普通│伊瀬貝行き   作:久保田紅葉

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某所で連載していたものをこちらにも……。


伊瀬貝出版社

『伊瀬貝~、伊瀬貝~、終点です。お忘れ物の無いようご注意下さい。本日も国鉄伊瀬貝線をご利用いただきましてありがとうございます』

 

 

 

 プラットフォームにアナウンスが響くと乗客が次々と降りていく。その乗客うちの一人ジルも読みかけの本を閉じて客車から降りる。ジルがホームに降りると温かい風を頬に感じ一息付くように息を吐き出す。

 

 

 

「随分と暖かくなってきたわね。もうすぐハル?という季節だったかしら。ホントいい景色ですね」

 

 

 

 呟きながらホームの跨線橋をわたり出口へと向う。駅員に定期見せて駅前に出るとタクシーと呼ばれる魔導車(自動車というらしい)が列を作って並んでいる。ジルはそれを横目に見つつ少し歩いてさほど遠くはないビルヂングへと入っていく。

 

 

 

「おはようございますアダチさん」

 

「おっ、おはようジルちゃん。今日も早いねぇ」

 

「一本後の列車だと遅刻してしまいますからね。アダチさんがもっと出勤する時間を遅くして貰えればゆっくりと来られますのに」

 

「アハハ……ジルちゃんは良く言うねぇ」

 

 

 

 ジルは訪れたのは駅前ビルの二階、安達典和が取締役を務めている伊瀬貝出版社、彼女はここで編集者として勤めていた。

 

 

 

「そういえば昨日電話……いや連絡があってね持ち込みの原稿を見てほしいって人が来るんだけどジルちゃんお願いできるかな」

 

「いいですよアダチさん。その人いつ頃来られるんですか?」

 

「朝イチでって言ったから……っともう来たみたいだ。じゃよろしくね」

 

 

 

 応接室にジルと持ち込み原稿を持ってきた本人はいる。

 

 

 

「えっと……よろしくおねがいします。私、清水啓といいます。ペンネームは嵯峨かえで、今日はよろしくおねがいします」

 

「ええよろしくね。私は伊瀬貝出版社のジル。早速だけど原稿の方見せてもらってもいいかしら」

 

「はい!ええと……これです。どうぞ」

 

 

 

 まだあどけなさの残る少女ともいえる嵯峨かえでは手提げカバンから出したかなりの枚数がある原稿用紙をジルは受け取り目を通していく。内容としては異世界転移モノ、それも自由に転移が可能ときた。

 

 

 

(まるで私たちみたいね。だけどこの原稿で使われているのは列車ではなく暖炉。この設定も面白いわね)

 

 

 

 読みながらジルは自分が初めて伊瀬貝に来たときのことを思い出していた。貴族お抱えの古文書研究家だった彼女。雇われてた貴族の没落で職を失った日、やけ酒を煽っていた時に友人の珈琲屋のラザから『仕事紹介してあげる』と言われ翌日飛び乗ったのが普通伊瀬貝行。

 

 数時間列車に揺られたどり着いた伊瀬貝の町、王都よりも高度な技術で立てられたと思われる街並み、馬ではない自動車と呼ばれる乗り物。目移りしながらラザに連れてこられたのは出版社と呼ばれる場所そこでは製本をするための編集作業をしてほしいとのこと。ここでジルは安達と出会い最高の仕事を手に入れることができたのであった。

 

 

 

「……ジルさん、ジルさん!その……私の作品はどうですか?」

 

 

 

 少し昔話にひたり過ぎていたようだと反省して気を引き締め治す。

 

 

 

「かえで先生。非常によくできている原稿だと思いますよ」

 

 

 

 ぱあっと明るくなるかえで、しかしサクラの言葉で顔が曇っていく。

 

 

 

「気になる箇所が幾つかあるので理由を聞かせて貰っても?まず一つ目、暖炉を使った

異世界転移は魔法によるものですか?」

 

 

 

「はい。有名な魔法が出てくる小説の出てきたものをオマージュしましたけど……やっぱり駄目でしたか?」

 

 

 

 魔法が出てくる小説と聞き『こちらの世界』ではどんな描写で魔法が描かれているのかと興味があるジル。

 

 

 

「そんな作品があるんですね。今度アダチさんにお願いして買ってもらいましょうか……っと話が脱線してしまうのでここまでにしておきましょう」

 

 

 

 一呼吸おくとジルは質問へと移る。

 

