テオス・フラナガン西部の魔導車輌駅は、これから犠牲者となる人でごった返していた。
玩饗王の到来を知って逃亡を目論む人が押し寄せているのだ。ようやく朝日が登った頃だというのに、集まった人がホームに行列を作り、始発電車が来るのを待っている。
突発的な乗客の増加と、それに伴い増えたトラブルで、従業員は右へ左への激務を強いられていた。そろそろ来るはずの始発電車からの連絡が途絶え、ダイヤに遅れが出ている事など、些細なトラブルの一つとしてしか処理しきれなかった。
そして、未明の内から駅前に泊まり込み、一番乗りを狙った男は、それを目にする。
ホームに近づいてくる、線路を滑走する鋼鉄の車輌。しかしそれは、自分が慣れ親しんだ物とは違うシルエットをしている。扁平なフォルムは線路を埋め尽くす程に大きい。疾走する獣の鬣が棚引くように、鋼鉄製のチューブがゆらゆらと貪欲に蠢いていた。
それはさながら地を走るベヒモスのように、一切速度を落とさないまま駅のプラットホームに突入した。人もコンクリートも鉄骨も、何もかもを巻き込み、削り、挽き潰し、その残骸にチューブを巻き付かせて取り込んでいく。
怒号と悲鳴が錯綜し、もうもうと立ち込める土埃と爆発が早朝の空に立ち上る。
こうして、一つの施設と数百人の命をスナック菓子感覚で砕き潰して、玩饗王の大犯罪が幕を開けた。
「四章二節──猛々しき怒りは空に轟き、張り裂ける稲妻が同胞達の胸を打った!」
ブレアレストの翳した手から太い火柱が放たれ、着弾と同時に爆発と轟焔を産む。
その爆轟の最中から、無数の金属のチューブが蛇のように躍りかかってきた。
「きゃあああああ!?」
一本一本が顔よりも太いそれが、怒濤になって押し寄せる。間一髪浮遊魔法を操作し軌道を逸らしたが、チューブの怒濤はそのまま傍のビルをなぎ倒し、バリバリと轟音を上げて食い潰してく。
もうもうと立ち込める黒鉛の向こうから姿を見せたのは──果たしてそれをどう形容すればいいものか。
それは、それまで破砕してきた全ての物で構成されていた。瓦礫、鋼鉄、硝子、車輌を初めとした各種交通インフラの残骸、それらの間に金属のチューブが根のように張り巡らされ、辛うじて人型と分かる巨大な姿を構築していた。
一歩動く、その行為だけでも一つの災害に匹敵した。金属のチューブは貪欲に蠢いて際限なく街を砕き、膨張を続けていく。
瓦礫を混ぜ合わせた中にチューブがぐじゅぐじゅと蠢く異様な怪物を眼下にして、ブレアレストが涙目で叫んだ。
「ううううう、何よこれ! こんなの聞いてないんだけどーーーー!?」
『予告してくれた敵が今までにいたかよ! いいから撃てブレアレスト!』
『ありったけ、ぶち込めーー』
「気持ち悪い! うねうねやだぁ! さっさと吹き飛びなさいよ、三章一二節ーーーー!」
スカイ/ホロウの激励を受けて、ブレアレストが呪文を詠唱。魔導書が爆炎を産み、再び迫ろうとした巨体に猛烈な爆轟を打ち込む。
巨体が弾け、焼けちぎれたチューブが熱風を受けてのたうつ。巨体から剥がれ落ちた瓦礫がガラガラと崩れ落ちるも、それは地面を舐めるように進む巨体に呑み込まれ、再びソレを構成する部品として戻っていく。
遠隔操作の〈目〉でその様子を見ていたスカイが、歯噛みして言う。
『削れた端から呑み込んで膨張していってる、これじゃあキリがねえぜ!』
「全く、怪物とはいえ、せめて刃の通る相手であって欲しいものだ」
イスラの声はまだ平静だったが、戦況は芳しくなかった。白銀の長刀を携えた彼は巨体の腕を駆けて、頭や心臓部を片っ端から切り刻んでいくが、当然ながら生物らしい急所は存在しない。足を止める度にチューブが迫り、紙一重で切り裂いて離脱する事を繰り返している。
「このチューブが本体に当たるのだろうが、果たしてこれも際限があるのかどうか。枝を折って森を丸裸にするような作業になりそうだな」
