特殊設定あべこべもの   作:耳野笑

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 前回のあらすじ!

 かわいい美少年男子――佐久間くん。

 三つ編みメガネ女子――静木さん。

 ふたりは階段で転んで頭をぶつけ、お互いの心の声が聞こえるようになってしまった!


中編 静木さんのお家にお邪魔しよう!

 

 俺の名前は佐久間。どこにでもいる高2男子だ。

 

 昨日、俺と静木さんは頭をぶつけて、お互いの心の声が聞こえるようになった。

 

 朝起きた時は「夢か……」と思ったが、LEINには静木さんとの会話履歴が残っていた。夢ではなく、現実らしい。

 

 そして俺は今、路面電車に乗って登校している。

 

 果たして、今日になっても静木さんの心の声は聞こえるのか。

 

 ドキドキしながら、学校前の停車駅で降りる。

 

 校門――静木さんの心の声は聞こえない。

 

 下駄箱――まだ聞こえない。

 

 廊下――。

 

(あっ! 佐久間くんの声聞こえた!)

 

 静木さんの心の声が聞こえた。

 

 どうやら、今日になってもこの状態は続いているらしい。

 

 嬉しい。もうしばらく、秘密の共有者でいられる。

 

(……っ! 佐久間くん……!)

 

 俺の心の声が聞こえている静木さんも、嬉しそうに声が弾んでいた。

 

 教室に入る。静木さんと目が合った。女子4人グループの中にいる。

 

 こっそりと手を振ると、静木さんは周りを窺いながら、控えめに手を振り返してくれた。可愛い。

 

 ――静木さん。白磁の肌。整った顔立ち。メガネの奥の、円かな瞳。可愛い三つ編み。

 

 クラスでは目立たないけれど、綺麗な女の子だ。毎日目で追ってしまうくらい気になっている。

 

「さっくー! おは~!」

 

「おは~!」

 

 男友達に挨拶を返す。さっくーというのは、俺のあだ名だ。

 

 そのまま男子グループの中に入り、駄弁り始める。

 

 話しながら、チラリと静木さんを見る。彼女も彼女のいつメンと談笑している。

 

 もっと静木さんと話したい。

 

 でも、お互い同性のいつメングループで固まっている。加えて、あまり男女間の会話が多いクラスでもない。

 

 ちょっと難しいなあ……。

 

(佐久間くんが、私と話したいって思ってくれてる……。嬉しい……)

 

 静木さんは嬉しそうだった。それが表情にも表れているせいか――。

 

「静木、なんか嬉しそうだね。ガチャで星5でも当てた?」

 

「え? ううん、なんでもないよ」

 

(むふふ……。私と佐久間くんだけの秘密……。むふふ……)

 

 *

 

 放課後。

 

「じゃあ、私今日は部活だから」

 

「おけ、じゃあまたね~」

 

 静木さんが友達と別れる。

 

 今日は水曜日なので、文芸部の活動日だ。

 

 ひとりだけ部室棟方面へ歩いていく静木さんに、俺はついていく。

 

(佐久間くん、なんでついてくるの!?)

 

(文芸部の部室の場所知らないから)

 

(来ないでよ!)

 

(え~静木さんの小説読みたい)

 

(だめ! 絶対だめ!)

 

 静木さんが早足になる。けれど、俺は小走りで静木さんに追いついて、彼女の肩を掴んだ。

 

「わっ!?」

 

「捕まえた」

 

「うぅ~~~~~~!」

 

 静木さんは俺の手を振りほどかない。

 

(近い近い近い! この勘違い女子量産ボディタッチ多め陽キャ男子~~~!)

 

「一緒に行こ?」

 

「うっ、はい……」

 

 俺は静木さんの肩から手を離し、隣を歩く。

 

(あっ……手離されちゃった……)

 

 静木さんは露骨にガッカリしている。

 

 男子との接触に一喜一憂してしまう姿が、なんだか女子中学生みたいで面白い。

 

「女子中学生みたいとか思わないで!」

 

 流石に女のプライドが損なわれたようで、静木さんはむっとして睨んでくる。

 

「ごめんね。お詫びに、また手繋いであげよっか?」

 

「~~~~~~~~~っ!」

 

(繋ぎたい~~~~~~~~~~~~~! でも学校ではハードル高い~~~~~~~~~~!)

