第12話
玩饗王ヒドゥン・レイ・スタンリーが産み出した魔具、生体魔力貯蔵庫『人炉』八四号、フィッツジェラルドによる災害はこうして終結した。
数ブロック分の瓦礫によって構成されていた巨人は、瓦礫の山になって、動く気配はない。
即座に駆け付けたフラナガン市警が、巨人を構成する核であった金属のチューブを取り出し、術式を構成していたスペルコードが完璧に破壊されている事を確認された。
巨人が再び動き出す事はなく、ひとまず事件は一件落着と見なされた。
「街のど真ん中に瓦礫の山を産み出し、更にその中に聖骸〈パズスの虫籠〉を巻き込んでしまった事は実に反省すべき点だが、それでもすばらしい健闘だったと言っていいだろう。お疲れ様、アラン君。本当にお手柄だったよ」
「はぁ……ありがとうございます」
アラン・レイ・スタンリーは、〈レイヴン〉事務所内にある療養室のベッドに寝かされたまま、リーダーのヴィジブックの解説に曖昧な返事を返した。
フィッツジェラルドの一件の翌日。鼻血を吹き出し気絶したアランは、あれからまる一日の間目を覚まさなかった。再び目を覚ました時にはベッドに寝かされており、見知った顔が自分を覗き込んでいたのだ。
気絶の原因は極度の疲労。アランの脳は熱暴走に近い状態だったらしい。アランは未だに頭がくらくらし、意識が宙に浮いているような奇妙な気分でいる。
「興味深い点として、解析されたフィッツジェラルドのスペルコードは、大幅な落丁や意味不明な呪文の並びに変化していたらしいんだ。まるで原稿用紙をマス目に沿ってバラバラにして、文字をランダムに繋ぎ合わせたみたいにね。通常の破損では有り得ない変化で、市警の分析官も頭を抱えていたよ……一体何をしたんだい、アラン?」
「俺に言われても分かりませんよ。あの時は状況もめちゃくちゃだったし、とにかくがむしゃらだったんで……っつつ」
思い出そうとすると、頭がぐらりと重くなる。
ベッドの脇にいたブレアレストが、ふらりとよろめいたアランの頭にそっと手を置いた。
「ヴィジブックさん、今は安静にさせた方がいいわ。アランも横になって。知恵熱とはいえ容態は深刻で、身元を確保させろってフラナガン市警の要請を無視して大慌てでここに担ぎ込んだんだから」
「っ何で、フラナガン市警が俺を……」
「分からないわ。とにかく今は考え事は禁止。あなた、脳神経が焼き切れる寸前だったのよ?」
「いや、大丈夫だよ。話してる方が気が楽だし……今はとにかく、みんなと話していたい」
ベッドに頭を沈ませながら、しみじみと言う。疲れて鉛のように重たい身体も心地いい。〈レイヴン〉の皆と一言交わす毎に、砂漠を渡り歩いてカラカラに乾いた身体で冷たい清水を飲み干すような、染み入るような喜びを感じる。
アランはぽつぽつと〈パズスの虫籠〉から脱出した敬意を語る。彼の絶対の記憶力は、あの鬱蒼とした迷宮をくぐり抜けた時間の事を克明に覚えていた。自分の一生よりも長い時間をかけて、たった一人で迷宮を抜けたのだ。我が事ながら凄まじい根性だと驚嘆する。
息を詰めてアランの話を聞いていたブレアレストが、アランの頭をよしよしと撫でた。
「百年以上も一人ぼっちなんて想像もできないわ……頑張ったのね、アラン」
「褒められるような事じゃないよ。あのクソ親父が、試練なんて言って身勝手に俺に押し付けたんだ。何があっても、アイツに負けるなんてゴメンだ」
「……それで、その迷宮を踏破した結果得たのが、この剣だという訳か」
腕組みをして聞いていたイスラが、ベッドの脇のテーブルに置いていた剣を手にした。細身のレイピアは丁寧に鞣された革の鞘に収まり、今は白い光も出していない。
「試しに抜こうとしたんだが、まるでびくともしない。『抜ける物ではない』というルールが定められているみたいな感覚だった。君以外に抜く資格がないと言うことなのだろう」