『悠長に言ってる場合かよ、それより先にフラナガンが更地になっちまうっての!』
巨人、フィッツジェラルドは、西部からフラナガン中心に向けて侵攻を続けている。その動きは鈍重ながらも確実だ。
フラナガン市警も健闘している。住民を可能な限り迅速に避難させ、装甲車の火力をひっきりなしに斉射して侵攻を止めようとしている。だが彼等が使用する、スペルコードを編み込んだ魔法砲は、使い勝手は良いものの威力はブレアレストの魔術に劣る。巨体の一部を破損させる事ができても、それが無為であることは先ほど証明された通りだ。
『瓦礫お化け、さらに膨張ー。ちょーやばー』
『この調子じゃ街ごと丸呑みにされちまう……ヴィル、早く来い! 火力が足んねー!』
「今向かってるよ、ちっと待ってろ!」
その激戦区から僅かに離れた、フラナガンのハイウェイを疾走する影が一つ。
身を捩り、ガシャ、と重厚な音を立てて、ヴィルが唸るように言う。
「ったく。よくもまあ、あれだけメンチ切り合った二人を組ませるもんだぜ」
「同意だね。あなたと一日でも一緒にいたらノイローゼを起こしちゃいそう」
ヴィルの声に、冷淡な声が応じる。
大地はひっきりなしに振動していた。数ブロックを隔てた向こうで、空気を揺るがす轟音が立て続きに起きている。
ミヒル・ヒュースが、すぐ傍で乱暴に悪態を吐く金髪の女性を一瞥する。
「ヴィルだっけ……参戦する前に、質問してもいいかな」
「あん?」
ふかしっぱなしのアクセルが唸りをあげる。ハイウェイを挟むビル群が風のように後ろに流れ、疾風が二人の顔に吹き付ける。
黒髪を棚引かせながら、ミヒルは真剣そのものの目で、ヴィルに問いかけた。
「あなた、アランの何?」
「……あぁん?」
「どのくらい一緒にいるの? アランに対してどう思っているの? というかそもそもアランとどういう関係? 週に何回会うの一緒に食事した事はあるのお泊まりの経験はあるのあなたは何歳で胸は何カップでこれまでの男性経──」
「ちょ、待、急になんだ気持ち悪いな!?」
「はぐらかさないで。私は姉として、ええそうあくまで姉としてアランの身の回りの事を知っておく義務があるの。特に周りの人間関係とか。だから教えて。そして解答次第では、あなたを乗せたこの乗り物の終着点は湾岸の海底深くになるかもしれない」
「ボソっと殺害予告してんじゃねえぞ姉コラ! あーてめえやっぱ苦手だわ! 今見せられた別側面まで含めてオレが大っ嫌いなタイプだね!」
急に性格が変わったようなミヒルの様子にたじろぐヴィルは、しばし迷い、自分の右腕、その肩に刻印された『37』の文字をミヒルに見せた。
「鬱陶しいから教えてやる。一度しか言わねえぞ──オレは『人炉』三七号。生まれつき右腕以外を取り上げられた生体魔力貯蔵庫で……そして今暴れてる化物は、順繰りで番号刻んだ八四番目らしい」
「……、…………なるほどね」
「同盟だよ。オレとアランは、たまたま出会った二人で結成した、『あのクソ野郎絶対ぶっ殺してやる同盟』のメンバーだ。それ以上も以下もなく、オレ達はそういう二人だ。分かったら前向いて、目の前の化物をぶっ飛ばす事に集中しろ」
ふん、と鼻を鳴らして、ヴィルはミヒルから視線を外し、精神を集中させる。
ミヒルもまた前を向き、ハンドルを両手で握りしめた。エンジンが更に唸りを上げる。
「言っておくと。私はアランを助けるまで絶対に、例え死んでも止まらないよ。あなたはそれに巻き込まれる覚悟はある?」
「同盟を舐めんな。命預ける覚悟くらいはとっくに済ませてる──テメエこそ、オレの魔力の余波での大やけどくらいは覚悟しとけよ!」
そして、瓦礫を束ねた巨人が邁進するハイウェイに、それが躍り出た。
