お嬢様中学生とお見合いしたら、絶交していたはずの幼馴染が騒ぎ出した   作:古野ジョン

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第6話 カレーと弁当

 ふと、昔のことを思い出した。中学一年生の頃、志保が俺に昼ご飯をご馳走してくれたことがある。その日は土曜日で、朝からアイツの部屋に遊びに行っていた。昼になったので、俺は食事のために一旦帰ろうとしていた。

 

「昼ごはん食べてくるわ、また来るよ」

「えー、まだいいじゃん!」

「でも、お腹減ったしなあ」

「じゃあさ――私がお昼ご飯作るよ!」

「えっ、お前が?」

「なによう、その言い方は」

「いや、お前……家庭科の授業で鍋溶かしてたじゃん」

「もー、心配しなくていいんだから!」

 

 志保は自信満々といった感じで胸を張っていた。一方の俺は心配というか、家を燃やさないかと戦々恐々としていた。

 

「下で作ってるから、部屋で漫画でも読んでて!」

「はいはい」

 

 俺は部屋に留まり、階下の台所に向かう志保の後ろ姿を見送った。大丈夫かなあ、火災報知器が鳴ったらダッシュで逃げないとな。そんなことを考えながら、俺は志保の本棚から少女漫画を手に取ったのだった。

 

 ……そして、早くも一時間が経過した。二人分の昼食を用意するには時間がかかりすぎている。もう背中とお腹がくっつきそうだし、そろそろ――

 

「真司、出来たよー……」

 

 階下の方からえらく自信がなさそうな志保の声が聞こえてきた。いったい何が起こっているのか不安に思いながら、俺は階段を降りていく。すると、居間のテーブルには意外にも――綺麗な見た目をしたカレーライスが用意されていた。

 

「お、カレー? 美味そうじゃん」

「そ、そうかな……」

「ありがとな、作ってくれて」

「うん……」

 

 志保が落ち込んでいるのを不思議に思いながら、俺はテーブルについた。……よく見ると、やけに量が少ない。そしてルーからはほのかに焦げ臭いにおいが漂ってきている。

 

「……ちょっといいか?」

「あっ、そっちは……!」

 

 俺は志保の制止を無視して、台所へと向かった。するとコンロの上に置かれていたのは――滅茶苦茶に焦げたカレーと、僅かに溶けかかっている鍋。……家が燃えなくてよかった。

 

「そのっ、カレーってお母さんが作ってるのしか見たことなくて」

「いいよいいよ、早く食べよう」

「えっ? でも、こんなんじゃ」

「せっかく作ってくれたんだからさ、いいだろ?」

「うん……!」

 

 俺たちは食卓につき、二人で「いただきます」と挨拶をした。なるほど、焦げてない部分を寄せ集めたからこんなに量が少なかったんだな。俺はスプーンで丁寧にルーとご飯をすくい、口に運ぶ。

 

「ど、どうかな……?」

「ああ、美味いよ」

「ほんと……?」

「お前が作ったんだから、不味いわけないだろ」

「えへへ、真司は優しいね……」

 

 志保は照れ臭そうにはにかんでいた。もちろん、実際には焦げ焦げでとても食べられる味ではなかった。けど、意気揚々と俺のために作ってくれた志保の気持ちを無駄にすることは出来なかったのだ。

 

 ちなみに、志保は夕飯用に買ってあった食材を勝手に使っていたらしく、後でしこたま怒られたらしい。そこまでして俺にご飯を作ってくれた志保の思いだけは、今でも忘れられないでいたのだ。

 

***

 

 俺は昨日と同様に、中庭のベンチに腰掛けて雪美のことを待っていた。しかし、今日は膝の上に何も置いていない。もちろん、雪美が昼食を用意すると言っていたからだ。

 

「何を食わせてくれるんだろうな……」

 

 すでに腹はペコペコである。ふと上を見ると、今日も綺麗な青空。五月だし、まだまだ涼しくていいもんだな。そんなことを思っていたその時、見慣れた長髪姿の雪美がやってきた。相変わらずの澄ました美人顔で、俺の方へと寄ってくる。

 

「真司さん、お待たせしました」

「いや、そんなに待ってないよ」

 

 雪美はいつも通り右手に和風の弁当袋を携えているが、反対の手には大きめの袋を持っていた。そして俺の右隣に腰掛け、その大きめの袋を渡してくる。……いや、思ったよりかなり大きいぞ!?

