RAVENS   作:オリスケ

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エピローグ
第20話


 

 

 玩饗王ヒドゥン・レイ・スタンリー、および彼の作品、人炉八四号『フィッツジェラルド』による動乱は、今度こそ終結した。

 事件の終わりの宣言は一〇日後、ある日の朝刊によってもたらされた。

 

 

「玩饗王、シャマーレに襲来。村一つを大規模工場に開拓――あのクソ野郎、ゴキゲンかよ。今度は何を企んでやがるのか」

 

 

 吐き捨てるようにそう言って、ヴィルは咥えていたロリポップをカロと回した。

 ヴィルの傍で、唸るような小さな声と、もぞもぞと蠢く気配がする。

 

 

「ぅ……なんだって? ヴィル、その新聞を俺にも読ませ――あだっ」

「馬鹿言うな、テメーは黙って寝てろ」

 

 

 丸めた新聞で、起き上がろうとしたアランの頭をはたく。尚も起き上がろうとする彼の額を右手で抑える。

 

 

「絶対安静って何だか知ってるか? 寝たまま、動かず、植物みたいにじっとしてろって意味だぞ? 分かってんのかよ天才魔導技師サマ?」

「大袈裟だってば。実際ほぼ治りかけで――あ、が、あだだだだっ!? ちょ、ヴィル! 絶対安静の患者の頭を押さえつけていい強さじゃないぞ!」

「オウ、治りかけだって言うんなら、自分の手でオレの右手をどかしてみろよ」

 

 

 そう言ってさらにぐっと額を押してみる。アランはそれを払いのけるために右手を動かそうとして――その右手は、痺れるように震えながら僅かに持ち上がっただけで、アランの顔まで行こうとしない。

 

 

「ホラ見ろ、治ってねえだろうが。ったく、自分の身体すら動かせなくなるとか、どれだけ脳に負荷をかけたんだ」

「っん、ぐ……ヘンな気分だ。動かそうとしてるのに、身体がぜんぜん言うこときかない」

「治るって言われてるだけマシだろ、下手な無茶すんな。黙って休んで、せいぜい五体不満足の気分を堪能してろ」

 

 

 額を押さえつけてたヴィルの右手が、今度は労るようにアランの肩を叩く。それで抵抗を諦めて、アランはベッドに深く身を擡げる。

 フィッツジェラルドとの戦いで、ヴィルは肉体的にも精神的にも深い傷を追ったが、それ以上に死に近い状況にいたのがアランだった。事件後倒れ込んだアランの身体は、脳がオーバーヒートによってほとんどの活動を停止しており、自力の呼吸すらできない状況に陥っていた。

 目を覚まし、意識がハッキリして、自力で生命活動ができるようになったのも最近の事だ。極限の集中は彼の神経系統を深く傷つけ、脳と肉体の指示系統が未だに修復できていない。

 アランの額には包帯が巻かれており、そこには流麗な筆致でスペルコードが刻まれている。ヴィジブックとブレアレスト、魔導に精通した二人が刻んだ治癒魔法が、アランの脳から繋がる神経経路を必死に修復している真っ最中だ。

 

 

「けれど、ぜんぜん疲れてる感じはないんだよな。今すぐ五徹で魔具製造できそうな感じで」

「疲れを感じる脳がバグってるんだ、そりゃそうだろ……オレだってお前が治るのを待ってるけれど、イカれたお前の魔具なんて死んでも御免だぞ。死にそうだからな」

 

 

 そう言って、ヴィルは身を捩る。

 義肢を作るアランが絶対安静状態なので、ヴィルは左腕と両足のない状態だ。辛うじて残っていた片足も、アランの後を追うように火花を散らせて壊れてしまった。

 ヴィルに残った腕は一本だけ。〈パズスの虫籠〉を加工した、木製の右腕の義手だけだ。

 つい数日前まで艶やかで温かい白い肌があったそこは、今、物々しさを感じる神々の時代の樹木が埋めている。

 首を傾けたアランが聞いた。

 

 

「右腕の調子はどうだ?」

「操作性は悪かねえ。動かす感じは普通の義肢と何ら変わらないぞ。車椅子は動かせるし、こうして飴玉の包みを剥いて、お前の口に放り込むくらいはできる。ホレ」

「ありがとう……あむ」

 

 

 口元に寄せられたキャンディを咥えると、柑橘系の酸味のある味が口に広がる。

 飴を転がしながら、アランはヴィルを見つめていた。その視線に気付いたヴィルが、細い眉をむっと顰めさせる。

 

 

