◇雷将アーデルハイト
アルメールは逃がした。3班はやる気だ。ライトニングは全身を帯電させ、時折放電による発光を起こしている。いつ雷電が迸るか、わかったものではない。軍刀に手をかけマントを翻し、構えたまま睨み合った。
「あら嬉しい。買ってくれるのね、喧嘩」
「こんなやっすい叩き売りの喧嘩、いらんねんけどな」
「魔王塾卒業生ならもっと飛びついたっていいのに。魔王パムならどうしたかしら?」
「なんや、魔王塾のこと知っとったんやね」
「もちろん。わざわざ二つ名を付けるなんて、そんなに誇示したいのかしら。しかも雷将なんて。プリンセス・ライトニングがいるのに」
「どっちが先か調べてから言ぃや」
「クラスに雷属性はひとりでいいと思わない?」
「思わんな。もしそうだとしても、あんたが消えれば済むことや」
「その言葉、そのまま返すわ。あなたが消えればいいの」
ライトニングが剣を抜き、言葉を交わすのはこれで終わりだ。その刀身もまたスパークし、彼女の表情とリンクしてくすくすと笑っているようでもある。この場は先生が用意した、
「
轟音とともに抜き放つ。電光と一閃がライトニングを襲い、防御に構えられた彼女の剣と刃が擦れる。直後、光が迸り、ライトニングに降りかかる。それでも彼女は微動だにせず、むしろ込める力を強めた。剣と軍刀がわずかに金属音を鳴らす、その度に放電が起き、電撃が走る。
「本当に叫ぶのね、技名」
押し返され、斬りかかってくるライトニングを受け止める。同時に降り注いだ電撃は、アーデルハイトには通用しない。だがそれはあちらも同じだ。
「使わなくちゃいけないみたいね」
懐から取り出したのは宝石だ。小道具使いか。身構える。ライトニングはそれをティアラの宝石にかざし、重ね合わせた。
「ダブルプリンセスモード・オン」
宝石から放たれたエネルギーがコスチュームを包み、随所にさらに雷の意匠が追加される。手にしていた宝石は無い、代わりにティアラの中央の宝石、それがいっそう大きくなり、よく見ると2色、ほんの少し違う黄色に光っていた。
「それで……何が変わったっちゅうねん!」
軍刀を振り抜く。防御を合わせられる。ぶつけられた迎撃の衝撃が、さっきまでと重みが違う。上、下、ただぶつかり合う瞬間が続く。対応しきれないほどじゃないが、対応されている。ならば。互いに突きの構えとなったその瞬間だ。ライトニングが背負う太鼓を掴んで引き寄せ、バランスを崩させる。同時に繰り出されるはずの攻撃が遅れ、ライトニングの剣先は空を切る。アーデルハイトの軍刀はライトニングの頬を撫で、赤い筋を走らせた。
これで多少は痛い目見たと思うやろ、なんて期待を抱き、ライトニングがそれで収まる魔法少女でないことに気づくのが遅れた。なおも振るわれる刃。ぎりぎりで避けてマントの端が焦がされる。顔の傷が怒りにでも触れたかと舌打ち混じりにライトニングに目を向けると、彼女には余裕の笑みがある。
「これだけじゃないでしょう?」
加減できる相手ではない。ここでこいつを逃して班員に降りかかる脅威、そして自身のプライドを重ねて、ルールと天秤にかける。違反ペナルティはこの課題からの脱落。自分が消えたとして、残る相手は──どうにかなる脅威か。
「悪いみんな。今から……怪我人出すわ」
「さて、怪我人になるのはどっちかしらね」
そっちがその気ならこっちが潰す。降りかかる電撃を払い、構えた軍刀に手を這わせ、エネルギーを纏わせる。一撃で刈り取るべく狙いを定め、低く構え、ライトニングも応じて剣を振りかぶり、閃電と共に刃を振り、その時、目の前を星空が埋めつくした。星空、じゃない。ゼリーだ。ジュエリーゼリーの魔法か。刃を受け止め、ふたりの電撃を受けて激しく発光、弾け飛んで衝撃を放つ。ライトニングとアーデルハイトの距離が離された。すぐ後ろには、プラリーヌと戦っていたはずのジュエリーゼリー。恐らくは既にそれなりにやられていて、擦り傷でいっぱいだ。
「アーデル。駄目」
「……なんや。手ぇ出すなって言ったやろ」
「駄目。みんなで一緒。課題は、そういうためにはない」
「はぁ!?」
「叩き売りの喧嘩、買ったらダメ。きっとまだアーデルが必要」
ジュエリーゼリーが見せてくる魔法の端末には、アルメールと一緒になって見たのと同じルールが記されていた。『互いに助け合って課題に取り組むこと』──こんな文言、教育上の綺麗事。馴れ合いでしかない、と切り捨てることはできる。けれどあの何を考えているかわからないジュエリーゼリーが、真剣で、どこか寂しげな目をしていて、アーデルハイトの良心は踏みとどまった。
「あれぇ、やっぱ2対2にするの? ま、いいけど」
