RAVENS   作:オリスケ

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第19話

 

 

 テオス・フラナガン西海岸に続く巨大な貿易港は、夜が更けて尚数多くの船舶を受け入れている。各国から海を越えてやってくる船舶の道標として、海岸線には大きな灯台が立てられ、強烈な光を海に投射している。

 灯台の先端に、一人の男が立っていた。海から吹き荒ぶ風にコートをはためかせている。煌々とした光が回転し、時折彼の、見開かれた黄金色の瞳を照らし出す。

 

 

「素晴らしい……ああ、何て素晴らしいんだ。僕は君を誇りに思うよ、アラン!」

 

 

 ぱちぱちと拍手し、玩饗王ヒドゥン・レイ・スタンリーは喝采を上げる。彼の手元には、魔具による遠隔映像が映し出されていた。そこには崩壊し変わり果てた様子の倉庫と、そこに集まる戦士達を映し出している。

 

 

「君の決意と、それを支える素晴らしい仲間達。諦めない君の心が困難を打破し、そして――ああ〈茫漠緻縫の針〉! まさか聖骸を編纂せしめるなんてねぇ! 分かっているのかいアラン、それは人類に許されざる蛮行なんだよ!? まったく僕の息子はなんて最高な男なんだ!」

 

 

 クク、と喉を鳴らして笑ったヒドゥンは、左手に装着した籠手を鳴らした。僅かに淡い光を漏らすそれを勿体ぶるように動かして、ヒドゥンは口ひげの浮いた唇をうずうずとした昂揚に吊り上げさせる。

 

 

「可能性を見せてくれたね、アラン。君が手に入れたその針は、いずれは古き神々の禁じられた叡智にさえ手を伸ばすかもしれない――そうすれば世界に激震が走るぞ! 技術は止めどなく力を増し、世界は僕が望む通りに、もう一度神々の頂きへと手が伸びるかもしれない!」

 

 

 灯台の先端に立ったヒドゥンは、興奮醒めやらぬと言った様子で叫び、大仰に両手を翳す。彼の歓喜の声は、吹き荒ぶ海風が掻き消してどこにも届かない――ただ一人を除いて。

 

 

「特等席での覗き見は感心しないなぁ。鑑賞料の支払いは済んだのかい?」

 

 

 穏和な、それでいて腹の底まで痺れるような異様な力の籠もった声が頭上から響く。

 ヒドゥンが顔を上げた星空に、蒼く輝く無数の紋章が浮いていた。凄まじい魔力を放つ紋章の光に、《レイヴン》リーダー、ケルト・Ⅳ・ヴィジブックの姿が浮かび上がる。

 宙に浮遊するスーツ姿の紳士に、ヒドゥンはにやりと唇を吊り上げて笑みを向ける。

 

 

「フラナガンでは授業参観にも見学料を徴収するのかね? 無粋な事は言わないでくれたまえよ。親子の愛の前には、どんな障害だって意味を成さないものなのさ!」

「親子の愛、ねえ。アラン君が聞いたら卒倒しそうだ。君は自分の行い全てを愛で片付けるつもりなのかい?」

「愛だとも。私はいつだって、世界への大いなる博愛と、親子の絆を原動力に生きているんだ! 理解して貰うつもりはない。子供は自分なりに生きて、成長して、そうして大人になった時に、親から授かったもののありがたみに気付くものなのだから!」

「なるほど、愛は盲目という訳だ。君の愛は、目の前で奪われた命と金額を列挙してもびくともしないんだろうね、まったくタチの悪い」

 

 

 世間話のような口調で、半ば本気で呆れながらそう言うと、ヴィジブックは気を取り直し、ヒドゥンに向けて両手のひとさし指を立てて見せた。

 

 

「確認が一つ、お願いが一つある。もし意に添える解答だったら、僕はアラン君に、復讐の機会を奪ってしまった事を謝らなければいけなくなるだろう」

 

 

 体表を蠢く蒼い入れ墨を輝かせて、ヴィジブックが言う。超常の気配にも臆さず、ヒドゥンは肩を竦めて先を促す。

 

 

