お嬢様中学生とお見合いしたら、絶交していたはずの幼馴染が騒ぎ出した   作:古野ジョン

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第19話 後悔先に立たず

「ただいま……」

 

 私は玄関で涙を拭いてから、居間に入って帰宅を告げた。荷物を下ろして、ソファにへたりこんでため息をつく。……よかった、お姉ちゃんはいな――

 

「おや志保、デートはもう終わりかい?」

 

 その時、二階から聞きたくもない声が聞こえてきた。足音がして、お姉ちゃんがゆっくりと降りてくる。一番会いたくない時に、一番会いたくない相手に会ってしまった。

 

「……別に、デートなんて言ってないでしょ」

「今朝は随分とご機嫌そうだったじゃないか。てっきり真司くんと遊びに行くのかと思っていたがねえ……」

「うるさい」

「図星のようだねえ」

 

 お姉ちゃんは相変わらずニタニタと薄ら笑いを浮かべている。やっぱりこの人とは合わない。さっさと自分の部屋に戻ろうかな――

 

「お茶でも飲むかい、志保?」

「えっ?」

「何かあったのだろう? 話くらい聞こうじゃないか」

 

 そう言って、お姉ちゃんは台所へと入って行った。……こんな姉らしいことをしているの、初めて見た。そんなに私と真司のことが気になるのかな。間もなく、お姉ちゃんは急須と湯呑みを二つ持って戻ってきた。

 

「ほら、お茶だ」

「……ありがと」

「それで、何があったんだい?」

「……」

 

 私はうまく言葉を紡ぐことが出来なかった。言葉に出せば、また絶交したという事実が心に突き刺さるような気がしたのだ。ただ口をぱくぱくと動かしていると、お姉ちゃんが先に口を開いた。

 

「どうやら、また真司くんと喧嘩したみたいだねえ」

「……うん」

「何が原因なんだい?」

「私、また同じ間違いをしちゃった。三年前と何も変わってない」

「ふうん、そうかい」

 

 お姉ちゃんは湯呑みを持ち、ずずずとお茶を啜っていた。なんだ、てっきり有用なアドバイスでもくれるのかなと思ったけど。まあでも、話を聞いてくれるだけでもありがたいけどね。

 

「……この間言ったこと、理解できたかい?」

「!」

 

 その時、お姉ちゃんは意外な言葉を口にした。あの言葉、忘れもしない。……真司の「好きな人」に関することだ。

 

「ううん。……分からなかった」

「そうかい。残念だ」

 

 私は嘘をついた。一度耳にしてから、あの言葉はずっと私の心に残り続けていた。私たちの知っている人間で、真司と関わりのある女の子。……それが誰のことなのか、なんとなく分かってしまう。

 

「どっちみち、私には関係ないよ。好きになってもらえばいいんだから」

「やっぱり志保は彼のことが好きなんだねえ」

「! ……うるさい」

「今さら隠したって無駄だよ。それにしても――姉妹は似るものだな」

「えっ?」

「……いや、なんでもない」

 

 お姉ちゃんは再びお茶を啜っていた。少しは心が軽くなった気もするけど、今日の後悔は消える気配がない。……どうしたらいいのかなあ。

 

***

 

 あのお出かけがあってから初めての月曜日を迎えた。俺はいつもと同じように、中庭のベンチへと向かう。いつも俺の方が早く着くのだが、今日は雪美が先にベンチに座っていた。

 

「お待たせ、雪美」

「……いえ、それほど待ってはおりません」

 

 いつもより表情が暗い。やはり俺と志保が目の前で喧嘩したのがこたえたようだ。……年上なのに、大人げないところを見せてしまったな。

 

「土曜は悪かったな。あんなところを見せて」

「元はと言えば、私がお二人に余計なことを聞いたのが始まりですから。……本当に申し訳ないことを」

「雪美は気にしなくていいんだよ。もともと俺たち二人の問題だから」

「……はい」

 

 そして、俺たちは昼飯を食べ始めた。しかしいつも以上に会話が盛り上がらない。なんだか一番最初の頃に戻ったみたいだな。

 

