第15話
「ここの部品を交換して……これでよしっと」
アランが蓋を閉めてスイッチを押すと、スピーカーからは賑やかなポップソングが流れ出し、集まっていた子供達がわっと歓声を上げた。
「やった、直った! アランってすっげーんだな!」
「だろう? 魔導技師って言うのは凄いんだぞー。お前も大人になったら魔導技師にならないか?」
「あははー、何かメンドそうだからならない!」
「ば、ばっさり言いやがるな……」
引っ付いてくる腕白な少年の頭を撫でながら、アランが鼻高々に言う。子供達を引率していた女性が、ほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます。これで今度のお遊戯会のダンスが開けそうです……あの、お代は」
「このぐらいの修理で金は取りませんよ。今度ジャンク漁りの時に、値ごろな音響魔具があるか探しておきます」
「ああ、何から何まで本当に助かります。ほらみんな、お兄さんにお礼を言いましょう?」
「はーい、アラン、ありがとー!」
幼子の舌っ足らずなありがとーの合唱に笑顔で手を振って、アランは遠巻きに見守っていたエルフの男性の元に戻る。相変わらず美貌が台無しのTシャツとジーパン姿で、アランに向けて微笑を作っている。
「すみませんイスラさん、お待たせしました」
「なんの。微笑ましい光景を見させて貰ったよ。アランは人気者なんだな」
「役に立つから引く手あまたってだけですよ……まあ、悪い気はぜんぜんしませんけど」
さすがに気恥ずかしくて頬を掻き、アランは傍らに置いていた籠を両手で持ち上げた。がしょ、と重い金属音が幾つもして、中の沢山のジャンクが揺れる。
アランが持つ籠も相当な重さだが、イスラは更に数周りは大きい一輪車を引っ張っていた。片手で苦も無く引き摺って、アランと並び歩く。
「本当にありがとうございます。さすがに一人じゃこの量は運べないので」
「私も普段行かない場所を巡れて楽しかったよ。それにしても、このジャンク品を全部修理するのか?」
「気が向いた時に、ですけどね。ヴィルの魔具に転用できそうなのを取り出して、残りは修理して使えるようにして、ちょっとのマージンを付けて皆に売るんです。魔導技師は何かと物入りだし、テムス区には魔具を持っていない人もまだ大勢いますから」
休日の昼間、アランが居を構えるテムス区には若い活気で溢れていた。人口密度が薄いが故に広々とした遊歩道では、ゲリラ的に開かれた露店が肉の焼ける香ばしい匂いを放って行列を呼んでいる。ミュージシャンが路上で弦楽器を奏でれば、大道芸人が即興で芸を演じて人だかりを産む。老人達は道の脇のベンチに座って、酒を片手に賭け事に興じている。
テムス区に街灯はなく、魔導車輌もほぼ走らない。目に付く中に魔具はほぼなく、未だに呪文を唱えて火を付ける旧式の暖炉があるほどだ。
車輌でほんの一時間ほどで辿り着くフラナガン中心部の暮らしとは比べるのも烏滸がましい。しかしその差は格差ではなく、別種の賑やかな幸せだ。
イスラはその活気を全身で感じている。横にぴんと伸びたエルフ耳を揺らして、言う。
「魔具ね……森に包まれて暮らしている百余年の間に、世間は随分と激変したんだな。まさか魔法を唱えるのに呪文すら必要なくなるなんて、想像もしなかった」
「長命種のエルフとしては、この街はやっぱり慣れませんか?」
「慌ただしいとは思う。だって街角の店が数ヶ月おきに変わるんだぞ。今でも混乱してしまうよ……アランこそ、自分で火を起こし、呪文を唱えて魔物を撃退していたあの頃に戻りたいとは思ったりしないのか?」
興味本位で、エルフの青年が尋ねる。
アランは少し考えて、胡乱な声音で言った。
「文明とは元来人の手に余るものだ」
「……それは?」
「クソ親父の言葉です。一人のヒトができる事は高が知れている。そんなヒトが得たのが『利用』という力。その辺に落ちてた棒から始まり、火を、植物を、他の人を、呪文と魔法を、魔具を……そうしてヒトは、『利用』するものをどんどん高度にする事で発展してきた」