「予定と違う展開じゃない。もうちょっとあの子とふたりで遊ぶ予定だったのに」
飛来する透明な液体。軍刀で切り払うと煙をあげ、飛散した先に焦げ跡を残す。カラメルの匂い、つまり今のは砂糖。プラリーヌだ。ジュエリーゼリーと交戦していた彼女がライトニングと合流し、再び対峙する。状況は悪化したようなものだ。
「私がサポートする。目標はプラリーヌの感電とライトニングのゼリー寄せ。足止め、拘束に徹する」
「むちゃくちゃや」
「雷対決とお菓子対決はお預け。ここからは雷お菓子タッグファイト。即興レシピだけど大丈夫。ゼリーは何にでも合う。ウナギとか」
「……合わせてや」
ジュエリーゼリーが口角を上げ、親指を立てた。
◇玲透館思案
ランユウィと共に、恐らくは厄介な相手であるベクトリア・エラの相手を買って出た。相手は一般の選抜試験を勝ち抜いてきたエリート魔法少女だ。いくらラズリーヌの修行を受けた候補生といえども油断は禁物。よって2人でかかる。そこまでは、良かった。
「っ、なんなんですのこれ!?」
周囲にばら撒かれた真っ赤な矢印。宙を飛び回り、不規則に襲いかかってくる。それが相手、ベクトリア・エラの『魔法の矢印で指し示す』魔法であることは間違いない。それをどう使うのか、思案にはイメージできていなかった。
降り注ぐ矢印は物理的な干渉力を持つ。矢印というよりは、矢尻そのものだ。小型のものでも指を切る鋭利さがある。本来の思案の反射神経なら回避そのものは難しくない。問題は、地面だ。地面に貼り付けられた矢印を踏むと、その方向に移動させられてしまう。常に地面と上空を気にし続けなければ、どちらかにやられる。いや、もうやられた。
「さあ! 来たまえ魔法少女! ボクとキミで、この即興劇を完成させよう!」
なんて言いながら真っ赤なマントを靡かせるベクトリア。そのたびに、本人の足元から放射状に矢印が伸び、地面の上を蠢いて進んでいく。矢尻の回避のために駆け出したはずの思案は、またしてもその矢印を踏んでしまった。いきなり全身を強く引っ張られ、ベクトリアの方に引き寄せられてしまう。
それならばと、むしろ利用してやるべく、自分のコスチュームに付けられた引き出しを開く。この引き出しは思案の魔法により、思案秘密の道具箱と繋がっている。中から対魔法少女スタンガンを抜き、起動させる。狙うは一撃での昏倒だ。
ベクトリア自身はランユウィとの格闘戦の傍らで、矢印で引き寄せられてきた思案を認識していた。そして自分に接触する瞬間、スタンガンを使おうとした思案をいなし、掴んで投げつけ、壁に叩きつけた。なんとか受身をとるが、思案自身に矢印が貼り付けられている。無理やり下に引っ張られ、その先にも矢印があり、たらい回しが始まった。どうにか体勢を整え、吹っ飛ばされて着地する地点を調整、矢印から逃れたが、その頃には体力をかなり持っていかれている。
ラズリーヌ候補生としてはランユウィの方がずっと先輩だ。彼女の『扉と扉を繋げる』魔法は機能する状況にないが、それでも殴る蹴る戦闘ならよく訓練されている。ベクトリアがわざとらしく大振りな動作を繰り出す中、ランユウィは確実に躱し、食らいつこうとしている。
「っ……! さすがは選抜試験1位通過のエリート魔法少女……っすね!」
「知っているかい、ボクの受けた魔法の国の試験は受験者1名なのさ」
「……? それってどういう」
「会場に辿り着く前に全員で戦って! 勝ち抜いたボク以外は辞退してもらったのさ!」
めちゃくちゃだ。ベクトリアはランユウィが繰り出す蹴りをマントを翻してひらりと避けながら、一瞬の隙に指を鳴らし、そこから矢印を生成。回避しようとしたランユウィが動きを歪めた瞬間、足元にも矢印が仕掛けられ、バランスが崩れる。
「っ、これ、なんなんっ、すか……!」
「悪いね。こちらもキミたちの筋書き通りにはいきたくないのさ」
吹き飛ばされていくランユウィ。思案は飛び出し、引き出しから小型トランポリンを引っ張り出し、ランユウィを受け止めた。万華鏡のように床に張り巡らされた矢印、隙間は僅か。空から降り注ぐ矢尻には遠距離攻撃を受けるための畳を出して防御し、待ち受けるベクトリアに仕掛けるタイミングを窺う。
「ライトニングは……プラリーヌはまだですの!?」
「……ラズリーヌなら」
「ランユウィ様?」
「ラズリーヌなら……助けを待つまでもなく……なんとかする」
思案が頷く間もなく、ランユウィは飛び出していく。ベクトリアは歓びを隠さずに見せ、矢印を集中させて出迎えてくる。あのままではランユウィも、またいずれ体勢を崩される。こちらも仕掛けに行くしかなく、ええいもう、なんて吐き出しながら飛び出した。