小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【95】ライズと北風の執念

 ゼールビスによる爆弾テロ未遂はウィークリートピックスにも記載されたが、その扱いは紙面の後ろの方に大したスペースを設けない、小さな記事のみだった。

実際の被害がなかったのだから妥当な扱いと言えるかもしれないが、仮にも国際指名手配をされていたゼールビスの死亡記事にしてはあっけないその扱いに、あの男の生き様が反映しているようで少し複雑な心境だった。

だがそのゼールビスが所属していた我がヴァルファバラハリアンを取り巻く状況は目まぐるしく変化しており、戦況は大きな岐路を迎え最終局面に入ったと言っていい。

 

 誰もがそのニュースに驚きを隠せなかったことだが、ベルシス家によるドルファンへの宣戦布告がなされたのだ。

ダナンを統治しているゼノス・ベルシス卿はついにヴァルファバラハリアンとの関係を認め、ドルファン王室議会に対して独立を宣言、さらに宣戦布告をする事によって本格的に敵対する事を表明した。

これによってダナンとドルファンは完全に遮断され、ドルファン首都城塞を守る鉄壁の城塞レッドゲートは常に閉じられるような事態となっている。

蟻一匹すら通さない国境封鎖ならぬ都市封鎖が行われているドルファン首都城塞から父がいるであろうダナンへ行く事は出来ないし、封鎖されたままどこからの援助もないヴァルファバラハリアンに対して王室議会は兵糧攻めの方針を打ち立てている。

 

それはダナンに住む人々をも巻き込む作戦であるはずだがダナンにも備蓄があるし、圧倒的に数で劣るヴァルファバラハリアンが一気にドルファンを攻め立てたとしても、結果は火を見るよりも明らかだ。

お父様とヴァルファバラハリアンは完全に四面楚歌の状況であるし、この状況を覆すような奥の手を何か持っているのかもしれないが、それは私には知らされていない。

 

この状況で私に出来る事など何もない。

言い知れない無力感に打ちのめされて押しつぶされそうになる中、とにかく日常の毎日を変わらずに過ごす事だけが今の任務だと思う事にしていた。

 

 

 

 あの爆弾テロの日以降、ソフィアやハンナとは意図的に距離を取るようにしていた。

もともとクラスが違うソフィアとは顔を合わせないようにすれば会う機会を極端に少なくする事は出来る。

クラスメイトであるハンナを避ける事は出来ないが、例え話しかけられたとしても最小限の会話で済ませていればいい。

何も変わらない。

二年半前にこのドルファンに潜入捜査を始めた頃に戻っただけだ。

たったそれだけの事なのに、今まで負ってきたどんな傷よりも胸の奥にのしかかる重圧と痛みを伴っている。

 

 ソフィアに顔を合わせる後ろめたさを回避するように下校時間をずらして校門を出ると、校門のすぐ脇に私服姿のプリシラが一人でぽつんと立っていた。

誰かを探しているように出てくる生徒の顔を覗き込みながら首を振ったりしている。

そんなプリシラは私と目が合うと、待っていましたと言わんばかりににんまりと笑いながら近づいてきた。

 

「遅い! この私を待たせるなんて、いい度胸しているじゃない」

 

私はそれを無視して歩き続けた。

 

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 

慌てて横に並んだプリシラは、やや興奮気味にまくし立てた。

 

「せっかく会いに来てあげたのに、随分な歓迎ぶりじゃない!」

 

私はため息を吐いた。

 

「会う約束もしていないし、待っていて欲しいなんて話もしていないわ」

「つれないわね~。まるで出会ったばかりの頃のライズみたい」

「……私は変わっていないわ」

「そう?」

 

不満げに私の顔を見ていたプリシラだったが、並んで歩きながら少し声のトーンを抑えて言った。

 

「ところで本題に入るわけだけれど、今週末お城にサーカスが来るの」

「サーカス? シベリアのパリャールヌイ・サーカス団?」

 

無言で頷く。

先日死闘を演じたエレーナがドルファン潜入の隠れ蓑としていたのがこのサーカス団だ。

この不穏なサーカス団については、以前プリシラが拐されそうになった時に説明した事があった。

だからこそわざわざプリシラが私に会いに来たのだ。

 