 

「これ、どうぞ」

「あ、ありがとう……」

 

 やや戸惑いながら、俺は雪美からそれを受け取った。袋をそっと開けてみると、中から出てきたのは漆器の弁当箱。いかにも高級そうで、中身を食べる前にお腹いっぱいになりそうである。

 

「なんかえらい容器だな、これ」

「どうぞ、遠慮なく」

「ああ、うん。いただきます……」

「いただきます」

 

 雪美は自分の袋から弁当を取り出し、食べ始めた。俺も袋にあった高そうな割り箸(後で調べたら「天削箸」と言うらしい)を取り出し、弁当の蓋を開ける。見えてきたのは――まるで年末のご馳走かと見紛うほどの豪華なおかずの数々だった。いわゆる松花堂弁当ってやつだな。

 

「うわ、すげえ……」

「……」

 

 俺は目を見開いて驚いていたが、雪美は無表情のままだった。それにしてもとんでもない弁当だな。これは……海老? こっちは牛肉の煮物だが、多分どこかの高級な物だろう。……食べていいの、これ?

 

「ほ、ほんとうに頂いちゃっていいのか?」

「ええ、もちろんです」

「じゃ、じゃあ……」

 

 とりあえず、隅の区画に敷き詰めてあった白飯を口に運ぶ。……うまっ!? おかしい、ただのご飯がこんなに美味いわけがない!!

 

「すごいな、こんな美味しいご飯初めて食べた!」

「そうですか?」

「うん、美味いよ!」

「……良かったです」

 

 雪美は髪をかき上げながら、クールな顔をしていた。続いて、鮮やかな赤色で自己主張している海老をつまむ。殻はすでに剥いてあり、食べやすい。どれどれ、こいつの味は……うおっ、濃厚な旨味が口中に膨らんでくる。

 

「今まで食ったどんな海老より美味いよ」

「真司さん、大袈裟ですよ」

「いやいや、本当だって」

「……もう、真司さんたら」

 

 雪美はそう呟き、自らの手をさすっていた。一方で、俺は他のおかずへと箸を伸ばしていく。おっ、これは野菜の浅漬けかな。ちょっと形が不揃いだけど、味は抜群だ。

 

 うーむ、こんな美味しい物を食べたのは久しぶりだな。お見合いのときも高級料亭だったけど、動揺してさっぱり食事が喉を通らなかったからなあ。ここでふと、俺は気になっていたことを聞いた。

 

「そういや、なんで弁当なんか用意してくれたの?」

「それは……真司さんが、いつも栄養の偏った食事をされていたからです」

「えっ、俺?」

「はい。菓子パンやおにぎりばかりでしたから、タンパク質やビタミンが不足していると思いまして」

「……よく見てるな」

「いえ」

 

 こんな中二の子に栄養バランスの不備を指摘されてしまうとは情けない。けど、雪美の言う通りだなあ。明日からはサラダも買うようにしようかな。

 

 俺は弁当を食べ終え、蓋を閉じた。あれだけ量があったのに、あっという間に平らげてしまったなあ。

 

「ごちそうさま。美味しかったよ」

「そう仰っていただき、何よりです」

 

 弁当箱を手渡すと、雪美はそれを袋にしまっていた。そういや、この弁当はどうやって調達したのだろう。以前、雪美は家の料理人に弁当を作ってもらっていると聞いたことがある。……となれば、今日の俺の弁当もそうだろうか? まあ、プロが作ったと思えばこのクオリティも納得だな。

 

「それにしても素晴らしい弁当だったよ。ごめんな、俺の分まで家の人に用意させちゃって」

「いえ、そのっ」

「ん、どうした?」

「ええっと……」

 

 その時、雪美は急にもじもじとし始めた。何かを言おうとしているが、恥ずかしくて言い出せない。そんな感じで頬をほんのりと赤く染めている。おや、いったいどうしたんだろう。

 

「その、真司さん。今日のお弁当は……」

「だから、雪美のお屋敷の人が作ってくれたんでしょ? いやあ、申し訳ないな」

「ですから、そうじゃなくて――」

「その子が作ったに決まってるでしょーっ!!!!???!!?」

「「えっ!!!???!?」」

 

 次の瞬間、俺たちは近くの茂みの方から大声を聞いた。声のした方向に目を向けると――そこにあったのは、葉っぱだらけになって茂みから顔を出す志保の姿。コイツ、何やってんだ……!?

