小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
夜のフェンネル駅周辺は人の数もまばらになってきていた。
サーカスのテント周辺は元々人気のない場所という事もあり真っ暗で静まり返っており、その巨大な山のような闇の中にそびえ立つシルエットは不気味な感じさえする。
メインテントの入り口は幕が閉じていたが、それをレイピアで切り裂いて中へと進んでいく。
真っ暗な客席を持参した小さなランプの明かりを頼りに抜けていくと、メインステージへと出た。
そこは所々に松明が掲げられており、そのゆらゆらと揺れる炎の光に照らされた真ん中に、椅子に縛り付けけられて猿轡を噛まされたプリシラがいた。
明らかな罠だろうが、進む以外に選択肢がない。まごまごしている間にバリアニコフが次の手を打つ可能性もあるし、準備が済めばここからも移動してしまう可能性が高い。
躊躇するだけ時間の無駄なので、私は警戒をしつつも臆することなくプリシラの下へと急いだ。
駆け寄って、拘束されている縄を切り猿轡を外すと同時に、プリシラが声を上げた。
「ライズ! 来てくれるって信じていたわ!」
「とりあえずは無事のようね」
私が言った時、視界の隅に光る物が映った。
咄嗟に振り返りレイピアを振ると、それに弾かれたナイフが宙を舞った。
ナイフが投げられた方を見ると、例の仮面のピエロが客席からこちらを眺めているのが見えた。
「キミも諦めが悪いね。だが、相手の本拠地に一人で現れるその勇気だけは賞賛に値するよ」
明らかに不機嫌そうなバリアニコフの言葉に反論しようと息を吸った時、それよりも早くプリシラが叫んだ。
「貴方はカルノーですね! いかに従兄といえども王女たる私にこのような事をして……!」
その言葉に私は思わずプリシラを見てしまった。
今、このお姫様はカルノーと言ったのだろうか。しかも従兄のカルノーとは、それは分家とは言えピクシス家の嫡男でセーラの兄である、あのカルノー・ピクシスの事だろうか。
バリアニコフは仮面に張り付いた不気味な笑顔のまましばらくこちらを眺めていたが、驚いた事に静かに笑った。
「クックック」
嘲るようなその笑い声にプリシラが怒りを込めて言った。
「何が可笑しいのよ、カルノー!」
「やっと地がでたね……嬉しいよ、プリシラ」
プリシラは黙ってバリアニコフを睨みつける。
どうやらバリアニコフの正体がカルノー・ピクシスだというのは確定的なようだ。
そのカルノーは例の千鳥足のような歩き方で客席からこちらへ向けてゆっくりと近寄ってくる。
「まあいい。君との積もる話は後だ……。まずはこの護衛の女を始末せねばな」
そう言って腰元から大振りのナイフを取り出す。
「やめて!」
プリシラが再度声を上げる。カルノーは歩みを止めた。
「……優しいなプリシラは」
カルノーは私が騎士で、自分に勝てるなどと微塵も考えていないようだ。
だがプリシラは予想外の言葉で応戦した。
「違うわ、カルノー。わたしの大事な人に手はださせない。だからよ」
「大事な人……だと?」
「そもそも、何年もシベリアに逃げておいて、そんな自分勝手なヤツを女がしおらしく待つとでも思うの!? この自意識過剰!!」
「くっ……!」
私は何を見せられているのだろうか。
プリシラの見事なまでの言葉のナイフがカルノーにダメージを与えているのは明らかだった。
「だいたいね!」
プリシラの怒りは収まらず、まだ何かを言うようだ。
「あんたなんかが、このライズに敵うわけがないでしょう! この娘はヴァルファバラハリアン八騎将の一人、隠密のサリシュアンなんだから! 貴方とは格が違うのよ!!」
「!?」
今度は私が驚く番だった。
このじゃじゃ馬姫は何を言い出すのだろうか。
私の正体など言う必要は全くない。
だが私が驚いた以上にカルノーは驚愕の声を上げた。
「隠密の……サリシュアン? 破滅のヴォルフガリオの娘……か!?」
その言葉に私はすかさず反応した。
「なぜその事を知っているの。隠密のサリシュアンが破滅のヴォルフガリオの娘だという情報は公表されていないわ!」
レイピアの切っ先をカルノーに向ける。
私が破滅のヴォルフガリオの娘であるという事実はヴァルファバラハリアンの中でも重要機密の一つで、八騎将を始めとした本当に限られた一部の者しかその事は知らないし、もちろん対外的に公表されるような事でもない。
