お嬢様中学生とお見合いしたら、絶交していたはずの幼馴染が騒ぎ出した   作:古野ジョン

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第20話 勉強会

 土曜日、俺は朝から居間の片づけをしていた。結局俺の家で勉強を教えることになったので、雪美を迎える準備をしているというわけだ。もう七月に入り、外は暑さが厳しい。エアコンもつけておかないとなあ。

 

「おっ、来たな」

 

 窓の外を見ると、いつのまにか家の前に高級車が停まっていた。あれは間違いなく雪美の家の車だろう。案の定、間もなく家の呼び鈴が鳴った。

 

「はいよー」

 

 俺は小走りで玄関に向かった。居間を出るとむわっとした熱気が体を襲ってきて、季節が夏であることをはっきりと実感する。やべえ、思ったより暑いな。俺は玄関のドアを開け、雪美を出迎えた。

 

「……おはようございます、真司さん」

「お、おはよう」

 

 そこに立っていたのは、白のブラウスとスカートに身を包んだ雪美だった。夏らしく涼し気な格好だが、一方で上品さもしっかりと主張されている。やっぱりお嬢様だな……。

 

「どうかなさいましたか?」

「綺麗だな、って」

「そっ、そうですか?」

「ああ。緊張しちゃうくらいだよ」

「……ありがとうございます」

「まあ、上がってくれ。両親は一日中いないから、遠慮しないでいいよ」

「はい、お邪魔しますっ……!」

 

 俺は雪美を招き入れた。こんな女の子と家で二人っきりか。なんだか怪しいことをしているみたいだな。……俺、通報されないよね?? 俺は雪美を居間まで案内して、台所へと向かった。

 

***

 

「このお茶、美味しいです……」

「そうか、良かった」

 

 とりあえず、俺は居間でお茶を出してもてなしていた。わざわざ今日のために水出し緑茶(高いヤツ)を仕入れていた甲斐があったというものである。さて、そろそろ始めるか。

 

「じゃあぼちぼち始めようか。勉強道具はあるか?」

「もちろんです。お願いします」

 

 雪美は鞄を取り、中から教科書やノートを取り出していた。俺はちゃぶ台についたコップの水滴を拭きとり、勉強できる環境を整える。すると、雪美が膝をついたまま俺の隣に近寄ってきた。

 

「……」

「どうした?」

「教えていただくなら、隣にいた方が良いかと」

「でも、暑くないのか?」

「大丈夫です。冷房もつけていただいているようですから」

「そ、そうか……」

 

 相変わらず雪美はよく分からないなあ。そんなことを考えながら、俺は勉強を教え始めた。雪美が理解出来なかった箇所を教えてもらい、俺はそれを潰すようにして教えていく。

 

「……で、こことここが錯角だから等しいってわけだ。見方を変えればそんなに難しくないだろう?」

「はい。真司さん、教えるのがお上手ですね」

「そんなことないよ、ははは」

「あっ、この問題も教えてほしいです」

「お、おいおい」

 

 その時、雪美はこちらに身を乗り出すような姿勢になった。腕が俺の体に触れ、思わずドキッとしてしまう。すべすべの柔肌の感触に、思わず唾を飲んでしまった。

 

「ちょ、落ち着けよ」

「あっ、ごめんなさいっ」

「いや、いいけどさ……」

 

 俺は雪美の体を押し戻した。やれやれ、三歳下の女の子にドキドキしてしまうなんて大人げない。……って、よく見ると随分と薄い生地のブラウスなんだな。袖の方を見ると、腕が透けて見えるじゃないか。

 

「なあ雪美、その服」

「はい、初めて下ろしてみました。……いかがですか?」

「いや、その……」

 

 たしかに、いつもの雪美よりも大人っぽく見える。だけど、今までの雪美のイメージとは違う気がするな。いや、どんな服を着ようが勝手ではあるんだけど……。

 

「……雪美」

「はい?」

「その服、あまり着ないでくれるか」

「えっ……?」

 

 明らかに雪美が落ち込んでしまった。ちょっと待て、そういう意味じゃない!

 

「いやいや、別に似合ってないって言いたいわけじゃないんだ」

「そ、そうなんですか……?」

「でも、なんか……うまく言えないや」

 

 どうして俺はこんなことを口に出しているのだろうか。別に雪美の好きなようにすればいい。そのはずなのに――なぜか嫌な気分なのだ。……もしかして、「他の奴に見られたくない」なんて思っているのかもしれない。

 

「その……他の奴に変な目で見られてほしくないんだ」

「えっ?」

「雪美が着たいなら止めはしないけどさ。ごめんな、変なこと言って」

 

 まるでおせっかいな父親のような発言である。なんか面倒なこと言ってるな、俺。ちょっと決まりが悪いように感じて、俺は苦笑いを浮かべた。すると、雪美は真剣な表情でこちらを見た。

 

「……真司さんがそう仰るなら、もう着ません」

「えっ、でも」

「お友達の言葉を無下にするわけにはいきません。……そうでしょう?」

「……ありがとな、雪美」

「でも――」

「わっ」

 

 すると、雪美は俺の腕にしがみついてきた。そして上目遣いをするようにして、ゆっくりと口を開いたのだ。

 

「……真司さんの前でなら、着てもよろしいのですよね?」

「あ、ああ……」

「ありがとうございます。今度お家に来るときも、この服で参りますから」

「べ、別にいいよ……」

 