 

 

「次にですけど、世界観ですが人間とエルフや獣人といった亜人たちは平等とこれはどうして?」

 

「リアル世界でも差別や偏見は無くなりません。ならばこの原稿の世界観ぐらいは平等で平和な世界だって良いじゃないですか。リアルを持ち込み過ぎても作品の質を落とすだけだっていう話もありますし」

 

 

 

 確かにと考える。ジルたちの暮らす王国でも数年前に平等法が制定されたが今だに差別や偏見は残ったままの場所もあるときく。

 

 

 

「そうね……私の暮らす場所でも差別や偏見はあるわ。それをどう作品に盛り込むのかは作り手次第だけどこの世界観ならそれは要らなかったわね。余計な質問だったわね。最後になんだけど……『ジルちゃーん。お昼いこー』っとアダチさんもうお昼ですか」

 

「ちょっと早いけどねー。それにあんまり熱を持ちすぎても毒だよ。良かったら先生もどうですかお昼?」

 

 

 

 かえでは遠慮していたが安達がグイグイと押してくるのに完敗し食事に連れ出されることになった。

 

 

 

「お昼どうしようかなー。ジルちゃん食べたい物とかある?かえで先生もよかったらリクエストあります?」

 

 

 

 随分とフレンドリーな社長さんだなぁと初対面だったかえでが安達に対する第一印象であった。

 

 

 

「そうですね。キャロちゃんの洋食屋さんなんでどうですか?今の時間帯なら空いていると思いますし」

 

「おっいいねー。あそこは旨いからいつも人で一杯だからなー。かえで先生もそこでいいですか」

 

 

 

 こくりと頷くかえで。三人は出版社の入るビルヂングを後にして少し歩き大きな山羊をあしらった看板が目印のティファナ洋食店に入った。カランコロンと心地よい鈴の音がすると少女と見間違えるウエイターが来る。

 

 

 

「いらっしゃいにゃ~。あっジルさん朝ぶりにゃ~」

 

 

 

 猫耳帽子を被り給仕服を着たショートカットの少女が三人に近づいてくる。

 

 

 

「キャロちゃん。三人だけど大丈夫かしら?」

 

「大丈夫ですにゃ~。お好きな席にどうぞですにゃ~。ご注文ですか?はいにゃ~今向かいますにゃ~」

 

 

 

 的当なテーブル席につくとメニュー表を広げる三人。洋食といいつつカレーライスやナポリタンもあるが気にせずに自分が食べたい物を注文していく。

 

 

 

「ご注文お伺いしますにゃ」

 

「俺はオムライスで」「私は、パスタそれもナポリタンね」「私は……ドリアでお願いします」

 

「かしこまりましたにゃ!」

 

 

 

 注文をし終えた後、話は自然とかえでが持ち込んだ原稿の話になっていく。

 

 

 

「それでかえで先生の原稿はどうだった?ジルちゃん」

 

「非常に良い出来だと思いますよ。異世界と現実世界を自由に行き来できるなんて非現実的で中々見ない原稿でしたので短編小説として連載してもいいかもしれません」

 

「異世界転移を自由にねぇ……正直伊瀬貝(ここらへん)の住人にゃ日常すぎてあんまり売れないんじゃないかなー」

 

 

 

 ん?聞き間違いかなとかえでは自分の耳を疑った。不思議そうにしていると……。

 

 

 

「私やキャロちゃんは『あっち』から伊瀬貝に来てるから解りますけど伊瀬貝町の人たちが他の地域の人たちとは違うことぐらい解りますよね。ここでは売れないかもしれませんが外なら売れると思うんですよ」

 

 

 

 ジルや安達があーだこーだ言っているがかえでにとっては疑問符が沢山浮かんでいた。

 

 

 

「ち、ちょっと待って下さい」

 

 

 

 話に追いつけなくなって来ていたかえでが二人の間に割り込む。

 

「こっちの住人だかどうだかって、まるでジルさんが伊瀬貝の住人じゃ無いみたいじゃないですか!それに伊瀬貝町民が異世界転移が普通みたいに話すじゃ無いですかどういうことですか!?」

 

「「えっ?」」

 

 

 

 ジルと安達が驚いた表情で固まりかえでを見つめている。

 

 

 

「お待たせしましたにゃ~。オムライスとナポリタン、ドリアですにゃ~。……にゃ?どうしたのかにゃ三人とも」

 