そんな事実を全くの部外者であるカルノー・ピクシスが知っているとは思えない。
だがカルノーはそんな私を嘲笑うかのように仮面の裏で笑い声をあげた。
「ふふ、我々をなめないでもらいたいものだ。しかしそのヴォルフガリオの娘が、まさかプリシラと一緒にいるとは……」
「あなたが何を知っているというの」
私の抗議の声にもカルノーはまるで意に介さずに再びこちらに向かって歩き始めた。
「まあいい。僕の目的はプリシラを連れて帰る事。その為にはキミは邪魔だ。悪いが消えてくれ!」
そう言うなり一気に距離を詰めてくるカルノー。
手にしたナイフは山刀(マレット)ほどの大きさがあり、重みと厚みを活かした一撃は破壊力がありそうだ。
だが、その速さはエレーナ・ロストワには及ばない。
私は斬りかかってきたカルノーの一撃をサイドステップでかわすと、反撃の突きを繰り出す。
さすがのカルノーもそれには反応を示し、すんでの所で体をひねってかわす。
「おのれ!」
私とカルノーはお互い攻撃と防御を繰り返し、五、六合打ち合った。
少し距離を取りながら次の攻撃に備えて呼吸を整えるが、エレーナ・ロストワと戦った時の死と隣り合わせのようなひりつくプレッシャーは感じない。
カルノーは仮面越しにもわかる荒い呼吸をしながら、ナイフをこちらに向けて腕を伸ばす構えを取った。
不思議な構えに違和感を覚えながらも、こちらは慎重にいつもの構えを取る。
大抵の武器の構えは柔軟に攻撃や防御に対応する為に肘を曲げておくものだが、カルノーの構えは腕を一直線に伸ばしてこちらに向けると言う、おおよそ常識外れの構えだ。
この構えが何を意味するのか、何か効果があるのかわからないが、攻撃にも防御にも転じづらいのは間違いない。
ならばこちらから攻撃を仕掛けて早々に制圧する方が良い。
出し惜しみせずにプレシズ・キルを仕掛ける為に左足に重心を移動したその時、カチリという金属音と同時に不自然な構えのカルノーから何かが放たれた。
それが何かを確認する余裕もないまま、本能的に体が動いていた。
瞬間的に膝の力を抜いて、後ろにのけぞるように体を倒す。その私の体の上を何かが一瞬で駆け抜けていった。
銃弾か、ボウガンの矢か、何かの飛び道具なのは間違いない。
だが考えている余裕もない事だけはわかっている。
完全に体勢を崩している私は重力に引っ張られるように背中から地面に向けて倒れていく。
しかしこの瞬間をカルノーが見逃すはずもなく、追い打ちをかけるべく距離を詰めてきているのは見なくてもわかる。
レイピアを握った右手で迎撃するには、バランスを崩したこの状態では不可能だ。
ならば左手を使うしかない。
一秒の半分にも満たない時間の中でこれだけの事を思考しつつ、私は腰のベルトに差しているレイピアの鞘へ手をかけた。
左の逆手持ちで鞘を引き抜きながら全身の力を集めて腰を捻り、今まさに襲い掛かってきているであろうカルノーに向けて横から叩きつけた。
突然の飛び道具に虚をつかれたのは間違いないが、体勢を崩した私が反撃するなどカルノーも思ってもみなかったのだろう。
左手に何かを殴りつけた確かな手ごたえを感じつつ、私は腰をひねった勢いで体が反転して右肩から床に倒れ込みながらゴロゴロと転がった。
受け身も十分に取れずに右腕を中心に激痛が走り、レイピアを手放してしまったものの、必死に転がりをコントロールしつつその勢いを利用して立ち上がった。
左手に残っていた鞘をレイピア代わりに構えてすかさず臨戦態勢を取ったが、肝心のカルノーは目の前の床に仰向けで倒れていた。
どうやら反撃は予想以上に上手くいったようだ。
とは言え、油断は出来ないので素早くレイピアを拾い直し、カルノーに近づきながら突き付ける。
彼は天井を向いて大の字になっていた。
私の一撃は側頭部から顔面にかけて命中したらしく、不気味なピエロの仮面は右半分が砕けており、以前にも見た異様に整った素顔の額から血が流れているのが確認できた。
近くに先ほどまでカルノーが使っていたナイフの柄の部分だけが転がっている。
その柄元からバネのような物が飛び出ているのが確認出来る。
そして思わず言葉が漏れた。
「……スペツナズ・ナイフ。……これが」
ヴァルファバラハリアンでは敵対勢力の研究分析を行っているが、シベリアの特殊部隊であるスペツナズももちろんその対象となっている。