二輪型の魔導車輌だった。一般的なそれよりも無骨で、装甲車のような大きさがある。
車輌後部には専用の銃座があり、巨大な火砲が砲塔を伸ばしている。そこにヴィルは自身の左手と左足を接続し、砲台と一体化していた。
前方のミヒルがアクセルを吹かしてマシンを操作し、砲塔をフィッツジェラルドに向ける。
「それだけの大口が、虚仮威しじゃないって所を見せてくれるのよね?」
「上等だぜ、のっけから最高出力だ! ど派手に吹き飛べェ、木偶の坊!」
獣のような笑みを浮かべたヴィルが、ありったけの魔力を火砲に流し込んだ。
スペルコードが軋む程の魔力の奔流が駆け巡り、転化し──爆ぜる。
猛烈な白光が放出され、フィッツジェラルドの胴に大爆発を巻き起こした。ブレアレストの魔法も凌ぐ強烈な光と熱は、痛みと無縁に思えた巨人を、ぐらりと大きくよろめかせる。
ジュウウと白煙を上げる火砲をガションと唸らせて、ヴィルが興奮気味に笑った。
「っはは、すっげえな! ブレアレストが持ってきたこれ、〈チャリオッツ〉って言ったか? これまででぶっちぎりの火力じゃねえか。それに全力で撃っても壊れねえ!」
「冗談よして、今のでこっちの計器がアラートまで吹り切れたわよ。どれだけ魔力出力があるのか知らないけれど、もう少し抑えて!」
「他人事みたいに言うなよ、お前の挑発に乗ったんだから。それに、抑えさせてくれる相手かどうかは、向こうの出方次第だな」
そう言い、ヴィルが見上げた先では、もう巨人が身を持ち上げようとしていた。瓦礫を組み上げた巨体は液体のように蠢いて、傷を立ちどころに塞いでいく。
「もいっぱァつ!」
ヴィルが魔力を籠め、火砲が閃光を迸らせる。光は再生しかけていた巨人の身体を更に崩れさせ、大地に倒れさせる。
〈チャリオッツ〉の威力と迫力は、ヴィルを興奮させるものだった。自由な右腕でぐっとガッツポーズを作ったヴィルは、上機嫌にブレアレストに言う。
「何だよ、世間にゃオレが使えるいい魔具もあるじゃねえか。こうなりゃアランの愚痴にいちいち付き合ってやる必要もねえ。今度からお前に注文するぜ、ブレアレスト」
『え? 何の話?』
「お前が持ってきたこの魔具が最高にイカしてるって話だよ。これはどこのメーカーのだ?」
『それアランの魔具よ? 私は彼のガレージから引っ張り出してきただけ』
「……えっ」
『色んな状況でもヴィルが活躍できるようにって、空いた時間で義手以外にも色々開発してたんですって。〈チャリオッツ〉みたいな大型兵装も沢山考案していたけれど、基本はヴィルがご飯を食べたり日常生活ができるように、繊細で手のかかる義肢をわざわざ作っていたそうよ』
「……、……………………」
『今『そんなに自分のこと考えてくれてたんだ』って、ちょっと照れたでしょ』
「う、うううううっせえ馬鹿! あーくそ今ので超イライラした、出力ミスって壊したらテメーのせいだからな!?」
「いま、看過し難いふしだらな波動を感じたわ。今ここで振り落としていい?」
「いいわけねーだろ、誰がふしだらだ!」
顔を真っ赤にしたヴィルが吼える。しかし、痴話喧嘩をしている状況ではなかった。
倒れ込んだ巨人が、蹂躙を再開させた。
フィッツジェラルドは、一度ぶるりと震えたかと思うと、倒れた巨体をほつれさせた。人型を構成していたチューブが蠢き、まるで液体のように大地に広がっていく。
「飛ばすよ、掴まって!」
ミヒルがアクセルを唸らせ〈チャリオッツ〉を急発進。先ほどまで彼女達がいた場所を、波打つチューブと、それに絡め取られた瓦礫が押し潰した。攻撃はそれで止まらず、二人に目がけ猛烈な勢いで押し寄せてくる。
それは瓦礫の怒濤だった。金属と石からなり、液体のように蠢く破壊の波が、一気に大地を舐め取っていく。
「あなたの後継って話じゃなかった? アレのどの辺が人間なの!」