「あー……キャロちゃん大丈夫よー。かえで先生が伊瀬貝(ここらへん)の人じゃないからちょっと混乱しただけよ」

 

 

 

 安達が説明するとキャロはよく見る光景だと納得したようでああ、とひらめいたような表情をする。

 

 

 

「そういうことですかにゃ~。なら大丈夫ですにゃ~」

 

「ありがとうねー。さ冷めないウチに食べようか」

 

 

 

 安達が一人もくもくと食べはじめているので続くようにしてジルやかえでも食事に手をつけ始める。

 

 

 

「かえで先生、国鉄伊瀬貝線はご存知ですか」

  

「はい、万年赤字のローカル国鉄路線で廃止候補に上がるものの伊瀬貝町が猛烈に反対して中々廃止に至らない路線ですよね」

 

「無くなったら私やキャロちゃん、その他にも大勢の人が困ってしまうのよ。どうしてかわかる?」

 

「どうして……ですか?廃止になったら他の、バスとか車を使えばいいんじゃないんですか」

 

「いいえ大問題よ。急行伊瀬貝が無くなれば『こっち』に来られなくなってしまうのよ」

 

「こっちって、、あるでジルさんが異世界から来てるようじゃないですか。メルヘンやファンタジー世界の話じゃないんですから冗談も大概にしてください」

 

「流石はかえで先生、察しが良いですね」

 

 

 

 安達の言葉にえっ?と驚くかえで。ジルはため息をつきながら足達の方を向く。

 

 

 

「アダチさんはどうしてこうも人が悪いんですか。素直に私が異世界から出稼ぎでこちらに来ているって言えばいいのに回りくどくしてしまうんですか」

 

「アハハ……すまないねー」

 

 

 

 楽しそうに会話を続ける安達とジルだがいまいち状況が飲み込めずに食事のスプーンが止まっているかえでが落ち着きを取り戻すのに時間が少しかかった。

 

 

 

「ええと、つまりジルさんは異世界人で、こちらの世界へ出稼ぎ、いや出勤で来ていると。さらに伊瀬貝にはまだまだ異世界人が働いていると。じ、じゃあ私が考えていた世界観も……」

 

 

  

 かえでがジルの方を向くとクスリと笑みを浮かべている。

 

 

 

「流石に暖炉を使って転移や移動は出来ないわ。魔法ぐらいなら見せてあげられるけどね。水よいでよ(クォタアラ)

 

 

 

 空になっていたジルのコップに水が満たされてそれを口に運ぶ。店の奥から『魔法を使うのな駄目にゃ~!』とキャロの声が聞こえるが当の本人は『少しぐらいならバレないわ』と無責任な返答を返した。

 

 

 

「あはは……じゃあ僕の原稿はボツってことなんですね。まぁ異世界から来た人と出会えたし美味しいご飯もごちそうになったから文句は無いですけどね」

 

 

 

 かえでが残念そうに呟いてるのを聞いたジルは何をいっているんだとかえでの方を向く。

 

 

 

「先生、私やアダチさんはまだ一言もボツとは言ってませんよ」

 

 

 

 え?と再び驚くかえで。安達はニヤニヤと笑顔を浮かべてその光景を見ていた。

 

 

 

「だ、だって僕の設定はジルさんたちの『リアル』とは違うんですよ。本物と出会ってしまったから余計に自信が……」

 

「いいえ、貴女の設定はとても良い。それを利用しましょう……とここでは迷惑になりますので戻りましょうか。

 

 

 

 ティファナで会計を済ませて戻ったジルとかえで。安達はがあるからと別れて二人は応接室へと戻った。

 

 

 

「私をここの出版社お抱えの作家として雇うから短編小説を書いてほしいと。契約はこんな感じですか」

 

「ええ、執筆内容はこの原稿の作品と同じ異世界転移モノ、ウチで出してる週刊伊瀬貝報に連載しようかと思います。売れなくても私が責任を取りますので安心して下さい」

 

「連載ですか……うーんと、ストックが少ないので連載開始は少し待ってもらってもいいですか」

 

「構いませんよ。先生の作品は必ず売れると確信しておりますので」

 

 

 

 二週間後、週刊伊瀬貝報に連載が始まった『異世界暖炉と私』伊瀬貝町民からのウケはあまり良くはなかったが町外には面白いと評判となり、単行本が出ると訳が分からないほど売れてかえでは一躍大人気作家となる出来事の始まりであった。

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