お嬢様中学生とお見合いしたら、絶交していたはずの幼馴染が騒ぎ出した   作:古野ジョン

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第2話 葛藤と助力

 夏休みが明けてから一週間が経ったが、雪美は一度も登校してこなかった。それでも俺は毎日昼休みに中庭に通い、いつか雪美が来るのではないかと淡い期待を抱いていた。もっとも、毎度のごとくその期待は裏切られているのだが。

 

「今日も来ないか……」

 

 いつも雪美が座っていた場所はがらんとしており、ただベンチに一人で腰掛けている。俺の心もなんだかぽっかりと広くなった気がするな。

 

「あー、ほんとにいた」

 

 その時、近くから聞き慣れた声がした。声のした方を向いてみると、そこにいたのは弁当袋を手に持った志保。……何やってんだ?

 

「なんだよ、そんなとこで」

「なんか、『あんたの彼氏が一人で弁当食べてるよ』って言われたの!」

「俺はいつからお前の彼氏になったんだよ!?」

「いいでしょ、勝手に言われてるだけなんだから! ……ってか、そんな話をしにきたわけじゃないの」

 

 志保はこちらに近寄ってくると、そっと俺の隣に座った。なんだかいつもより落ち着いた表情で、静かに俺に尋ねてくる。

 

「……雪美はどうしたの?」

 

 志保はこちらを見ずに、顔を正面に向けたままそう呟いた。

 

「どうって、なんだよ」

「学校来てないんでしょ? お姉ちゃんから聞いたよ」

「そうか、そうだよな」

 

 学校に来てないってことは、文芸部にも行ってないってことだもんな。そりゃ美保ねえから伝わるのも当然か。

 

「で、何があったのよ」

「……俺も分からないんだ。家に電話してみたんだけど、『もう私に関わらないでください』って人づてに言われてさ」

「えっ、ええっ?」

「俺、どうしたらいいのか分からないんだよ。毎日アイツと会うのが当たり前でさ、急にいなくなっちまったからよ……」

 

 俺ははあとため息をついた。夏休み中だってほとんど雪美と会う機会はなかったが、こんな気持ちになることはなかった。しかしいざ()()()()となると、なんだか漠然と寂しい気持ちになるのだ。……ましてや、三年前のことがようやく明らかになりそうだったというのに。

 

「……そっか。それでこんな暗い顔してるのね」

「えっ、俺そんな顔してる?」

「見れば分かるわよ! あんたねえ、私と何年一緒にいるのよ!」

「ははは……そうだよな」

 

 志保はどうやら努めて明るく振舞おうとしてくれているみたいだ。俺、そんなに顔に出ていたのかな……。

 

「学校に来なくなった理由、何も分からないの?」

「お前も知ってるだろ? テロとかなんとか」

「うん、ニュースで見た」

「あれのせいじゃないかなとは思ってるんだ。何もないといいんだけど」

「そっか、心配だね」

 

 志保はこちらの顔を覗き込んできた。それにしても、いつも雪美が座っていた場所にコイツがいるのは不思議な感覚だな。ってか、ちゃっかり弁当まで持って来てるし。

 

「で、お前は弁当を食べに来たのか?」

「……だめ?」

「だ、だめってことはないけどさ」

「じゃあ食べよ? 雪美のことはさ、ゆっくり考えればいいじゃん」

「そうだな、そうするか」

 

 俺は買っておいた菓子パン、そしてサラダを取り出したのだった。

 

***

 

 ……私、卑怯なことしてるよね。雪美の指定席にちゃっかり座って、何食わぬ顔でお弁当を食べている。いや、食べてるのに何食わぬ顔って言うのもおかしいか。

 

 真司に聞くまでもなく、雪美が来なくなった理由はなんとなく察しがついていた。詳しいことまでは分からないけど、きっと今は家の事情があるのだろう。

 

「最近、バレー部はどうだ?」

「ぼちぼちかな。先輩たちが引退したし、私たちが引っ張らないとだから」

「そうか。志保は頑張ってるな」

「そ、そう?」

「ああ、お前はよくやってるよ」

 