 雪美は少し頬を赤らめていた。ちくしょう、あざといな。雪美に言われるままに家で勉強することにしちゃったけど、やっぱりやめとけばよかった。こんな可愛らしい女の子と一緒だなんて、こっちが疲れちゃうもんなあ……。

 

***

 

 俺たちは昼ご飯(うな重を出前で頼んだ)を食べた後も勉強を続けていた。雪美は熱心に俺の話を聞いていたが、朝からずっと勉強していたこともあり、流石に疲れてきたようだ。そろそろ三時だし、休憩にしようかね。

 

「雪美、いったん休もう」

「承知しました」

 

 俺はお茶を二人分汲んでちゃぶ台に持ってきた。雪美は俺が手渡したコップをそっと受け取り、上品な仕草で飲んでいた。こんな安物のコップでも、飲む人間が違うとこうなるんだなあ。

 

「美味しいです、真司さん」

「それはよかった。十分くらい休んだら再開しようか」

「……」

「どうした?」

 

 雪美は何か言いたげにもじもじとしている。何か聞きたいことでもあるのだろうか。

 

「その、真司さん……」

「なになに?」

「し、真司さんのお部屋を見てみたいですっ!!」

「えっ!?」

 

 突然雪美が大声を出すものだから、俺も驚いてしまった。お、俺の部屋っ!? 片付けてないよ!? だからリビングだけで済まそうと思ってたのに!

 

「いや、散らかってるからさ。とても見せられるもんじゃ」

「駄目ですか?」

「だ、駄目じゃないけど……」

 

 雪美は再び上目遣いで頼んできた。な、なんか悪い技を覚えてしまったような気がする。こんな目でお願いされたら断れないじゃないか!

 

「……いいよ、おいで」

「は、はいっ!」

 

 俺は根負けして、雪美を二階へと案内した。見られて困るような物を置いているわけじゃないが、だからってなあ。部屋に女の子を上げるなんて、志保か美保ねえ以来だろうか。

 

「ちょっと待ってろ、片付ける」

「はい……!」

 

 雪美をドアの前で待たせて、俺は猛スピードで部屋の中を片付けた。えーと、散らかっている本はしまって、服はタンスに収納して……と。仕方ねえ、これくらいで勘弁してもらうか。

 

「さあ、入っておいで」

「失礼しまーす……」

 

 俺が招き入れると、雪美は緊張した面持ちで部屋に入ってきた。俺の部屋を見て何が面白いのかと思うが、頼まれたからには仕方がない。

 

「これが、真司さんのお部屋……!」

「別に変わったことはないだろ、さっさと下に――」

「す、座ってもよろしいですか?」

「へっ?」

 

 雪美は俺のベッドを指さしていた。……いや、それは駄目だろ!? なんかこう、アカン気がする。

 

「だ、駄目だ」

「? 何がいけないのですか?」

「それは、その……」

 

 なんて説明すればいいのか……。中学二年生に変なことを言ったら今度こそ通報されてしまう。とにかく、誤魔化さないと。

 

「とにかく駄目なんだって。もう戻ろうぜ」

「ちょっとくらい――」

「あのな、雪美――」

 

 その時、部屋を出ようとした俺と、ベッドに座ろうとした雪美の動線が重なってしまった。体と体がぶつかり合ってしまい、俺は思わず倒れそうになる。

 

「わっ!」

「真司さん!?」

 

 よろめいた俺はバランスをとろうとして雪美の体を掴んでしまった。しかし体重差を考えれば、雪美に俺の体を支える力がないのは明らかだ。そのまま雪美もベッドに腰を下ろすような格好になってしまう。……なんか、雷の日に似たようなことがあった気がするな。

 

「だ、大丈夫か雪美?」

「は、はい……」

 

 俺は上半身をベッドに倒れさせ、雪美はうまくベッドの上に座っていた。なんか奇妙な絵面になってしまったな……。すると雪美も敷布団の上に寝転がり、俺と視線を合わせてきた。

 

「ふふ、不思議な感じですね」

「……そうだな」

 

 他人に見られたら間違いなくお縄である。俺は急いで身を起こし、再び立ち上がった。雪美は布団の中でゴロゴロと転がっている。

 

「ゆ、雪美……?」

「なんだか真司さんの匂いがしますね」

「へ、変なこと言うなよ」

 

 今日の雪美はやけにテンションが高いな。そんなに俺の家に来たことが――って、どうしたんだろう?

 

「どうした?」

 

 雪美はぴたりと体の動きを止め、机の方を見つめていた。そちらに視線を移すと、そこにあったのは――写真立てだった。中等部の入学式の時に、志保と一緒に校門前で撮った写真だ。俺たちは元気いっぱいの笑顔で写っており、一年後に絶交するなどとは思ってもみなかっただろう。

 

「これ、志保さんですよね」

「あ、ああ」

「やっぱり、この頃は仲が良さそうです」

「まあな。絶交する前だし」

「……勉強に戻りましょうか、真司さん」

 

 そう言って、雪美はさっとベッドから降りた。さっきまでどこか浮かれた感じだったのに、今やいつものクールな表情に戻ってしまっている。やはり志保と俺の件では後ろめたい気持ちがあるのだろうか。

 

 結局、その日の俺たちは夕方までみっちりと勉強した。雪美は迎えの車に乗せられて帰って行き、俺はひとり居間に残される。やれやれ、なんだか疲れた一日だった。

 

 それからさらに時は過ぎていき、期末試験の時期となった。さてさて、雪美は学年一位を取ることができたのかな――

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