お嬢様中学生とお見合いしたら、絶交していたはずの幼馴染が騒ぎ出した   作:古野ジョン

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第23話 待ち合わせ

 志保との約束の当日は、昼過ぎから雨になった。花火大会が開催されるかどうかは直前になるまで発表されないとのことで、それまでは待つしかない。時計を見ると、もう午後四時になろうとしている。……そろそろ待ち合わせの時間だな。

 

 俺は着替えを済ませ、玄関を出た。お、いつの間にか雨が止んでいるじゃないか。と言っても曇り空だけどな。花火が始まるまでに晴れるだろうか。

 

「い、行ってきまーす……」

 

 その時、隣の家から志保の声がした。なんだかいつもより自信がなさそうで、仕草もどこかもじもじとしている。志保も俺に気づいたようで、恥ずかしそうにこちらに寄ってきた。

 

「……お待たせ」

「あ、ああ……」

 

 志保は花柄の青い浴衣を身に纏い、可愛い髪飾りを付けていた。頬をほんのり赤く染め、照れ臭そうな顔をしている。なんだか、いつもより何倍にも増して綺麗に見えるな。

 

「い、行こうか」

「ちょっと待って」

「どうした?」

「あの……この間はごめんなさいっ!!」

 

 次の瞬間、志保は俺に対して深く頭を下げた。予想だにしていない行動に、俺は戸惑う。

 

「お、おい」

「急に帰ったりしてごめん! せっかく三人で出かけてたのに」

「いや、いいって。俺も悪かったんだからさ」

「……ありがとう」

 

 ようやく志保は頭を上げた。絶交してから、志保が自分から頭を下げたことなどほとんどなかった。……やっぱり、本気で仲直りしたいと思っているのはコイツも同じみたいだな。

 

「とにかく、行こう。電車に乗らないといけないんだし」

「そ、そうだね」

 

 こうして、俺と志保は一緒に駅に向かって歩き出した。互いに何を話すでもなく、ただただ同じ速度で前に進んでいるだけ。周りから見たら初々しいカップルだが、実態としては絶交中の幼馴染である。

 

「……ねえ、真司」

「なんだ?」

「二人っきりで花火なんて、初めてだね」

「……そうかもな」

 

 たぶん、絶交前も二人で花火を観に行ったことは無かったと思う。いくら仲良しでも、中学生の男女が夜に二人きりで出かけるっていうのはハードルが高いもんな。

 

 俺たちは駅に到着して、ホームに上がった。流石にまだ会場から遠いからか、浴衣の人間は多くない。その分、志保の姿は際立って美しく見えていた。

 

「間も無く、新宿行きが参ります……」

 

 アナウンスが流れ、電車が勢いよく滑り込んできた。俺と志保は何も言わず、黙ってその様子を眺めている。間も無く電車が止まり、ドアが開いた。

 

「ほら、乗るぞ」

「……うん」

 

 俺が差し伸べた手を掴み、志保はそっと乗り込んだ。車内は混雑しており、中の方には進まない。仕方ないので、俺たちはドア付近で立つことにした。

 

「次は〜……」

 

 車内は人であふれ、湿気でムシムシとしていた。電車が揺れるたび、俺は近くの手すりをつかんで堪える。って、危ないっ!

 

「っと!」

「きゃっ!」

 

 大きく揺れたので、俺は志保に覆いかぶさるようにして捕まった。壁ドンのような格好になってしまい、どことなく気まずい雰囲気が漂う。

 

「わ、悪い……」

「ううん、ありがとう……」

 

 志保の顔が赤く染まっていたのは、熱気のせいではないだろう。かくいう俺も、内心ではドキドキしていた。こんなに間近で志保の顔を見たのはいつぶりだろう。……花火が始まる前からこんなんで大丈夫だろうか。

 

 電車は新宿駅に到着し、俺たちは乗換のために降車した。構内を歩いていると、周りにもちらほらと浴衣姿の男女が見受けられる。

 

