RAVENS   作:オリスケ

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プロローグ 決戦、樹木王トールキン
第1話


 

 遙か遠くからやってきた振動が、ズズ──ゥン、と大地を揺らした。天に向かって伸びるビル群のガラスがビリビリと危うく震える。

 衝撃は断続的に響き渡り、まるで街全体が巨大な魔物の背に乗せられたような不安と畏れを、テオス・フラナガンに住む一二五万の住民に植え付けていた。乗用車の倍ほどの大きさをした装甲車が隊列を組み、騒々しいサイレンを鳴らしながらメインストリートを駆けていく。

 

 

 街の一角にある市民博物館は、避難してきた住民達でごった返していた。広々としたメインホールの中央に鎮座する『建国の五賢者』の銅像が、ざわめく人々を静かに見下ろしている。

 その博物館の大広間の隅に、一人の少女がいた。立ち竦む背の高い大人達の中に紛れ、居心地悪そうにしゃがみこんでいる。膝を抱くように腕を丸め、人混みで暗い影のできた大理石のタイルをじっと眺めている。

 

 

「おかーさん……」

 

 

 恐る恐るの呼びかけは、ざわめきに掻き消され誰にも届かない。立ち竦む知らない大人達は、蹲る少女からはまるで壁のように見えて、少女はますます心細く身体をちぢ込ませる。

 あと五分もそこでじっとしていたら、つぶらな瞳から涙が溢れてきたかもしれない。

 しかし、少女に差し出された声が、そうなる未来を奪ってくれた。

 

 

「その子、怪我しちゃったのかい?」

 

 

 すぐ近くで聞こえた声に、少女が顔を上げる。

 一人の少年が、彼女の前にしゃがみこんでいた。

 少女は最初、彼が博物館の職員かと思った。着古したベストに煤で汚れたジーンズは、前に昔の絵本で見た魔道具ギルドでバイトする男性を連想させた。ミルクチョコのような淡い茶色の髪は、清潔感はあるがぼさぼさだ。くせがひどくあっちこっちに跳ねさせている。

 凜とした黒目は自ら光を放っているかのように力強い。乱暴そうな第一印象を与えるが、浮かべる笑顔はその印象を拭い去るくらいにとびきり優しくて、少女は身体の緊張を解く。

 少年は少女の胸元を指さす。少女は腕を解き、抱き締めていた人形を少年にも見えるようにした。かわいらしくデフォルメされた美しい顔。昔の貴族を思わせる豪奢なドレスを纏い、手には一本の杖を携えている。

 

 

「オフィリア・ソーンだね。竜と共に国を守るお姫様。俺も子供の頃によく絵本を読んだよ……良かったら見せてくれないかな。俺はおもちゃのお医者さんなんだ」

「お医者さん……?」

「そう。きっとお姫様の病気も治せるよ」

 

 

 力強く言われて、少女はおずおずと、胸に抱いていた人形を手渡す。

 少年は受け取った人形をつぶさに観察すると、着ていたベストを捲った。ベストの裏地にはたくさんの工具がびっしりと並んでいて、少女は思わず「わぁ」とびっくり目を丸くする。少年は工具の中からゴーグルを取り出すと、それを通して人形を眺めた。

 

 

「魔力経路は異常なし。動力源も変えたばかりっぽいけど……ん。ああなるほど、スペルコードの頭が外れているのか」

 

 

 ひとり言を呟きながら、少年は腰のポーチをゴソゴソまさぐって、小指ほどの細さの不織布テープを取り出した。

 人形の靴底をピンセットで外すと、内部の機構が露わになる。ほんのり発光する小さな黄銅に、ポリエチレン樹脂に呪文を刻み込んだスペルコードが渦を巻いている。

 少年は不織布テープにサラサラと呪文を書くと、小さく千切ったそれでスペルコードの先端から黄銅を繋げた。ゴーグル越しに、黄銅の小さな光が羊皮紙を通じ流れていくのが分かる。

 

 

「よし、これで大丈夫だ。起動の呪文は覚えてるかな?」

 

 

 少女がこくんと頷き、物語で語られる言葉を紡ぐ。

 

 

「其は空を舞うつむじ風。自由の空に羽ばたかせたまえ」

 

 

 ささやかな声音で紡がれた呪文が、小さな奇跡をそこに産む。

 人形は一度ぴくりと震えると、するりと少女の腕の中から抜け出した。軽やかに床に降り立つと、目を丸くする少女に見守られながら、手にした魔法の杖をゆっくりと天に向ける。

 ふわっと、風と光が舞い上がった。杖の先端から産み出された綿毛を彷彿とさせる色取り取りの光球が、一緒に放出された風と一緒に天井に向かって上昇していく。

 

 

「わぁ……!」

 

 

 少女が歓声を上げる。周りにいた人達も、騒ぐのを止めて瞬く光を見上げる。それは外の騒ぎを一瞬忘れてしまえるくらいに美しい光景だった。

 人形は杖の先端の光を収めると、ぺこりと一礼して少女の腕の中に戻ってくる。少女は人形を、さっきよりも気持ちを籠めてぎゅうっと抱き締め、少年に礼を言った。

 

 

「ありがとう、お医者さんのお兄ちゃん。お兄ちゃんは、本物の魔法使いなんだね!」

「魔法使いじゃなくて、魔導技師っていうんだ。けれど、どうもありがとう。君が笑顔になれてよかった」

 

 