 

 静木さんは顔を赤くして心中で叫んでいる。

 

 そして文芸部の部室に着いた。扉には『文芸部員募集中』と書かれた簡素なポスターが貼られている。

 

「というか、佐久間くんテニス部だよね? 部活行かなくていいの?」

 

「ちょっと遅れるって言っておいたよ」

 

「そ、そうなんだ……あの、本当に読みたいの?」

 

「うん、読む」

 

「じゃあ、文集だけ持ってきて貸してあげるよ。ちょっと待っててね」

 

 静木さんは部室に入っていった。

 

 俺は廊下で待つ。

 

(どうしよ……!? どれ渡そう……!? これはキモいからナシ、これも引かれるかもしれないからナシ! 残りの中で一番クオリティーが高いのは――)

 

 扉越しに、悩む静木さんの声が聞こえてくる。どの小説を読ませるのか、一生懸命考えているようだ。

 

 することもないので、窓から中庭を見る。

 

 生徒が自販機で飲み物を買っている。取り出し口に缶が落ちるガコン、という音がここまで聞こえた。

 

 大きな楽器を持った吹奏楽部の部員が、おそらくパート練のために移動している。

 

 部室棟へ向かう生徒。足早に帰る生徒。色々な人がいる。

 

 ――およそ2分後、静木さんは出てきた。

 

「お待たせ、どうぞ、佐久間くん」

 

 そういって、静木さんは一冊の文集を差し出す。その手は微かに震えていた。

 

(じ、自信作だけど……面白いって思ってもらえるかな……)

 

「ありがとう、明日には返すよ」

 

「次に部室空けるの1週間後だから、そんなに急がなくてもいいよ」

 

「あ、そっか」

 

「その、あんまり自信ないから、お手柔らかにね?」

 

「うん、静木さんの自信作、ゆっくり楽しむよ!」

 

「佐久間くんのばか!!!!!」

 

 静木さんがせっかく掛けた保険をわざわざ暴いてみた。当然怒っている。

 

(心の声聞かれてるの不便すぎ! 困る!)

 

(まあまあ、お互いさまってことで)

 

(主に私が不利益を被ってる気がする!)

 

 俺を恨めしげな目で見る静木さん。その瞳は、心の中を暴かれることへの不満を雄弁に訴えていた。

 

「じゃあ、またね、静木さん」

 

「うん、またね、佐久間くん」

 

 静木さんと別れ、俺はテニス部の部室へと向かう。

 

(あー、怖っ……感想聞きたくない……)

 

 静木さんの不安そうな声が、後ろから聞こえてきた。

 

 *

 

 その夜、私がお風呂上がりにスマホを確認すると――ピコン!とLEINの通知が来た。

 

「うひゃあっ!」

 

 佐久間くんからだった。

 

『面白かった! いいオチだった! 伏線回収も気持ちよかった! すごいね静木さん!」

 

 ぐんぐんと体温が上昇していくのが分かる。

 

 内側からぐつぐつと煮え立っているみたいに、身体が熱くなる。

 

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! 褒められてるのに心臓痛い……! 苦しいよぉ……!

 

 自分の小説を読まれてしまった。しかも、クラスの男子に。

 

 よく考えるととんでもなく恥ずかしいことだ。

 

 私はベッドに倒れ込み、ゴロゴロジタバタする。

 

 恥ずかしさで、じっとしていられない。

 

「……はっ!」

 

 急に気付く。

 

 これ、お世辞かもしれない。今は佐久間くんの心の声が聞こえないから、本心かどうか分からない。

 

 うん、そうかも。一応そういう心構えをしておこう。

 

 そして、私は冷静になって、眠りについた。

 

 *

 

 翌日。私は電車の都合上、早めの時間帯の登校になる。校舎にはほとんど生徒がいない。

 

「あ、静木さんおはよう」

 

「おはよう、佐久間くん」

 

 廊下のロッカー前で、佐久間くんと会った。ちょうど荷物をしまっているところだった。

 

「静木さん、これ返すね」

 

「あ、うん」

 

 文集を受け取る。

 

「面白かった! 先が気になってどんどん読み進めちゃったよ!」

 

(ほ、本音だ……! よかったあ……!)

