天堂 傑龍は、日本最強のS級探索者“七人之侍”の一人だ。
しかも盾衛士と剣撃士のスキルを兼ね備えたダブルクラス、聖騎士。日本で一人きり、世界中でもたったの五人しかいないSSレアクラスであり、世界最強ランクの探索者として国内外のダンジョンを攻略してきた。
その上にモデルばりの長身と甘いマスクで、何度も雑誌の表紙を飾っている。スポンサーから提供されたスタイリッシュな白い防護服には、無数の企業ロゴが踊っていた。
ここまで来れば、多少の我儘な言動も許されるだろう。
──しかし天堂は今、絶望の底にいた。
複数の上級魔法士の未来予知スキルによって、今までにない大規模迷宮化災害が予見されたのは三日前。
パニックを避けるため国民には情報が伏せられ、代わりに天堂をリーダーとしたA~S級混合最高戦力部隊の即時投入をもって最速攻略する作戦が立案された。
予知から時間も位置も大きな誤差なく迷宮は発生し、領域内に待機していた部隊は即時攻略を開始する。
道中には過去にボスとして確認された強力な魔物が立ちはだかるも、最高戦力部隊の前に次々と撃破。攻略開始から約四十五分後には、未だ充分な余力を残して十体目の三頭狼を葬り、ボスフロアまで到達する。
順調すぎるほど順調だった。
──そこまでは。
駅ひとつをまるごと内包した広大なボスフロアに、そいつは待ち受けていた。
『聞け、愚昧にして脆弱なニンゲンよ』
全員の脳内に直接、威圧的な思考が響く。それだけで十六人の精鋭部隊の大半が恐慌に陥り、戦意を喪失した。
『我が名は異宮龍皇ドルディガス』
全身を黄金の鱗で覆われた二足歩行の巨大なドラゴン。五階建て屋上ほどの高さから黄金の瞳で見下して、さらに思考を浴びせ続ける。
『終に世界法則の解析が完了した。此日此処より此世のすべて、我が支配圏へと変えようぞ』
それを信じるなら、こいつがあらゆるダンジョンの元凶ということになる。そしてそれが直通の思考である以上、嘘はないと直感で理解できた。
つまりこの異宮龍皇を討伐すれば、迷宮化災害はもう発生しない。各地に残る未攻略ダンジョンもすべて消滅させられるかも知れない。そうなれば、どれだけの人々の故郷が解放されることか。
それが成せたなら間違いなく、ダンジョン禍を終わらせた英雄として社会科の教科書に──いや、人類史に名を刻まれるだろう。
そして、討伐が不可能だと悟ったからこそ彼は絶望していた。
初手の炎息掃射で既にパーティは半壊。スキルで顕現させた鉄壁を誇る白銀の聖盾は飴細工のように熔け落ち、決死で足元に打ち込んだ聖剣は黄金の鱗に弾かれ刃こぼれした。
『そんなものかニンゲンよ。ならば終わりにしてやろう』
彼らの脳内に、宣告が鳴り響く。
再度の炎息掃射に向けて胸部の鰓より取り込む大気の流れが、風となって異宮龍皇の方に吹いてゆく。
この風が止まった時、炎息はフロア全体を焼き尽くすのだろう。
なお、フロアの入り口のゲートは閉ざされている。
ボスフロアからは、ボスを倒さねば出られない。
──無理だ、レベルが違う。どうする、俺だけでも死なずに済む方法はないか!?
「ねえ待って、あれは何かしら?」
パーティのひとりである、無駄にヒラヒラのついた防護服の女が、負傷メンバーに治癒をほどこしつつ緊張感の欠ける声を上げた。
だいたいこの女が悪い。なにが「美しすぎる聖女癒術士」だ。たしかに顔は可愛いしスタイルもいいが、一人分の【熾天結界】しか張れないんじゃ連れてきた意味がない。
「ねえ見て、壁を駆け下りてきてる! あれって人間?」
スポンサーの推薦なんか突っぱねるべきだった。下心からつい口添えしてしまったことを後悔する間も、癒術士は視線を上方に向けて能天気に何かほざいている。
「もしかして壁を越えてきたのかしら……あっ! 跳んだ!?」
ばかばかしい、どんなに戦士系のスキルで身体能力を高めようと、高層ビル並みに高い壁を越えてくることなどできるはずがない。
「うるさい黙れッ! 集中しろ、この足手まといどもがッ!」
いい加減にキレた彼が、他のメンバーへの不満もまとめて吐き捨てたのと、それは同時だった。
ドン、という爆音を響かせて、パーティと異宮龍皇の中間に何かが着地し、土煙をもうもうと巻き上げた。
土煙を風が運んで、その向こうに浮かぶ細身のシルエット。異宮龍皇に背を向けて、片膝と左手は地面に着き、右腕は手刀の形でまっすぐ真横に伸ばしていた。
漆黒と真紅の衣装をまとい、風に銀髪なびかせる少女──悪役令嬢ミレディ。
「悪厄獣 断罪処刑斬」
技名らしきものを口にした彼女の真後ろに、一拍遅れて上空から巨大な塊──異宮龍皇の頭部だけが落下し、更に大きな地響きと土煙を巻き起こしていた。
──悪厄獣の力を宿した右腕の手刀が、異宮龍皇の首を刎ね落としたのである。
「は……?」
呆然とする天堂の視界の中で、少女は悠然と立ち上がる。入れ替わるように、斬首された異宮龍皇の巨体は、スローモーションで前のめりに倒れ込む。
──風はもう止んでいたから、フロア全体に巻き上がった土煙が晴れるまでだいぶ時間を要した。
小山のような巨龍の骸を前に呆然とするパーティの面々は、奇跡的にも全員無事だった。
しかし、その立役者である謎の少女の姿は、すでにどこにもない。
「……なあこれ……俺が倒したってことで、いいかな……?」
天堂の問いかけを、パーティメンバーの誰ひとりとして肯定することはなかった。