「あの、真司さん」

「なんだ?」

「……あの後、志保さんとはお会いになったのですか?」

「いや、会ってない。そんな雰囲気でもないしな」

 

 やはり、雪美は俺たちに心から申し訳ないと思っているようだ。しかし、雪美の発言はあくまできっかけになったに過ぎない。もともと、いろいろな問題が未解決のままなあなあで仲直りしようとした俺たちが悪いのだ。

 

「それと、もうひとつお伺いしたいのですが」

「おう、なんだ?」

「……真司さんは、志保さんのことが好きなんですか?」

「えっ?」

 

 雪美は真っ直ぐに俺の瞳を見つめていた。たしかに、志保のことを幼馴染以上に見ていた時期もあった。それは紛れもない事実だ。だが――今は好きではない。

 

「……別に、好きではないよ」

「では、仲直りするつもりはないのですか?」

「そうじゃない。志保は大事な幼馴染だ。このままじゃ駄目だは思っているよ」

「そうですか。私も安心しました」

 

 もともと雪美は志保のことはあまり好きではなかったはず。それでも、俺とアイツの関係のことを気にかけてくれているのか。……なんとかしたいのに、何も出来ない自分がもどかしい。

 

「とにかく、この件はなんとかしてみせるよ。時間はかかりそうだけど」

「承知しました。応援しております」

 

 そして、再び俺たちの間に沈黙が訪れる。あまり俺と志保の問題について雪美に心配をかけたくない。何か別な話題を出さないと。

 

「そういえば、そろそろ期末試験だな。勉強の調子はどうだ?」

「まあまあですね」

「雪美は勉強もできるだろうし、問題なさそうだな」

「いえ、それが――苦手な科目があって」

 

 雪美は悩んだような表情をしていた。へえ、苦手なこともあるんだな。てっきり何でも出来るんだと思っていたけど、意外だ。

 

「国語や社会は得意なのですが、理系科目があまり得意でなくて」

「へえ、そうだったのか」 

「はい。昔からそうなのです」

 

 結構本気で困ってそうだな。普段は家のこととか部活のこととかで忙しいんだろうし、意外と勉強時間が取れていないのかもしれない。

 

「雪美、俺が教えようか?」

「よ、よろしいのですか?」

「別に、中学の数学理科くらいならわけないよ」

「ありがとうございます」

「なに、遠慮するなって。友達なんだからさ」

「……そうでしたね」

 

 自分で言うのもなんだけど、勉強は得意な方だ。高等部に入ってからは学年一位を逃したことがないし、よくクラスメイトにも勉強を教えている。要するに俺の得意分野というわけで、雪美のためなら協力を惜しむことはないってわけだ。

 

「せっかく教えていただくのですから、私も真司さんみたいに一位を取ってみせます」

「あはは、そんなに気負うことはないって」

「いえ、真司さんの顔に泥を塗るわけにはいきませんから」

 

 そんな大袈裟な……。とはいえ、雪美が本気で目指すというなら止めはしないが。

 

「まあ、頑張ろうな」

「はい。……おこがましいとは存じますが、もう一つ真司さんにお願いしたいことがあるのです」

「えっ、何?」

「はい。もし、私が学年一位を取ったら――」

「……取ったら?」

「いえ、やっぱり一位を取ったあとにお願いします。今は秘密です」

「そうか、まあ楽しみにしておくよ」

 

 なんだろう。またゲーセンに連れて行ってくれとか、そんなところだろうか。別に一位なんか取れなくても連れて行ってあげるのになあ。

 

「とにかく、勉強頑張ろうな」

「はい。ところで、どこで教えてくださるのですか?」

「そうだなあ。休みの日になるだろうけど、学校は空いてないだろうし」

「……真司さんのお家、じゃ駄目ですか?」

「へっ?」

「いえそのっ、なんでもないですっ!」

「ちょっ、雪美!?」

 

 そう言って、雪美は恥ずかしそうにベンチを立った。弁当箱をしまい、足早に去っていく。俺はその後ろ姿を眺めながら、立ち尽くすことしか出来なかった――

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