カメレオンな兄   作:たるたるそーす

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結構長くなっちゃいました。


麗しき彼女との過去

 

ある日のこと、街の喧騒が耳に入りながらも、俺の目は前を走るナガンさんのポニーテールに釘付けだった。ダークブルーとピンクの髪がリズミカルに揺れるたびに、まるで幾何学模様が描かれるようで思わず見惚れてしまっていた。彼女の後を追いながらも、そんな日常の一コマに浸りきっていた俺に、突然の言葉が飛び込んできた。

 

「何ぼーっとしてんのさ。早く行くよ」

 

ナガンさんが振り返りながら呆れたように叱咤する。口では俺を嗜めたが、彼女もどこかやる気がなさそうで気だるげな表情を浮かべていた。俺は反射的にため息をつく。

 

「はぁ…でもなぁー…」

 

俺たちは事件があったという警察署に向かっていた。どうやら、そこで介抱されていた酔っ払いの個性が暴発し、サイコキネシスのようなもので署内のものを次々と浮かび上がらせ、逃走してしまったのだという。いわゆる個性事故だ。

そこまで聞くと、自分たちのような人間が即刻対処しなければならない問題のように聞こえるが…

 

「はぁ…」

 

ため息がまたもや溢れ出す。

 

「ほら、ため息なんてついてないで、シャキっとしな」

 

ナガンさんの声は鋭く、こちらを突き刺すようだった。

 

「そんなこと言ったって、犯人はもう捕まってるらしいじゃん。戦闘する訳でもないし、特に怪我人も出てないっていうし。なんだかな〜」

「でも私たちはやる事があるだろ?…さっき電話で依頼が来たじゃないか。あのクソみたいな場所から。それもあんたが勝手に承諾するし…」

 

ナガンさんが言う通り、俺たちにはまだやるべきことが残っていた。

なぜ俺たちが向かっているのかというと…俺たちの元職場が関係してる。

その元職場から、しかもそこのトップから直々に、この窃盗犯の盗品を確認しろ、との命令が下った。この電話が来た時のナガンさんはそれはもう、酷かった。それまでニコニコで自分のコレクションのぬいぐるみを眺めていたのに、この依頼を伝えた途端、鬼の形相で俺の胸ぐらを掴み、思い切り睨んできた。正直ちびるかと思った。

 

「はぁー」

「そんなにため息ばっかつくんじゃないよ。私だってこんな仕事でやる気なんて出るわけないのに。つーか、現場に着いたらあんたに任せようと思ってるし」

「えっ、ちょっとは手伝ってもらえない?」

「嫌だね。だいたいこれはあんたが引き受けた依頼だろ。私がついてきてるだけありがたいと思いな」

「まあその通りだけどさ…はぁ、わかったよ…」

 

ナガンさんの言う通り、この依頼を引き受けたのは俺だった。元職場からの依頼ということもあり、ナガンさんはもちろんいい顔をしなかったが、俺は依頼主のあの人に借りがあるため、無碍にはできなかった。

 

その後もナガンさんと愚痴り合いながらも、現場にたどり着いた。

すると、すぐに警察官からの挨拶が飛び込んでくる。

 

「あ!ベルデ!レディ・ナガン!お疲れ様です!」

「どうも、そちらこそご苦労様です。早速ですが、犯人の方は?」

 

この現場を担当していた警察に挨拶を返し、迅速に依頼を遂行するためにも気持ちを切り替えて、犯人の確認をする。

 

「は!あちらにいる者です」

 

警察官が指した方を見ると、パトカーの横にボロボロになった男が立っていた。酔いはすでに覚めているのか、その表情には深い憔悴が見て取れた。

 

「こんにちは、私はヒーローのベルデです。個性を暴発させてしまったのはあなたですね?警察署から持ち去った物は今どちらに?」

 

「あ、ああ。あっちの刑事さんが回収してったよ…酔ってここに来るまで、個性を使ったままだったっていうことは覚えてるからな、多分あれで全部だ……本当色々なところに迷惑かけちまった…すみませんでした」

 

「あなたが謝るべきは私ではなく、警察の方々や近隣住民のみなさまに、ですよ。と言ってもその様子ですと散々謝罪してまわった後のようですが。今後はお酒を控えて、規則正しい生活を送りましょう」