そのスペツナズという部隊が好んで使うのがこのスペツナズ・ナイフという物で、柄に仕込んだ機械式の強力なバネの力によって銃弾のようにナイフの刃を打ち出すという独特で凶悪な武器だ。
私はつい先ほどまでそんな武器の事は忘れていたが、知識としては知っていたのでたまたま反応が出来たかもしれないが、それを知らない者であれば間違いなくナイフの刃を飛ばされた時点で死んでいただろう。
「……う、ぐ……」
カルノーが意識を取り戻し、必死に上体を起こす。
私はその眉間にレイピアを突きつけた。そして、冷たい声で言い放った。
「無駄な抵抗は無用。あなたでは私に勝てないわ」
カルノーは苦痛に顔を歪めながらもわずかに笑いながら答えた。
「ふっ……無様だな……まさに道化だ。流石は破滅のヴォルフガリオの……いや、デュノス・ドルファンの娘だ」
その言葉に私は驚愕すると同時に激しい怒りのような感情を覚えた。
「なぜ、お前がその名を知っている!?」
私の声が怒気を孕んでいる事を察したのか、プリシラが私の横まで歩み寄ってきてそっと肩に手を置いた。
「ライズ……」
その様子を見ていたカルノーは小さな声で再び笑った。
「くく、サーカスのテントへキミが忍び込んで来た時に、プリシラと見間違えた理由が今ならよくわかるよ」
「どういうこと」
私は眉間に向けていたレイピアを振り、その刃を首元にピタリと止めた。
仮面から半分だけ覗く素顔の目でこちらをみつめていたカルノーは、やがて小さな声で言った。
「君たちはよく似ている。まるで双子の姉妹だ。……君の父上と、デュラン国王のように」
「随分と突拍子もない事を言うわね。ただの負け惜しみにしては笑えない話しだわ」
「……無知というのは罪だが、その方が幸せという事もあるのだな」
「隠している事があるなら、打ち明けた方が賢明だわ」
カルノーはしばらくの間何も言わずに私とプリシラをみつめていたが、やがてため息とともに小さな声で言った。
「……いいだろう。僕の知っている事実を話すが、それ相応の覚悟はしてもらう」
プリシラが僅かに私に身を寄せる。
私はレイピアを突きつけたまま、カルノーの言葉を待った。
そこでカルノーが語った事はあまりにも衝撃的過ぎて、にわかには信じがたいものだった。
まず、破滅のヴォルフガリオと隠密のサリシュアンが親子であるという事実だが、これはゼールビスからの情報という事だった。
確かにヴァルファバラハリアンを裏切ったゼールビスは、仮にも八騎将の一人であったのでその情報を持っていた事に疑問はない。
ヴァルファを裏切って辿りついたシベリアのスペツナズでヴァルファの内情をリークするなど、やはりあの男は騎士としての誇りを持っていなかったという事だ。
だが、そんな話は可愛いものだ。
何故この男が父の本当の名前を知っているのか。
それはドルファンの歴史の根幹に迫る秘密だし、例えカルノーがピクシスの人間であったとしても、所詮分家の人間で次期当主筆頭の権利もない男が知っているとは思えない。
しかしカルノーが語ったのは、まさに驚きの言葉だった。
「ローズバンク手記を知っているかい?」
おもむろに言ったカルノーの言葉に、私とプリシラは一瞬お互いの顔を見た。
「読んだことがあるわ」
私が言うとカルノーはその整った顔にわずかに皮肉めいた笑みを浮かべた。
「僕も読んだよ。もっとも、僕が読んだのはピクシスに保存されていた写本だったわけだけれど」
ローズバンク手記には写本があったのか。しかもそれはピクシス家に所蔵されている。道理であの手記の一般公開からの発禁処分が早かったわけだ。
カルノーはそのまま続けた。
「僕は元々祖父とは折り合いが悪かったが、あの手記を読んだ事でお互いの溝はより明確に深まった。能力のあるデュノス公を追いやってまで旧家の両翼の利権を守りたいのか、と。それにあの手記を読んだ以上、デュノス公が生存している事が分かったし、ヴァルファバラハリアンとダナンのベルシス卿との関係を考えれば、破滅のヴォルフガリオの正体など容易くたどり着いてしまうさ」
カルノーがローズバンク手記を読んだ事があるのならその理屈は筋が通るし、彼が破滅のヴォルフガリオの正体を知っている事も理解は出来る。
「だが、ローズバンク手記はあくまでもレイス・ローズバンクの主観と視点による手記だ。歴史の真実がすべて書かれているわけではないし、彼女がデュノス公の下を離れてドルファンに帰ってからの事は殆ど彼女の恨み節しか書かれていない」