蕩々と語って、アランは世間話の調子のまま、苦く眉を潜めてみせる。
「その後、親父はこう続けてましたよ……『利用』こそが、ヒトが神に至ろうとする道程で、ヒトの宿命だと。子供の身長が伸びるのを止められないように、道具は常に人よりも強力に進化を続ける。その文明の拡大は、何者にも止められないのだと」
「何やら不穏な響きを感じるな。私の知る限り、神域に手を伸ばした者は総じて破滅の運命を辿る」
「ええ。クソ親父の言葉と思うとむかっ腹が立ちますけど、核心を突いている気もする……だから正直、大局的な善悪を問われるとよく分かりません。魔法をも技術に組み入れて発展を続けるこの世界が、数百年後にどんな景色になるかは想像もできない」
道具はヒトの手に余る力を持つ。アランはそれを、悪しき父親から身を以て教わった。
自分の魔具が、誰かを殺すことになるかもしれない。それを考えない事はない。だけどアランは、そう考えた上で、それでもと首を振れる。
顔を上げれば、沢山の人の活気がある。
街中に新鮮な肉を届けて焼く技術も、通りを賑わせる楽器も、このような安全を確保するのも、全て魔具がなければ為し得ない事だ。
どうあがいても、人は今まさに文明の上に立って生きている。
「魔具で、生活を便利にする事で、今ここにいる人達の笑顔を増やす事ができる。笑顔でいる人を守る事ができる……俺という一人の人間が、今ここに魔導技師として生きて、魔具を誇りに思うのに、理由はそれで十分です」
「……」
イスラはしばらく、真剣な面持ちでアランの宣誓を聞いていた。
それからふっと唇を綻ばせ、アランの茶髪をわしわしと撫でた。
「わぷっ」
「やはり君は強いな。親元を離れ、決別し、そうも強く生きる指針を定められる。思わず私の身も引き締まるよ」
「ちょ、イスラさん。子供扱いはやめてください」
「何歳差だと思ってるんだ。十分すぎるほど子供だよ。もちろん、その前に勇敢なひとりの男と捉えているけどね」
銀髪の麗人の顔には、背伸びする子供を見守るようなほほえましさが宿っている。同じ《レイヴン》の仲間とはいえ感じずにはいられない経験の差が、アランの胸をむずむずとさせた。
二人はそれから二十分ほどかけてアランの家に帰り着く。
台車を工房に運びこみ、アランはぐっと伸びを一つ。
「ありがとうございました、イスラさん。よかったら、昼飯を一緒にどうですか? 俺が奢りますよ」
「ほう、いいのかい? 先ほど通った道に、ずいぶん旨そうな香りが漂っていたのが気になっていたんだ」
イスラのエルフ耳が上機嫌にぴこぴこと跳ねる。
しかし、男二人の会話に割り込む声があった。思念が接続され、幼女の声が頭に響く。
『アラ~ン、イスラ~、助けてくれぇ~』
「スカイ? どうしたんだ」
『ホロウがまたぐずっちまった。街の監視中に良くない思念を拾っちまったらしくてな』
『ひくっ、ぐす……ホロウ、要らん子、じゃない……叩かない、でぇ……』
『叩かねえよ。だから喧嘩してる奴らに思念を近づけんなって言ってるのに』
辿々しい口調でホロウがべそを掻き、スカイがそれを傍で慰めている。ホロウの泣き声は弱々しく、念話だけでも精神の衰弱が感じられる。放っておくには忍びない緊急事態だった。
「スカイ、イスラだ。すぐそっちに向かう。何が要り用だ?」
『花蜜飴をありったけ買ってきてくれ。ホロウのお気に入りだからな』
「了解した……という訳だ。せっかく昼食に誘ってくれたのにすまないな」
「いえ。というより俺も手伝いますよ」
「心配ない、ここはエルフの脚力に物を言わせてくれ。それでは」
言うが早いか、イスラはさっと身を翻し、屋根を伝ってフラナガン中心部へ去ってしまった。
その背中を見えなくなるまで見送ったアランは、気持ちを切替え、早速作業に移る事にした。
アランのやることはいつだって変わらず、魔具を作ることだ。長机の前に立ち、模造紙をざっと広げる。
「さて、次はアイツにどんな義肢を付けてやろうか……」