「なんだよ、まさか憐れんでやがるのか?」

「違う……いや違わないのかな。お前を心配してる。ものすごく」

「心配だぁ? 絶対安静の病人が、なに一丁前に言ってやがる」

 

 

 そう言ってからかったヴィルだったが、アランが真剣な面持ちを崩さないので、表情から笑みを消す。膝に嵌まった金属の機構が光を反射して艶やかな光沢を見せる。

 ヴィルは唯一の腕を失った。自分の手で触れ、触感を、温かみを感じるという経験を永遠に失った。

 右腕は、道具として産み出された彼女が、人間だと誇示していた部分だ。必ずこの手で復讐すると誓っていた、彼女の魂の象徴だ。その喪失は、想像する事も難しい。

 胡乱に視線を彷徨わせていたヴィルは、やがて観念したように頭を掻き、溜息を一つ。

 

 

「まあ、お前に隠したってしょうがないか……つらいよ。焼きたてのパンの柔らかさも、二日酔いの手先が痺れる感覚も、誰かに触れる温かさも……お前と拳を突き合わせる事も、もうできないんだからな。いよいよ、人間未満って言葉がしっくりくるガワになりやがった」

 

 

 そう自嘲する。身体を揺すると、四肢の断面に埋め込まれた金属の接合部がキシと鳴った。

 しかし、ヴィルの自嘲は同時にあっけらかんとした晴れやかさもあった。彼女は緩く微笑したまま、「でも」と続ける。

 

 

「『勿体ない』ってだけだ。ベソかいたりはしないよ。例え人間未満であろうとも、オレがオレだっていう信念は揺るがないし……それに……」

「……それに?」

「急かすな。ちょっと待て……っし。いいか、今から一回だけ、クソ恥ずかしい事をするぞ」

 

 

 ほんのり頬を赤くした頬を右腕でぺしぺしと叩いて、それからヴィルは、すぅぅと大袈裟に息を吸い込むと、勢いに身を任せるように、アランに言った。

 

 

「お前がいてくれるから、オレはもう迷わない」

「……」

「人間の腕がなくても、それ以上にイカした、戦うための腕をお前がくれる。拳を突き合わせなくても、魂が繋がってるって信じられる。たとえどんな言葉を投げかけられても、たとえ夜に寂しさで泣きそうになっても、たとえ悪夢でクソ野郎に道具だと蔑まれ……道具だという事実を突きつけられようと。隣にお前が居てくれれば、オレは《レイヴン》のヴィルだって胸を張れる。ここに立って戦うオレがオレなんだと誇る事ができる」

 

 

 ヴィルは自分の胸元、鎖骨に沿って彫られた入れ墨を指でなぞる。『我闘う故に我在り(I FIGHT THEREFOR I AM)』。復讐を誓い、そのために生きると覚悟した、宣誓の言葉。

 ヴィルは、《レイヴン》として戦い生きる事を己だと定義した。そのための手足は、目の前の天才魔道技師がくれる。だから心配には及ばない。

 たとえ悲しみに暮れる事はあっても、迷う事はしない。自分を見失う事はあり得ない。

 それは道具として産まれた自分にとって、天からの贈り物のように贅沢な事だ。

 

 

「……へへっ。それによぉ――」

 

 

 不意にヴィルが、にやりと唇を吊り上げて笑う。

 かと思いきや、右腕で車椅子を押し退け、いきなりアランの上に飛び込んできた。ずむ、と腹を抉る衝撃がアランに走る。

 

 

「どっふ!?」

「大袈裟に呻くなよ。そんなに重くはねえだろ?」

 

 

 彼女の言う通り、四肢のないヴィルの身体は、普通の少女と比較しても驚くほど軽く、身体を動かせない今のアランにとっても、のし掛かられる分には苦しさを感じない。

 驚きの原因は、ヴィルがいきなり自分にのし掛かってきたせいなのだが――そんなアランの驚きを更に上書きするように、ヴィルがぎゅっと身を寄せてきた。

 シーツ越しに、彼女の胴体の感触がする。女性らしい豊かな膨らみが、アランの胸にくにゅっと押し潰れる。

 

 

「う、ヴィルさん……!?」

「そんな目を丸くすんな。あの時、あんだけ威勢良く啖呵を切ってたくせに……温もりなら、お前がくれるんだろ? 寂しい時は、お前が慰めてくれるんだろ?」

 

 

 ヴィルはにへへ、と楽しげな笑みを浮かべ、右腕を器用に使ってアランの顔に向け擦り寄ってくる。支えのない身体はアランの胸にそのまま押し付けられ、彼女の高い体温と艶やかな感触をダイレクトに伝えてくる。

 

 

