RAVENS   作:オリスケ

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一章 魔導技師アラン
第2話


 

 

 魔法が未知の技術であったのは、もう遙か昔の事。

 希代の才能を持つ天才が魔術師を名乗り、それに指示した年若く勇敢な者が冒険者として魔物を狩っていた時代も、もはや古代の絵物語だ。

 呪文が刻まれる羊皮紙は工場で量産される樹脂シートに代わり、魔法の杖は数千数万のスペルコードを内蔵した魔具に変わった。進化した印刷技術はより緻密に正確な呪文を刻み、荷物の運搬から建築まで、複雑で高度で利便性の高い奇跡を幾つも実現させた。

 今では地上は、樹齢千年を越える巨木さえも上回るど高いビルディングが立ち並ぶ。大陸に点在する都市は鉄道で結ばれ、亜人属から自然霊まで、種族同士の交流はかつてなく盛んに行われるようになった。港には見渡せないほどの広さの魔具工場が建ち並び、ちょっとした村ほどの大きさのタンカー船が魔力駆動のエンジンを唸らせ、大陸同士の人と物資を繋げている。

 テオス・フラナガンは、そんな近代文明の最先端を行く街だ。

 東西に長く伸びる大陸の、西にある広大な平原、その海に面した箇所にあるその都市は、大陸の玄関口、あらゆる種族と物資が集まる交易の拠点として発展した。

 西の港には貿易船とクルーズ船が数え切れないほど来航し、東には放射状に大陸のあちこちに向けて線路が伸び、魔導車輌がひっきりなしに人と物資を運んでいる。

 住民の数は一二五万人、働きにやってくるのも含めた人口はその三倍に登る。テオス・フラナガンは文句なしに、現代魔術文明において最も新しく大きな興隆を為し遂げた街だ。

 「世界の全てがフラナガンを経由する」とは、果たして誰が言ったのか。その言葉の通り、フラナガンにはおよそ想像しうる全てがあった。

 人も種族も、魔法も魔具も──呪いも犯罪も、神々の叡智でさえも。

 数百年に一度目覚めて村を業火で焼くという伝説の竜でさえ居ないとは言い切れない、それがテオス・フラナガンだ。背の高いビル群は、同時に数え切れない程の暗部を産んだ。往来する数千万の人と物資の中には、違法薬物や改造魔具が平然と取り交わしをされている。

 フラナガンでは犯罪は、もはや通り雨のようにありふれた物だ。大陸西海岸のビルの森には、世界中の物資と種族と共に、世界の危機さえもが集まっているのだった。

 

 そして、悪が跋扈していれば、それを裁く善もまた存在する。

 出自も種族も様々な彼等に共通するのはただ一点、嵐のように強烈な犯罪にさえ対処できる、比類なき力を持つこと。

 法も常識も逸脱して横行する魔法犯罪に対し、法を越えた正義を執行する。

 通り雨のように起こる未曾有の危機が、本当に世界の終焉をもたらす前に迅速に阻止する。

 それが、私設対魔法犯罪制圧組織《レイヴン》。

 世界で最も栄えた街を、世界で最も大きな犯罪から守る正義の使徒だ。

 その事務所の一角、構成員達の集まるダイニングホールで今、一つの喧嘩が始まろうとしていた。

 

 

 最初のゴングを鳴らしたのは、一枚の紙だ。安価な普通紙に、小さな文字と数字がびっしりと箇条書きにされている。

 デスクの一つに腰掛けていたヴィルは、差し出されたそれを一瞥だけして、大袈裟に肩を竦めた。苦虫を噛み潰したような渋面は、「また始まったよ、勘弁してくれ」という心情を言葉より雄弁に語っている。

 その態度を務めて無視して、魔導技師アラン・レイ・スタンリーは、眉間に深い皺を刻み、差し出した紙を指でトントンと突く。

 

 

「ヴィル。ここに書いてある物が何か分かるか?」

「あー? お前主催の、街を救ってくれてありがとうヴィル様パーティーのプレゼントか?」

「お前の義手に使われた素材とその購入金額の一覧表だよ! ちゃんと目をかっぽじって見ろお前のやらかした罪の大きさを!」

 

 

