RAVENS   作:オリスケ

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二章 玩饗王の試練
第7話


 玩饗王ヒドゥン・レイ・スタンリーが現れたという情報は、稲妻のようにテオス・フラナガンを駆け巡った。

 七悪王と呼ばれる人智を越える力を有した存在のうち、最も神出鬼没な『生きる災害』。時代を数百年は先取りする卓越した魔具製造技術で、街を恐慌に陥れる天性の愉快犯。彼の目撃情報は、常に神業のような技術で産み出された魔具と、一つ以上の街の崩壊が付いて回る。

 そんな男が、現在最も繁栄する街テオス・フラナガンに狙いを定めた。

 一二五万人の市民が命の危険を感じ、一刻も早く街から逃げ出そうと大混乱を引き起こした。その暗部ではフラナガン裏社会の支配者達が、街にどのような潮流をもたらすかと冷静に状況を俯瞰している。

 異様な混乱を沈めるべく尽力するのが、フラナガンが誇る市立警察だ。彼等は即座に厳戒態勢を発令。勢力を総動員し、混乱の沈静化と、問題の根本の排除に向けて動き出す。

 元々、想定されていない訳ではなかった。名実共に時代の最先端を行くテオス・フラナガンに、世界最悪の愉快犯が目を付けない筈がない。ヒドゥン・レイ・スタンリーは必ずフラナガンに現れるという、限りなく未来予知に近い予測に基づいて対策を進めてきた。。

 そして──ヒドゥンが現れるという未来を別の形で予測できた人間が、数名存在する。

 

 

「──アランが攫われたってどういうこと!?」

 

 

 ミヒル・ヒュースは、フラナガン警視庁の談話室に踏み込むや否や、血相を変えて叫んだ。

 応対していた壮年の警部補が、眉を潜めて窘める。

 

 

「声を荒げるな、今はもっと大きな問題に注力する時だ」

「やめてパパ、今そんな他人行儀にしないで。アランに何が起きたの、アランは無事なの!?」

「任務中は警部補と呼べと言ってるだろう。こっちは順序立てて話を聞いてるんだ……ああ、そうだ。ツレが来た。こっちにも視覚を繋げてくれ」

 

 

 警部補はミヒルから目を逸らして会話する。対面にあるソファには誰も座っていない。

 不意に眼球の裏側を押されるような違和感。瞬きすると、目の前に人が現れていた。ソファを突き破って直立している。

 《レイヴン》構成員スカイ/ホロウによる、視点の共有と意識の接続共有だ。存在は知っていたが始めて触れる。戸惑うミヒルだったが、対面に現れた入れ墨の男がこちらを見つめるのを見て、ぐっと驚きを堪えて睨み付ける。

 フォーマルなスーツに身を包み、露出した肌全てに蠢く入れ墨を入れた男は、ミヒルに柔和な微笑みを向ける。

 

 

「ミヒル君だね、アランから君の事は聞いているよ。はじめまして、《レイヴン》の取り纏めをやらせて貰っているケルト・Ⅳ・ヴィジブックだ」

「……本当だったんですね。《レイヴン》の設立に『健聖の五賢者』が関わってるという噂は」

「懐かしい呼び名だね。古い名誉だよ、畏まられる責任はない」

「ええ、もちろんこちらも気にするつもりはありません──最初から貴方が前線に出ていれば、ここまで大事にならなかったのではありませんか?」

 

 

 ミヒルは開口一番食いついた。警部補が視線を鋭くミヒルを咎める。

 

 

「ミヒル。喧嘩させるためにお前を呼んだ訳じゃないぞ。玩饗王の被害を抑えるため、今回も《レイヴン》の協力が必要だ。フラナガンで奴ら以上に戦闘に特化した正義の味方はいない」

「問題の解決は別として、本件に対する責任の所在は明らかにしておくべきです。そうではありませんか?」

「落ち着け。学級裁判でも始める気か」

「いや、警部補。彼女の言うとおりでもある。〈パズスの虫籠〉の保護は我々《レイヴン》に任された任務だ。その失敗について弁明するつもりはない」

 

 

 ヴィジブックは人の心を落ちつかせる泰然とした態度だったが、今のミヒルにはそれすら癪に障った。彼女は冷静な瞳を更に冷たく研ぎ澄ませ、ヴィジブックを睨み付ける。

 

 

「格式張ったお詫びなんて要りません──私が聞きたいのは一つだけです、アランはどうなったんですか?」

 

 

 それを明らかにするまでは、頑として譲らないという目。警部補は指摘も諦めてソファに深く凭れ、タバコに火を付ける。

 ヴィジブックは答えに言葉を選ばなかった。淡々と事実を告げる。

 

 

「彼の所在は不明だ。〈パズスの虫籠〉確保の作戦中に、彼は玩饗王ヒドゥン・レイ・スタンリーに遭遇。ヒドゥンの手によって、虫籠の中に『収集』された」

「……彼は、生きているんですか?」

「恐らくはね。理由は二つある。〈パズスの虫籠〉は生物の半永久的な保管庫として作られた聖骸だ、それ自体に殺傷性はない。そして──ヒドゥン・レイ・スタンリーは、自分の作品には惜しみない愛情を注ぐ」

「……」

 

 

 ミヒルの内側から噴出した敵愾心は、通信機越しにもハッキリと伝わったはずだ。しかしヒドゥンは、それが一番の武器であると自覚しているように穏やかな顔を崩さない。

 

 