「まずは確認。君が今回製造した『人炉』を諸国に展開する予定は?」

「私のモットーを知らないのか? 私の目的は、文明を更に更に引き上げる事。私の技術を借りての戦争なんて起きるだけ無駄だ、そんなの全く楽しくない!」

「そう思うのなら、みだりに街を破壊して欲しくもないんだけどね」

「それこそ愛ゆえだよ! 折れた骨が固く太く成長するように、文明は脅威を経験してこそ成長していく。テオス・フラナガンには今回の痛みを忘れずに、ますます発展を加速させる事を期待している!」

「それはそれは。気持ちだけありがたく受け取っておくよ」

 

 

 言葉だけの礼を交わし、ヴィジブックは一本の指を畳んで腕を下ろす。

 

 

「それじゃあ、もう一つのお願いの方だ――アラン達は今日、とてもとても疲れている。挨拶は無しにして、今すぐお帰り頂いてもいいかな?」

 

 

 そう言い、ヴィジブックは穏やかな笑みを崩さないまま、顔の入れ墨を輝かせた、もう片方の立てたままの指先に、強烈な光が集う。

 ひとたび放たれれば、この灯台など比較にならない、水平線の向こうまで届く猛烈な破壊の閃光となるだろう――そんな魔力の昂ぶりを前にして、玩饗王は獰猛な笑みを浮かべる。

 

 

「ハハ。ちょっかいを出せば、健聖の五賢者の実力を直に浴びれるとくれば揺らぎはするがね。今日の所はこれで失礼するつもりだよ。子供には充分な休息も必要なのは知っている。僕はゆとり教育を推進しているんだ!」

「何回殺しかけるまでがゆとりになるのかな、君の教育方針は」

 

 

 ヴィジブックの呆れた問いかけには答えずに、ヒドゥンはにっと笑顔を深め、両手を大きく広げる。

 

 

「アランは素晴らしい覚醒を遂げた! いずれは僕を越える魔道技師になるだろう。彼がもたらす動乱に刺激され、文明は益々、これまでの比ではない飛躍を為し遂げるはずだ! 文明がもう一度かつての栄光を取り戻すためであれば、いずれ訪れるアランの凶刃を、僕は快く受け入れるだろうね!」

 

 

 そうしてヒドゥンは、未だ指先に強烈な光を讃えたヴィジブックに向け瀟洒に会釈した。

 

 

「改めて礼を言う。文明度に吐き気はするが、この街と君の作った《レイヴン》はアランの良い拠り所だ――特に事件に事欠かないのがいいね! アランをよく成長させてくれている!」

「望んで事件を起こしているみたいに言わないで欲しいな。僕はいつも平穏が一番だと思っているよ」

「どう足掻いたって争いは無くならないさ! いずれこの街は世界を巻き込む動乱を起こすだろう。それまで息子をよろしく頼むよ、時折おみやげを連れて様子を見に来るからね!」

「それはぜひとも、御免被りたいものだね」

 

 

 ヒドゥンはにやりと笑みを浮かべて、指先を打ち鳴らした。彼の懐から鳥のような形をした金属製の魔具が飛び出し、足に括り付けた球体を輝かせる。光が膨れたと思いきやたちまち縮み、後にはヒドゥンの姿は嘘のように消えていた。

 金属の翼をはためかせ夜空を飛んでいく姿を見送って、ヴィジブックは指先の光を収め、短く揃えた頭を掻く。

 

 

「本当に面倒くさい人だ。あんなに壊れているのに、愛しているという言葉に全く嘘がない」

 

 

 溜息をひとつ、ヴィジブックは宙に浮かせた身体を回す。

 煌々とした光を讃えて回転する灯台の下には、幾つもの大きな船が来航し、魔術光の下で活発な交易を行っている。視線を上げた先には、背の高い摩天楼が形作る複雑なオブジェが聳え立ち、夜を忘れたように輝きを放っている。

 冷たい海風を吸い込んで、ヴィジブックは達観した笑みを浮かべて、ひとりごちた。

 

 

「いやなものだね。この平穏を仮初めと呼ばなきゃいけないのは」

 

 

 

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