 修理ツールをベストの裏にしまいながら、少年が笑う。

 次第に消えていく光を追いかけて、人混みの向こうから女性が一人姿を見せた。きょろきょろと辺りを見回し、少女を見つけると大慌てで駆け寄り、ひしと抱きしめる。

 

 

「……イオ? イオ! ああ良かった、ちゃんと博物館まで来てくれたのね!」

「ママ!」

「魔術光が見えたからまさかと思ったの。見つけられて本当に良かったわ」

「お兄ちゃんがオフィリアを治してくれたの。お兄ちゃん、すっごい魔法使いさんなんだよ」

「魔導技師、ね……」

 

 

 少女があんまりに目を輝かせて言うので、彼は誰にも聞こえないくらいのもの凄く小さな声で指摘するに留める。

 その時、一際大きな振動が起きた。ズズ、と建物が唸りをあげ、人々がおぉとざわめく。

 母親の腰にぎゅっと抱きついて、少女が聞いた。

 

 

「わたし達、だいじょうぶ? 魔物がやってきて、食べられたりしない?」

「大丈夫だよ。ここには結界が張られてる。優秀な魔導技師が何人も集まって組んだ防壁だ。オフィリア姫にだって負けないくらい凄いんだぞ。だから俺もここに逃げてきた訳だし」

 

 

 『魔導技師』の言葉を殊更強調し、自分の事のように得意気に胸を張った、その時だった。

 まるで至近距離から凝視されているような、ひや、と背筋がむず痒くなる嫌な感覚。

 まさかと思う前に、声が響き渡った。

 

 

『いたーーー! ひゃっはは、やっと見つけたぞ、アラン!』

 

 

 粗野で幼い子供の声が、少年の頭の中だけに響き渡った。

 少女に笑顔を向けたまま、少年がぴたりと動きを止める。

 

 

「……あー……そう。避難するだけも退屈だろうし、よかったら博物館の見学でもしていかない? 俺も何回か来てて、結構詳しい──」

『きひひ、聞こえないフリしたって無駄無駄ぁ。もうアタシの〈目〉もお前を捉えちまったよ』

『万事、休す……覚悟決める、べし』

 

 

 粗暴な幼女の声に、ゆったりと眠たげな別の幼女の声が続く。それも少年の頭の中だけに響いており、目の前の親子は、急に動きを止めた少年を怪訝そうに見つめている。

 

 

『お勤めをサボタージュとはいいご身分だなぁアラン。外のバカ騒ぎが聞こえねえのか?』

「……サボってないよ、スカイ。いいかよく聞いてくれ、俺は今日は非番なんだ」

『悪党は、休みとか知らない。だから私達も、休みとか、知ったことじゃない』

 

 

 人を嘲るような意地悪な声と、眠気を孕んだのんびりした声。正反対の、けれどどちらもとても幼い声が、両者とも面白がる気配を隠しもしないで少年の頭の中で騒ぎ立てる。

 少年はうんざりと天を仰ぎ、深々と溜息を吐き出した。

 

 

「なあ頼むよスカイ/ホロウ。俺は今日質で魅惑の品をひとしきり物色して、Lサイズのポテトを付けたハンバーガーを腹一杯喰って、三ヶ月前から楽しみにしてた映画をプレミアシートで観賞する予定だったんだ。ただでさえ警報で都市機能が止まって、俺のゴキゲンな休日のスケジュールが狂ってるんだぞ」

『そういうアラン、フル装備の、臨戦態勢……やる気満々、っぽい?』

「それはお前等がこうしてちょっかいを出してくるからだ。やりたくてやってる訳じゃない」

『ひひ、戦闘員が板に着いて来たじゃねーか。準備ができてるなら止める理由もねーや』

「戦闘員じゃないってば! 職務は果たしてるだろ、頼むから俺を巻き込まないでくれよっ」

 

 

 声を荒げた少年が、続いて訪れた猛烈な嫌な予感に、ぴたりと言葉を止めた。

 

 

「……待てスカイ。今なんて言った? 止めるって何をだ?」

『分かってるくせに。言っとくけどもうおせーからな。はいホロウ、カウントスタート』

『さーん、にー、いーち』

「オイ待て待て、馬鹿お前それはやりすぎ──」

 

 

 慌てて制止に入るも、もう遅い。

 顔を上げたアランは、博物館のガラス窓から覗く青空に小さな影を見た。影は見る間に大きくなり、人型の輪郭を形取る。

 飛来する人影は、左腕を思い切り振りかぶっていた。ボ、ボ、ボと断続的な破裂音がして、二の腕あたりが橙色の焔を吹き出す。

 魔術的な攻撃の気配を察知して、博物館に組み込まれた魔術防壁が作動。黄土色をした透明な防壁が博物館を球状に包み込む。

 魔術災害の避難先となるだけの堅牢な魔術防壁に、人影は拳を躊躇いなく叩き付けた。

 瞬間、特大の爆轟が産まれた。衝撃が駆け抜け、魔導防壁と、その向こうにある博物館の窓に風穴が開く。

 甲高い音を立ててガラスが砕け散り、陽光を反射して星屑のようにきらめく。割れた窓から陽光が差し込みスポットライトのようになった博物館のホールに襲撃者が着地。焔を抱いていた鋼鉄製の左腕から、シュウウと廃熱の蒸気が吹き出す。