「呆れた野郎だな。こんなガラの悪くて、生意気で、オマケに腕も足もない人間未満を好きになる変態が相棒なんて、オレも災難なモンだぜ」

「生意気って自覚があるなら早々に態度を改めて――んむっ」

 

 

 苦言を呈そうとしたアランの口が、ヴィルによって塞がれた。柔らかく水っぽい感触。驚き身を捩ろうとするも、追いかけたヴィルの唇にまた掴まる。

 

 

「ん、ふ……!?」

「ちゅ……ほんとに……後にも先にもお前くらいなんだろうなぁ。オレも奇特な相棒を持っちまったモンだぜ……ちゅうぅ」

 

 

 普段のヴィルからは想像もつかない、甘く上擦った囁き声。流れ込んでくる呼気のまろみのある甘さが、アランの意識をくらりと揺らがせる。不意打ちの驚きが冷めないのをいいことに、ヴィルは自由気ままにアランに身を寄せてくる。

 

 

「っヴィル、急にどうしたんだ。キャラ違くないか?」

「自称恋愛強者サマから、たまには素直に気持ちを伝えろって言われたばっかなんだ。お前だって好いてる奴からこうされて嬉しいだろ?」

「そりゃもちろん、天にも昇る心地だけど……ん、ちゅ……」

「なら黙ってされるがままになってろよ……ぉ、飴玉みっけ。いっただきぃ……」

 

 

 口の中で溶けかけていた飴玉をヴィルに掻き出される。歯のぶつかるカロ、という音が互いの口内に響いて、理性が叩き壊されそうだ。

 腕も足も相変わらず動く事をやめており、情熱的で、蕩けるようなキスに抵抗できない。吸い込む空気に、すぐそこにあるヴィルの甘い匂いと、交換しあうキャンディの柑橘の香りがして、意識が夢見心地に朦朧とする。

 

 

「っ……待ってくれ、ヴィル。段階をすっ飛ばし過ぎだ」

「なんだよ、今更何が必要だっていうんだ?」

「好きって言葉を聞いてない。こういうのはちゃんと線を引いてから飛び越えるべきだ。俺だけ告白して、不公平だろ」

「不公平ってなんだ、不公平って。それを言うなら、お前の告白も回りくどすぎだったぞ」

「分かった、じゃあせーので言おう。それで後腐れなし」

「腐れてんのはテメエだけだっての……分かったよ。面倒な儀礼は、ひとまず飴玉が溶けきった後でな。ちゅぅ」

「いやお前、ホントいきなり距離感バグらせすぎ――んむ」

 

 

 果たしてどれほど大きなタガを外してしまったのか。ヴィルは真っ赤に紅潮した顔をうっとりと艶めかせ、蜜を吸うように夢中にアランに唇を重ねてくる。

 もしアランの身体が動けば、この瞬間に歯止めを失っていたかもしれない。面倒な告白の手続きなんて何もかも捨てて、思うままに互いを抱き締めていたかもしれない。

 だから二人は、ある意味で幸運だったのだろう。会話を挟む理性も、周りを確認する余裕も持てたのだから。

 互いの吐息を交換しながら、何とはなしに周囲に視線を寄越して。

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 

 そこで二人は、開け放たれたドアと、その隣に立って固まる、ダサTシャツを着た銀髪のエルフを見つけた。

 二人は仲良く驚きに目を丸くし、それまでの蕩けるようなムードも全て吹き飛ばし、唇を重ねたまま凍りつく。ちゅ、と水音を立てて唇を離しても、エルフの青年は微動だにしない。

 

 

「……………………」

「……いつからいた、イスラ?」

「……………………」

「おい、駄目エルフ? この状況で、お前に黙秘権はねえんだが?」

「………………深緑の呼吸」

「あ?」

「エルフの森に伝わる伝統的な呼吸法だ……自然と一体になり、気配を殺す。これを極めた者は森の中の木立のようにどんな達人も認識する事が叶わなくなるという。つまりこの呼吸を極めた私はいま君からも認識されな……待て、待ちたまえヴィル私が悪かった。その右腕はやめよう事務所ごと吹き飛ぶぞ」

「……スカイ/ホロウ。テメエ等なんで止めなかった」

『え、ええ……だってもし忠告したら盗み見がバレるじゃんか。お前ブチ切れするだろ?』

「当然だ。後で覚悟しとけよテメエ等」

『ひぃん』

「どうしたのイスラ、ドアの前で突っ立ってないで早く……あら、あらあら? ねえ何二人どうしてそんなにくっついてるの!? うっそまさかもうゴールインしちゃった!? きゃーーー!!」

「ああクソ、一番いやな奴まで居やがった……」

 

