RAVENS   作:オリスケ

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第17話

 

 

 

『――アラン! 大変だ、ヴィルがっ』

 

 

 スカイの切羽詰まった声が響き、アランの胸に途方もない怖気が走った。

 

 

「スカイ。何が起きた、ヴィルがどうしたんだ!?」

『フィッツジェラルドが現れたんだ! テムス区のどこかで襲われたって――って、アラン!? そっちこそ何が起きてるんだ、何で姉ちゃんがお前を縛ってるんだよ!?』

 

 

 泡を食ったようなスカイの声が頭に響く。それに返答をする余裕はない。

 今のヴィルの義肢の事は、作り手であるアランが一番知っている。戦闘に耐えられる作りではない。激しい動きを繰り返せばたちまちひび割れ、破砕してしまうだろう。

 義肢が破壊された先に待つのは、想像すらしたくもない絶望的な終幕だ。

 

 

「――姉さん!」

「うん。スカイさんだっけ、こっちにも念話を繋げてくれたよ。フラナガン市警に緊急出動要請をかけるようにお願いしている」

「言ってる場合じゃないだろ、拘束を解いてくれ! このままじゃヴィルが死んじまう!」

 

 

 アランが悲痛な声を上げても、ミヒルは動じない。夕焼けの沈む藍色の空を背後に、冷ややかな目をアランに向ける。

 

 

「後はフラナガン市警に任せて。テオス・フラナガンとアランの友達を守るために、できる限りの事はする」

「そうじゃないよ、分かるだろ! 早く助けに行かないといけないんだ。ヴィルの義肢は戦闘用じゃないんだよ!」

「だから任せてってば。一人でも多くの命を守るっていう使命は私達も同じだよ」

「見殺しにできないって言ってるんだ! 俺の魔具のせいで、相棒が死にそうなんだよ!!」

「いい加減に状況を理解して! アランは今、フラナガン市警に身柄を拘束されているんだよ! これから更に罪を重ねるつもり!?」

 

 

 冷静を保っていたミヒルが、悲鳴のような声で叫んだ。ギリと歯を食い縛った表情は、まるで最愛の人に裏切られたような、悲痛な失望を滲ませている。

 

 

「これ以上玩饗王に接触したら、アランを疑う声は更に強くなる。アランに対する誤解が解けなくなる! アランが魔具に触れる度に、あなたを犯罪者扱いする声が強まって――私もどんどん、アランを信じられなくなるんだよ!?」

「ッ……!」

「一緒に育ってきた弟が犯罪者になるかもしれない。いつか大好きなアランを逮捕しなければいけないかもしれない。そんな気持ちで過ごす私の気持ちが分かる!? 私は、アランを疑いたくないんだよ!」

 

 

 ミヒルは叫ぶ。溢れ出した感情が、見開いた目尻に涙を浮かべさせる。

 

 

「アランが苦しいのは分かるよ。犯罪者の父親を持って生まれて、つらい目にも沢山あって――私達は、その傷を埋めようとしたよ。絶対に幸せにしてみせるって頑張った! なのになんで戦おうとするの!? 父親の後を追おうとするの!?」

 

 

 アランの卓越した記憶力が、走馬燈のようにこれまでの思い出を蘇らせる。

 自分の作った魔具で人を殺したショックに毎夜悪夢にうなされる幼いアランを、ミヒルは抱き締めて安心させてくれた。背中を引っかかれて蚯蚓腫れを作っても、アランが落ちつくまで絶対に離れようとしなかった。

 玩饗王の息子だという情報は隠しきれず、命を狙われた事もある。路地裏に引き摺って押し倒した男は、包丁を握りしめ、アランがもたらした村の消滅で家族が死んだと涙ながらに絞り出した。そうして振り上げられた包丁もミヒルが止めた。突き飛ばし、アランとの間に立ちふさがった。恐怖でガクガクと震える足で必死に立って、涙ながらに言った。アランは違うと。アランは決して、犯罪者になったりしないと。

 今、あの時と同じような勇気を振り絞って、ミヒルはアランの前に立っている。今度はアランを止めるために。あの時と変わらず、アランを守るために。

 今アランに投げつけられているのは、眩しいほどに純粋な正義の心だった。

 

 

「アランが戦う必要なんかない。貴方の分まで、私が街を守る! だからマトモになってよ! 過去に縛られずに普通に生きてよ! これ以上――私にあなたを疑わせないで!」

「ぅ、ぁぁああああああああ!」

 

 

 彼女の眩しすぎて重すぎる言葉が、アランの魂に、烈火の如き熱を灯させる。

 まるで悪夢を振り払うように、アランは叫んだ。縛られた手を回し、腰のベルト、そこに提げられた革鞘に手をかける。

 ミヒルはアランの事を、魔具製造に精通してこそいるが戦闘能力のない平凡な人間だと理解している。だから身動きを封じれば抵抗される事はないと思っていた――あるいは、逃げ出すまではしないと彼を信じていたか――その油断が運命を分けた。