 襲撃に慌てふためく人々を無視し、侵入者はギッと顔を上げ、青ざめる少年を睨み付けた。

 獣のような女性だった。鬣のように振り乱した金髪。瞳は赤く眼光鋭く、口元には牙のような犬歯が覗く。

 耳に輝く沢山のピアス。脇まで覗く大胆なノースリーブ。右肩には『37』という数字が、開かれた胸元には鎖骨のラインに沿うようにして『I FIGHT THEREFOR I AM(我闘う故に我在り)』というタトゥーが刻まれている。

 自身が捕食者であると見せつけるような女性は、その向けるだけで子鼠程度なら卒倒させそうな獰猛な視線を、まっすぐ少年に突きつけた。

 

 

「探したぞアラン! スカイ/ホロウに思念も飛ばさず、手間取らせやがって!」

「手間をかけて窓をぶち壊してんじゃねえよヴィル! どうするんだよお前、今ので博物館の魔術防壁がガタガタだぞ!」

「今日はここまで波及しねえよ。これからビルを四、五本ぶっとばすんだ、ケチケチすんな」

「またお前は雑な暴力思考を──おわっ」

 

 

 言うが早いか、ヴィルと呼ばれた女性は、アランと呼んだ少年の首根っこを鷲掴み、右腕で軽々と持ち上げた。

 

 

「お前のせいで出遅れちまってる。さっさとお祭り騒ぎに繰り出すぞ」

「勝手に騒いでろよ。俺は別に必要ないだろ、巻き込まないでくれ!」

「かったるいこと言うなよアラン。いい加減に諦めて、オレの武器庫だっていう自覚を持て」

「俺は魔・導・技・師・だ! 魔法使いでも、まして武器庫でもねえの!」

 

 

 アランがじたばたと藻掻くが、ヴィルはびくともしない。細くしなやかな右腕一本でアランを抱え上げ、博物館の外へずんずんと歩く。その足音は硬質な金属音がした。

 ショートパンツから覗く艶やかな太股が見えるのはほんの数センチ。そこから先は、彼女の左腕と同じ金属製の魔導義肢が取り付けられていた。ヴィルは複雑な機構を覗かせる両足を滑らかな挙動で動かし、ヴィルとアランと博物館の外に運ぶ。

 

 

「待ってくれヴィル、本当に嫌なんだ! 一日中の非番だって二週間ぶりなんだぞ!」

「文句は休みをぶっ潰した張本人にぶつける事だな。さ、殴り込みに行くとしようぜ! 最短距離で突っ走るぞ!」

「待て待て、移動で寿命を削ってたまるか! 後生だからせめて公共交通機関を使わせ──」

「お前専用のプライベートジェットだ、駄賃は要らねえぜ、お客様ぁ!」

 

 

 言うが早いか、ヴィルはぐっと身を低くし、魔力を爆ぜさせた。両足から発生した爆轟がアスファルトを砕き割り、ヴィルとアランと天高く吹き飛ばす。

 アランの少女のような悲鳴が、あっという間に遠ざかり、聞こえなくなっていく。

 砕き割れた博物館の窓の向こう。人形を抱き締めて一部始終を眺めていた少女が、隣でぽかんと口を開けて固まる母親の裾を握って、呟いた。

 

 

「ママ……魔法使いさんって、大変なんだね」

 

 

 残念ながらアランは、この可憐で純朴な少女に、魔法を科学として昇華し文明を支える『魔導技師』の存在を理解させる事は叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◇

 

 

 

「お、わ、あああああああ──!」

 

 

 肝を潰すアランの悲鳴が、摩天楼の並ぶ大都会に響く。

 跳躍したヴィルは、空中で更に三度爆轟を発生。ソニックウェーブを発生させてビルの屋上に降り立つと、アランを抱えたまま猛然と走り出した。川辺の石渡りのような軽やかさでビルを乗り継ぎ、ブロックとブロックの間、二百メートルはあろうかという隙間を、爆轟を発生させて一息に飛び、風を纏いながら飛翔する。

 

 

「ハハッ、爽快だなぁアラン。たまには屋上の散歩も悪くねえだろ!」

「助けて、助けてくれーーー! 死ぬ死ぬ、吐く、物理的にも社会的にも死ぬーーー!」

 

 

 当然、その挙動は人智を越えており、巻き込まれたアランはたまったものではない。右腕一本で身体を固定され、時速六十キロ近い高速で地上百メートル以上の空間を疾走しているのだ。常人が体験していいスリルじゃない。

 けれどヴィルは、ぎゃあぎゃあ騒ぐアランを見て、たいそう面白そうに笑う。

 

 

「泣いてねえで目ェかっぽじれよ。休日返上したってお釣りがくるアトラクションだろ?」

「これがアトラクションなもんか、落ちたら死ぬだろ!」

「だったらジェットコースターと同じじゃねえか。落とさねえよ、ちっとは相棒を信用しろ。ほら気張れ、楽しいのはこっからだぞ」

 

 

 唇を吊り上げたヴィルは、左腕の義肢を動かし、ぴんと一本立てた指で空を指さした。

 

 

「本日はまこと鮮やかな快晴──時々『種』が降るでしょうってな」

 

 

 ヴィルの指先を目で追ったアランは、それを見る。

 雲一つ無い青空に、真昼の太陽が燃えている。

 その見るだけで心が晴れやかになるような青空に、点々と混じる黒い影。

 それはみるみる内に大きくなると、空を埋め尽くす程の大量な隕石となって、アラン達目がけて降り注いだ。

 

 

「ぎゃあああああああああああああ!?」

 

 