 

「え、本音じゃないと思ってたの?」

 

「お世辞の可能性が60%ほどだと見込んでたよ」

 

「なんでそんなに自信なさげなの!? 本屋で売ってる小説みたいなクオリティーだったよ!」

 

「あ、ありがとう……」

 

 嬉しいけど、恥ずかしい。身体が熱い……!

 

 ――その後、しばらく授業に集中できなかった。

 

 *

 

 廊下を歩いていると、向かいの校舎の静木さんと目が合った。手を振ってみる。

 

(あ、佐久間くん……!)

 

 静木さんも手を振り返してくれる。

 

(この距離で静木さんと話すの、初めてだね)

 

(うん、なんか、密談みたいでワクワクする……!)

 

 他の人は知らない、俺たちふたりだけの通じ合い。

 

 ――こんな日が来るなんて、思っていなかった。

 

 階段でぶつかったあの日まで、俺と静木さんは話したことがなかった。

 

 毎日何回か目が合う。ただ、それだけの関係。

 

 互いにどう思っているのかなんて、分からなかった。きっと話しかけても、そこまで知ることはできない。

 

 けれど、心の声が聞こえるようになるという現象のおかげで、静木さんと話すきっかけが生まれた。そして、通常以上に親しくなれた。

 

「さっく~、どうしたの?」

 

「ん、なんでもない」

 

 俺は友達に呼ばれ、彼らに合流する。

 

 なんか、楽しいな、最近。

 

 *

 

 ある日のこと。

 

「来週から中間テストです。しっかり勉強しておいてください」

 

 担任がそう言って、朝のHRが終わった。

 

(……あっ)

 

 俺と静木さんは、お互いの心の声が聞こえる。

 

 そのことで、これまで実害らしい実害はなかった。けれど遂に、ある問題に直面する。

 

 俺は静木さんへ話しかける。

 

(テスト中、お互いの声聞こえちゃうから、答え分かっちゃうよね?)

 

(そ、そうだね)

 

(静木さんって前回の期末テストは何位だった?)

 

(クラス2位だよ)

 

(えっ、すごっ!)

 

(そ、そうでもないよ。佐久間くんは?)

 

(39位でした……)

 

(そ、そっか……)

 

 気まずそうな声色だった。

 

 クラスで上から2番目と下から2番目。優等生と劣等生だ。

 

(クラス順位がどうかしたの?)

 

(うん、俺が静木さんの心の声聞いちゃうと、カンニングになっちゃうなあって。学力に差があるから)

 

(佐久間くんが自力で正解できなそうな問題は無回答にすれば、ズルにはならないと思うよ)

 

(数学とかはそれでいいと思う。でも、現代文とかの選択問題は聞こえちゃうとマズいと思う)

 

(あっ……)

 

 静木さんの答えを聞いた後その問題を見ても、それが答えにしか見えない。自力でも正解できる可能性がある問題は、ズルかどうかの判定が微妙だ。

 

 どの教科でも、クラス2位の思考を覗けるというズルがあれば、実際以上の点数が取れてしまう。それは静木さんに申し訳ない。

 

 だから――。

 

(静木さん、俺に勉強を教えてもらえませんか!)

 

(えっ。わ、私でよければ!)

 

(じゃあ今日の放課後よろしくね!)

 

(う、うん)

 

 その後、授業中――。

 

(今日も佐久間くんと放課後一緒に過ごせる! やった! 楽しみすぎる!)

 

 テンション高めな静木さんの声が聞こえてきた。ワクワクしているのが伝わってきて、俺も嬉しくなる。

 

(……ご、ごめん佐久間くん。嬉しくて)

 

(ううん、俺も嬉しい)

 

(……そ、そっか)

 

 *

 

 放課後。

 

 今週からテスト期間なので、全ての部活動は休みとなる。

 

 お互いの友達が先に帰るのを見送り、俺は静木さんに話し掛ける。

 

「静木さん、いい?」

 

「うん、どこで勉強する?」

 

「図書室って開いてるかな?」

 

「開いてるけど、テスト期間中は混むよ。特に3年生で」

 

「そっか……じゃあ、静木さんの家行ってもいい?」

 

「えっ!?!?!?」

 

 静木さんは驚愕し、目を見開く。

 

 大きな声にびっくりした生徒が、チラっと俺たちを見た。

 

(い、家!? 家って、家!?)

