お嬢様中学生とお見合いしたら、絶交していたはずの幼馴染が騒ぎ出した   作:古野ジョン

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第5話 お嬢様との昼休み

 俺は中庭のベンチに腰掛け、雪美のことを待っていた。膝の上には、売店で買ってきた菓子パンとコーヒー牛乳。俺と雪美が昼休みに会うようになってから早くも一週間が経った。

 

 最初の方は、何を話せばいいのか分からなかった。基本的に雪美は無口で、あまり自分から話すことをしないのだ。俺の話がつまらないのかとも思っていたが、時折照れ臭そうに笑みを浮かべることもあるので、退屈しているわけではないようだった。

 

「お待たせしました、真司さん」

「いや、そんなに待ってないよ」

 

 そんなことを考えていると、中等部の方から雪美が姿を現した。相変わらずのポーカーフェイスだが、その手には和風の弁当袋を携えており、俺の右隣にちょこんと腰掛ける。

 

「今日はいい天気だな」

「ええ、心地いい気温ですね」

 

 まるで近所の知り合いと遭遇したときのような会話である。しかし、話題がないのだから仕方ない。雪美が袋から水筒と弁当箱を取り出し始めたので、俺も菓子パンの袋を開けた。

 

「じゃ、いただきまーす」

「いただきます」

 

 食前の挨拶をして、俺はパンを口に運んだ。雪美も弁当箱の蓋を開け、箸を手に取る。一段だけの小さな弁当だが、その中身には質の良さそうな食材が多い。やはり白神家、こういうところにも妥協はないみたいだな。

 

「どうかしましたか?」

「い、いやなんでもない」

「……そうですか」

 

 俺が弁当のおかずをまじまじと見ていたせいか、雪美が不思議そうな顔をしていた。他人の昼飯をじろじろ眺めるもんじゃないな。俺は気を取り直し、コーヒー牛乳を手に取った。

 

「……」

「……」

 

 ただ昼食を食べ進めるだけの、無言の時間が流れる。俺たちがいる中庭という空間は、中等部と高等部の校舎に挟まれたところにある。人通りも少ないので、二人きりで昼飯を食べていても他人に気を配る必要はないというわけだ。

 

「なあ、雪美」

「はい、なんでございましょうか?」

「うちの学校には慣れたか?」

「……はい」

 

 雪美はそっぽを向いたまま、静かな声で答えてきた。……なんだか引っ掛かる反応だな。心配をかけまいとしているのかもしれないが、俺としてはそれでは困る。雪美には学園生活を楽しく過ごしてほしいのだ。

 

「クラスでは楽しくやってるか?」

「ええ、そうですね」

「皆とは馴染めているか?」

「……大丈夫ですよ。心配していただくほどではございません」

 

 転校初日の挨拶で「結婚します」とか言ったもんだから、クラスで浮いているんじゃないかと心配していたが。雪美は「そうですね」なんて言ってるけど、その割に表情が暗めだし、やっぱり本心かどうか分からないなあ。

 

「ふー、ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

 

 俺が食べ終わるのと同じタイミングで、雪美も弁当箱を空にしていた。俺はゴミを片付け、ふうと息をつく。あー、しかし本当にいい天気だなあ。四方を校舎で囲まれた青空を見上げ、俺はそよ風を楽しんでいた。

 

「……あの、真司さん」

「ん?」

「私と一緒にいて、真司さんは楽しいですか?」

「なんだよ、藪から棒に」

「いえ、なんだかいつも私の我儘に付き合っていただいているような気がして……」

 

 横を向くと、雪美はなんだか申し訳なさそうな顔をしていた。俺たちの間に会話が少ないことを、コイツはコイツなりに気にしていたのかもしれないな。俺はそれが嫌だと思ったことはないし、むしろ雪美にそう思わせてしまったことが申し訳ないくらいだ。

 

「別に気にすることないよ、そんな遠慮しなくていいからさ」

「そう……なのですか?」

「ああ、別に昼ご飯を一緒に食べるくらいなんともないさ」

「……ありがとう、ございます」

 

 微かに笑みを浮かべて、雪美は軽く頭を下げた。うーん、なんだかなあ。雪美はこの小柄な体で、いったいどれほどのものを背負っているのだろう。……たまには気分転換でもしてあげないとな!

 

「雪美、少し散歩しないか?」

「散歩……ですか?」

「まあ、校舎の中を歩くだけだけど。まだ分からないことも多いだろうし、案内するよ」

「はい、お供しますっ……!」

 

 ぱあっと雪美の表情が晴れたのが分かった。俺はベンチから立ち上がり、手を差し出す。雪美はそれをそっと掴み、ゆっくりと腰を上げた。

 

「じゃ、行こうか」

「はいっ……!」

「……」

「どうかしましたか、真司さん?」

「いや、その……」

 

 雪美は俺の手を離すどころか、さっきよりも強く握りしめている。いや、立ち上がるのを手伝おうとして差し出しただけなんだが……。

 

「手つないだまま歩く気か?」

「はい。それが何か……?」

「いや、流石に変だろ……」

「あなたと私は婚約者なのに、何が変だと仰るのですか?」

 

 雪美は持ち前のクールな表情でそう言った。しまった、コイツはこういう奴だということを忘れていた! いくらなんでも、校舎内をおててつないでランランランってのは勘弁願いたい。