 コンクリートが砕けガラスが割れる音が暴風雨のように巻き起こる。二人に目がけ飛来したそれは、ヴィルの左腕が払いのけ、傍らの屋上に突き刺さる。

 降り注いだそれは円錐形をしており、表面は樫の木のような硬い樹皮を想起させた。先端部からは、椿のような淡い紅色の、何か分厚い布のようなものがほんの少し覗いている。

 咲きかけの蕾のようだ。そうアランが思った瞬間、それはもぞりと蠢き、たちまちもの凄い勢いで根を伸ばし、コンクリートをバリバリと貪り始めた。

 

 

「オイオイオイオイ、何だよアレ!? 種がビルを喰ってるぞ!」

「あ? なんだお前、声明聞いてないのか」

「声明? 街をぶち壊す狂人の妄言なんていちいち関わってられるかよ」

「まあまあ、聞いてみろよ。今回のはひときわ傑作だぞ──お、ちょうど見えてきた」

 

 

 そう言いヴィルが指さした先、これから自分たちが向かう場所を見て、アランは驚愕で顎が外れるかと思った。

 街に、大樹が生えていた。無数の幹を寄り集めて捻じ合わせたような、ビルより太い面妖な植物が、周囲のビルを押し倒しながらハイウェイのど真ん中に屹立していた。

 いや、屹立するばかりか、それは今この瞬間にも成長を続けていた。大地に伸びた根は、放棄された車を次々となぎ倒しながら、怒濤の勢いでハイウェイを埋め尽くしていく。

 その根の一本一本もバス二台分以上の太さがあり、所々で根同士が絡まり合い、小規模の樹木の塔を形作っていた。その先端が時々膨れあがり、先ほどアラン達に降り注いだ種子を天高く吹き出している。

 想像を絶する非常識な光景に目を見開くアラン。その時、頭の中にスカイ/ホロウの念動通信が入ってくる。

 

 

『ほいよー、繋げてやるぜアラン。ちょうど奴さんの声明の時間だ』

『あたおかの、スピーチ。ちょーウケる』

 

 

 よく見れば、中心の大樹の中程に人型をした姿があった。太い幹の一本が、隆とした老人の上半身を形作っている。

 さながら古代に作られた神の彫像のような雄々しい老爺だ。樹木と一体となった彼は、その堀の深い顔を憤怒に歪め、深く響き渡るような声を張る。

 

 

「我はオズフェロ・キュベリゼ・オルソ・デル・トールキン。フラナガン南西部の森を司るドリアードの王であり、此度に於いては、貴様等愚かな人間に粛正を果たす怒りの権化である」

 

 

 その見た目に相応しい荘厳な声音で、トールキンは続ける。

 

 

「貴様等人間は、およそ六〇〇年前より力を著しく増長させ、非常に傲慢になった。無遠慮にも森林を伐採し土を石で固め樹木より高いビルを築き、我々ドリアードの生息域を侵し続けている! ──だがそれはいい。命が移り、時代と共に環境が変わるのは世の常だ。人が街を立て、魔具工場の排ガスで空気を汚そうとも、自然と共に生きる我々が介入するべきではないと考えていた──だが、しかし! 貴様等は、我々の恩情を踏み付けたのだ! 此度の狼藉ばかりは、穏健な我々も萼を枯らした!」

「萼を……なんだって?」

「トサカに来たって意味らしいぜ」

 

 

 ヴィルは既に吹き出すのを堪えている。トールキンは悦が入った様子で拳を握り、燃えたぎる怒りを吐き出した。

 

 

「貴様等人間は文明開拓でドリアードの生息域を縮めるばかりか──あろうことか我々の森にミントを植える愚行を働いた! お陰で森の一画の生態系が死に、清涼感溢れる地獄と化した! これはれっっっきとした侵略行為である!」

「……、………………」

「いくら何でもこれは許されない! 『環境活動』など称して世界に優しい活動と言わんばかりなのが特に特に癪に障る! ミントを植えて環境改善とか馬鹿か!? いいか自然とは調和なのだ! 草と虫と小動物達の複雑な食物連鎖のシステムで成り立っているんだよそんな事は初等教育で学ばせるべきだろうが、ええ文明よ!?」

 

 

 トールキンは、怒りのあまり語彙が安直になるほどブチ切れていた。

 唖然とするアラン。ゲラゲラと笑ったヴィルが、腹を押さえながら言った。

 

 

「……な、ウケるだろ?」

「ウケねえよ!? 種族規模の喧嘩を吹っ掛けてんじゃねえか! どっかの馬鹿な環境活動家(笑)のせいでフラナガンが崩壊寸前じゃねえか!」

「我々はこの愚昧なる侵略活動に、侵略で以て報復する! ミントに脅かされた同じだけの痛みを味あわせるために、テオス・フラナガンの一〇パーセントを平らな沃土と変えてやる!!」

「ほらーもうマジギレじゃんかよ。なまじ向こうも被害者だから怒るに怒れねえよ……」

「はっはは、気楽にいけよアラン。売られた喧嘩を買うだけだし──フラナガンの危機ってんなら、オレ達《レイヴン》の領分だ!」

 

 

 そう言ってヴィルは、地面を蠢く根に向けて、左腕の義手を突き出した。

 義手の二の腕には円筒形の機構が組まれており、輪状に配置されたアンプルを差し込む八個のシリンダーが内蔵されている。

 見た目の通り〈リボルバー〉と銘打たれたその機構ががちりと回転し、橙色の粉末の詰まったアンプルが籠められる。

 籠められたアンプルは、ヴィルが魔力を流した途端に活性化し、爆発と共に放出。空中で猛烈な火焔となって、地を走る根に直撃した。大地を舐めるように広がった火焔が、根をみるみる内に炭へと変えていく。