アイデアを走り書き、そのアイデアをどうすれば実現できるかを技術的に考え、構想し、図面にしたためる。作業中で最も困難で燃える部分だ。
ああでもないこうでもないと頭を悩ませている間に、あっという間に時間が過ぎていく。念話が接続され、イスラの声がする。
『待たせたなスカイ、注文の花蜜飴だ』
『ふぃー、助かったぜ。ほらホロウ、お前の大好きなキャンディだぞ』
『ぐすっ……スカイが、食べさせて』
『はぁ? お前な、そろそろ飴くらい自分で……あー、という訳でアラン。こっちは何とかなりそうだ。サンキュな』
「うん、安心したよ……ごゆっくりどうぞ」
『ばっ、ひ、一言多いんだよお前はっ!』
上擦った声でスカイが言い、通信が切れる。懸念も消えて、アランは一層魔具製造に集中できる。
図面を引き、必要な資材を洗い出す。アイデア出しの休憩として持ってきたジャンクの修理を挟み、使うのが決まっている材料は先に加工も進めておく。ヴィルの義肢は長く持って三ヶ月、事件が連続すれば一,二週間もありえる。今のうちに作っておかなければ、いつ壊れるかも分からない。
作業に集中していると、時間が経つのも忘れてしまう。
アランがふと我に返ったのは、閉じきったシャッターがノックされたからだった。
「……?」
顔を上げて、入口のシャッターを見る。隙間から覗く光は赤い夕暮れ。がしゃがしゃと、また控えめにノックがされる。
「はいはい、ちょっと待っててくれ」
魔具の修理を請け負ってるので、来客は珍しくない。アランは特に警戒しなかった。
その無警戒を後悔したのは、シャッターを持ち上げてからだった。
夕焼けを背に立っていたのは、黒髪をなびかせた少女だった。華奢な身体を、フラナガン制圧隊の制服に包んでいる。
「こんばんは、アラン」
「……何しに来たんだよ、姉さん」
「そんなに警戒しないで。私にも、さっきみたいな柔らかな声を聞かせて欲しいな」
ミヒル・ヒュースは涼やかにはにかむと、手にしていた紙袋を胸の前に翳して微笑んだ。
「この前の家族団らんのリベンジ。今度は自分でサンドイッチを作ってきたの。一緒に食べよ?」
「タイミングが悪かったな。俺はさっき食べたばっかりだ」
そう言っていなそうとしたのに。アランの鼻はトーストされた小麦の香ばしい匂いを敏感に感じ取り、昼に軽食を食べて以来すっからかんの腹をぐぅぅ……と唸らせた。
いたたまれない静寂。アランがうんざりと天を仰ぐ。
「空気読めよ、俺の胃袋……」
「どうせ集中してご飯も食べてないんでしょ? 味は保証するよ。だから、ね?」
そう言って微笑む姉を理由もなく追い出せるほど、アランは鬼ではない。不精不精、顎をしゃくってミヒルを中に誘う。自室に入れるのはさすがに抵抗感があったので、工房の作業台をそのまま食卓に使うことにした。
「向かい合って座る? それとも隣同士がいい?」
「背中合わせで」
「よし、アランの膝に座って真正面から食べさせあいっこしようか」
「机挟んで向かい合って黙々と食わせてもらうぞ! はい決まり!」
アランは渋々椅子を用意して、向かい合って座る。ミヒルは表情少なめだが、小さな唇は緩んでいて嬉しそうなのが伝わる。
彼女がそんな調子だから、言うべき言葉を言うのも大変だった。
「……姉さん」
「なあに、アラン」
「この前は、ヴィルと一緒に戦ってくれたんだろ? ……ありがとう。お陰で助かった」
「……ふふ。ほらね、やっぱりアランは優しい」
ミヒルが微笑み、アランは何とも言えないむず痒い心地で対面に座る。ミヒルがご丁寧にも用意していた紅茶を、受け取るも飲む気分になれず、湯気立つコップを手の中で弄ぶ。
「……嫌じゃないのかよ。こんなしかめ面の弟と一緒に飯なんて」
「なんで? 家族と一緒にご飯を食べたいって思うのは当然でしょ? 昔はアランも、学校の事とか沢山お話してくれたじゃない」
「いつの話をしてるんだよ」
「いつだっていいよ。アランはずっと私の弟なんだから」
柔らかな姉の笑顔には、こちらの文句を封殺してしまう不思議な強さがある。