 アランがすでに怪物に片足を突っ込んでいる事を、心優しい姉は見抜けなかった。

 鞘から白銀のレイピアを取り出す。ミヒルが目を剥くより早く、アランはレイピアの先端を、手首を縛る錠に突きつけた。

 流れ込む情報。単純明快な金属機構の構造理解は一瞬で完了する。

 〈茫漠緻縫の針〉――細断、実行。

 音を立てて、鉄製の手錠が砕け散った。粉砂糖のように崩れる手錠に、ミヒルが何が起きたか分からず絶句する。その驚きが冷めるより早く、アランはレイピアの先端を足首の錠に突きつけ、同様に分解する。

 

 

「待ちなさい、アラン!」

 

 

 駆け出すアランを、立ち直ったミヒルが追いかける。身体能力は圧倒的にミヒルの方が上だ、すぐに捕らえられ、今度こそ完璧に拘束されるだろう。

 だからアランは逃げなかった。工房の天井から垂れ下がっていた鎖を手に、思い切り引く。

 吊り下げていた二輪型の魔導車輌が、駆け寄るミヒルの目の前に落ちてきた。轟音がガレージ内に反響し、ミヒルが狼狽える。

 その隙にアランは、落下してきた二輪車に〈茫漠緻縫の針〉を突きつけた。

 分析、構造把握――魔導力学エンジンを構成する八七〇字のスペルコードを解析し、細断。

 アランの意志によって組み替えられた術式が、二輪車のエンジンを暴走させる。

 巻き起こった爆発がガレージの全てを揺さぶり、吹き飛ばした。アランを捕らえる事に躍起になっていたミヒルは、その突然の爆轟をモロに受けた。工具がかけられた壁に強烈にぶつかり、製図台の器具を巻き込みながら倒れ伏す。

 アランもまた無事ではなく、服が焦げ付き、地面を転げて全身を打ち付けたが、胸に宿る燃え滾るような感情の前には些細な事だった。

 鎖を手にし、呻き声を上げるミヒルを雁字搦めに縛り付けていく。

 

 

「ぐ、ぅあ……」

「……姉さんには感謝してる。姉さんはいつも優しくて、正しくて、まだ生きる力のないガキの俺を守って、育ててくれた」

「アラン。だめだよ、あなたは……」

「だけど姉さんは、俺を『玩饗王の息子』として見ることは止めてくれなかったな」

 

 

 痛みに歪むミヒルの目が、アランを捉える。

 大事が無いことを確認しながら、アランの心は、ミヒルに対しての感情を冷めさせていく。

 

 

「魔導技師になりたいって言った俺に、姉さんは怯えきった目を向けた。俺が道を踏み外したみたいに。俺の育て方を間違えたって後悔するみたいに……それから俺が何を言っても、姉さんは耳を貸さなかった。俺の後ろに、ずっと、犯罪者になった俺の姿を幻視していた」

 

 

 ミヒルを咎めるつもりは毛頭ない。だってそれは自然な反応だ。自分に対する、ごく当たり前の偏見。拭い去ろうとしても拭いきれない、狂人を親に持ったという傷。

 しかしその傷は、拭い去る事ができなければ、覆い隠して誤魔化す事もできないのだ。

 

 

「姉さんには分かりっこない。俺も、ヴィルも、元々から歪んでるんだ。どうにもならないものを刻まれて、その上で逃げるよりも立ち向かう事を選んで、必死に生きてるんだ……そんな俺達の生き方が、どこの誰とも知れない奴が決めた『普通』の物差しで測れるもんか」

 

 

 アランは父親に、魔具製造への愛と情熱を教わった。魚が陸に上がることができないように、アランは魔具を愛する事を止められない。

 そうして歪められた自分から、アランは目を逸らさない。

 アラン・レイ・スタンリーという名前から逃げない。

 ガレージの天井に吊り下げていたもう一台の二輪型魔導車輌を下ろし、〈茫漠緻縫の針〉で無理矢理修復する。

 エンジンを唸らせたアランは、最後に一度、地面に横たわるミヒルを見た。自分の手を離れ、玩饗王の息子という生き方を選んだアランを見る彼女の目は、恐れに震えていた。

 もう、後ろめたさも感じない。理解しえないと分かってしまった。

 二人の間に刻まれた溝は、決定的に裂けきった。

 

 

「……今までありがとう、姉さん」

「まって、アラン。お願い……」

「犯罪者の息子ってレッテルでしか見ない姉さんのその目が、クソ親父の次に大嫌いだよ」

 

 

 吐き捨てるようにそう言って、アランはエンジンをふかし、藍色の空の下に飛びだした。アラン・レイ・スタンリーとして、運命に立ち向かう大切なものを、命に懸けて守るために。

 

 

 

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