 

 

「まあ細かいことはおいておいて、しばらくぶりのお祭り騒ぎって事だ! 火力が足んねえんだよ。弾出し頼むぜ、親愛なるオレの武器庫サマよっ」

「魔導技師だっての! 待て、だったらここで下ろしてくれ。お前と一緒だと命が幾つあっても足りない!」

「ここに一人ぼっちでいたら、適当にぶちまけられた種に一個きりの命を喰われちまうぞ。まったく、守ってやるオレに感謝しないとなぁ?」

「そういうのマッチポンプって言──どわあああっ」

 

 

 アランのツッコミを待つ暇もなく、根がビル壁を這い上って迫ってきた。ヴィルが跳躍し、アランの悲鳴が摩天楼群に木霊する。

 ヴィルは空中で身を翻し、今度は水色の液体で満ちたアンプルを充填させ、行き先のビル壁を伝う樹木に向け発砲。吹き出した液体は樹木に浴びた瞬間に反応し、たちまちの内に凍りつかせてしまう。

 霜の降りたビルの屋上に降り立ち、ヴィルは左手のホルスターをガションと音を立てて展開し、空になったアンプルを地面に散らせる。そうして右脇に抱えたアランに、義手の指をちょいちょいと動かして催促した。

 

 

「今ので弾切れだ、補充分くれ」

「ったく……何がいい?」

「燃やせる奴をありったけだ。キャンプファイヤーと洒落込もうぜ」

「燃獅子の胆汁は高いんだぞ、あんまりバカスカ撃つなよな」

「何言ってやがる。道具ってのは使ってナンボだろが」

 

 

 抵抗を諦めたアランが、懐のポーチからオレンジの液体で満ちたアンプルを取り出し、ヴィルの左腕の〈リボルバー〉に装填する。その少しの時間で痺れを切らしたのか、ヴィルは充填と共に跳躍し、再び戦場に身を躍らせる。

 爆発を発生させる義足の能力を十全に発揮してビルからビルへ飛び移り、左腕の〈リボルバー〉から火焔を放出して焼き払う。その動きは危なげなく鮮やかで、猛烈だった。

 しかし、それを以てしても街を脅かすトールキンの樹木は巨大だった。道路を埋める根の量は凄まじく、焼いた所で足止め以上の意味を為していないらしい。

 

 

「このまま遊んでても埒あかねえな、どっかで勝負をしかけねえとだ」

「ヴィル、九時方向に突起が沢山だ。種を吐き出そうとしてる!」

「九時ってどっちだ、分かるように言えバカ!」

「バカにも分かるように言ってやるよ、左だ左!」

 

 

 舌打ち一つ、ヴィルが視線を向ければ、大通りに絨毯を敷くように広がった根から十近くの柱が伸び、先端を大きく膨らませていた。

 種子の雨が降れば、被害は更に拡大する。ヴィルはビル壁を爆轟と共に蹴り飛ばして肉薄し、手近な一柱に火焔をぶちまけた。瞬く間に灰と化すが、ほかの柱は先端をブルブルと震わせ、街に種子の雨を降らせようとする。

 

 

「二章三節──猛火は竜尾の如く艶やかに、愚者の大地を舐滅させり」

 

 

 琴を爪弾くような流麗な声が響き、突然に大地から業火が噴出した。巨大な火柱は瞬く間にストリートを埋め尽くし、根の絨毯を箒で掃くように炭化させる。

 視線を上げれば、青空を背にして一人の女性が浮いていた。

 腰まで伸びた豊かな茶髪。黒字に赤いリボンをあしらったバトルドレスを着こなし、ぱっちりと大きな理知的な瞳には知性の光が宿っている。

 高貴な気風を放つ彼女は、胸の前に浮遊させた魔導書をぱたんと閉じて、優雅に微笑む。

 

 

「ごめんなさいヴィル。横取りしちゃったかしら」

「いや、助かったぜブレアスト。相変わらず派手な魔法だな」

 

 

 魔女ブレアレストは、彼女の周囲に浮遊する本を手にして優雅に微笑んだ。

 

 

「範囲殲滅なら、私のグリモアの専売特許よ。これ以上の被害は心配しないで、そっちは根本の解決の方をお願い」

「了解。っていうか、お前だけか? ヴィジブックの旦那はどうしたよ」

「例の如く傍観よ。知っての通り、ボスは外に出たがらない人だから。私達に任せて大丈夫って思われてるなら、光栄に思わないとね」

「ふぅん、この規模でも出てこないのか。ちょっと楽しみにしてたんだが」

 

 

 アランにアンプルを装填してもらいながら、ヴィルが言う。そうしている間にも、ズズ……という地響きは絶え間なく続いている。

 ぽむと手を打って、ブレアレストが言った。

 

 

「さ、世間話している余裕はないわ。ボスのためにも、私達《レイヴン》のすごい所を見せつけちゃいましょ……それじゃ、私は行くわね。デートの邪魔してごめんなさーい」

 

 

 ひらひらと手を振って、ブレアレストは次の殲滅先を目指して飛んでいく。

 優雅にはためくバトルドレスを見送って、ヴィルに右脇に抱えられたアランが呟いた。

 

 