「人間を辞めさせるのなんて日常茶飯事なんだよ、あのクソジジイは!」
ヴィルが火砲を打ち応戦する。爆発は着弾地点の瓦礫を粉々に粉砕するが、怒濤はまるで気にした風もなく押し寄せる。その速度は、すぐにヴィル達を絡め取らんとするほど早い。
「ヴィル、銃座を動かして私達の進行方向に向けて。合図をしたら撃つの!」
「はぁ? なんだその意味分かんねえ指示!」
「巻き込まれて共倒れしないための策だよ! いくよ。いち、に──さん!」
舌打ち一つ、ぐっと銃座を回したヴィルが、自分たちの正面、フィッツジェラルドとは正反対の空に向けて火砲を放つ。
その反動を利用して、ミヒルは〈チャリオッツ〉を急旋回させた。急ブレーキとドリフトで地面を削り取り、折れ曲がるような軌道で脇道に突入する。そのほんの数秒後に、先ほどまでいたハイウェイを瓦礫の奔流が舐め取った。方向転換がもう一ブロック遅ければ、二人は〈チャリオッツ〉ごと挽肉になっていたに違いない。
奔流をいなしても安心していられない。路地裏を挟む高層ビルが、瓦礫の濁流を受けて崩れ落ちようとしていた。ミシミシと音を立てながら傾き、頭上の狭い空を閉じていく。崩壊の圧力を受けてた窓硝子が砕け散り、破片が雨のようにヴィル達に降り注いだ。
「まるでギロチンの雨だ! もっと飛ばせ、このままじゃ頭をすっ飛ばされる!」
「もうとっくにメーターを振り切る全力だよ! 神に祈って、私を信じて!」
「冗談よせ。オレは神になんて祈らねえし、信じるんならアランの魔具の方を信じる!」
「なにそれズルい、そんなの私だって信じてるよ!」
ビルを登り、内部を侵略してきたフィッツジェラルドのチューブも、壁を砕いて路地裏に降り注ぐ。ミヒルが避け、ヴィルが火砲で応戦し、地獄のような数秒を切り開く。
路地裏を抜けた瞬間、ビルを粉々に打ち砕いて瓦礫の大波が押し寄せた。それは轟音を上げて大地に着地するや否や液体のように蠢き、再び人型を形成してヴィル達に猛進してくる。
「随分気に入られたみたいね」
「そんだけ怖がってるんだろ。わざわざ狙いやすくなってくれるならいいや! このまま蜂の巣に──」
火砲を巨人に向けたヴィルが、視界に異物を感じて、はたと動きを止める。
砲塔に何かがこびり付いていた。細長い身体を、旋毛虫のようにうねうねと蠢かせている。
恐らく路地裏を抜ける際に頭上から降り注いだものの一つだろう──フィッツジェラルドのチューブだった。
「──は? おいバカ、ふざけ」
サッと青ざめたヴィルの目の前で、チューブが蠢き、〈チャリオッツ〉の砲台に齧り付いた。
内部構造に文字通りの穴を開けられた砲塔は、たちまち魔力をオーバーロードさせ、ショート。白煙を上げて機能を停止させる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「どうしたの? 銃座の魔力が一気にダウンして──ちょ、何? 何で煙を上げてるの!?」
「終わった……オレ達、はらぺこ青虫に負けた」
顔を真っ青にしたヴィルが言う。うんともすんとも言わなくなった主砲ががくんと垂れ下がり、彼女の心境を体現するかのように項垂れ、ミヒルもまた顔を青くして凍りつく。
そこに、無慈悲な瓦礫の巨人が迫り来る。
「だめだ、これはマジでヤバイ! 逃げろ!」
「ッ──」
ヴィルが叫び、ミヒルがアクセルを吹かす。しかし巨人の拳は、既に狙いを定めて振りかぶり終わった後だった。
瓦礫を金属チューブで束ねた、何千トンという重さの腕が、二人をぺしゃんこに潰そうと迫る。二人はたまらず、ぎゅっと目を瞑る。
超重量が激突し、瓦礫同士が擦れ合い炸裂する大轟音。
しかし、それを知覚する二人の意識は奪われない。
恐る恐る目を開いた二人は、今度は驚愕に絶句した。
瓦礫の壁が目の前にあった。二人に影を落とす程堆く積もり、もぞもぞと蠢いている。