「え……ちょ、イスラさん、コレを抜こうとしたんですか? 大丈夫でしたか?」
「この通り、まるで何も起きなかったよ。柄の作りだけでも相当な業物だと分かるからね、ついつい少年の心が疼いてしまったんだ」
「何十年前の話よ、あなたの少年時代って……」
「どれだけ年を重ねようと、男は心のどこかで少年を保っているものなのさ。というわけでアラン、ぜひ見せてくれないか? 可能なら手合わせも願いたい。というか君が剣を取るなんてワクワクするな、私が師事していいか?」
「ダメです。特に手合わせはマジで無理。俺がイスラさんに絶対に付いていけないし……これは多分、そういう道具じゃありません」
目を輝かせるイスラに緩く首を振って否定しながら、アランは剣を受け取る。
そのレイピアこそが、〈パズスの虫籠〉に囚われたアランが得たもの。ヒドゥンが試練と称してアランに課した地獄の経験の成果だ。
現実味を失うほどの澄んだ銀色と、刀身に纏った淡い白光は、迷宮の果てで出会ったウルカという少女が精錬していた武器と同様のものだ。
レイピアを手にし、フィッツジェラルドに突き立てた後の事は――表現のしようがない。流れ込んだ情報量が大きすぎて、思い出そうとするだけで卒倒しそうになる。絶対の記憶力を持つ自分が思い出せないなんて始めての経験だ。
対象の構造を分析し、スペルコードの書き換えを行う。まず人智を越えた能力だ。神々の技術によって作られた魔具――聖骸であるのは間違いないだろう。
ブレアレストもイスラも困惑顔だ。魔術に精通した二人にとってしても、レイピアの力は前代未聞らしかった。目の前でフィッツジェラルドがバラバラに分解される所を見ていなければ、子供の妄想かと思われてもしょうがない話だ。
しかし、一人、ヴィジブックだけは、何か得心が言ったようにふんふんと頷いている。
「そうか、ウルカか。そして〈茫漠緻縫の針〉……針ね」
「何か知ってるんですか、ヴィジブックさん?」
アランが聞く。好奇心が勝っているのか、気分は随分楽になっていた。ヴィジブックは苦笑し、肩を竦める。
「聞いたことがあるって位さ。とても昔の寓話だ。火と金属の神ウルカと、ウルカが産み出す『創世具』の話」
「創世具……? 教えてください、それはどんな話なんですか」
「申し訳ないけれど、僕が見たのも軽く二百年近く前だからほとんど覚えていないんだ。またの機会に調べておくとするよ」
アランが身を乗り出してせがむも、やんわりと断られる。本当に記憶が曖昧なのかもしれないし、今のアランにはまだ早いと思われたのかもしれない。寿命すら克服した文字通りの生きる伝説の思考の全てを読み取る事は、フラナガンの誰にとっても至難の業だ。
ただ、創世具という言葉が、不思議な重みを以てアランの記憶に刻まれる。何か強い、運命じみた引力を感じられた――その運命の先にあるであろう人物の顔を考えると、いい気分ではなかったが。
「ともかく、君の言う通りの聖骸であれば人の身には余る絶大な能力だ。無闇な使用は控えて、しばらくは安静にしておいた方がいいと思うよ」
ぽむ、と両手を打って、ヴィジブックが気を取りなした穏やかな笑みでアランに言う。
しかしアランは、それに緩く首を振って答えた。
「気持ちだけ受け取っておきます。元気になったんで、もう大丈夫です」
「え? ちょっとアラン、せっかく元の世界に戻ってきたんだから安静にしていなさいよ。何か食べたいものある? 果物でも剥きましょうか?」
「平気だよブレアレスト。休みたい気持ちは山々なんだけど……」
ベッドを囲む皆が目を見張る。
周りの視線を一心に浴びて、アランは言った。
気恥ずかしげに、けれどそんな自分を誰より誇るように。
「待たせてる奴がいますから……今はとにかく、魔具を作りたいんです。工房に戻って、今すぐにでも」