 

「はい……そうします……」

 

男は素直に反省の色を見せていた。次に、俺は盗品を押収したとされる刑事に話を聞こうとしたが、その前に背後で笑いを堪えているナガンさんに注意を向ける。

 

「ほら、そろそろ笑い止んでくださいよ」

「いや……だってさぁ……!あんたが敬語で話してるの、なんか、おかしくて…!変な笑顔で胡散臭いし……クク……」

「ぐっ…変な笑顔って…気にしてるんですよ……とにかく、私は初対面の方には失礼にならないように言葉遣いには気をつけてるんです……って、ちょ、やめてください!」

 

俺が敬語で話しているのがよほどツボにはまったのか、俺の背中をバシバシ叩いてくる。地味に痛いし、周りの警察官からの視線も痛いのでやめてほしい。

 

「はー、笑った笑った…じゃ、そろそろ話聞いてきなよ。私はここで待ってるからさ」

 

ナガンさんはそう言うと、近くの自販機で飲み物を2本買った。本気でこの件を俺に丸投げするようで、缶コーヒーを俺に投げ渡しながら壁に背を預けた。俺はそれを受け取り、軽く礼を言った後刑事に話を聞きにいった。

 

「すみません、お待たせしました。押収品を見せていただきたいのですが…」

「はっ!こちらがその押収品です」

「ありがとうございます。では確認しますね……ふむ、これで全部ですか?」

「はい、事前に言われていた通り犯人の通った道も隈なく探しましたが、何も見つかりませんでした。証言とも一致しますので、こちらで全てだと思われます」

 

品々を見渡しても、ボールペンや空き缶、ファイルに綴じられた書類などしかない。念の為ファイルの中も確認するが、どうやら依頼主の危惧していた物はないようだ。

 

「そうですか、ありがとうございました。確認は以上になります。手間を取らせて申し訳ないです」

「いえいえ、これが仕事ですから!」

 

そう言って敬礼する刑事さんに会釈し、依頼主へと電話をかけ──ようと思ったが、せっかくなので現場にいる本人に直接伝える事にした。

 

「もしもーし、そこのご婦人。パトカーから降りていただいても?」

 

後部座席の窓を叩くと、中年の女性が一瞬驚いたように目を見開くも、

 

「あら、用があるならあなたがこちらに来るべきじゃないかしら?」

 

と隣の座席を指差しながら返してきた。

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

俺がパトカーに乗り込むと、彼女はすぐに質問を投げかけてきた。

 

「どうして私がここにいることが分かったのかしら?前にいる2人にも警官の格好をさせているし、怪しいところはなかったはずだけれど」

 

「いやあ、怪しいところだらけだったよ。この2人、犯人は捕まったっていうのに、異様に周囲を警戒してるし、何か起きた時にすぐ動けるようにシートベルトを外して、ドアに手をかけてる。それに一番妙なのは後部座席を常に気にしてること。仕草が警察ではなく、ボディガードのまんまだった。あれじゃ後ろにあなたみたいな要人がいるって一目でわかるよ」

俺は探偵になった気分で得意げにそう答えた。すると、彼女は納得した様子でこちらを向き、話を続けた。

「そうだったのね。それにしても凄い観察眼。流石は"擬態ヒーロー"といったところかしら」

「ま、これでもそっちの暗部で大活躍間違いなしの期待の新人だったし……っとそうそう、押収品だけど特に問題はないよ。公安関係のものは何も盗られてなかった、良かったな会長殿」

 

そう、依頼主の彼女は俺たちの古巣である公安委員会の現会長だった。

 

「それは良かったわ。あの警察署には公安関係のデータもあるから心配だったのよ」

 

白々しくそう言う会長に対して、俺は食い気味に言葉を返す。

 

「このくらいの調査なら公安で簡単にできたはずだ。わざわざ俺たちに頼んだのは、ナガンさんの様子を確認するためじゃないのか?」

 

そのために会長がわざわざここにいるんだろ、と続けると会長は観念したようで

 