巨人の瓦礫が意図してその形を取ったわけではない。突然立ちはだかった透明な壁に阻まれ、せり上がった結果できたものだ。息をするようにビルをなぎ倒す巨人の一撃を難なく受け止める不可視の壁が、突如として現れていた。
「間に合って良かった。無事かい、ヴィルくん?」
まるで日向ぼっこでもしているような穏やかな声が、頭上から降ってくる。
見上げたヴィルは、空中に浮遊する彼の姿を見て歓声を上げた。
「──旦那!」
《レイヴン》リーダー、ケルト・Ⅳ・ヴィジブックは、体表の入れ墨をざわざわと蠢かせながら、下方のヴィルににっこりと微笑んだ。
「僕が前に出るのは色々と問題があるんだけど、さすがにここまでの騒ぎになれば傍観しているわけにもいかないからね……遅くなったけど加勢しよう。僕の愛する街を守らせて貰う」
そう言うと、ヴィジブックの体表を覆っていた入れ墨が蒼い輝きを強く放つ。
羽虫を払うように軽く手を振ると、瓦礫の巨人の身体が弾かれたように吹き飛んだ。見えない巨大な足に蹴り飛ばされたように、ハイウェイに倒れ伏す。
ヴィジブックの皮膚を波打つように動いていた入れ墨が、更にぞぞっと恣意的に動き、ある紋様を象った。全身に張った象形的な模様が、強烈な光と、それに準ずる奇跡を発現する。
巨人の足下の大地が、一瞬で液状化した。巨体がぞぶっと沈み込み、侵攻が止まる。
「ミヒルくん、少し離れてくれるかな? 大丈夫とは思うけれど、潰れたら大変だ」
「え?」
「紋章っていうのは呪いと一緒なんだ。高貴で伝統的で、とびきり強力なんだけど──いかんせん、気まぐれに過ぎる」
ヴィジブックの微笑みに猛烈な悪寒を抱き、ミヒルがアクセルを吹かした。
瞬間、巨人が地面に押し潰された。周囲のビル壁が、まるでケーキカットでもされたみたいにすぱっと切り裂かれる。刻まれた破片は目にも止まらない速度で大地に沈むと、一瞬で砕け、砂になるまで崩壊する。
巨人の周囲二〇〇メートルの重力が激増したのだ。大地に埋没するほどの強靱な圧力に、巨人はチューブの一本すら伸ばせない。
全身に刻まれた自在に動く入れ墨を操る、多重紋章魔法。ヴィルがヒュウと口笛を吹く。
「さすが五賢者様の大魔法。いいぞ、そのままぺしゃんこにしちまえ!」
「いやぁ。それがどうも、潰す訳にはいかなそうなんだよねぇ」
歓声を上げたヴィルに対し、ヴィジブックがはにかみながら答えた。
「僕の肌が古い魔力の鼓動を感じている。どうも彼、体内のどこかに〈パズスの虫籠〉を保管しているみたいなんだ。破損すればアランくんの救出の目がなくなる。万が一自壊なんてしたら、内部の魔法が暴走して大変な目になるかもしれないし」
奥行き無限とされる広大な空間に物質を閉じ込める神代の魔具〈パズスの虫籠〉。仮にその内部に籠められた魔法が暴走するとしたら──一帯のあらゆるものが吸収されるだろうか、あるいは内部の膨大な空間が逆流するだろうか。いずれにせよフラナガン全土が無事では済まなくなるだろう。
「じゃ……じゃあ、どうするっていうんだよ」
「いやあ、僕細かい調整とか苦手だし、対策をさっぱり思いつかなくてね。ヴィル君、どうすればいいと思う?」
「ンな悠長に聞き返すなよ! オイ、そんだけ格好付けて登場してノープランなのか!?」
「あっはっは」
「あっはっは、じゃなくて! おいアラン、さっさと戻ってこい! 前々から思ってたけど、この組織のメンツはどいつもこいつも常識がなさすぎだ!」
「あなたがそれを言うの?」
ズズ、と大地の擦れる音。フィッツジェラルドは、強大な重力にも対抗しようとしていた。金属のチューブを更に増幅させ、幾重にも束ね、更に屈強な身体を作り上げているのだ。
玩饗王の産み出した巨人が、再び街を食いつくさんと、立ち上がる──。