それはローズバンク手記を読んだ時に私も感じていた事だ。
レイスがダナンを離れて以降の父とミーヒルビスの足取りや行動は、もちろん書かれていない。
それから数年間、父はダナンに滞在している。
「デュノス公がダナンに潜伏している事をピクシスは掴んでいた。他に頼るところもないだろうから、そうなるのは必然だったわけだが。そのダナン滞在中の監視活動もピクシスは行っていたし、記録に残していた」
私は喉元に突き付けていたレイピアをいつの間にか離していた。
カルノーはすでに抵抗する様子もなく、半分に割れた仮面のまま淡々と語り続けた。
「ダナンで療養と今後の体制作りにキミの御父上が躍起になっている時、レイスがいた時から一緒に身の回りの世話をしていたメイドが引き続きキミのお父上を担当していたんだ。ベルシス卿が用意した、彼が最も信頼を置いていたメイドだ。もともと親族の娘だったようで、それをベルシス卿がわざわざ呼び寄せた上で手元に置いて教育を施したそうだ」
静まり返った夜のサーカスのテントの中で、カルノーの声と私とプリシラの息遣いだけが響く。
カルノーは私の方を見ると、短く息を吸ってから言った。
「隠密のサリシュアン。君のその名前は、母方の姓を名乗っているそうだね」
「……そうよ」
「君の母君の名前は、メリッサ・ハイマー・サリシュアン。間違いないね」
私は黙って頷いた。母は私が五歳の時に流行り病で亡くなってしまったが、気高く美しく優しい人だった。
ハイマーは母方の祖母の姓、サリシュアンは母が受け継いだ家名だ。
カルノーは小さくため息を吐いた。
「もともとメリッサ・サリシュアンは、デュノス公のメイドだったんだ。ベルシス卿の用意した、ね」
そこまではある程度の話の流れから推測は出来る。
しかしカルノーは、話を続けた。
「だが、デュノス公の専属メイドは一人ではなかった。メリッサ・サリシュアンは双子だったのさ」
「アリッサ……」
私が呟いた言葉にカルノーは一瞬驚いたような顔をしたが、静かに頷いた。
「そう、アリッサ・ハイマー・サリシュアンだ。アリッサとメリッサは本当に甲斐甲斐しくデュノス公に仕えたそうだよ」
ローズバンク手記の原本の最後のページに書かれたメッセージは、この二人に向けたものだったのだ。
だがそれは同時に疑問にもつながる。
私は母が双子だったというような事は聞いたことがないし、母が父と一緒にスィーズランドに逃げ延びた後にアリッサなる人物の影も見た事もない。
その疑問に答えるようにカルノーが続けた。
「デュノス公がダナンを出立してスィーズランドに逃れる際、双子の姉であるアリッサは身重だった。それまでの奉仕に深い感謝を感じていたデュノス公は、身重のアリッサの幸せを考えてダナンに残す事にした。それが約二十年前の話さ」
私が先日の一月の誕生日で十八歳になった事を考えれば父と母はスィーズランドに逃亡してから結婚したという事だ。
「アリッサとメリッサは美しい双子の姉妹として有名だったそうだ。しかもただ美しいだけでなく、とても個性的な特徴を持っていた」
「個性的な特徴?」
それまで黙って聞いていたプリシラが初めて口をはさんだ。
そんなプリシラをカルノーは愛おし気に眺めながら言った。
「この双子は二人揃うととにかく人目を引いたそうだ。なぜならこの二人は双子であるにも関わらず、妹のメリッサはルビーのような真っ赤な瞳に烏の塗れ羽色のような黒髪を、姉のアリッサはエメラルドのような深い緑色の瞳に金糸を集めたような金髪をしていたんだ」
そう言ってカルノーは私たち二人を見比べた。
「そう、まるで君たち二人のように」
私達はお互いの顔を見合わせた。
私の黒髪は母譲り。そしてこの赤い瞳の色も、母から受け継いだ物だ。
プリシラは複雑な表情をその顔に浮かべながら、わずかに震える手でその美しい金色の髪に触れながら、深い緑色の瞳で私を見た。
「待って、カルノー。まさかとは思うけれど……」
プリシラが声にならないような声で言うと、カルノーは目を伏せながら言葉を続けた。
「アリッサ・サリシュアンは君の母君だ、プリシラ」
想像すらしていなかった事実を突きつけられて、プリシラはもちろん、私も言葉が出なかった。
私の母は元々父のメイドで、その双子の姉がプリシラの母?