 アランが更に凄んで机をバンと叩く。ヴィルはすぐそこの怒号にそよ風程度の反応も示さず、呑気に欠伸を漏らしてみせる。

 

 

「いいかヴィル。お前の義肢にはな、大陸の方々から膨大な手間と金をかけてかき集めた素材が山ほど使われてるんだ。魔力伝導性の高い合銀鉄鋼に、リボルバー部はイタケ竜の甲羅に薬液を含浸させた特注品。爆発を生むための打金部には希少生物フリントラットの牙を俺が一八時間かけて研磨した努力の結晶! 全部諸々コミで三万七千ドーズだ、材料費だけでな! さあ何か言う事はあるかよヴィル?」

「キモ」

「二文字!?」

 

 

 辛辣にあしらったヴィルは、長々と大きな溜息を吐きつつ、半目をアランに向ける。

 

 

「いやキモイだろ、使った材料と金額全部覚えて、今そこで書き出したのか? わざわざオレに嫌味言うために? 根暗なのも大概にしねえと、大事な頭にカビはえっぞ。適度にガス抜いて虫干ししろよ生き字引」

「頭を小突くなバカ。いいか、俺はいよいよ本気で怒ってるんだぞ。何日もかけて作った魔具を出撃の度にバカスカ壊しやがって。今日だって粉微塵になるまで吹き飛ばす事なかったろ」

「お前も一緒に見たじゃねーか。六ブロック分のビルを丸々破砕させたあの樹木ジジイが、魔具を壊さないよう手加減して勝てた相手かよ」

「いいや勝てたね。だってお前『せっかくだからド派手にぶち壊してやる』って言ったんだぞ。せっかくだからってな!」

「うーーわマジでめんどくせえ……ぶん殴って記憶飛ばせねえかなお前」

 

 

 一語一句聞き漏らさずに覚えているアランに、ヴィルはますます渋面を深くさせる。肩を竦めた仕草に、金属の擦れるキシ、という音が重なる。

 彼女の左腕は今、肩口から先が喪失していた。様々な機能で樹木を蹴散らしていた義手は先の戦闘で粉々に破壊され、今は肩口の断面、接合部である金属の機構を見せびらかしている。

 その左腕の空白を指さし、アランは更に詰め寄る。

 

 

「お前が自由に使える左腕、まして悪党相手にドンパチできるまで強い腕を製造するのが誰だと思ってるんだよ。お前が考え無しに出力全開でぶち壊す度に、俺の数週間の缶詰作業が確定するんだぞ」

「それがお前の仕事だろうが文句言うなよ。お前は魔具を作る。そんでオレがその魔具を使って、戦えないお前の代わりに敵をぶっ飛ばしてやる。何の不満があるってんだ、現にそれでフラナガンの平和を守ってるんだし」

 

 

 そう言ってヴィルは、机にごろんと寝転んだ。首を動かし、後ろを見る。

 

 

「なぁヴィジブックの旦那。旦那からもこの陰湿モヤシに言ってくれよ。フラナガン市民が樹木ジジイに怯えずディナーを楽しめるのは誰のお陰かをさ」

 

 

 ヴィルが目を向けたのは、ダイニングホールの最奥にあるデスクだ。そこに座っていた男が、広げていた書類からついと顔を上げる。

 ヴィルにも勝る奇妙な姿をしていた。ミルクチョコレート色の肌にはびっしりと入れ墨が走り、僅かに青白く発光していた。水に這った油膜のように彼の肌の上で揺らめき、絶えず変形している紋様からは、現代魔術のどれとも似つかない超常的な気配を感じさせる。

 しかし、その怪物じみた迫力とは裏腹に、男はとても穏和な顔をしていた。銀色の瞳は穢れを知らないように澄んでいる。年齢を感じさせないにこやかな笑みは、ヴィルの不機嫌も思わず緩むほど柔らかい。

 ケルト・Ⅳ・ヴィジブック。異様な肌に仕立てのいいスーツを優雅に纏わせ不思議な調和を実現させた《レイヴン》のリーダーは、にこやかに微笑む。

 

 

