だがそれでいい。その怒りがきっと彼女を生かし続けるだろうし、これからの明日に繋がるはずだ。

勝者には生を、敗者には死を。

これは戦いにおける不変の法則だ。

私は父とミーヒルビスにこの鉄則を叩きこまれてきた。

しかし、今日の私は隠密のサリシュアンではない。

友のために戦った私が彼女の命を奪うというのは、騎士としてのポリシーに反すると思ったのだ。

彼女が私を憎む事で命を繋げるのならそれでいい。

エレーナは転がっている軟膏の瓶を掴みながら生まれたての小鹿のように震える足で立ち上がると、その美しい顔に燃え上がるような怒りの表情を浮かべながら私を睨みつける。

 

「私を殺さなかった事、これ以上ない程後悔する事になるぞ……!」

 

私は肩をすくめてみせた。

驚いた事にエレーナはよろよろと立ち上がって歩き出すと私の横を通り過ぎ、階段の方へと闇の中を進んでいった。

やがて階段の先へと姿を消すまでその後ろ姿を見送った私は、そこで初めて大きくため息を吐いた。

 

 

「あれで良かったの? あの娘は必ずあんたに復讐しに来るよ」

ランタンの明かりを頼りに爆弾の処理をしているメネシスが呆れ気味に言った。

「……構わないわ」

 

メネシスの言う通り、エレーナ・ロストワは私に復讐の刃を向けるだろう。

だが、それは祖国の為ではない。

己のプライドをかけて挑んでくる事になるのだ。

妄信的に祖国の為に命を燃やすよりは、よっぽど健全な生き方だと思うのは私のエゴだろうか。

 

「それよりも、爆弾は処理できそう?」

「んー」

 

メネシスは作業を続けながら生返事で答えた。

 

「ま、問題ないだろうね。ただ、爆薬の量が国立公園の爆弾の比じゃないからちょっと手間取っているけれど」

 

私は先ほどエレーナの突きを防いだ時に出来た脇腹の傷を庇いながら懐中時計を取り出し、時間を確認した。

正午まで三十分。観客を避難させるならもうギリギリの時間だ。

 

「あと三十分で無力化できる?」

 

私の質問にメネシスは不機嫌そうに答えた。

 

「あんた、私を何だと思っている? 余裕で間に合わせてやるわよ」

「信じているわ」

 

私がここにいて出来る事は何もない。

とりあえず爆弾を見つけて処理できそうだという事を、ソフィアとジョアンに伝えなくてはならない。

動くと痛む傷口を押さえながら、エレーナが消えて行った階段へと急いだ。

 

 

 ソフィアとジョアンが階段下の廊下に緊迫した表情で立っていた。

二人は私の姿を見つけるなりこちらに駆け寄ってくる。

 

「ライズさん、どうでしたか!?」

 

慌てるソフィアに私は落ち着くように手で示した。

 

「爆弾は見つけたわ。少し妨害はあったけれど問題なく処理できそうよ」

「本当ですか!」

 

明らかに安堵の表情を浮かべたソフィアが舞台用の衣装を身に着け、随分と厚塗りをした化粧をしている事に今更ながら気づいた。

隣のジョアンも大きくため息を吐くと、珍しく顔に微笑を浮かべた。

 

「では、ボクはクリスティ公に状況を報告して来よう。爆弾が見つかったと聞いたら飛び上がって驚くだろうし、肝を冷やすだろうさ」

 

そう言って廊下を歩いてくジョアンの背中を見送る。

去年のダンスパーティーで見た時と随分変わって、別人のような頼りがいのある背中に見える。

私はソフィアの方に向き直り、改めてその姿をまじまじとみつめた。

ボロボロの布で出来たみすぼらしいドレスを着て、お世辞にも綺麗とは言い難い。

髪の毛はアップにしてまとめているのだが、その辺の木の枝を刺したような髪飾りがなんとも滑稽だ。

化粧も血色悪く青白い顔に所々汚れを模してあって、まるで朝に国立公園で戦ったあの物乞いのようだった。

ソフィアは私の視線に気づくと、少し恥ずかしそうに目を伏せた。

 

「あの、これは貧しい村娘の役なので……」

 

私はそんなソフィアの態度に思わず笑みが零れてしまった。

この娘の初舞台を守れて良かった。未来への第一歩が下らないテロなんかで台無しにならないで本当に良かった。

 

 

 そんな気の緩みもあったのだろう。

脇腹の傷に痛みを感じ、顔が歪むのと同時に思わず体を若干屈めてしまった。

さすがにその様子を見たソフィアが怪訝な顔で私の体を支えた。

 

「大丈夫ですか? どこか具合でも……」

 

私が左脇を押さえているのに気付いたソフィアの顔色が、化粧をしていても青くなるのがわかった。

服を切り裂かれ、まだ塞がっていない傷から血が流れていては、いくらソフィアでも気づかれてしまった。

 