「……俺も浴衣で来ればよかったかな」

「えっ?」

「いや……なんでもない」

 

 俺は少しだけ後悔していた。志保がこんな綺麗な恰好で来るんだったら、俺も合わせればよかったな。今さらそんなことを思っても仕方ないけど。……って、いつの間にか人が増えてきたな。

 

「志保、手」

「し、真司?」

「……はぐれるだろ」

「ありがとう……」

 

 俺が手を差し出すと、志保は恥ずかしそうに掴んだ。この間は三人だったけど、今は二人きり。手を繋いだだけでも、なんだか特別な気持ちになってしまう。

 

 俺たちはさらに電車に乗り、目的地へと進んでいった。会場が近づくごとに、浴衣姿の人が多くなっていく。

 

「花火、中止なのかなー」

「えー、ここまで来たのにー」

 

 車内でも、花火大会が開催されるかどうかを心配する声が多く聞かれた。もう雨は上がっているが、天気はまだ不安定だ。このまま何事もなければ良いのだが。

 

「ねえ、真司」

「なんだ?」

「もし、もしね……花火大会が中止になったらさ」

「うん」

「……私たち、天からも見離されたってことなのかな」

 

 志保は悲しそうな顔で、静かにそう呟いた。その言葉に、思わず俺は志保の手を強く握る。

 

「し、真司……?」

「大丈夫だ、志保。中止になんかならない。それに――仮に中止だったとしても、俺がこの手を離さなければいいんだ」

「う、うん……!」

 

 志保はほっとしたようだ。俺だって、せっかくの仲直りのチャンスを逃す気はない。過去を清算して、志保との関係を一からやり直す。雪美がわざわざ舞台を用意してくれたのに、それを無駄にするわけにはいかないのだ。

 

 そして、俺たちは会場の最寄駅に到着した。駅から出ると、既にそこら中に屋台が出ている。まさにお祭りといった感じで、子ども時代に戻ったかのようにワクワクしている自分がいた。

 

「わあ……!」

 

 隣の志保もキラキラと目を輝かせており、考えていることは同じのようであった。こうしてみると、小学校の頃を思い出す。互いの親に連れられ、一緒に近所のお祭りに行ったあの頃。……一番仲が良かった頃だろうな。

 

「ねえ、なんか買おう!」

「はいはい、分かってるよ」

 

 志保が駆け出そうとするのをなんとか止めつつも、内心では一緒に駆け出したい気分だった。俺たちは近くの屋台に出向き、いろいろと物色する。

 

「チョコバナナだよ、真司!」

「へー、懐かしいな」

 

 志保が目をつけたのはチョコバナナの屋台だった。どうやら普通のチョコといちごチョコのバナナがあるらしい。うーん、迷うな。

 

「私、いちごの!」

「じゃあ俺は普通の」

 

 俺たちは一本ずつ購入することにした。屋台のおじさんに小銭を渡し、一本ずつ受け取る。すると早速、志保は美味しそうに頬張っていた。

 

「あま〜い!」

「そうか、よかったな」

 

 それを見て、俺もバナナをひとかじり。……甘っ。久しぶりに食べると、なんだか甘ったるい感じ。でも、不味いとは思わないな。なんだか昔を思い出すような感じで――

 

「いただきっ!」

「あっ、ちょ」

 

 次の瞬間、志保は俺の食べかけに食いついてしまった。普通のチョコの味も確かめたかったらしい。……やっぱり、あんまり気にしないんだな。幼馴染だから当然と言えば当然か。

 

「うん、こっちもおいしいね」

「お前、気にしないの?」

「えっ?」

「その、なんていうか……」

 

 俺がそう指摘すると、志保の顔が再び赤くなっていく。コイツ、天然でやってたのかよ。浮かれ具合が半端ねえなあ。

 

「その、別にそういうわけじゃ……」

「ふーん、じゃあいただきっ」

「ちょ、真司!?」

 