「……コレのどこがデートに見えるんだ?」

「アイツはお嬢様だからな。金持ちの間じゃ、鞄持ちのことを彼氏って呼ぶ風潮でもあるんじゃねえか?」

「今のオレは鞄持ちじゃなくて鞄そのものだけどな……誰が荷物だコラ!」

「誰も何も言ってねーだろが」

 

 

 暴れるアランに冷たく言い放ち、ヴィルは再び跳躍。戦場へと舞い戻る。

 目指す先は樹木の中心。大樹の中ほどから枝を伸ばして街を俯瞰するドリアードの王、トールキンだ。ヴィルは行く手を遮る樹木を義手で殴り飛ばしながら、ビルからビルへ飛び移って街中を飛ぶ。荷物扱いに早々に慣れてしまったアランは油断なく視線を這わせて、ヴィルのもう一つの目として周囲を警戒する。

 そのアランが、眼下、根の絨毯をひた走る小さな影を捉えた。

 

 

「……ん、ヴィル。下にいるの、イスラさんじゃないか?」

「同じく親玉狙いかな。んじゃ、挨拶でもしとくか」

 

 

 ヴィルが機動を変え、襲いかかる根を殴り飛ばしながら人影の元に飛来する。

 根を走る男性は、身の丈に匹敵するような細長い剣を携えていた。彼は凄まじい速度で根を駆けると、進路上にあった樹木の柱の一つに向けて剣を振りかぶり──その姿が搔き消える。 

 正確には、搔き消えたように見えただけだ。瞬きの後には彼は柱を追い越しており、樹木の柱は数秒後、ようやく気付いたように全身に賽の目状の亀裂を走らせ、粉々に瓦解する。

 傍らにあったもう一本の柱を焼き尽くして、ヴィルが彼の隣に降り立つ。

 溜息の出るほど美しい男だった。スラリとした長身、透き通った凜々しい目鼻立ち。雪のように白い肌には染み一つない。さらに男の耳は長く、外側に向けてぴんと尖っていた。

 街で見ることはほぼ無い辺境種族エルフの青年、イスラは、隣に併走するヴィルを見て人なつっこい穏和な笑みを浮かべた。

 

 

「やぁヴィル、アラン。君達も加勢に来てくれたのか」

「俺はほぼ拉致みたいなもんですけどね……」

「そうだアラン。君に会ったら聞きたいと思っていたんだ。この服をどう思う?」

 

 

 全力疾走を続け、また一本の柱を細切れにしながら、イスラが自分の上半身を指さした。

 

 

「どうって……、…………その…………」

 

 

 問われたアランの表情が曇る。

 絶世の美貌を持つイスラは、なぜかTシャツ一枚だった。いかにも安いイエロー生地の前面には、ポップにデザインされた摩天楼群と、やけにデカい『TEOS FRANAGAN』の文字が大袈裟な色とフォントで書かれている。その明らかに低品質なプリントを見せつけるように引っ張って、イスラは子供のようにキラキラと目を輝かせて聞いてくる。

 

 

「これほど我々の街テオス・フラナガンを現しているものはないだろう。フラナガン市民が着用する衣服として、これが最もふさわしいデザインではないかと思うんだ。どうかな?」

「……えと、その……前衛的でいいと思いますよ? 好みは人それぞれですよね」

「素直にクソダセえって言えよ。イスラ、そのシャツはどうせ下町の方で三〇ドーズくらいで買ったんだろ?」

「おお。なぜ値段まで分かったんだ?」

「それがバカな観光客から金を毟るための詐欺Tシャツだからだよ」

 

 

 ずおぉ! と樹木が蠢き、波打った根が巨大な壁を産み出した。ヴィルが義手の爆轟で、イスラが鮮やかな剣戟で風穴を開けて突破する。

 

 

「アンタ街に出て何年だよ。いい加減にセンスを磨けよな、せっかくの美貌が泣いてるぞ。ってかスラム付近で買い物すんのやめろ。何回詐欺に遭えば懲りるんだ」

「はっはっは、都会とは目新しいものばかりだからね。ついつい何でも足を伸ばしたくなってしまうんだ。新鮮な体験ができるなら、幾ら払っても高いとは思わないなぁ」

「……おいアラン、オレじゃ話にならねえ。この能天気エルフに、この前貸した十ドーズ返せって言ってくれ」

「ダメだ、俺が先月貸した二十ドーズが先だ」

 

 

 アランが答えを返し、ヴィルが長々と溜息を吐き出した。ファッションセンスが壊滅的なエルフの美青年は、自分が着たドギツいイエローのシャツを見て「これが……ダサい……?」と本気の疑問符を浮かべている。

 襲い掛かる樹木を飛び跳ねて躱したヴィルが、気を取り直してイスラに言った。

 

 

「ともかく、だ。なあイスラ、同じ親玉狙いなら勝負しようぜ。先にあの樹木ジジイのドタマをぶち抜いた方が勝ちだ。オレが勝ったら事務所の掃除当番をひと月肩代わりだ」

「了承した。では私が勝ったら、ジャックロビンスのハンバーガーを奢って貰おう。特性バーベキューソースに粗挽きベーコンととろ~りチーズのトッピングだ」

「先に借金返せやアホエルフ!!」

「喧嘩しないで前見ろヴィル、前ーー!」

 

 

 前方の柱が二人に目がけ種子の雨を降らせた瞬間、二人は競争を始めた。ヴィルが義足の爆轟でビルに登り、屋上を飛び伝って移動する。イスラはそのまま大地を埋め尽くす樹木の根を切り崩してひた走る。