「ライズさん、怪我を!?」

 

私はしまったと思いつつ、努めて平静を装いスカートのポケットからハンカチを取り出して今更ながら傷口にあてた。

 

「大丈夫、大したことないわ。爆弾を探す時に、少し引っ掛けたのね」

「そんな怪我じゃ……ないですよね……!」

「大丈夫よ」

 

やや強めに言った私の言葉にソフィアは心配そうな瞳でこちらをみつめながらも、何か言いたそうな言葉を飲み込んだようだった。

私は申し訳ない気持ちを感じつつ、気の進まない言葉を吐いた。

 

「ソフィア、あなたの初舞台をぜひ見届けたいのだけれど、ごめんなさい。もう一か所確認しなければいけない場所があるの」

「……」

 

ソフィアは視線を逸らしたまま、押し黙っていた。

 

「本当にごめんなさい。でも、舞台の成功を祈っているわ」

 

私もこのままソフィアの初舞台を見届けたい。だが、教会の爆弾がどうなったのかは確認しなければならない。

もちろん、あのゼールビスがどうなったのかも。

ソフィアは悲しそうな瞳で床をみつめながら、しばらくの間黙っていた。

そしてやがて小さな声で言った。

 

「舞台を……観てもらえないのは残念ですけれど、そんな事はどうでもいいんです」

 

怒ったように床をみつめ続けるその瞳に、涙が溜まるのが見て取れた。

 

「私は……私が一番心配なのは、ライズさんが傷付く事です。その傷も引っ掛けてできた傷じゃないですよね」

 

今度は私が押し黙る番だった。

本当の事を言うわけにはいかないではないか。

 

「いくら私が鈍感でも、ライズさんが何か秘密を持っていて、私達を守る為に必死に戦ってくれたんだろうという事はわかります。でも……」

 

ソフィアは涙をいっぱいに貯めた目で、私の目を見た。

 

「でも! 私の大切な友達であるライズさんが傷付いて、私はその理由もわからないでいるのが悔しい! 何も知らないで、何も力になれないのに友達が怪我をするのをただ見ているなんて……」

 

ソフィアの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

 

「そんなの、嫌です。……私は、ライズさんの親友でありたいから!」

「ソフィア……」

 

ソフィアが本気で私を心配してくれているのが痛いほど伝わってくる。

だが、同時に私の中で一つの気持ちが沸き上がってくるのも感じていた。

 

──もう、潮時なのかもしれない。

 

これ以上は、私の潜入捜査に支障が出るのは間違いない。

ソフィアの初舞台と未来を守れた今、私はこれ以上この娘に深入りしていい人間ではない。

これは自分の存在を偽ってきた私に課せられた罰なのだ。

今日剣を取ったのはライズ・ハイマーかもしれないが、私は最終的にはヴァルファバラハリアン八騎将の一人、隠密のサリシュアン。

この友情も所詮は仮初の物。

私達の関係は偽りの物に他ならない。

 

「ちょっと! 処理は終わったけれど、こんな重たいもの一人じゃ運べないわよ!」

 

折よく階段の上からメネシスの声が響いた。

私はソフィアに背を向けると、私が出せる最大限に冷たい声で言った。

 

「友達のふりを続けてきたけれど、それも潮時のようね。悪い事は言わないから、もう私に関わるのは止めてちょうだい。これからは元の関係に、そう、ただの他人に戻りましょう」

 

そう言い残し歩き出した私の背中にソフィアの悲痛な声が響いた。

 

「ライズさん!?」

 

舞台の開演を知らせる鐘の音が響く。

私は振り返らず階段を上る。

 

「ライズさん!!」

 

ソフィアの叫びを無視して、私は階段を一歩、また一歩と昇って行った。

 

 

 

 メネシスは無事に爆弾の処理を終えたようで、処理をしていた梁の上で大の字になって倒れていた。

爆弾は見た目では大きな変化は無いが、爆発しないように処理をしてくれているようだった。

 

「お疲れ様。これを運び出せばいいのね」

 

メネシスは起き上がってこちらを見ると、大袈裟ともとれるため息を吐いた。

 

「肉体労働はあんたの担当」

 

私は肩をすくめてみせると、爆弾の木箱を持った。

ズシリと重みを感じるそれは、なるほど、国立公園のものよりも重かったが、私の力でも持てるほどだった。

木箱を持って階段をゆっくりと降りるとソフィアの姿はすでになく、代わりにジョアン・エリータスが待っていた。

爆弾をジョアンに預けると、くれぐれも私達の事を口外しないように口止めをして、シアターから早々に撤退した。

 

幸いな事にシアターの前は客待ちの馬車も沢山いるので、手近な馬車を捕まえるとサンディア岬駅へと走らせた。

馬車の客車の椅子に体を預けると流石に疲れが襲ってきた。

だがここでへこたれるわけにはいかない。

私の思惑通りにヒューイが動いてくれていれば大丈夫だとは思うが、そうならなかった場合はゼールビスと対峙する可能性もある。

私は椅子に座り直すと鞄の中から針と糸を取り出し、揺れる客車に苦戦しながらも脇腹の傷を縫っていった。

その様子を見ていたメネシスが、信じられないといった顔で言った。

 