「まったく、何でもお見通しなのね。ナガン…火伊那のことが気になったの……火伊那は最近どうかしら」

「そういうのは本人に聞けば?…って無理か、ナガンさんブチギレそうだし。んー、まぁ元気だよ、笑う事も多くなった。特に可愛いもの見た時とかスッゴイ笑顔」

「そうね。さっきもあなたの背中を叩いて、すごく楽しそうに笑ってたわ」

「見てたのかよ…」

 

「公安にいた時はあんな顔見れなかった。学生時代に笑顔を見せることはあったけど、それも次第になくなっていった……でも今のあの子の笑顔は輝いてる」 

「……」

 

「彩人。火伊那を救ってくれてありがとう。私は何もしてやれなかった」

「そんな事ないさ。俺たちが公安を出る時、色々手回ししてくれたでしょ。事務所の手配とか」

「それは…そうだけど…」

「そんなに心配しなくてもナガンさんは大丈夫さ……それとも、俺たちが公安の情報を流さないかの心配?」

「違うわ。あなたたちのことは信頼してる…それに…いや、何でもないわ。ありがとう彩人、少し気持ちが楽になった」

 

会長は小さく微笑んだ。この人もきっと色々と悩んでいるのだろう。

もう少し話していたい気もするが用事も済ませたし、ナガンさんを待たせてしまってるのでここらでお暇させてもらおう。

 

「じゃ、俺はそろそろ行くよ。ナガンさん待ち過ぎてイラついてそうだし」

「ふふ、そうね……また、来るわ。火伊那だけじゃなく彩人の様子も見れたし」

 

会長の言葉に曖昧に手を振りながら、車を降りた。俺が降りると、すぐに車は走り去り、他のパトカーもそれに続いて去っていった。

 

そんな光景を眺めていると、

 

「で?パトカーの中で何を話してたんだよ、随分長かったじゃないか」

 

少し不機嫌そうな表情でナガンさんが近づいてきた。

 

「何でもないよ、ちょっと警察の人と盛り上がっちゃっただけ。」

「ふーん」

 

俺が適当に誤魔化すと彼女はどこか納得いかなそうだったが、渋々頷いた。

 

「ま、何でもいいさ、さっさと帰るよ」

 

促されて、俺はナガンさんと共に歩き出した。夜の静けさが心地よく、二人の足音だけが響く。

そして事務所に戻った俺たちは、それぞれのデスクに座り、事務作業に取り掛かる。けれど、俺はやがて疲れてしまって、デスクに頭をもたれさせたまま、深い眠りに落ちてしまった。

 

 

───────────────

 

「まったくこの馬鹿は…寝るなら仮眠室で寝ろって言ったのに……起こすこっちの身にもなれよ……」

私はデスクで突っ伏して寝ている彩人を揺すり起こそうとするが、起きる気配はない。

「はぁ、仕方ない」

このまま放置するのも、後々面倒ごとになりそうだからと、私が彩人を抱えて事務所の仮眠室に運んだ。ベッドに下ろし、布団を被せてその場を後にする。だがその途中ふと振り返り、静かに眠っている彩人の姿を見ると不思議と笑みが溢れてきた。まるで子供のような寝顔だ。

 

「……昔からあんたは変わらないね、彩人。会長と会ったっていうのに私にははぐらかすし…本当は私だって気づいてたんだぞ…ったく、最初に会った時からあんたはいつもそうだった…」

 

私はそう言って、彩人の頭に触れた。

撫で心地のよいその髪を撫でながら私は公安にいた時の事を思い出した。

 

 

───────────────

 

 

 

命令が下り、目標(ヴィラン)を殺す。

 

命令が下り、目標(ヒーロー)を殺す

 

命令が下り、目標を殺す…

 

最初に綺麗なものを見せてこちらを引きこんだら今度はその綺麗なものだけを見せるために汚いものを掃除させる。拒否できる立場になければ助けてくれる人もいない。

そんなクソみたいな仕事にいつからかパートナーが出来た。そいつは私より何歳も年下で葉隠彩人と名乗った。あいつは私と同じように裏の任務を与えられていたが、大きな違いがあるとすれば彩人はまだ未来も希望もある学生だったという事だ。