 志保が油断したのを見逃さず、俺はいちごチョコがかかったバナナに食いついた。うーん、こっちも甘ったるいな。でもまあ、美味い。

 

「ししし、真司……」

「ふん、お返しだ」

「もー……」

 

 そう言いつつも、志保はどこか嬉しそうだった。小学生くらいの頃は、間接キスだなんて気にしたこともなかった。お互いに何も気にせず、食い物や飲み物をシェアするなんてしょっちゅうだったのだ。

 

「……バカ真司」

「なんで!?」

 

 俺をディスりながら、志保は再び自分のチョコバナナを食べ始めたのだった。こんなことをしている間にも、花火大会の開始時刻が近づいてきている。

 

「……会場にお越しの皆様へ、本日の花火大会についてご連絡がございます」

 

 すると、近くのスピーカーからアナウンスが流れ始めた。周囲の人々も聞き耳を立てている。さあ、果たして――

 

「本日は雨の予報でしたが、天候が回復したことから、花火大会を開催することといたしました。開始時刻は予定通りでございますので、有料席をご利用の方は……」

「やったあ!」

「おお、やったな!」

 

 俺と志保は互いに笑顔を見せ、子どものようにはしゃいでいた。やれやれ、これで一安心だな。

 

「よし、そろそろ有料席に行くらか」

「うん、行こう!」

 

 俺たちは手を繋ぎ、人ごみの中を歩いて行く。これから花火が始まるという高揚感と、志保との仲直りに向けた期待感。これから、これからが本番だ。さあ、いよいよだ――

 

「あれー、岡本じゃねえか!」

「彼女連れかー? 羨ましいなあ」

 

 そのとき、近くから久しぶりに聞く声がした。思わずそちらに振り向いてみると、そこにいたのは野球部の連中。……みんなで来てたのか。

 

「……おう、久しぶりだな」

「今年はもう負けちまったからよお、暇つぶしに花火観にきたってワケ」

「お前がいてくれたらなあ」

 

 俺はコイツらを目の前にした時、どんな顔をすればいいのか分からなくなる。野球を続けなかった申し訳なさと、もう放っておいてほしいという自分勝手な感情。相反する気持ちが、心の中で渦巻いていた。

 

「で、お前ら付き合ってんの?」

「ひゅー、やるねー!」

「別に、付き合ってるわけじゃないけど……」

 

 コイツら、目の前で俺と志保が喧嘩していたのを忘れたのだろうか。とはいえ、どうしようか。さっさとこの場を立ち去りたいが、何かうまい方法は――

 

「あの、もうやめてあげてください!」

「へっ?」

「真司が困ってるじゃないですか!」

 

 その時、横にいた志保が大声を張り上げた。野球部員たちもまさかの展開に戸惑っている。

 

「お、おい志保」

「さ、行きましょっ!」

「ああ、行くか……」

 

 志保に背中を押されるまま、俺は有料席の方へと歩き出した。……昔は立場が逆で、何か言われたら俺が言い返していたのにな。

 

「ありがとな、志保」

「何が?」

「その、言い返してくれて」

「別にいいよ、あれくらい!」

「……そうか」

 

 俺たちは仲良く手を繋ぎ、前へ前へと進んでいく。ようやく有料席にたどり着いた時には、ちょうど開始時刻直前となっていた。

 

「ふー、着いたな」

「うん、いい席だね!」

 

 チケットに書かれたとおり、俺たちに用意されていたのはペアシートだった。二人がけの椅子が用意されており、テーブルも備え付けられている。

 

「さ、座れよ」

「うん、ありがと」

 

 俺と志保は席につき、花火が始まるのを待った。ああ、いよいよだなあ。

 

「ねえ、真司」

「なんだ?」

「花火が始まったらさ、その……」

「おいおい、なんだよ」

 

「三年分のお話、きちんとしようね」

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