 大樹に迫る二人に、ドリアードの王トールキンも気が付いた。怒りを込めた渋面で吼える。

 

 

「《レイヴン》め、愚かな人間の味方をするか!」

「バカの味方をやる気はねえけどよ。街を壊すんならお前が敵だ!」

「自然の怒りをぉ、遮るなァ!」

 

 

 トールキンが吼え、大樹から無数の根が意志を持つように飛び出し、鋭い先端で二人を狙う。ヴィルはビルからビルへの跳躍を止め、火焔を吐き出して応戦する。

 

 

「くそ、弾切れだ。装填だアラン、早くしろ!」

「ダメだ、燃焼弾が切れた」

「ハァ!? お前な、この肝心な時に……!」

 

 

 ヴィルが毒づいている間も、イスラは全く止まらなかった。彼は姿勢を低く、アランが目で追えないほどの速度で疾走する。波打つ地面など気にも留めず、襲いかかる根も種子も、手にした剣で全て切り刻んでいく。

 

 

「チッ。イスラの野郎、今まで遊んでやがったな!」

「勝負を振ったのは君だ。バーガーは貰ったぞ、ヴィル!」

 

 

 イスラが不敵に微笑む。彼は超人的な身体能力に物を言わせて樹木を駆け上り、一瞬でトールキンの眼前に踊り出た。

 驚きに戦慄く王に向けて、白銀の剣が煌めく。

 

 

「森の使徒として同情はするが、愛する街を守るためだ──切り捨て御免!」

 

 

 鮮やかな一線が、トールキンの身体を胴から真っ二つに断ち切った。樹木の肉体が大地に落ち、彼の身体を大樹に繋いでいた幹も、糸が切れたようにだらんと垂れ下がる。

 しかし、イスラが勝利の余韻に微笑んだのは、ほんの一瞬。

 ざわり、と、大樹全体が再び胎動した。

 

 

「──む?」

 

 

 イスラが疑惑に眉を潜める。

 次の瞬間、大樹から突き出した太い幹がイスラに打ち付け、ボールのように跳ね飛ばした。彼は猛烈な勢いでビルにぶち当たり、ガラスを砕き割ってビルの中に姿を消す。

 

 

「イスラ、無事か!」

『……ああ、問題ない。しかしこれはどういうことだ、首を落としても攻撃が止まないぞ』

 

 

 念話越しにイスラが唸りながら言う。

 彼の言うとおり、大樹はトールキンの喪失をまるで意に介さず、むしろこれまで以上に活発に蠢き街を浸食していく。太い幹がビル壁を伝いコンクリートを噛み潰し、唸りを上げながら倒壊させる。

 迫る樹木を義手義足の爆轟で蹴散らしながら、ヴィルが歯噛みした。

 

 

「片っ端から燃やしていくしかねえってか? 一体何日かかることか……」

「──見えた!」

「あぁ?」

 

 

 それまで押し黙っていたアランが、弾かれたように声を上げた。彼はいつの間にか装着していたゴーグル越しに樹木を観察し、叫ぶ。

 

 

「断片だけどスペルコードの解析ができた。ソイツはダミーで、幹を伸ばす種子が別にある」

 

 

 念話通信を繋げていたスカイ/ホロウがうんざりとした声を漏らした。

 

 

『じゃあ何だ、この木の大洪水の中から種を探せって事か? アタシの目でも相当かかるぞ』

『正直、無謀……進展、ナシでは?』

「心配すんな、もう見つけてる」

『あ?』『う?』

 

 

 スカイ/ホロウが同時に素っ頓狂な声を漏らす。

 アランは振り返り、片眉を持ち上げるヴィルに対し、こめかみをトントンと指で叩いた。

 

 

「俺は一度見たものは忘れない。ここに来るまでに、木が妙に渦巻いてる所があった、あそこがこの樹の海の源流だ。それを叩けばこの浸食も止まる!」

「へ、さすが生き字引のアランだ。相変わらず記憶力じゃ人間辞めてんな!」

 

 

 不敵に笑い、ヴィルが義足を唸らせて跳ぶ。

 果たしてアランが指した場所にソレはあった。樹木の根が寄り集まり、直径二百メートルばかりの巨大な渦を巻いていた。渦の中央には、拳大ほどの赤い果実がある。

 果実の周囲の根が蠢き、トールキンが姿を現した。樹木で描かれた顔を歪め、ビルに降り立ったヴィルを睨み付ける。

 

 

「もう我が植生魔術の核に迫るか《レイヴン》。我が復讐は邪魔させんぞ!」

「癇癪起こしてないで寝てろよ、みっともねえぞジジイ!」

「それだ、貴様等には自然への敬意が足らん。文明に虐げられる自然の怒りを知るがいい!」

 

 

 トールキンが手を振りかざすと、渦巻く樹木が一斉に、ヴィルの立つビルに襲いかかる。

 これまでの非ではない密度と威力の、樹木の怒濤。マトモに当たれば、ビルごと粉々に砕かれてしまうだろう。

 

 

「三章五節──"さあ、空を仰ぎ照覧せよ。天頂の焔は業持つ貴様等の骨をも滅却せん"!」

 

 

 その樹木の洪水を、頭上から降り注いだ巨大な火球が吹き飛ばした。加勢に来たブレアレストがグリモアを捲り、次々に呪文を唱え、灼熱を浴びせかける。

 しかし、トールキンの心臓部であるそこは密度も段違いだった。全てを焼き尽くすブレアレストの炎も、種子とトールキンまで届かない。

 じっと観察していたヴィルが、一度決意を籠めて頷いた。

 