未成年にこんな真似をさせるな、相方なんぞ必要ない、と汚れた心に残ったわずかな理性で拒絶したが命令だと一蹴されてからは異議を唱える機会すらなかった。

 

初めて顔を合わせた時に、胡散臭い笑みを浮かべ、学生でありながらもまるで熟練の詐欺師のような口調で自己紹介をする彩人のギャップに私は思わず吹いてしまった。突然笑い出した私にあいつは困惑していたが、その様子さえも可笑しくてたまらなかった。公安に入って笑ったのはそこが初めてだったと思う。

 

共同で任務にあたった最初の日に何故、彩人がパートナーとして配属されたのか、また学生でありながら何故こんな任務を受けさせられているのか、それが嫌でも分かった。手際の良さと後処理、個性も特殊で、まるでそこには誰も居なかったかのように済ませる手腕に少し引いた。

 

相手次第では協力して対応し、私の個性の方が相性が良い現場では彼はサポートに徹する。互いの負担が減った事で任務の達成率は驚異的なものとなったが、同時に私はどんどん疲弊していった。

 

今思えば表のヒーロー活動と裏の暗殺者としての活動の二面性に心が耐えられなくなったのだろう。血で真っ赤に染まった手では、自分を慕ってくれる子どもと握手することもできず、人らしく悩む資格も葛藤する権利もないと思っていた。

 

そんな心境を表でも裏でも態度に出さないように努めていたがいつからか彩人は私を遮るように手を汚していった。まるでこれ以上、私が手を汚さないように…そんな彼の振る舞いに怒りを覚えた。

 

何を言ってもはぐらかされ、目の前で彼が自分の代わりに手を汚すのを止められなかった。遂に、それに耐えられなかった私は一方的に彩人とのパートナーを解消した。

 

また1人で任務をこなすようになってその苦しみから解放されたと同時に心にはポッカリ穴が空いたようで自分の状態が分からなくなっていた。全てが偽物で周りがハリボテのように映る。存在しない平和を守る為に任務を与えられてはこなす事をひたすらに続けていたある日の事だった。

 

 

 

公安委員会会長室…ここは公安の頂点に立つ者に与えられる部屋だ。だが、その名にふさわしい正義の長なんてものでは全くない。保身とヒーロー社会の維持のために他人に汚れ仕事をさせ、汚いものには蓋をし、都合の悪いものはなかったことにする。そんなハリボテの平和を維持しようと躍起になるクソがいる場所だ。

 

私はその部屋の前に立ち、ノックすることさえ嫌気が差していた。いや、正確にはそんな儀礼などとっくに捨て去っていた。不躾に扉を開けて中に入ると、目の前に広がったのは予想外の光景だった。あのゴミ――前会長の姿がなかったのだ。

 

「ナガン、次からはノックした方がいいわよ」

 

声の主はいつも会長のそばにいた女だった。

彼女がいることに少し驚きながらも私は問いかけた。

 

「何でアンタが…会長はどうした」

「あら、会いたかった?」

「そんなわけないだろ。何があった?」

 

「彼は辞職したわ」

「は…?…へぇ…そりゃ随分と急な話だ」

「あの男は…色々とやり過ぎたのよ」

「…当然だな」

 

その言葉にどう返すのが正解だったか分からなかったが、率直に反応するしかなかった。

 

「これは……私の独り言なのだけど…前会長は複数の権力者と癒着していた」

「は?」

 

そんな話は聞いていない。私の中で何かが弾け、怒りが湧き上がってくるのを感じた。

 

「彼は繋がりのある権力者にとって不都合なものを消したり握りつぶしていた。この公安委員会を使ってね。殆どが秘匿命令の中に巧妙に隠されていたわ。その対価に公安委員会の権限や地位、予算なんかを融通してもらっていたようね」

「……それに私は加担していたのか…?」

「いいえ、不幸中の幸いとも言えるかしら。貴方が直接的に関与していたものは無かった。殆どが過去の前任者もしくは別の筋がその仕事を実行していた」

 

その瞬間、私の頭の中で疑念がさらに大きく膨れ上がった。

 

「…!なら彩人は!」

 

彼女の顔が一瞬曇った。

 

「……………」

「答えろ」

 