「なんの目的でそんな物騒なサーカスなんて呼んだの」

 

私の言葉にプリシラはあっけらかんと答えた。

 

「知らないわよ、私が呼んだわけじゃないし。大方シベリアとの関係が冷え切ってきている今、外交的にサーカスを城に招いて少しでも関係修復に努めたいというピクシスあたりの政略でしょう」

 

少なくともプリシラの我儘でサーカスを呼んだわけではないらしいが、このお転婆王女であればそれくらいの事を平気でやってのけるから困る。

 

「それで、私にそれを教えに来たのは理由があるのよね」

 

プリシラは少しだけ浮かない顔で答えた。

 

「まあ、演目披露ぐらいは問題ないと思っているけれど、なんせ不穏なサーカス団でしょ。何か企んでいないか心配なのよ。でも、こんな事誰にも言えやしないじゃない」

 

それは確かにそうかもしれない。

プリシラが過去にこのサーカス団のピエロに誘拐されかけた事実は私しか知らない事だし、城を抜け出していた彼女がそれをメッセニ中佐や近衛兵達に伝える事は出来ないだろう。

そうなれば、このサーカス団がもし何か良くない事を企てていたとしても、それを予見できるのはプリシラだけだ。

 

「だからライズに私の部屋に来て欲しいのよ。サーカスの演目が終わったあとだけでいいから」

 

要は誰にも相談できない事象だから、自身の護衛に私を招集したいという事だ。

 

「ね、いいでしょ? 美味しいお茶とお菓子くらい用意するから!」

 

私はプリシラの甘えた声を無視しながら黙って考えていた。

先日戦ったエレーナ・ロストワがあのサーカスに戻ったかどうかはわからないが、あの重傷では善戦への復帰はまだしばらくかかるだろう。

そうなると警戒すべきは仮面のピエロのバリアニコフだが、彼もまたエレーナと同等の使い手と見ておいた方が良い。

プリシラの護衛をするなど正直言って気が進まないが、あのサーカス団と因縁が出来てしまった事は間違いない。

それに、ここでプリシラに恩を売っておけば後々何かの時に役に立つかもしれない。

 

ゼールビスはオーリマン卿の暗殺を目的としていたがこのサーカス団の目的は定かではない。

それがヴァルファバラハリアンの行動に追い風になるか支障となるのかは見極める必要もある。

どちらにしろ、プリシラが言い出した時点で選択肢も無いのだ。

 

「わかったわ。その日、あなたの部屋に行くようにする」

 

私がそう答えると、プリシラは手を叩いて喜んだ。

 

「さっすが~! 商談成立ね。じゃあ今日はせっかくここまで出て来たのだから、アイスでも食べに行きましょ!」

 

スキップでもし兼ねない勢いで私の腕を取って歩き出すプリシラ。

最初からアイスが食べたいだけだったのではないだろうかと考えてしまうのは、考えすぎだろうか。

 

 

 

 週末。

いつものルートでプリシラの部屋に忍び込んだのは、夕闇が深くなる少し前の時間だった。

主不在の部屋は窓からの差し込む夕方の明かりで薄暗く、書き物は出来ないくらいの明るさだったが私のように夜目が効く人間には何の問題もない。

念の為に持参したレイピアを入れた革の袋を壁に立てかける。

日中にサーカスの演目を見た後に夕餉を食べたプリシラがもうすぐ部屋に戻ってくる頃合いのはずだ。

案の定、ソファに座って護身用のナイフの手入れをしていると、ものの数分でプリシラが部屋に入ってきた。

 

「あら、早いわね。感心、感心」

 

そう言いながら部屋の入口扉の脇に鎮座している右手を上げた天使の彫像に触れる。

天使の右手は機械仕掛けになっており、プリシラがそれを下に下げると、連動するように壁に備え付けられた燐光灯の照明が青白い光を放って部屋の中が明るくなった。

シルクの部屋着で寛いだ様子のプリシラ。これからシベリアのサーカス団が何かしでかすかもしれないという緊張感はどこへやら、だいぶ上機嫌のようだ。

私はため息を吐きつつ声を投げる。

 