 真司に褒められて、思わず鼻の下を伸ばしてしまう。……そんな自分が嫌だった。雪美には「正々堂々と勝負しましょうね!」と言われていたのに、この体たらく。真司は落ち込んでいるのに、自分だけ浮かれて馬鹿みたい。

 

「……お前はよくやってるのに、俺は何やってるんだろうな」

「えっ?」

「雪美と会えないだけでこんなに落ち込んでさ。情けないよな」

「そ、そんなことない!!」

 

 私は思わず真司の腕を掴んだ。急にそんなことしたものだから、真司は戸惑って自分の腕と私の顔を交互に見比べている。

 

「えっ、えっ? 志保?」

「真司は雪美のことを心配してあげてるんでしょ? 他人のためにそこまで落ち込めるなんて、ちゃんと考えてる証拠じゃない」

「……そうかな」

 

 真司は少し照れたような顔をした。でも、私が腕を掴んだのは真司を励まそうと思ったからじゃない。……自分の方が、真司よりもよっぽど情けないと思ったからだ。

 

「雪美のこと、どうするつもりなの?」

「とりあえずは待つよ。『学校にはいつか戻る』とも言っていたし、それを信じる」

「なんか、真司らしくないね」

「そ、そうか?」

「花火のとき、真司はすぐ雪美のところに行ってあげたじゃない」

「……たしかにな」

 

 私、何を言っているんだろう。このまま何もなければ、私が真司と距離を縮めることが出来るのに。きっと、どこか心の中に申し訳なさがあって、真司がまた雪美と会えるようになってほしいとも思っているんだろうな。

 

「ねえ、一度雪美の家に行ってみない?」

「えっ?」

「住所くらい知っているんでしょ?」

「まあな」

「だったら、思い切って行ってみようよ! そしたら会ってくれるかもしれないし」

「でも、今は家のことで大変かもしれないし」

「いいじゃん、断られたら帰ればいいだけでしょ!」

「……お前のそういうところに助けられるよ。ありがとな」

 

 こんなに素直に礼を言われるなんていつぶりだろう。嬉しいはずなのに、私の内心はずっと揺れている。真司を自分のところに引き寄せるのか、雪美に会いたいという願いの手助けをするのか。私だって真司のことを諦めたわけじゃない。だけど、雪美がいないのに私だけ真司と一緒にいるなんて。……いいはずがない。

 

「じゃあさ、今度の週末は?」

「そうだな。早い方がいいな」

「うん、そうだね。……会えるといいね」

 

 私は呟くようにそう言った。会ってしまえば、真司の心が雪美にとらわれてしまうことなど分かっているのに。自分が何をしたいのかさっぱり分からないでいた。

 

 いつの間にか真司は昼食を終えていたようで、菓子パンの袋を小さく折り畳んでいた。それを見て、私も慌てて弁当を食べ進めようとする。……って、なんか詰まった!!

 

「げほっ、げほっ!」

「おいおい、大丈夫か?」

「う、うん! 大丈夫だから……」

「そんな急いで食うなよ」

「ごめん、ありがとう……」

 

 真司は優しく私の背中をさすってくれた。大きくてゴツゴツとした、男らしい手の感触。こうやって、雪美は毎日のように真司の優しさを浴びていたんだろうな。

 

「志保、どうした?」

「んーん、別に。真司は悪い男だなって」

「えっ、なんで?」

「さあ、なんでだろうねー」

 

 戸惑う真司を適当にあしらい、私は弁当箱の蓋を閉じた。すっと立ち上がると、それを見た真司も腰を上げた。

 

「じゃあ、私はそろそろ行くから」

「ああ。ありがとな」

「別に、何もしてないよ。それに今さらお礼なんて言わないでよ、幼馴染なんだから」

「……そうか。そうだよな」

 

 真司は苦笑いを浮かべた。そう、私と真司は幼馴染。仲直りは出来たけど、それ以上の関係に進むことはなかったんだ。真司の心が自分に向いていないことなど百も承知。……それなのに、真司の側を離れたくないという思いだけがずっと心に残り続けているのだ――

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