私は語気をさらに強めた。

 

「彼が単独で当たった任務については情報が少ないの。ただ、本人はそういう仕事もあったと言っていたわ」

「っ…!まさか」

「貴方が本来やるはずだったその手の仕事を彼は代わりに全て引き受けていた」

 

その言葉が私の中の怒りをさらに燃え上がらせた。

 

「ふざけんな!何が不幸中の幸いだ!」

「ただ彼は、生かせる命は救っていたの。盲目的に任務をこなしていた訳じゃない…それだけは心に留めて」

 

「.........何が正しき社会の為だ…やっぱりハリボテじゃねぇか…」

「返す言葉がないわ。ただここまで詳細に分かったのは全ての証拠を前会長が保管していたことに起因している」

 

「何故、そんなことを?」

「彼は薄暗いことをしている権力者に取り入ることで逆に弱みを握り、立場や権限が安定してきたところでひとり勝ちするつもりだったそうよ。公安委員会の立場を高めて悪徳政治家に首輪をかける事が社会の為になるのだと」

 

「イカれてやがる」

「そうね。これは私達のみならず警視庁公安部、内調までもが秘密裏に捜査を進めていた。だから保管されていた証拠の提供と前会長の更迭を迅速に行い、公安委員会そのものがなくならないように手を打ったの。手遅れになる前に」

「それを言うなら…とっくに手遅れだ」

 

私はそう言わずにはいられなかった。どんなに力を尽くしても、既に失われたものは戻らない。

 

「否定はしないわ。私だって彼から協力を持ち掛けられなければきっと動けなかった。それでも私の代から変えられるところは変えていくつもりよ。まずは公安の暗部に光を当てるところから始めていく」

「どうするつもりだ、消すのか?私や彩人を」

 

「光を当てると言ったのよナガン。前会長の命を軽んじるやり方では必ず綻びが生まれてそこから崩壊していく。だからやり方を変えるの」

「それで?」

「まず貴方達にはしばらく休んでもらう。仕事も秘匿命令も無し。家でゆっくりしながら食事をして映画を見てたまに可愛い服や雑貨を買いに出掛けなさい。それからの人生は自分で決めていい。もし、そのままヒーローを辞めても文句は言わせないわ」

 

「何のつもりだ」

「業務的には上に対してのアピールよ。実は前会長に関連して秘匿命令の実行者を同様に処罰すべきだという声があった。それはこっちで黙らせたのだけど熱りが冷めるまでは大人しくしてもらうことで2度とこの件で貴方達が話題にならないようにしたいの。ある意味では貴方もあのオールフォーワンにとって餌となり得る。特に貴方のような社会に絶望した優秀な人間は巨悪に狙われる。でも何気ない日常を送ってほしいというのも嘘じゃないわ」

 

「ひとつ聞きたい。ハリボテの平和をこれからも守り続けるのか」

「えぇ。私に今の社会を根本から変える気はないし変える力もない。でもナガン、決して全てが全て偽物ではないわ。私があなたにこんな事を言う権利はないのは分かってるけど、それでも聞いてほしい」

 

「……………」

「あなたは若い頃から今までずっと闇を見せられて見てきた。闇を見ているうちにそれが世界の全てのように思えてきたのでしょう。綺麗事に吐き気がしてきて目に映る日常がハリボテに見えて平和は偽物だと」

 

「あぁ…」

 

立場や見るものが人をこうさせるんだと分かっていても、それでもなお重たくのしかかる現実。

 

「あなたがそう考えることはおかしくないし、自然なこと。だからといってその闇にあなた自身が堕ちる必要はないの」

「見たくて見たわけじゃない」

「えぇ、私達があなたに無理やり見せたその闇を。その闇に身を投じるように命令してきた。でも闇だけを見つめる必要はない。あなたにとっては吐き気のするヒーロー社会でも救われている命がある。あなたの手によって守られた日常もあるのよナガン。だからそのハリボテを本物の平和にできるように全力を尽くすわ」

 

「…後釜はいるのか」

「今はいない。後任についてはこれから探していく所よ」

 

「それじゃ結局、同じじゃないか…何を変えるって……なんだよ」

 

会長は手を僅かに上げて私を静止した。

 