「共に遭遇したウチの構成員によると、ヒドゥンはアランに『試練を与える』と言ったらしい。命を奪うような真似はしないはずだ」

「待て。それはまるで、ヒドゥンがアランを教育しているみたいな口ぶりじゃないか?」

「本人はそのつもりかもね。果たしてどんな教育方針か、我々には想像もできないけれど」

「……なんで、そんなに悠長に言えるんですか」

 

 

 必死に感情を押し殺して尚、ミヒルの声は震えた。彼が遠く離れた場所から投影された映像でなければ、その胸ぐらを掴んでしまっただろう。

 

 

「アランを教育って……それが何をもたらすか分かっているでしょう。分かっていて、何でそんなに飄々としてるんですか」

「やめろ、ミヒル」

「いずれヒドゥンがアランの所に現れるって、あなた達も分かっていたはず。分かっていて何の対策もしなかったんですか? いつかこんな事になるって分かっていながら、アランを危険な目に何度も巻き込んで──!」

「──外野がピーチクパーチク騒ぐなよ、鬱陶しい」

 

 

 ミヒルの声を遮ったのは、粗暴な女性の声だった。さながらスポットライトの中に入るように、ヴィジブックの隣に映像が投影される。

 右腕一本の女性が車椅子に乗っていた。二の腕の半分しかない左腕と、太股の付け根までの左足の断面には、金属の機構が覗いている。右足には真新しい包帯が巻かれ、僅かに血の赤が滲んでいる。

 その様は車椅子に乗るというより、人形のように置かれているという表現が正しいように思えた。衝撃的な姿に、ミヒルは思わず目を奪われる。

 車椅子をエルフの男性に押してもらってヴィジブックの隣に来た彼女は、憮然とした顔をミヒルに向け、ふんと鼻を鳴らした。

 

 

「……何?」

「いや……お前がアランが言ってた育ての姉って奴だろ? ただ、なるほどなぁと思ってさ」

 

 

 肩を竦めて、ヴィルが挑発気味に笑う。率直に言って、ミヒルの癪に障る態度だった。

 

 

「あなたがヒドゥンに遭遇したっていう戦闘員?」

「ああ。今は便利な魔導義肢がいなくて、この通り五体不満足だけどな」

「それじゃあ、あなたがきちんと守らなかったせいで、アランは誘拐されたって事ね」

「ハッ、随分能天気な勘違いをされてらっしゃるらしいな、このお姉様は? オレはガキの子守じゃねえし、アイツだって守られるようなガキじゃねえよ、舐めるんじゃねえクソが」

 

 

 痛烈な皮肉を投げると、乱暴な罵倒が返ってきた。ヴィルは舌打ち一つ、獣のような獰猛な目でミヒルを見る。

 

 

「いいか、アランはオレ達《レイヴン》の一員だ。アイツは自分の意志でオレ達の仲間になって、今回の任務にも参加していた。例え戦闘能力絶無の足手まといだったとしてもな……外野風情が、その覚悟の一かけも知らねえで騒ぎ立てんじゃねえよ」

「外野じゃない。私はアランの姉だよ。いつも彼を守ろうとしてきた」

「そうか? オレの目の前には、保護者面するイカレ女しかいねえみたいだけどな?」

 

 

 ヴィルが挑発し、ミヒルがいっそう剣幕を鋭くする。互いの視線がぶつかる火花が見えるようだった。

 一触即発の気配を収めたのは、それぞれの隣にいる上司だった。

 

 

「ヴィル、そのくらいにしておくんだ。気が立っているのは分かるけれど、喧嘩をしている状況じゃない」

「ミヒルも、いい加減にしろ。お前は奴に入れ込みすぎだ」

 

 

 父である警部補に肩を叩かれ、ミヒルはしぶしぶ引き下がる。

 車椅子に乗ったヴィルは、右手を自分の左肩に回した。金属の断面を撫で、言う。

 

 

「テメエ等に何を言われなくても、あのクソ野郎はオレの手でぶち殺す。テメエ等はいつも通り、後ろでビクビク怯えながらサポートに徹してりゃいいんだ」

「……口は悪いが、その発破は心強い。今回はフラナガン市警も総力を上げて玩饗王の打破に挑む予定だ。お前等も頼むぞ。常識外れの悪党相手には、こちらも超法規的な戦闘が必要だ」

「うん。元々僕等が巻いてしまった種だ。尻拭いはさせてもらおう」

 

 

 事態は一刻の猶予もない。フラナガン市警と《レイヴン》は互いの持ちうる戦力を開示し、すぐそこに迫るであろう戦闘に向け準備を進める。

 打ち合わせが終わりヴィジブックの姿が消える。溜息と共に、警部補が全身の力を抜いた。

 

 

「いつも通り捉え所のない男だ……アイツ等に『街を守る英雄』のような称号を与え、おんぶにだっこなこの状況は、どこかで切り崩すべきなんだろうがな」

 

 

 自嘲気味に言い、彼は傍らに起立したままのミヒルに目を向けた。剣呑な目つきは、上司としてではなく、言いつけを守らせる厳格な父親としての色を含んでいる。

 

 

「ミヒル……分かっているな」

「……」

「これまでは、アイツの良心を信じて見過ごしてきた。だがもう状況が変わった。玩饗王が接触してきたとなれば……」

「大丈夫。みなまで言わなくても分かってる……こんな日が来なければいいのにって、毎日のように願っていたけれど」

 

 

 厳しい父の目を受けて、ミヒルはゆっくりと頷いた。

 理知的な黒色の目には、今、氷のように冷たく澄んだ覚悟が覗く。

 

 

()()()()()()()()の誕生は、私が必ず防ぐ。アランを取り戻し、もし彼が脅威になると判断されれば……その時は他の人には任せない。必ず私の手で、アランに処断を下します」

 

 

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