「うん、そうだね。もちろん《レイヴン》皆が大活躍を見せてくれたお陰だけれど、今回のMVPは君達二人だと言っていいだろう。敵の魔術の根幹を見破ったアラン君に、迅速な動きで敵の魔術を打破したヴィル君。今日もいいコンビネーションだったんじゃないかな」

 

 

 まるで一部始終を見ていたようにヴィジブックが言う。

 鬼の首を取ったように、ヴィルがにやりと笑った。

 

 

「ほれ見ろ。そういう事だよアラン。お前が所属する組織は《レイヴン》。古今東西からフラナガンに押し寄せてくるやべえ奴ややべえブツを力尽くで懲らしめてやる組織だ。毎日命賭けで、街の崩壊を賭けて切った張ったの大騒ぎしてるオレ等が、道具の一個や二個を気にしてられるかよ」

「それとこれとは話が違……やめろ、髪を掻きまわすなっ」

「大体なぁ、いつもいつも言ってるだろ? オレが戦いの度に壊してるんじゃねえ。オレの戦いについてこれない魔具が勝手にぶっ壊れるんだ。そういう文句は、一度でいいからオレの最大出力に耐えうる義肢を作ってから言う事だな」

 

 

 そう言ってヴィルは、机の隅のコップに挿していたロリポップキャンディを二本取り、そのうちの一本を右手で器用に包み紙をほどいて咥えた。カロ、と口の中で転がして、もう一本をアランの口に押し付け、後に続こうとした文句を封殺する。

 

 

「カリカリせずに、甘いモンでも喰って落ち着けよ。オレだってお前に期待してんだぜ? ぶっ壊れるような半端な魔具もそこそこにして、早えとこオレに見合う魔導技師になってくれよな、武器庫さんよ」

「……はぁ」

 

 

 ヴィルの不敵な笑いに、アランは深々とした溜息で返した。唇に触れたヴィルのキャンディは受け取らず、くるりと踵を返す。

 

 

「分かったよ。どうせ俺も、ヴィルの態度が変わるなんて思ってねえし」

「何だよ、帰るのか?」

「そうだよ。お前がぶっ壊したから、早えとこ魔具製造に取りかからないといけないんだ」

「オイ、帰る前にちょい待ち」

 

 

 重たい足取りのアランを、ヴィルが呼び止めた。彼女は振り返ったアランに、自分の何も無い左腕の、金属の接合部をふりふりと振る。

 

 

「スペアの義手を置いてけよ。持ってんだろ?」

「ないよ」

「はァ? いやいや嘘吐け。先月の緑月ファミリーのトロール暴走事件の後、ぶっ壊した腕の代わりに二週間くらいスペア義手で過ごしたぞ、オレ」

「そのスペア義手も素材にして作ったのが今回の義手だったんだよ。可動域の幅広さを実現するためにスペア義手の素材が適当だったんだ。俺のメモ見ろ、ちゃんと書いてるだろ」

 

 

 ヴィルは自分の脇に置かれたメモとアランを交互に見て、数秒固まり。

 

 

「……はああああ!? じゃあオレの腕は!?」

「あるわけないだろ、これから作るんだから」

「冗談キツいぜ。これじゃおちおち漫画も読めねえし、飯だって満足に食えねえよ!」

「こっちだって無い袖も無い腕も振れないよ。これから素材を買って、仕入れて、磨いて、加工して。そんで図面作って組み立てて。呪文設計して書き込んで作っていくから……そうだな、三週間くらい待っててくれないか?」

「さんっ──!?」

 

 

 告げられた期間の余りの長さに、ヴィルが絶句した。咥えていたロリポップが、開け広げられた口からぽろりと溢れ、床に落ちる。

 今度はアランが、勝ち誇った笑みを浮かべる番だった。唇を吊り上げたことさら性悪な笑みで、ヒラヒラと手を振る。

 

 

「そういう訳だから、しばらく飯はホットドックでも掴み食いする事だな」

「ざっけんなおいアラン! こちとら前買ったばっかの『ブラッドレイハウンドⅢ』をまだクリアしてねえんだ。ようやく戦闘スキルが揃ってきてこれから本番ってトコなんだぞ! 片手でどうやってコントローラー持てって言うんだ!」