「それで、サーカスはどうだったの」

「そうそう、それそれ! もうすごかったんだから! 思わず童心に帰ってはしゃいじゃったわ」

 

プリシラがはしゃいでいるのはいつもの事だが、この上機嫌ぶりから見て相当に楽しかったのだろう。

私もヒューイと連れだってあのサーカスを観た事があるが、サーカスとしてのレベルが相当高かったのは覚えている。

 

「楽しんでどうするのよ」

「素晴らしい見世物を純粋に楽しむのは普通の事でしょ。それとサーカス団を警戒する事とは別の問題なのよ」

「……その思考が羨ましいわ」

 

もう一度ため息を吐いた私を、プリシラは満面の笑みで眺めていた。

 

「それはそうとさ」

 

声のトーンを少し落としたプリシラが私の向かいのソファに静かに腰を下ろしながら、珍しく遠慮がちに言った。

 

「なにか……その、あなたのまわりで、最近何かあった?」

「え?」

 

予想外の言葉に、私は一瞬本気で驚いて反応が固まってしまった。

 

「何かって……なに?」

 

思わず漏れてしまった間抜けな回答にプリシラが頬を膨らませて異議を唱えた。

 

「こっちが聞いているんだから、知らないわよ! ただ……」

 

プリシラが静かに続ける。

 

「なんだか、この前からずっと浮かない顔しているから」

 

 

 私は思わず自分の顔に触れてしまった。

浮かない顔をしている自覚なんてまるでない。

もちろんダナンの宣戦布告もある中で無力な自分に嫌気が差しているが、それを表情に出した覚えはない。

 

「気のせいじゃないかしら。私はいたっていつも通りだし、心当たりもないわ」

 

私の言葉にプリシラは不満そうに首をかしげた。

 

「ライズ、自分で気づいていないの? この前からすごく辛そうな……そう、悲しそうな瞳をしているわ。現に今も泣き出しそうな顔をしてる」

 

私はヴァルファバラハリアン八騎将の一人、隠密のサリシュアン。

潜入捜査を生業とするこの私が、感情を表情に出すことなどあり得ない。

いつも冷静でポーカーフェイスでいる事が基本である私が、悲しそうな顔をしていると言うのか。

仮にプリシラの言う事が本当だったとすると、私は潜入捜査員失格という事になる。

例え戦場に立つことが出来なくとも、敵地の状況を探る為には常にクールでなければならない。

私のスタンスは何も変わらない。変わっているはずがない。

 

 

──私は、ライズさんの親友でありたいから!

 

 

唐突にソフィアの言葉が浮かんだ。

あの時シアターで彼女の涙ながらの訴えに対して、私が出来る事は拒絶だけだった。

だが仕方のないことだ。ドルファンでの偽りの立場であるライズ・ハイマーが親密な関係の友人など作れるはずがない。作っていいはずがないではないか。

 

「ライズ?」

 

つい物思いに耽ってしまった私にプリシラが心配そうな声をかけた時、突然燐光灯の明かりが消えて部屋の中が真っ暗になった。

私は咄嗟に立ち上がり、手入れをしていたダガーナイフを反射的に構えていた。

 

「変ね。蝋燭でもないのに、灯りが消えるなんて」

 

プリシラの呑気な声が聞こえたと思った一瞬後に、部屋の明かりが再び灯った。

 

「──っ!?」

 

 

 私は目の前の光景に思わず絶句してしまった。

向かい側に座っていたはずのプリシラの首元に、後ろから伸びた手に握られたナイフが突きつけられていた。

もう片方の手で口を塞がれた状態で声をだす事もできないようだ。

そしてそのナイフを突きつけているのは、不気味な笑顔の仮面をつけたピエロ。

例のサーカス団のナイフ使い、仮面のピエロのバリアニコフだった。

バリアニコフは私がナイフを持っている事を確認するなり、冷たい声で言い放った。

 

「大人しくしろ。……そこの女もだ」

 