 

「うん、家。迷惑かな?」

 

「い、いや、大丈夫! む、むしろいいの!? 私の家で!」

 

「うん、行きたい」

 

「そ、そっか。じゃあ、一緒に帰ろっか……!」

 

(きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!)

 

 現実の音がなにも聞こえなくなるくらい、静木さんの心の大声が頭の中に流れ込んでくる。

 

(ど、どどどどうしよう! 男の子を家に上げるなんて! す、すごいっ! すごすぎるっ! どうしようっ!)

 

 普通に隣を歩いているように見えるが、静木さんは心の中で叫んでいる。

 

 困惑、期待、嬉しさ。いくつもの感情が籠もった声だった。

 

(静木さん、嬉しそう……)

 

「……はっ!」

 

 俺の心の声が伝わってしまい、静木さんがハッとする。そして、横目で俺を見てくる。

 

「あ、あはは……喜んでるのバレるの、恥ずかしい……」

 

「ふふっ、ふふふっ……!」

 

「わ、笑わないで!」

 

 *

 

 路面電車で7分、徒歩で5分。静木さんの家に到着した。

 

 綺麗な一軒家だ。

 

 静木さんはドアノブに手を掛け、止まった。

 

「その、今気づいたんだけど」

 

「うん」

 

「うち、両親が共働きで、妹も部活だから、今誰もいないの」

 

(佐久間くん、男の子だからそういうの嫌がるよね……もっと早く教えてあげればよかった……)

 

「あ~、静木さん誰もいない時に男連れ込もうとしてる~」

 

「ち、違うの! そういうつもりじゃなくて! その、2時間くらいしたら妹も帰ってくると思うから! 安心して佐久間くん!」

 

「え~? 2時間の間に俺のことどうするつもりなの~?」

 

「何もしないから!」

 

 もちろん、静木さんが本当に何もするつもりがなさそうなのは、心の声で分かる。

 

「じゃあ、入っていい?」

 

「ど、どうぞ」

 

「お邪魔しま~す」

 

 静木さんの後に続いて、静木さん宅に入る。彼女に案内され、リビングへ上がる。

 

「佐久間くん、部屋片づけたいから5分くらい待っててもらえる?」

 

「うん、分かった」

 

 そして、静木さんが2階へ上がっていくと――。

 

(ヤバいヤバいヤバい! テーブルの上整理して……換気して……あ、ブァフリーズしておこう!)

 

 すごい勢いで静木さんが片づけを行っている。

 

 そして、5分後。静木さんは俺を呼びに来た。

 

「お待たせ、佐久間くん」

 

「うん」

 

 静木さんの案内で、2階にある彼女の部屋へ入る。

 

 ベッド。勉強机。本棚。ラグマットの上に、ローテーブルと、クッションがふたつ。

 

 すっきりと片付いていて、綺麗な部屋だった。

 

「ブァフリーズの匂いがする」

 

「あ、あはは。今したからね」

 

 俺はカバンを置き、クッションの上に座る。静木さんは「飲み物取ってくるね」といって、再び1階へ下りていった。

 

 俺は改めて部屋を見渡す。

 

(えっちな本あるかな、ベッドの下とか)

 

(やめて!!! 探さないで!!!)

 

 1階から静木さんの心の声が聞こえてくる。

 

(え、あるの?)

 

(な、ないよ! 持ってない!)