あまりの衝撃に震えているプリシラに代わって、私はカルノーに聞かなくてはならない疑問を投げる。
「アリッサ・サリシュアンがプリシラの母親だとして……父親は、父親は誰なの」
カルノーは困ったような表情を浮かべながら、やや遠慮がちに言った。
「そこについては記録がない。だからこの件については何も確証がない事だが、おそらく時期的にも状況的にも、……デュノス公だとボクは思う」
今度は私が息を飲む番だった。
客観的に見ればそうなるであろう事は、話を聞いている途中から薄々分かっていたのだ。
そしてそれが真実であるならば、私とプリシラは異母姉妹という事になる。
もっとも遠い親戚どころか、同じ血を持つ最も近い姉妹だ。
カルノーが私とプリシラを見間違えたというのもあり得ない話ではなかったという事なのか。
私とプリシラはあまりの衝撃に言葉もなくお互いをみつめあってしまっていた。
その時、私達の沈黙を破るように遠くに響く雷鳴のような低くくぐもった音が聞こえて来た。
断続的に続くその音にカルノーが反応した。
「……この音はズィーガー砲!? まさか船に気が付いたのか」
「ズィーガー砲ですって?」
私はその単語に思わず聞き返した。
ズィーガー砲と言えばこの国の海の守りの要、海岸線に配備された二十ポンド後込式砲だ。
ここ最近は海からの侵略などは無く、式典の際に空砲が放たれるだけのあのズィーガー砲が稼働しているというのか。
「船って、なんの船よ」
プリシラが動揺も露わに言うと、カルノーは自虐気味に言った。
「シベリアに戻る船さ。本当なら今頃、君と船上にいるはずだった。どうやら同胞も捕らえられたようだ」
カルノーはよろけながらも立ち上がってこちらを見た。
「僕はまだ捕まるわけにはいかない。……妹を、セーラを悲しませたくはないんでね」
そう言って寂し気に目を伏せつつも、腰に差していた投擲用のナイフを取り出すと、私達の方ではなく天井に向けて投げた。
ナイフが一本の縄を切断すると同時にテント内の松明が崩れ落ち、火が消えるのと同時に暗闇に包まれた。
「カルノー!」
プリシラが叫ぶ。
「さようなら、プリシラ。そして、隠密のサリシュアン。君たち姉妹には、もう会う事もないだろう」
暗闇の中、その声を最後にカルノーの気配が遠ざかっていく。
再び訪れた静寂に私もプリシラも何を言っていいのか言葉を探しあぐねていると、テントの入り口から松明を掲げた近衛兵達がわらわらと入ってくるのが見えた。
「プリシラ様─! ご無事ですか!?」
その先頭で声を上げているのは、ミラカリオ・メッセニ中佐だ。
ここで彼らに見つかるのはまずい。私はそもそも一度メッセニ中佐に顔を観られている。
「プリシラ、私は行くわ」
隣で立ち尽くしているプリシラのシルエットに声をかける。
プリシラは驚いたように返事をした。
「ああ……うん、その……ええ、わかったわ」
しどろもどろに答えるプリシラに若干の不安を感じつつ、私は近衛兵達から遠ざかるようにテントの端へと走る。
「メッセニ! ここよ!」
私が離れた頃合いを見て声を上げたプリシラに、メッセニ中佐は松明を向けながら安堵のため息を吐くと同時に大きな声を上げた。
「救護班!! 何をしている! すぐにプリシラ様を暖かい所へお連れしろ!!」
私は客席の物陰からその様子を伺いつつ、先ほどのカルノーの話を受け入れられないでいた。
どこの馬の骨ともつかない村娘だと思われていたプリシラは実は私と異母姉妹で、私と同じようにドルファン王家の血を正当に継いでいるかもしれない。
言葉にすればたったそれだけの事なのに、心の中がざわついて冷静に物事を考える事が出来ない。
私はテントの天幕をレイピアで切り裂くと、何かから逃げ出すように夜の街へと走り出していた。
この小説を書こうと思ったきっかけは、このアイディアを思い付いて形にしたかったからというのも大きな理由の一つです。
みつめてナイトのファンの方からは賛否両論あると思いますが、「みつめてナイト」というゲームの数多あるプレイヤーの世界の中で、ライズ氷解という一つの世界線として受け入れていただければ幸いです。