プリシラが何かを叫ぼうとしているが、塞がれた口からはわずかに呻き声が聞こえるだけだ。

油断していたわけではないが、ソフィアの事を考えていて緊張感が緩んでしまっていた。

こんな事では八騎将の名が廃る。

だが、今はそんな事を考えている場合ではない。

私はバリアニコフを刺激しないよう、極めて落ち着いた声で語りかけた。

 

「そのナイフを降ろしてもらえないかしら。すでに承知の上だと思うけれどその人はこの国の王女だし、すぐに近衛兵が駆け付けてくるわ」

 

しかしバリアニコフはナイフを降ろすような事はなかったし、冷たい声音のまま言った。

 

「ナイフを降ろすのはキミの方だ。今すぐナイフを床に捨てろ」

 

武器を手放すのは避けたいが、プリシラを人質に取られている状況では従う以外にない。

私はナイフを床に落とすと、ゆっくりと両手を上げた。

 

「抵抗の意思はないわ。それよりも王女を放してもらえないかしら」

「随分余裕があるな。王女のメイドには見えないが……」

 

バリアニコフは仮面をつけているのでその表情が読み取れず、話をするにはやりづらい相手だ。

 

「いや、待て」

 

冷静だったバリアニコフの声がわずかだが感情を宿した。

 

「キミは……、そうか。あの時、邪魔をした女か。一体何者だ?」

 

私は答えず、黙ったまま状況を整理していた。

バリアニコフはプリシラを拘束しており、いつでも殺せる状況。こちらは丸腰。

だが、プリシラを人質に取っているという事は、逆を返せば人質としての価値がある以上は彼女を殺す気はないという事だ。

状況を覆すのは難しいがこのピエロの行動の目的は探る必要がある。

 

「何が目的なのかしら。身代金? それとも王家の秘宝でもお探し?」

 

私の言葉にバリアニコフは仮面の奥で笑った。

 

「王家の秘宝か。そんなものが実在すればいい手土産になるが、僕はこの城に詳しくてね。秘宝どころか。金の延べ棒すらもない事はわかっているんだ」

「だったらプリシラを人質に取る意味がないわ。今なら見逃してあげるから放してもらえる?」

「キミと問答する気はない」

 

バリアニコフはそう言うなり、ナイフを持ったままの手で床に向けて何かを投げつけた。

何を投げたか確認するよりも先に真っ白な煙が噴き出した。

煙幕だ。

 

「これはキミの得意技だったか」

 

そう言ったバリアニコフの姿はすでに視認できない状況で、その気配が一瞬で消えていくのだけはわかった。

 

 完全にしてやられた。

あろう事か目の前で易々とプリシラを誘拐されてしまった。

徐々に収まっていく煙の中、私は悔しさで唇を強く噛んでいた。

いや、冷静にならなくてはいけない。

かの仮面のピエロの目的はプリシラの命ではない。

暗殺だったらすでに殺しているはずだし、身代金目的でもないのは本人が言っていた事だ。

その言葉を鵜呑みするわけではないが、とりあえずいきなりプリシラが殺される事はないはずだ。

 

そうであればまだ取り返す事は出来る。

仮にプリシラを誘拐するとしても一旦はどこかに連れていき拘束具などを装着するはず。

そして仮にも一国の王女だ。迅速かつ丁寧に運ぶ必要があり、バリアニコフ一人でそれをやってのけるのはいささか無理がある。

だとしたらまずはアジトなりに戻って体制を整えるはずだ。

そうだとすれば戻る先はただ一つ。サーカスのテントだ。

私は立てかけていたレイピアを手に取ると、近くに飾られていた調度品の壺を思いきり叩き割った。

 

派手な音を立てて砕け散った欠片を踏みしめながらベランダの窓から中庭へと飛び降りた。

こうしておけばさすがに近衛兵も気づいて動き出すだろう。

着地すると同時にサーカスのテントを目指して駆け出す。

私を頼ってきたプリシラ。その依頼を受けた以上、絶対に彼女を取り返さなければならない。

私の誇りに懸けて。

 

 

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