 

 心の声が分かるので、本当に持っていないことが分かる。そうなのか……ちょっと残念。

 

 本棚を見る。小説が並んでいる。ミステリーが多い。文集に載ってた小説もミステリーだったし、多分好きなんだろうな。

 

 静木さんが階段を上がってくる音が聞こえる。両手が塞がってるからドア開けづらいな、という心の声が聞こえたので、先にこっちから開けてあげた。

 

「ありがとう、佐久間くん」

 

「便利だね、心の声聞こえるって」

 

「そうだね」

 

 静木さんは、テーブルを挟んで向かい合う形で座る。

 

(……すごい。私の部屋に男子がいる。佐久間くんがいる。すごいことが起こっている)

 

「大げさだよ~」

 

「うぅ……」

 

 静木さんの心の声に返事をすると、恥ずかしそうにしていた。

 

「じゃあ、勉強始めよっか」

 

「うん」

 

 俺は教科書とノートを取り出し、テスト勉強を始める。静木さんの教え方は丁寧で、分かりやすかった。

 

「教えてもらうから、こっちの方がいいかも」

 

 俺は静木さんの真横に移動する。ぴたっと、肩が触れ合った。

 

(ああああああああああああああああああああああああああっ! 近い近い近い! あっヤバっいい匂いする!)

 

 静木さんの顔が一瞬で赤くなり、ハイテンションな声が脳内に反響する。

 

 その様子が面白くて、からかいたくなってしまう。

 

「つんつんっ」

 

「っ……!」

 

 人差し指で、彼女の肩をつつく。それだけなのに、静木さんの体温がぐんぐん上がり、耳まで赤くなる。

 

「えいえいっ」

 

「さ、佐久間くん、また私で遊んでるでしょ!」

 

「でも、静木さんの嬉しそうな声、聞こえてくるよ?」

 

「うぅ~~~~~~~~~っ!」

 

(全部バレてる! 男子との接触にいちいち喜んじゃうのつらい……! 私のバカ……!)

 

 静木さんは真顔を保とうとしているが、喜びを隠し切れず、口元がぐにゃぐにゃと歪むように笑ってしまっている。

 

 俺は静木さんの手の甲の上に、自分の手を重ねる。

 

 ごくっ、と静木さんの喉が鳴った。

 

 手のひら同士を重ね合わせ、静木さんの指の股に指を差し入れる。

 

 指と指を組み合わせる、恋人繋ぎだ。手と手が密着し、お互いの体温が交じり合うのを感じる。

 

「ぎゅ~」

 

「あっ、あっ、あっ……!」

 

(あっ、だめっ、なにこれ幸せすぎっ……! バカっ……! 聞こえちゃうから喜んじゃダメ……! ダメダメダメ……! 喜んじゃダメなのに……!)

 

 歓喜の叫びがダイレクトに聞こえてくる。感情を堪えようとするが、喜びがそれを上回ってしまって隠せないようだ。

 

「ふふっ……静木さん、面白いね」

 

 微笑みながら、静木さんの右手を解放してあげる。

 

 静木さんは両手で心臓を抑える。彼女の呼吸音が微かに荒い。

 

 静木さんは俺を見ている。瞳孔が開き、目が潤んでいた。

 

「はぁッ……! はぁッ……! さ、佐久間くん、危ないよ! 女は皆オオカミなんだよ!? 女の部屋に上がって、こんなことするなんて! いつか襲われちゃうよ!」

 

「静木さんにしかしないよ?」

 

「っ……!」

 

(だめだこの人! 魔性の男だ! 怖いっ! でも可愛いっ……!!! やだっ、ずっと心臓痛いっ……!)

 

「じゃあ、勉強の続きしよっか」

 

「は、はい……」

 

 *

 

 休憩を挟みつつ、およそ1時間半勉強した。

 

 一旦今日の勉強会は終わりとして、なんとなく雑談に入る。

 

「え、静木さん、YouTubeで勉強の動画見てるの?」

 

「うん、替え歌で日本史の語呂合わせとか元素の周期表覚えたりできるんだよ。こういうの」

 

「へ~! こんなのあるんだ!」

 

 再生リストを見ると、『社会』『化学』などのリストがあり、それぞれに替え歌動画が入っている。

 YouTubeと勉強が全く結び付いていなかったので、軽いカルチャーショックだ。

 

「ちょっと見ていい?」

 

「うん、いいよ」

 

 俺は静木さんからスマホを受け取り、面白そうな動画を再生する。

 

 正直、授業より分かりやすかった。これなら俺でも覚えられるかもしれない。

 

「いいこと教えてくれてありがとう」

 

「いえいえ」

 