 

 頭の中に二人の幼女の声が頭の中で木霊し、凍りつくイスラの脇からひょっこり顔を出したブレアレストが瞳を輝かせて歓声を上げる。そうしてあっという間に、いつもの賑やかな雰囲気がやってくる。

 こうなれば、もう告白がどうこうなんてムードでもない。二人は揃ってうんざりと顔をしかめ、その息ぴったりの動作に苦笑し、ヴィルがアランの隣に添い寝するように寝転ぶ。

 ブレアレストの奥からさらにひょっこりと顔を見せたヴィジブックが、空気を読まずか読んだ上でスルーしているのか、にこやかな顔で言う。

 

 

「やあ、揃っているみたいだね。丁度良かった、みんなに良いニュースとすごく良いニュースがあるんだ」

「すげえ、良いことしかないはずなのに妙に不安になる響きしてる」

「イスラ、意味のない深呼吸はやめなさいな。ねえボス、こういうのは良いニュースから聞くのがセオリーよね?」

 

 

 直立し固まったままのイスラの袖を引き、ブレアレストが続きを促す。

 心なしかワクワクと胸を弾ませながら、ヴィジブックが言った。

 

 

「なんとこの度、僕達《レイヴン》に新たなメンバーが加わる事になったんだ。さあ、皆に挨拶をよろしく」

 

 

 そう言って、ドアの向こうに隠れていた人物を引き入れる。

 にこにこ笑顔のヴィジブックに招かれた彼女の姿を認めた瞬間、アランは肝を引っこ抜かれるほど驚き、大絶叫を張り上げた。

 

 

「みんな顔は覚えているね。ミヒル・ヒュースくんだ。この度フラナガン市警から《レイヴン》に移籍する事になった」

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「アランの姉のミヒルです。改めてよろし――待ってアラン何よその距離感近すぎお姉ちゃん知らないよ!?」

 

 

 ミヒルは、普段通りの生真面目さで恭しくお辞儀をしようとしたが、アランとそのすぐ隣に寝転ぶヴィルの姿を認めた瞬間に、血相を変えてギュンッと詰め寄った。

 

 

「どういうこと、やっぱりアランはよくない女の人に誑かされて無理矢理戦わされてたってこと!? このヤンキーが、心優しいアランをあの手この手で……ろ、籠絡させたってわけ!?」

「おう、人を指さしてヤンキーとは随分だな、姉」

「あなたに姉呼ばわりされる謂われはないっ! アラン説明して、私はいまもんのっすごい勢いで冷静さを欠こうとしているよ!」

「いや既に欠けまくりのボロボロで――っていうか説明して欲しいのはこっちだよ、なんで《レイヴン》に姉さんが!?」

 

 

 ヴィルがアランにだけ聞こえるような小声で「謂われはあるんだなぁこれが」と囁くのを務めて無視して、アランが問う。ミヒルは一度ぐっと息を飲むと、一歩身を引き、アランに向けて深く頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい、アラン。私、アランの事を誤解してた。自分の正しさばっかり押し付けて、本当のアランを理解しようとしていなかった」

「別に、謝って欲しいわけじゃ……」

「でもね、アランを大切に思っているのは本当に本当なの! アランの力になりたい。アランが胸を張って生きられるよう何でもしてあげたい! そう何でも、この命を懸けてでも!」

「う、おぉ……」

 

 

 思わずアランが呻くほど喰い気味に、ミヒルが言う。真剣そのもので怖いくらいの目が、まっすぐアランを見つめている。

 

 

「だから無理を言って《レイヴン》に入れさせて貰ったの。アランの傍で、もっとアランを知るために。だからさあアランはやくお姉ちゃんに教えてヴィルが隣に寝てるのはどういう関係どこまでやったの!? そういった深い交友関係はちゃんと家族ぐるみ主に信頼できる姉と真剣に話し合うべきだと思うなお姉ちゃんは!」

「うんうん、やっぱり家族は仲良しがいちばんだよね。この調子ならアランが家族団らんを取り戻すのも早そうだ」

「これのどこが家族団らんに見えるんですか!? ちょっと勘弁してくださいよヴィジブックさん、良いニュースがこれなら、すごく良いニュースって言いながらクソ親父を連れてきたりしませんよね!?」

「それができたら世界勲章ものだね。けれど、惜しい。いい線をいっている予想だ」

 

 

 上機嫌にそう応じて、ヴィジブックは二本目の指をぴんと立てて、言った。

 

 