「よくやるもんだね。結局、あんたは何者なのさ。どこで爆弾テロの情報を仕入れた?」

 

出血のわりに傷は深くなかったので、四針も縫えば応急処置は完了した。

 

「御覧の通り、ただの学生というわけではないわ」

 

糸を切って結び、傷薬を上から塗る。そのまま言葉を続ける。

 

「ゼールビスと因縁がある。それでは不満かしら」

「気には食わないね。ただ、深堀りしたいとも思わない。あんたが何者かは大体想像できるけれど、そもそもミハエルと因縁のある人間が、まともであるわけがない」

「それは自分の事を言っているのかしら」

「自分の事を理解しているからこそ、言える事」

「……間違いないわね」

 

苦笑いするしかなかった。

 

 私はまともな人間ではない。

ソフィアやハンナのような普通の少女たちと関わっていい人間ではないのだ。

所詮、血塗られた道しか歩けない宿命だ。

そうこうしているうちに馬車はサンディア岬駅へと到着した。

馬車を降りて教会への道に向かうと、教会よりも遥か先の空に立ち上る黒い煙が見えた。

 

「あー、爆発しているね。ただ、誰かが遠くまで運んだみたいだ」

 

同じように煙をみつめながら、隣のメネシスが言った。

私は頷きながら歩を進めた。

教会の実被害はなさそうだ。それはつまりあの東洋人傭兵が動いてくれたという事だろう。

教会への道すがらはいつも通り穏やかではあったが、建物の近くまで行くと近衛兵の特徴である白い鎧をまとった兵士たちが何人も集まっていた。

私は近くにいた近衛兵の一人に声をかけた。

 

「失礼、何かありましたか? 礼拝に来たのですが」

 

兜の下にいかにも新米といった若い顔をした近衛兵は、私の疲れた顔と皺だらけの服を見て一瞬怪訝な顔をしたが、下手な作り笑いを浮かべながら答えた。

 

「ええ、まあ、ちょっとした捕物があって。他国の工作員が忍び込んでいたようだ」

 

それを他国の工作員である私に言うとは、なかなか洒落が効いている。

だが私は平凡な街娘を装って続ける。

 

「まあ、怖い。それで、その工作員は捕まったのですか」

 

私の質問に若い近衛兵は少し口ごもったが、ややバツの悪そうな声で言った。

 

「たまたま居合わせた傭兵に、殺されたよ。安心していい。ただ、色々と立て込んでいるので今日の礼拝は難しいかもしれんな」

「……ありがとうございます。礼拝は諦めます」

「それが良いだろう」

 

私は頭を下げて彼から離れて行った。

なんとも言えない不安と心配が織り交ざった表情を口元に浮かべたメネシスがこちらを見ている。

私は息を一つ吸うと、言葉を切り出した。

 

「ゼールビスは死んだようよ。ここの爆弾を処理しに来た、傭兵の手にかかって」

 

メネシスが短く息を飲んだのがわかった。

相変わらず大きな眼鏡が光を反射してその表情は読めないが、わずかに震えている指先がショックを物語っていた。

だがメネシスは気丈にもいつもの口調で悪態をついた。

 

「自業自得だね。化学を正しい理念で使わなかった報いさ。いつかはこうなると分かっていた事だ」

 

彼女とゼールビスの関係は結局今もわからない。

ただいつも通りに振舞う彼女の眼鏡の奥に、ほんの少し何かが光ったような気がした。

血煙のゼールビスはヴァルファバラハリアンを裏切り、メネシスの言う化学の理念をも裏切った最低の男ではあった。

だが仮にも八騎将を名乗り、一時でも仲間だった男だ。

冥福を祈る事は出来ないが、最後は騎士として戦って死んだのなら、僅かばかりでも誇りが残っていたのだと信じたい。

 

 

 こうしてゼールビスの起こした爆弾テロ事件は、大きな被害を出す事無く解決した。

私は友人の未来を守る事が出来たし、ヴァルファバラハリアンの裏切り者も片付いた。

その代わりに失ったものは皮肉な事にその友人との関係だったが、それでいい。

もともと住む世界も、背負っている物も、まるで違う相容れない関係のはずなのだ。

 

言ってみれば元の関係に戻るだけ。正常な関係に戻るだけの事だ。

 

ヴァルファバラハリアン八騎将も今回の件で正式に残り二人。

父である破滅のヴォルフガリオと、私、隠密のサリシュアンを残すのみ。

この戦争も終焉が差し迫っているのかもしれない。

言い知れない重圧に胸の奥が苦しくなるのを感じて胸に手を当てていると、頭上で響く教会の鐘の音が聞こえた。

 

 

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