苦手な相手と話すより、苦手な相手が作ったものを食べる方がいい。アランは両手を合わせて、サンドイッチを食べる。
ローストチキンは柔らかくほぐれ、カリッと焼かれた皮は香ばしい。ハニーマスタードも手作りだった。塩気の薄い味わいは、むしろ素朴で落ちつく。子供の頃に何度となく食べた、心の落ちつく味がした。
まだ自分の過去に折り合いが付けきれなかった幼い頃。ミヒルは落ち込むアランを食卓に誘い、サンドイッチを作ってくれた。向かい合って座ったアランが食べるのを、じっと見つめていた。あなたは一人じゃないよと教えるように。今この時と同じように。
開け放ったままのシャッターの向こうに、夕焼けで赤く染まった空が広がっている。黄昏時の寂寞。自分が今、育ての姉とこうして食事しているのが、酷く不可解な事に思えてしまう。
「……なあ、姉さん。今日は何で俺の所に――」
「ねえアラン。アランが始めてフラナガンに来た時の事、覚えてる?」
アランの言葉を遮るようにミヒルが言った。アランは口を噤み、つっけんどんに返す。
「……覚えてねえよ、そんな昔の事」
嘘だ。類い希な記憶力を持つアランの脳裏に、当時の事は焼き付くように刻まれている。
ただ思い出したくないだけだ。それを、ミヒルがほじくり返してくる。
「私は今でも覚えてるよ。アランが私達の家族になってからちょうど一年が経った日に、父さんが教えてくれたの。アランが、あの大犯罪者ヒドゥン・レイ・スタンリーの息子だって」
「……」
睨み付けて、それ以上喋らないでくれと示す。その意志は伝わった筈だが、ミヒルは構わずに続ける。
「フラナガン市警の本部に、ボロボロのアランが駆け込んできたんだよね。泣きながら『僕を逮捕してください』って、ずっと言い続けてたって……実際、アランの出自を知った市警はアランを捕らえようとした。それを父さんが説得して、アランを家族に迎え入れたんだって」
「……」
「父さんは信じてたんだ。子供に罪はない。アランは絶対に、悪い人にはならない。正義を守るフラナガン市警として、アランを立派に育てる事が自分の職務だって言ってた」
それはアランにとって初耳だったが、意外ではなかった。玩饗王の息子を引き取って育てるという事に対し、周囲の反応は良いものではなかったはずだ。
アランを引き取ったヒュース家は、彼を手厚く育ててくれた。学校に通わせ、家族団らんの食事を徹底した。幼い彼にさえ、その裏側にある固い義務感を感じさせるほどに。
ヒュース家は良い家庭だった。裕福で、厳格で、父は仕事に誇りを持っていた。ミヒルはそんな父の背中を見て、憧れ、フラナガン市警の暴動鎮圧課に所属している。《レイヴン》と共に最前線に立ち、フィッツジェラルドに正面切って立ち向かう程に勇敢な心を育てている。
「物心付く前にお母さんを亡くして、どうしても寂しかった所に、アランが来てくれた。一緒に遊んで、頼って貰えた。反対に勉強は教えてもらったりしたけれど……家にいて寂しいって思う事がなくなった。私、アランに結構救われた所があるんだ」
「……」
「だから、父さんにアランについてを聞いた時にね。自分がちゃんとしなきゃって思ったの。お姉ちゃんとして、アランを目一杯幸せにしてあげようって」
「……」
「アランが、まっとうな普通の人として生きれるように、支えてあげようって」
ミヒルの言葉は、アランの工房に置かれた様々な魔具に反響し、不気味な残響を残した。
ミヒルの言葉の意味は明白だった。彼女はアランを慕い、姉として愛し――この空間を、嫌悪している。
「……また、蒸し返すのかよ」
アランは深々と溜息を吐いた。やはり彼女を入れるべきでなかったと、心から後悔して。
端から分かって貰うつもりなどない。理解されなければ別にそれでいい。なのに彼女は優しく面倒見のいい姉の皮を被って、背中から覆い被さるようにその事実を突きつけ続ける。
魔具で人を殺す親を持つお前が、なぜ魔具を作っているのかと。