「今後は今まで秘匿命令で闇に葬られてきたような事件も法に基付いて摘発するように公安委員会は方針転換した。今後は過去に行われてきたような秘匿命令が出されることはないわ。これからは犯罪行為を行った者はヒーローだろうとテロリストだろうと世間に公表されていく。後任育成はあくまで真の脅威への備え。あなた達のような被害者を増やさないためにも、同じことを繰り返しはしない。ヒーロー依存の社会から段階的に脱却に動いてく」

 

「……………」

「あれだけの秘匿命令が行われてきて尚、犯罪行為を行うヒーローやテロ組織が減らない理由は前会長のやり方にも原因があった。彼らは今まで秘密裏に消されていた。即ち、その手口で捕まることが表向きはなかった。見せしめも抑止力ともならない。世間では誰も捕まってない犯罪行為に手を出すハードルは決して高くない。そういう意味でもあの男はやり過ぎた」

 

「その前会長の件はどう処理される」

「この件は国会議員などの権力者との癒着と公安の私的利用と国家にとって非常に都合が悪い。外交的にもね。更迭されるけど残念ながら真相が世間に出る事はないわ。逮捕はされるけど脱税辺りが表向きの理由になるでしょうね。これは私より遥かに上の意向でこればかりはどうしようもないわ」

 

「そうかよ…」

「ほかに聞きたいことはある?」

「...彩人はどうしてるんだ」

「自分で禁忌に触れた以上、その落とし前は自分で付けるそうよ」

 

「…それは…」

「私はやらなくていいって止めたのだけど全く聞いてくれないからこっちで命令を出した形にしたわ。前会長の残した負の遺産を全て清算する。秘匿命令関係で生きている事すら隠さないといけなかった人が日の出を歩けるようにする事から始める。そう言ってたわ」

 

「あいつは動いて大丈夫なのか」

「今回の件は彼が全て手を回して各所に情報を提供した。功労者を叩く馬鹿は流石に出てこないはずよ」

 

「それもそうか…やっぱり私は動いたらダメなのか」

「ダメよ。さっき言った事もそうだけど、彼に頼まれたから」

「何を」

「貴方がゆっくり休んで静かな日常を送るように、あれは頼まれたというより殆ど脅しだったわね」

 

「………」

「…彩人にもその件が終わったら休んでもらうように伝えてるわ。まだ若い彼をこれ以上関わらせるべきではないもの」

 

「散々あいつをこき使ったくせによくそんなことが言えるな」

「そうね、それについては深く反省してる…未来あるあの子にしてしまった事は許される事じゃないわ」

 

「当然だな…つっても私もあいつを止めなかった。同罪だ」

「いいえ、貴方は止めようとしてくれたじゃない。それでも彼に無理矢理やらせたのは私たち。だからこれ以上、彼を闇には染めさせない。自由に生きてもらうつもりよ」

 

「そうかよ……」

 

「…それと彼、この件が片付いたらあなたと一緒にやりたい事があるみたいよ。私も詳しくは聞いてないけど」

「好きにしろ。アイツにそう伝えとけ」

 

「あら、何をするかも分かってないのに了承するのね」

「ここの任務以外だったら何でもいいさ…それにあいつとなら……いや、何でもない…それじゃ、私は言われた通り家に帰るとするよ」

 

「そう…ゆっくり休んで。たまに電話するわね」

「いらん」

 

そのまま会長室を出ようとドアノブに手をかけて扉を開いた。その時、久しぶりに自分の名前を呼ばれた。

 

「火伊那」

 

足を止め、振り返りもせずにその名前が耳に入るのを待った。

 

「今まで辛い思いをさせてごめんなさい。私はずっと貴方を助けられなかった」

 

言葉は心に刺さるが、それ以上何も言う気にはなれなかった。

 

あんたが謝るなよ…

 

扉の前で一瞬目を閉じて、そのまま部屋を出た。廊下に一歩踏み出した瞬間、背後で扉が閉まる音だけが冷たく響いた。

 

 

 

それからは私は普通の生活を手に入れた。レディ・ナガンの活動休止というニュースは世間を少なからず騒がせたが、すぐに移ろいゆく話題でもあった。名目は個性の不調。公安委員会との関わりは機密であり、ネットの陰謀論で噂になる事もない。