「実は先ほど、悪魔召喚結社ロンギヌスの同時多発ビル占拠事件が勃発したんだ。フラナガン北部のビル六棟とそこに務めていた一七〇〇余名の命が人質に取られている」

「……は?」

「どうもビル同士を連結させた大規模な生贄召還陣を設計したみたいでね。あと三時間もすれば、テオス・フラナガンの一角が異界の相当深部と直結する事態に陥るらしい」

 

 

 まるでヴィジブックのその言葉に応じるようなタイミングで、ズズ――という振動が一行の足下を揺さぶった。

 凄まじい衝撃に皆が顔を見合わせる中、ヴィジブックがぽむと手を打って、言う。

 

 

「という訳で、めでたく今日がミヒルくんの初陣だ。《レイヴン》諸君、今日も元気に街を救うとしよう」

「世界崩壊級の危機を『凄くいいニュース』扱いしないでください!! 《レイヴン》のリーダーが倫理観を疑われるようなジョークを言わないでくれますか!?」

「いやアラン、ある意味すげえハッピーなニュースだぜ、これ以上この姉に絡まれずに済むし、負傷兵のオレ等は恋人同士水入らずで過ごせるって寸法だ」

「だからあなたに姉と呼ばれる筋合いはな――待っていま何えええええええええ恋人ってうそ恋人って言ったの今!?」

「さあ、事態は急を要する。イスラくん、ミヒルくんのサポートを頼めるかな」

「承知した。レディ、失礼するよ」

 

 

 イスラが頷き、ミヒルをひょいと抱え上げた。

 

 

「きゃ――待って、今どんな危機よりも解き明かすべき大事件が私の前にあるのだけれど!」

「残念ながら目下街を脅かす事件を解決するのが《レイヴン》の最優先の務めだ。聞くところによると君は屋内制圧戦の成績が満点だそうじゃないか。同じ白兵戦要因として期待しているよ」

「今日も今日とて大事件だからね。リーアムくんにスノウくん、ナイトオウルくんも力を貸してくれるそうだ。終わった後は、非常勤のメンバーも含めて歓迎会を執り行うとしよう」

「それじゃあ二人とも。今回は私達に任せてごゆっくり~」

「くっ……上等だよ。犯罪の一つや二つ、ぱぱっと丸めてぽいしちゃうんだから! アラン、後でちゃんと話をしようね! お姉ちゃん頑張るから! 約束だからね!?」

 

 

 長身のイスラに担がれたまま、ミヒルが部屋を出ていく。

 嵐のような賑やかさの後には、碌に動けない満身創痍の二人が残される。

 嘘のように静まり返った中、一つのベッドに収まった二人は、どちらからとなく顔を見合わせる。

 先にヴィルが、堪えきれずに吹き出した。

 

 

「ぷっ、はは……まあ、そういうことだな」

「そういうことって、何が?」

「オレが何者かなんてウダウダ悩む暇がないくらい、この街は事件で溢れかえってて、オレ達《レイヴン》は大忙しって事だよ。ヒドゥンのクソ野郎を恨む事すら真剣にさせてくれない」

「……だな。おちおち休んでもいられない。俺も早いとこ治って工房に戻らないとだ」

 

 

 アランが本気でそう呟いたので、ヴィルはまた笑い、今度はしみじみと頷いた。

 どんな難敵も打ち崩す、彼女のために誂えられた腕で拳を握って、アランの肩にぽすと打ち付ける。

 

 

「まあ、つまるところ――今後ともよろしくって事だ。親愛なるオレの武器庫サマよ」

 

 魔法は技術として解き明かされ、文明は比類なき発展を遂げている。

 大地に敷かれたレールを鉄道が走り、海を越えて船が往来し、文明は距離という隔絶を克服した。

 技術が都市を形作り、あらゆる土地、あらゆる人種が複雑に交わり、誰も見たことのない新たな世界を作り出そうとしている。

 摩天楼が空を貫き、数百万の人々が集う街の名前はテオス・フラナガン。

 これは世界の最先端の最前線で鎬を削る、平和を守る使徒(レイヴン)達の戦いの記録だ。

 

 




ここまで読んで頂きありがとうございました。
この作品は四年ほど前に新人賞に投稿した作品になります。
かなりいい所までいった作品で、個人的にも、自分らしさを発揮した面白さが出せるようになったと感じる、思い入れの強い作品です。
癖がたっぷり詰まってて、今読んでも好きです。強くて脆い女だいすき!! 皆もかわいそうかわいいのエモを感じてくれたらいいな。

よければ感想、評価もらえたら嬉しいです。
応募用に作成して陽の目を見ないオリジナル小説が何作かあって、そちらも何かの機会に投稿したいです。


それでは、また次の作品でお会いしましょう。
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