「私は、アランのためにできる事は全部やってきた。アランが家を飛びだしても、アランを信じて待っていた。きちんと時間をかけて向き合っていけば、アランも分かってくれるって。きっと普通に生きられるって……私は本当に、アランの事を信じているんだよ?」
諭すようなミヒルの言葉が、氷のようにアランの心を冷やしていく。
彼女がアランにかける期待は、全くの筋違いだというのに。
何度やっても無意味だと、いつになったら気付いてくれるのだろうか。アランのそんな言外の願いは姉には届かない。
そうして彼女は、懐から取り出した書類を机に乗せ、アランの方に滑らせた。
彼女の思う『マトモ』な就職先の斡旋も、いくら言ってもやめようとしない。アランはうんざりした心地で顔をしかめる。
「結局これかよ……勘弁してくれ、俺は《レイヴン》を抜ける気はない」
「違うよアラン。そうじゃない」
「何も違わねえだろ。いいか、姉さんが呆れるまで何度でも言ってやる。俺は姉さんの言うマトモには――」
「違うってば。よく見てアラン、これは逮捕令状だよ」
涼やかな声で、微笑さえ浮かべて、ミヒルが言う。
アランがようやく書面に目を落とし、そこに書かれた文言を認めた時には、ミヒルは確保のために動き出していた。
弾かれたように飛びだしたミヒルが、机に乗り上げ、靴底でサンドイッチを踏みつぶした。次いで繰り出した靴底がアランの胸を叩く。アランは椅子ごと仰け反り、工房の床を転がる。
肺が空気を吸い込むより早く、ミヒルがアランの上にのし掛かった。アランを俯せに押し倒し、腕を強く捻る。
関節が軋む容赦のない痛み。それよりも無視できない、手首にかけられる冷たい鉄の感触。
「がっ……姉さん、何してるんだ!」
「大人しくして。私は制圧課の責務として、暴れる犯罪者を鎮圧させる必要がある」
「誰が犯罪者だふざけんな! なんだよこれ、意味が分かんねえよ!」
ミヒルの鮮やかな手さばきで、もう一方の手首にも錠が噛まされる。後ろ手に縛られ、身体を強く踏みにじられて押さえつけられる。
床を悶えるアランを、ミヒルは変わらない冷静な姉の顔で見下ろしていた。工房の入口から差し込む赤い夕焼けが、彼女の顔に暗い影を落とす。
「説明しなくてごめんね。アランは今、街の破壊を計画した容疑がかかっているの。玩饗王ヒドゥン・レイ・スタンリーと結託して、凶悪な魔具を産み出したって容疑がね」
「……は?」
思わず夢かと疑う程の言葉が飛び出し、アランは目を見開いて凍りつく。しかしミヒルは至って真剣にアランを睥睨する。
「玩饗王の息子というあなたの出自に過敏に反応する人は多い。ましてアランが魔具製造を仕事にしていると言えば、今回の犯罪と結び付けるのは自然な流れだよね」
「ふっ……っざ、けんなよ! 俺があのクソ親父と共犯だと、俺が街を壊しただと!? そんなバカの考えたクソみたいな妄想で、なんで俺が逮捕されるんだ!」
「例え妄想だとしても、世間は納得しない。現にあなたはヒドゥンに接触しつつも生還し、ヒドゥンの魔具を不可解な手段で止めてみせた。本当はあの巨人は、元からあなたの指示で止まるようにしていたんじゃないの?」
「そんな訳ないだろ! 俺はクソ親父に二度と会いたくなんてなかった! 俺はただ親父の意のままになりたくなくて、必死で……!」
「ともかく、フラナガン市警はあなたの疑いを確かなものにした。あなたはその疑いを晴らす責任がある……魔具に触れていなければ、ここまで強く疑われる事もなかったのに」
心から残念そうにミヒルが言う。その声色も、アランを見る瞳も、決意を抱いて動かない。
「やめろ、こんなの間違えてる!」
「心配しないで。私はアランの味方だよ。あなたが無実だって必死に証明するよ。アランが魔具に触れないと約束すれば、きっと世間も、市警の皆も分かってくれる」
「――姉さん!!」
「アランは必ず、私が守ってみせるから」
互いの間には、絶大なほど深い不理解の溝が刻まれている。
燃えるような夕焼けが、テオス・フラナガンの摩天楼の影に沈もうとしていた。