 

自分は一生できないと思っていた平穏な生活も始めてしまえば意外と慣れてしまうもので朝起きてのんびりしてテレビを見たり、本を読んで夕方にはスーパーで買い物をする。

そんな平凡な日常を送る中で、私たちの後任が見つかったことや、彩人が日本中を駆け回っていることを知った。

前会長は至る所に腐った根を張り巡らせていたらしく、その処理に当たっているらしい。何もできない自分が悔しかったが、ここで動いたら彼の想いも台無しになるのは分かっていたので、後任の訓練を手伝ったりして、大人しく待つことにした。

 

そんな中、テレビでは公安委員会会長が脱税容疑を理由に辞任したとニュースになっており、新会長の会見の様子が流れていた。

「チッ」

大きな舌打ちをした後、テレビの入力を切り替え、最近契約したサブスクを入れる。

映画をスクロールしながらソファでぐてーとしていると電話が鳴った。待ち侘びていた相手に思わず口角が上がってしまう。

 

「なんだ?」

 

平静を装いながらも、その心臓はバクバクと音を立てていた。

 

「あ、えっと……お久しぶりです。葉隠彩人です」

「知ってるよ。で?」

「実は私が担当していた仕事がようやく終わったので、その報告と、ちょっとお願いがありまして」

「はぁ…やっと終わったのか…お疲れ様…よく頑張ったね…」

「あ、ありがとうございます……?…妙に優しいな…」

「あ?なんか言ったか?」

「な、なんでもないです!」

「……まぁいいや、それでお願いってのは?」

「…ええ、頼みたい事なんですけど、実は………」

 

 

───────────────

 

そこから色々あって私は彩人と共に新しくヒーロー事務所を立ち上げた。事務所の場所はあの会長が手配したらしく、今までのお詫びということもあってかそれなりに豪華だった。

 

私は活動休止期間ということもあって、最初は事務作業程度の事しかできなかったが、しばらく経った後、会長からヒーローとして活動を再開する許可を貰った。今までのこともあり、表の綺麗なヒーロー活動だけをする事に中々慣れず、また私がヒーローを名乗っていいのか、という葛藤もあった。

それでも、学生時代の自分と同じくキラキラした目をしている彩人に支えられて、少しずつヒーローとして過ごしていく日々が当たり前になってきていた。

 

「…ほんと、あんたには感謝してるよ。彩人。あんたのおかげでまた、あの頃の気持ちを少しは思い出せた」

 

ぐっすりと眠る彩人を見やる。そんな姿を見ていると段々と私も眠くなっていた。

 

「さて、私もちょっとだけ寝るかな……」

 

 

───────────────

 

「どーもー…ってあれ?誰もいない?」

 

静まり返った事務所に1人の白髪の青年が入ってくる。

 

「おかしいなー、この時間ならどっちかはいると思ってたんだけど」

 

ぶつぶつと独り言を続けながら、青年はキョロキョロと事務所の中を見回す。すると、仮眠室のドアが少し空いていることに気がつく。

 

「おーい、彩人君いる?ちょっと用があ……ん……?」

 

仮眠室のドアを開けて青年は動きを止めた。

そこには、青年の探していた彩人がいたのだが…

 

「あー……2人とも随分と疲れてるみたいだな…そっとしとこ」

 

青年は小さく呟いて、そのまま仮眠室のドアを音も立てずに閉じた。

静まり返った室内に再び安らぎが戻り、夜の静寂が包む。

麗らかな月の光が差し込む部屋の窓。

その縁に飾られた花瓶の花は風に揺れて、微笑むように鮮やかな花びらを揺らすのだった。

 

 





最後の青年は一体何デヴァーの息子なんだ…

原作開始までにナガンさんと主人公の過去を書こうと思ってたんですが、想像以上に長くなってしまいました笑
後1話か2話挟んだら原作入りたいと思います。
早く透ちゃんとの絡み書きたい…

あと、時系列は結構適当です。
主人公の年齢についてはまた原作入った時に書こうと思ってますが
27、28歳くらいで考えてます。
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