 俺はスマホを操作し、動画を閉じる。

 

「うん?」

 

 再生リストの一覧に『ASMR』の文字があった。

 

「ASMR?」

 

「あっ」

 

 静木さんが声を漏らしたが、俺はもうタップしてしまっていた。

 

 すると、露出度の高い男の人が、ダミーヘッドの耳に向けてボソボソとささやいている動画が再生される。

 

「あ、これ知ってる。えっちなやつでしょ?」

 

「え、えっちじゃないよ!」

 

「でも、結構際どい格好してるし」

 

「た、たまたまだよ!」

 

 といって静木さんはスマホを回収しようとする。けれど俺は背を逸らして躱し、さらに再生リストを下へスクロールする。

 

「『イジワルえちえち陽キャ男子に罵倒されちゃうASMR』?」

 

「きゃああああああああああああああっ!」

 

 静木さんが慌てて俺の手からスマホを奪い取る。

 

(最悪最悪最悪っ……! 見られた……! よりによって一番引かれる奴……!)

 

 静木さんは顔を青くしている。

 

 この世の終わりのような、絶望的な表情だった。

 

「優等生でもそういう動画見るんだね」

 

「ふぐぅっ……!」

 

「静木さん、イジワルえちえち陽キャ男子に罵倒されたいの?」

 

「やめて! 言わないで!」

 

 静木さんの顔が急激に赤くなっていく。

 

 性的嗜好を知られた、恥ずかしさ。

 

 同時に――弱みを握られてしまったという被支配感による、わずかな昂揚。

 

(静木さん、喜んでる……?)

 

 静木さんの性癖が、なんとなく分かってきた。

 

 俺は静木さんの傍に近寄る。涙で潤んだ瞳。お互いの膝がぶつかると、彼女の身体がビクッと硬直する。

 

 静木さんの両肩に手を置き、真っ赤な耳に唇を寄せる。

 

 そして、ささやき声で――。

 

「静木さんの、えっち」

 

「あっ」

 

「変態。むっつりすけべ」

 

「あっ、あっ、あっ」

 

(悔しいっ……! 悔しい悔しい悔しいっ……! なのに、脳が勝手に喜んじゃうっ……!)

 

 悔しさと、興奮。相反するはずの感情に戸惑い、喜びを覚えてしまっているのが、聞こえてしまう。

 

 俺は静木さんの耳穴に向けて、ふぅ~っと息を吹き入れた。静木さんの身体がびくーん!と反応する。

 

 さらに、静木さんの核心を突く一言で、とどめを刺す。

 

「マ~ゾっ♡」

 

「あっ」

 

 静木さんは、ばたりとラグマットに倒れた。三つ編みが投げ出される。身体がびくびくっと、痙攣のように震えている。

 

 静木さん、倒しちゃった。

 

 俺はカバンを持ち、立ち上がる。

 

「今日はありがとね、静木さん。またね」

 

「あっ……はい……」

 

 静木さんは瀕死のまま返事をしてくれた。

 

 こうして、俺は静木さん宅を後にした。

 

 *

 

 性癖、バレた。

 

 引かれると思ったけど、なんかそうでもなかった。

 

 佐久間くん、楽しそうだった。私のこといじめてる時、ずっと嬉しそうだった。

 

 ――静木さんの、えっち。

 

 ――変態。むっつりすけべ。

 

 思い出すだけで、体が熱くなる。

 

 砂糖菓子みたいな、甘い声。耳に掛かる、吐息の温かさ。

 

 ――マ~ゾっ♡

 

 嗜虐的で、愉しそうな声。

 

 完全に、分かってた。私の弱点を暴いて、そこを突いてきた。

 

 小悪魔で、蠱惑的な微笑み。女を掌の上で転がすことを楽しむ、愉悦の眼差し。

 

 あっ……ヤバい。もうダメかも。

 

 私、佐久間くんのこと……好きだ……。

 




・佐久間くん

性別:男性
学年:高2
外見:黒髪。可愛い。
備考:静木さんがMであることを確信した。

・静木さん

性別:女性
学年:高2
外見:黒髪。メガネ。三つ編み。
備考:佐久間くんがSであることに気付いた。
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