 

「おまっ、なんだ急に!?」

「あんたの目は節穴なの!? その子の手を見なさいよ!」

「て、手? すまん雪美、ちょっと失礼」

「し、真司さん……!?」

 

 戸惑う雪美の手をとり、じっと眺めてみる。するとその指先には、いくつかの絆創膏が巻かれていた。肌色だからさっきは気づかなかった。……俺の弁当を作るためだけに、こんな傷だらけになっていたなんてな。

 

「雪美、これって」

「あの、その……料理はお勉強したんですけど、包丁は慣れなくて……」

「……怪我してたのか」

「ちょっと、真司さん……!?」

 

 気づけば、俺は雪美の手をさすっていた。この小さな手で、一所懸命に料理してくれていたのだろう。そんな雪美のことが愛おしく思え、弁当を手作りしてくれたことに気づかなかった自分を恥じた。

 

「ごめんな、雪美が作ってくれたって気づかなくて」

「いえ、いいんです……」

「いや、本当に申し訳ないんだ。なんと言ったらいいか……」

「し、真司さん!!」

 

 その時、雪美にしては珍しく大きな声を上げた。きょとんとして見上げると、そこには真っ赤になった顔。雪美は声を絞り出すようにして、恥ずかしそうに呟いた。

 

「こ、校内で手を繋ぐのは変だと仰ったのはあなたじゃありませんか……」

「あ、悪い!!」

 

 俺はずっと雪美の手をさすり続けていたことに気づき、慌てて手を離した。普段はクールな雪美もすっかり縮こまっている。なんだか、お見合いのときに見た雪美と重なるなあ。

 

「よし、そろそろ戻るか」

「はい、明日も作って参ります……!」

「いいよいいよ、また雪美に怪我してもらっちゃ困るんだ」

「えっ、そんなっ……!」

「明日からはもっと栄養に気を遣うからさ、あはは」

 

 そう言い残し、俺は高等部の校舎へと歩き出した。そういや、いつの間にか志保もいなくなったみたいだな。アイツ、いったいなんだったんだろうなあ。俺はふと――あの焦げたカレーの味を思い出したのだった。

 

***

 

 ~~~~!!! 失敗した!! 私のバカ!! 思わず飛び出てあんなこと言っちゃうなんて!!

 

 ……私は葉っぱと枝にまみれながら、早歩きで自分の教室に向かっていた。クラスメイトから噂を聞きつけ、ここ最近の私は中庭で昼ご飯を食べる真司と雪美を見張っていたのだ。昨日は二人が校内を歩き回ったもんだから、尾行中にうっかりバレそうになった。

 

 そして今日も二人を監視していたのだけど、真司がとぼけたことを言い出したものだからつい耐えられなかった。雪美の手と不揃いな野菜を見れば、誰だって手作りだって気づくはずなのに。たしかあの雪美って子は気に食わない。けど――あのままじゃ可哀想だもん。

 

 それにしても、相変わらず真司は鈍い。別に、手作りだってことに気づかなかったのが鈍いわけじゃない。もっと大きなことにアイツは気づいていないのだ。

 

 そもそも、何も思っていない相手に料理なんてするわけがない。……ましてやあんな豪華なお弁当、「親に言われて結婚」なんて状況で作れるわけがない。私は半分呆れたような、そして半分胸が締め付けられるような気持ちで、吐き捨てるように呟いた。

 

「……あの子も、真司のことが好きなんじゃない」

 

 鼻の奥に、焦げ臭いカレーの匂いがした気がした。

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