「我慢しろ。暇つぶしのゲームなら、イスラさんと一緒に盤騎でもしてたらいいだろ」

「ほう、ヴィルが相手してくれるのか? 自慢じゃないが、私はすこぶる弱いぞ」

「そのくせ『ちょっと待った』とか言って一時間以上の塾考を始めるんだろーが! 待てアラン、ファーライブ(長命種)の思考ゲームに付き合うとか拷問以外の何モンでもねえよ、勘弁してくれ!」

「ハッ! よーやく俺のありがたさが身に染みたみたいだなぁ!? それがさっきまで半端品だとか言ってた奴の台詞か、せいぜい道具のない不自由を思い知れバーーーカ!」

「なっ──おおおおお前の方が性格最悪じゃねえか!? 根暗も大概にしろよふざけんなバカ! ばーーーーか!」

 

 

 怒号と一緒にヴィルが投げつけたロリポップキャンディは、アランが閉めたドアにぶつかり、呆気なく割れて床に転がった。

 ダイニングホールから出たアランは、はぁと肩を竦め、未だ怒鳴り散らすヴィルの声を背後に聞きながら歩いていく。

 エレベーターのドアが開くのと同時に、廊下の方から小走りで駆け寄ってくる豊かな茶髪が見えた。アランに向けてひらひらと手を振る。

 

 

「待ってアラン! 私も乗るわ」

「お疲れ、ブレアレスト」

「ええ、あなたも災難だったわね」

 

 

 エレベーターが閉じると、シン──と空間の切り替わる気配がして、ドア横のパネルが淡く光を放つ。

 パネルにはテオス・フラナガンの地図が表示されていた。アランが指で押すと、その場所にマーカーが灯る。

 

 

「ブレアレストは、どこで降りる?」

「マーガレッド通りにお願い。ウィフェスター子爵の屋敷傍」

 

 

 言われた通りの場所にマーカーと灯すと、エレベーターが動き出す僅かな振動がする。

 

 

「これから仕事か? 大変だな」

「仕事と呼ぶ程ではないわよ。単なるパーティー。気に入られるように着飾って、自称イケテルおじさま達の話にうんうん頷くだけ。退屈なくせに忙しないのよねー。ウチってば歴史とお金だけはあるから……ねえアラン、赤と黒、綺麗とかわいいだったらどっちが好き?」

「んー……赤と、かわいいかな」

「ふんふん。助かるわ、方向性だけでも決まるとドレスアップが楽なのよ」

 

 

 ブレアレストはふぅと溜息一つ。自分の爪を眺め、髪に手櫛を通す。

 ブレアレストは、作今めっきり数を減らした純粋な魔法使いの家系だ。詳しくを聞いた事はないが、家系図はブレアレストの身長よりも長く続き、彼女で数十代目となるらしい。古くからある貴族の家系として、テオス・フラナガンの創設にも関わり、貿易を始めとした事業に参画しているとか。

 つまるところ、彼女は貴族階級のお嬢様だ。公然の場ならアランは顔も見られないどころか、こうして声をかけただけで量刑に罰せられるかもしれない相手である。ついさっきは家宝の魔導書『ハゼル・グリモア』を片手に大魔術を幾つも放っていたというのに、今の彼女には、その豪快な戦闘を微塵も感じさせない気品を纏っている。ほんの少し意識を変えるだけで身に纏う雰囲気を変えてみせるのだから、それこそ魔法みたいだとアランはいつも思う。

 

 

「大変だな、金持ちっていうのも」

「あら、ありがとう。私のファミリーネームを知って態度を変えないのは、ボスとあなたくらいのものよ。ヴィルなんて二言目には金貸してくれってせっついてきたんだから。少しは見習って欲しいわね」

「あのアホ……でも、俺も人の事は言えないよ。迷惑なら俺が一番かけてるし」

 

 

 そう言ってアランは、懐から取り出したメモをブレアレストに差し出した。先ほどヴィルに突き出した一覧にもあった名前が幾つも並んでいる。

 

 

「悪い、今回も調達を頼んでいいかな。フラナガンで揃えられる分は自分で何とかするから」

「あら、もうアメをあげちゃうの? しばらく反省させてもバチは当たらないと思うわよ?」

 

 