 

「……なんていうか、恥ずかしいんだよ」

「私は別に恥ずかしくありませんが」

「普通そんなことはしないの!」

「……私と手を繋ぐのが嫌なのですか?」

「そ、そうじゃないけど……」

 

 こんな年下の子に主導権を握られつつあるのは、情けないというかなんというか。俺はなんとか校舎内において手をつないで歩くことのデメリットを説明し、雪美に納得してもらったのだった。つ、つかれる……。

 

***

 

「……で、こっちの渡り廊下の先が文化部の部室棟。まあ、雪美には関係ないだろうけど」

「なるほど。放課後にこちらに向かう方が多かったので、不思議に思っていました」

「ああ、そりゃまさに文化部の連中だろうな」

 

 俺は校内を歩き回りながら、雪美にいろいろな場所を案内してあげていた。どうやら雪美は授業が終わるとすぐに迎えの車に乗って帰宅しているらしく、自分の教室以外の場所に足を踏み入れたことはほとんどないようだった。

 

「で、次に行くのが――って、雪美?」

「……」

 

 廊下の先に進もうとしたとき、雪美が後ろを振り返っていることに気がついた。柱の方を見つめているが、いったいどうしたというんだろう。

 

「どうしたんだよ、そんなとこ見て」

「ま……いえ、なんでも」

「? そうか」

 

 特におかしいところはなかったと思うが……まあいいか。俺は前を向き直り、さらに先へと進んでいく。その後も一通り各所を巡った俺たちは、最後に売店へとたどり着いた。

 

「ここが売店だよ。そっちは学食で、向こうにあるのが自販機」

「賑やかですね」

「まあ、昼飯時だしな」

 

 雪美の言う通り、俺たちの周りでは多くの生徒が行き交っている。そろそろ昼休みも終わるので、皆教室に帰るところのようだ。

 

「見て、あのふたり……」

「ああ、あれが噂の……?」

 

 その時、俺は周囲の視線が集まっていることに気がついた。やはり雪美と俺の噂はかなり広がっているようだ。この場にいる全員にヒソヒソと噂話をされているようで、なんだか居心地が悪い。いつもと同じ表情の雪美に、俺はこそっと耳打ちをする。

 

「悪い、人が多いところに来るべきじゃなかったな。戻ろうか」

「いったいどうされたのですか?」

「なんだか、いろいろと言われてるみたいだからさ」

「ああ――そんなことなら」

 

 雪美はキッと表情を引き締め、周りをギロリと見渡した。その瞳が――怒りの感情を孕んでいるのは明らかだった。まるで無礼者を窘めるかのように、雪美は迫力のある声で言い放った。

 

「あなた方、何か私たちに言いたいことがあるのですか?」

「ゆ、雪美!」

 

 俺はそれを制止しようとしたが、間に合わなかった。雪美の冷たい声が響き渡ると、野次馬たちは一斉に口をつぐんでしまう。さらに雪美は止まらず、追い打ちをかけていく。

 

「私の悪口ならいくらでも聞いて差し上げます。しかし……真司さんの悪口は聞き捨てなりません」

「雪美、いいって!」

「真司さん、でも……」

「俺のことはいいから、あんまり心配させないでくれ」

「も、申し訳ありません……」

 

 その時、俺は雪美の目にうっすらと涙が浮かんでいることに気がついた。……俺のために無理してくれていたんだな。俺はポケットからハンカチを取り出し、そっと目元を拭ってやった。

 

 いつの間にか観衆たちはいなくなっており、その場にいるのは俺たちだけになった。雪美は泣き止んだようだが、怯えているかのように小刻みに身体を震わせている。そろそろ俺も教室に戻らないとだが、雪美を落ち着かせてやらないとな。

 

「水でも買ってくるよ、それ飲んでゆっくりしな」

「そんなっ、何から何まで」

「いいって、気にするなよ」

 

 近くの自販機へと向かうと、雪美も後ろからついてきた。俺はポケットから財布を取り出し、小銭をチャリンチャリンと突っ込んでいく。……そういや、雪美って自販機なんか使ったことあるのかな?

 

「雪美ってさ、自分で飲み物買うことあるの?」

「えっ?」

「自販機の使い方なんて知らないんじゃないか、ははは……」

 

 軽く冗談のつもりで言ったのだが、雪美の表情が明らかに暗転していた。え、そんな変なこと言ったか? 別に馬鹿にしたつもりじゃなかったんだが。

 

「すまん、気を悪くしたか?」

「……あなたが教えてくれたんじゃないですか」

「えっ?」

「いえっ、なんでも」

 

 俺がボタンを押すと、ペットボトルの水がゴトンと音を立てて落ちてきた。俺はそれを手渡してやり、雪美に別れを告げる。

 

「じゃあな、そろそろ戻るわ」

「あっ、待ってくださいっ……!」

「どうした、まだ落ち着かないか?」

「そうじゃなくて、そのっ……」

 

 雪美はペットボトルを持ったまま、もじもじと何か言いたげにしていた。頭に疑問符を浮かべていると、雪美はなんとか口を開いた。

 

「あのっ、明日は私がお昼ご飯をご用意しますから……」

「へっ?」

「し、失礼しますっ!」

 

 突然の言葉に、俺はただ雪美の後ろ姿を見送ることしか出来なかった――

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