 

「決めるぞアラン、KeA弾よこせ」

「は? なんだそれ」

「分かれよ相棒、みなごろし(Kill em All)弾だよ!」

「俺の作品に勝手に物騒な俗称を付けんな! 分かるけどっ!」

 

 

 アランがポーチの中から、握り拳ほどもある太いアンプルを取り出した。真っ赤な液体の中に、両生類の卵のような黒い玉が無数に浮いている。それを受け取ったヴィルが、左腕のシリンダーを丸ごと取り外し、赤いアンプルを取り付ける。

 子供のように張り切った様子で腕を回し、ヴィルは右手の、義手ではない彼女本来の拳をアランに突き出した。

 

 

「そんじゃ。一発ぶちかましてくるぜアラン」

「ったく。贅沢に暴れ回ったんだ、最後はきちんとケリ付けろよな」

 

 

 溜息交じりに応じて、アランも拳を突き出し、重ね合わせる。ごちん、と力強い衝撃が拳から全身を巡る。

 いつの間にかお決まりになった挨拶を交わして、ヴィルは跳んだ。高く高く、フラナガンの青空に飛び込むようにその身を解き放ち、地面に渦巻く樹木の大渦のど真ん中に躍り出る。

 獣のように牙を剥き、ヴィルは左腕の義手をぎゅっと力を籠めた。ヴィルの魔力に反応してアンプル内の液体が煌々と発光を始め──瞬く間に、空気を揺さぶる猛烈な熱を放ち始める。

 

 

「破壊工事がしてえなら手伝ってやるよオッサン──コイツでここら一帯、テメエごと更地にしてやらぁ!」

 

 

 吼え立ち、ヴィルは殴りつけるようにして、左腕に籠められた魔力を一気に解き放つ。

 赤い液体は大陸北端部の火山に生息する火蜥蜴の精製液、黒色の球体はその火山で最も死者を出している炸裂蜘蛛の無精卵だ。アランが大陸で手に入れる事のできる最高火力の雨が、フラナガンに流星群の如き絨毯爆撃を巻き起こした。

 猛烈な熱波が爆業と共に吹き荒び、渦巻いていた樹木を紙切れのように引き千切る。目も潰れる程に眩い炎が一気に膨れあがり、爆心地から半径百メートル余りを紅蓮に塗り潰した。

 遙か古来からそうであるように、樹木が火に勝る道理などない。しかしドリアードの王が復讐のために練り上げた魔術は、その道理すらも覆そうとしていた。

 爆炎が晴れた先に残るのは、未だ燃え盛る炎の大地に、血のように赤い一つの種子。

 

 

「なんて硬さなの。あの一撃で焼けもせず、割れもしないなんて!」

 

 

 ブレアレストが驚きに目を見開き叫ぶ。そうしている間にも、種子は底部からざわざわと根を生やし、再び大地を蹂躙しようと藻掻く。

 

 

「往生際が悪いぜ、植物ジジイ!」

 

 

 その種子の前に、ヴィルが降り立った。牙を剥いた獰猛な笑みで左腕を振り上げ、ぐっと力を籠める。

 アンプルを打ち切った左腕に残る機能は、アンプルの射出や移動に用いていた爆轟だけ。しかしヴィルの顔に宿る闘志は、それに一切の不足を感じさせない。

 たちまち、猛烈な量の魔力が左腕に流れ込んだ。内部駆動が唸りをあげ、金具同士が打ち合うガチガチという音が鳴り響く。さながら、臨界点を超えて回転を続けるエンジンのように。

 それまで呆然と傍観していたアランが、思惑に気付いた瞬間、サッと顔を青ざめさせた。

 

 

「……おい、ヴィル。お前まさか」

「オレのありったっけの魔力で、今度こそそのドタマをかち割ってやる!」

「待て待てやめろ! それはお前の最高出力を想定してないんだよ! 俺の作品をぶっ壊すつもりかバカ!」

「ぶっ壊れねえように作らないお前がバカだろうがバカ! ここで止まれるもんかよ!」

 

 

 ヴィルが乱暴に叫ぶ。その言葉通り、左腕は許容値を大幅に越えた魔力を浴びてバチバチと火花を散らし、ネジの一本を弾けさせる。

 ヴィルは爆発寸前の義手で固い固い拳を作り、赤い種子に向けて猛然と走り出した。

 アランが頭を抱えて半狂乱に叫ぶも、最早手遅れ。泣き言なんかで、戦いに燃える戦士が止まる訳がない。

 

 

「わあああああソレ作るのに幾らかかったと思ってやがる! 待って後生だ、後で何でもしてやるから、せめて中の魔石だけは回収させて──」

「せっかくだからど派手にぶちかましてやる! 左腕ごと粉々にぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇ!」

「俺の財布もふっ飛ばしてんだよふざけんなぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 ヴィルが拳を振り抜き、着弾の瞬間、義手に籠められたありったけの魔力が炸裂した。爆轟と共に放出された猛烈なエネルギーはまるで光の矢のように突き進み、義手を粉々にしながら種子の中央部に風穴を開ける。

 巻き起こった猛烈な衝撃波が発生し、穴を穿たれた種子を粉々に打ち砕く。一つの事件の決着を告げる旋風が、付近の窓硝子とアランのちぎれるような悲鳴を巻き込みながら、大都市テオス・フラナガンに吹き荒れた。

 

 

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