 ヴィルの義手の素材を書いたメモを受け取り、ブレアレストが聞く。アランは呆れたように肩を竦めた。

 

 

「長引かせた所で、アイツの不機嫌が長くなるだけだ。しばらく腕が使えないくらいで、アイツの暴力癖が治るなんて思ってないよ」

 

 

 アランは「それに」と言葉を句切った。

 去り際のヴィルの、宝物を取り上げられたような赤目を思い出し、苛立たしげに頭を掻く。

 

 

「壊れる魔具が悪いって指摘も正しい。魔具の許容値がヴィルの出力に追いつけていないんだ。ボロと言われれば腹立つけど、俺の腕が未熟なのは間違ってない」

「ふふ。あれだけ言い争った後でそう言えるなんて、アランは優しいのね」

「そんなのじゃないよ、いっぺんくらい痛い目見てほしい所ではあるけど……もし魔具の不調のせいでヴィルに何かあったら、アイツに余計な借りを作っちまう。それが嫌なだけだ」

「それを優しいって言うのよ。分かってるでしょうけど、ヴィルみたいな人と付き合う上ではだいぶ損な性格よ。彼女、いけると思ったら骨までしゃぶってくるからね……ま、あなたはそれを、あながち不快には思ってなさそうだけど」

「冗談だろ? あいつにせっつかれるとか死んでも御免だ」

 

 

 苦虫を噛み潰したような顔でアランが唸る。その様子を楽しげに眺め、ブレアレストはアランに受け取ったメモを胸ポケットに仕舞い込んだ。

 

 

「素材の仕入れについては任せておいて。お嬢様の顔の広さが見栄っ張りだけじゃないって見せてあげる……でも分かってるわよね? 私も、タダで働く訳じゃないんだから」

 

 

 そう言うと、ブレアレストはぴんと立てた指をアランに突きつけ、瀟洒に微笑んだ。

 

 

「代金はしっかり頂くわ。ずばり、私の胸がふわふわ~と浮かび上がっちゃうような、とびきりの恋愛小説を一本見繕ってきてちょうだいな」

「相変わらず好きだなぁ、お嬢様は」

「そりゃそうよ、お嬢様って大変なの。笑顔の裏で家柄だか利権だかの比べ合いばかりしているつまんない奴らの巣窟に一日でも放り込まれてみなさいよ、心がしおしお乾燥していくのが体感すらできるはずよ。あなたが作業中に糖分を求めるように、私の心は甘い甘いときめきを常に欲しているの」

 

 

 《レイヴン》の先輩である魔法使いのご令嬢は、その一瞬、華やかな身なりすら霞んでしまうほど可憐な少女の気配を漂わせ、ぱちんとウインクをしてみせた。

 ぽーん、と音が鳴ってエレベーターが到着を告げる。

 ビルの一角から乗ったにも関わらず、扉が空いた先は室内ではないどころか、条理に則った光景ではなかった。扉の向こうは屋外、どこかの路地裏だ。煉瓦造りの壁の向こうにある道路を魔導車輌がまばらに走り、景色が夕焼けの赤色に染まっている。その光景が、エレベーターの扉の間に走った不思議な膜により、形容しがたい飴色にゆらめいていた。

 

 

「じゃ、素材の調達をよろしく、ブレアレスト」

「そっちも魔具製造がんばってね。お疲れ様」

 

 

 ヒラヒラと手を振るブレアレストに手を振り返し、アランは飴色にゆらめく扉の向こうに一歩踏み出す。

 シャボン玉をくぐり抜けるようなむず痒い感触と一緒に、落下する時の、内蔵がぐっと持ち上がる気配。それらはすぐに終わり、アランの両足が地面を踏む。

 瞬きの後には、アランは夕焼けに赤く染まった路地裏に立っていた。振り返ればそこには陽炎のような空気の揺らぎしかなく、それもすぐにふっと搔き消える。

 

 

「……さて。面倒くせえ相棒の小間使いを始めるとするか」

 

 

 夕暮れの閑散とした空気を吸い込んで、アランはぐっと伸びをひとつ。頭の中で次の魔具の設計図を組み立てながら歩き出す。自分でも気付いていないが、その足取りは、無意識にステップを刻む位には軽やかだった。

 

 

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