◇アルメール
班員のおかげで、アルメールは無事示された座標のひとつにたどり着いた。何の変哲もない会議室のうちひとつだったが、何かが置いてある。これが謎解き、だろうか。ランユウィらしきイラストが描かれた問題のボードと、鍵のかかった宝箱だ。宝箱は魔法の端末を近づけると特定のパスワードが入力できるようになる仕様で、正解のパスワードが導き出せれば宝箱の中身を手に入れられるらしい。
ボードには文字が散りばめられた迷路と、スタート地点に可愛らしい金魚が描かれている。
『扉を開いて、金魚をできる限り一直線にGOALまで導け』
迷路の壁にはいくつか扉がついている。金魚は扉が開いていれば必ずそこを通り、辿る道が変わる、ということらしい。曲がる回数が一番少ないのが正解のルートだという。生憎アルメールに最短ルートをいきなり弾き出すほどの頭の回転はない。魔法のタブレットのAI解析に任せてしまう手もないこともないが、それでは課題の意味がない。ベル先生がかわいそうだ。
まずは明らかに曲がり角の多いジグザグゾーンとぐるぐるゾーンを回避出来る道を探す。……探せば、あった。それも3つ。うち1つは行き止まりのせいで動けなくなってしまい、そもそもゴールに行けない罠の道だ。これで残る候補は2つだけ、それならやってみて数えた方が早い。口に出して数えて比べ、少ない方を特定。道中の文字を拾っていく。
R、G、J、S、S、H……文章にならない。自動生成のパスワードめいたランダムな文字列だ。謎解きと銘打って、そんなことがあるのだろうか。とにかく答えを鍵に入力してみようとして、文字数が足りないことも思い知った。つまり、これは正解ではない。しかし避けたジグザグもぐるぐるも突入するだけで最小限に抑えることは不可能だ。何かを見落としているのだろうか。問題文と睨めっこ、続けて金魚、そしてイラストのランユウィと睨めっこをする。
ランユウィ──3班の魔法少女。他の班員たちほどの問題児という印象はない。アルメールと同じく、容姿でも皆に埋もれ、注目はされない立ち位置だ。そんな彼女もやるとなったらやると聞いている。アーデルハイトは、ジュエリーゼリーは、ベクトリアは無事だろうか。信頼しているつもりでも、心配はしてしまう。この謎が解けたら、みんなの場所に戻るべきだろうか。それとも他の謎に走り、食い止めてくれている間に埋めることを選ぶべきなのか。
「……これを解かなきゃ始まらないけど」
その前に、この金魚の謎をどうにかしないと。ため息混じりに壁をなぞり、己の無力さと向き合おうと──いや。その前に、やることがある。見通していた扉がひとつ。最初の曲がり角の行き止まりだけ壁の書き方が違う。この扉を開いて直進すれば迷路の外側に出ていってしまうことになるが、それでもいいと、起動を真っ直ぐに伸ばす。金魚の軌道は問題文の方に進んでいき、中でも通る箇所は『GO』の部分。そして2度方向転換をして、『L』の部分を貫いた。そのまま先へ進んでいく。巧妙に隠された続きのアルファベットを拾っていくと──出来上がったのは『GOLDFISH』。即ち金魚。迷路の外を通す、なるほど謎解きらしいやり方じゃないか。
答えが出たところで満足してはいけない。タブレットを宝箱の電子ロックに近づけ、入力画面を呼び出す。答えを入力したら、フリー音源っぽいファンファーレがして、宝箱が開いてくれた。中から出てきたのは小さな藍色の物体。珠、としか言いようがない。宝石……というより硝子玉か。硬い。アルメールはそれを懐にしまい込むと、呼吸を整える。
今の宝箱の解錠で、この場所にあった反応が消えている。誰かに解かれた謎はマップから消えるらしい。それなら次はと、一番近くにあるらしい次の謎に向かうことに決める。場所は、同じ会議室ゾーンのうちのひとつだ。1班と被らないことを祈りつつ歩き、あっさり辿り着いて、扉を開く。そこでアルメールを待っていたのは。
「これは──」
◇雷将アーデルハイト
何度も飛び散るゼリーと水飴。それらを焦がし弾けさせる雷鳴。3班との戦闘は続く。アルメールはおろか、ベクトリアがどうなっているのかさえ確認が難しいほどだ。ジュエリーゼリーが移動や防御のアシストをしてくれるが、そのぶんプラリーヌからの妨害も激しく、決めきれない。迫り来るライトニングの攻撃を刃先で逸らし、反撃に掴みかかって背負い投げ、宙に放り出した直後に軍刀を振るう。それでも対応を間に合わせてきたライトニングには受け止められ、ひらりと着地しながら放電、狙いがジュエリーゼリーに向いているのに気づき、己の身で電撃を受け止める。エネルギーを己のものに変換できるとはいえ、こうも膠着されるのは本意でない。
そこへ響いた魔法の端末の着信音。これは、アルメールからか。察したジュエリーゼリーがライトニングの目の前にゼリーを結集させ、ふたりぶんの雷を蓄えると爆発、ライトニングを遠ざける。そして仕掛けてくるプラリーヌからの殴る蹴るを捌き、彼女にもゼリーがまとわりついて退かせることに成功、ほんの少しながら余裕が出来たその間に電話に出る。
「こちらアーデルハイト! なんや、どうした!」
『こちらアルメール。応援要請です。会議室棟に来ていただけますか』
「んなこと言われたって! 手ぇ離せへんねん!」
『こっちだって、私じゃどうにもならないんです! アーデルハイトさんが必要なんですよ!』
「っ……しゃーなし、行ったる! っこの、ゼリー! ベクトリアの方を」
「話は聞かせてもらったよアーデルハイト。ボクも同行しよう」
「って、もうおる!?」
振り向くとそこにはベクトリア。驚き、そして彼女に向かってきていた2人はどうしたのかと思った瞬間、彼女はさっきまでいた方向を指した。矢印をぐるぐる巻きにされて身動きが取れなくなっているランユウィと思案が転がされていた。彼女らも心得のある魔法少女だと聞き及んでいただけに、さらに目を丸くする。
「さあリーダーが我々を求めているんだろう。ならば行こう! 彼女の想いに応えるために!!」
「謎解きに私が必要ってどういうことかわからんけど……まあもう行くしかないで」
「よし! では行くぞジュエリーゼリー君、合体必殺技だ!」
「おけまる水産」
いつの間にそんなものが出来ていたのか。並び立つふたりのことを後ろから見ていると、ジュエリーゼリーがプラリーヌの砂糖攻撃にゼリーの壁で対応、その間に壁の中へベクトリアが大量の矢印を流し込んでいた。構わず仕掛けてきたライトニングが飛び込んでくると同時に、ゼリーの壁が離散、小型の立方体の集団になってライトニングやプラリーヌを取り囲む。
「くらむ〜……ぼん!」
ジュエリーゼリーの合図で炸裂したゼリーは衝撃とともに矢印を撒き散らした。雨のように降り注ぐのは物理的な傷ではなく、強制の推進力を与えてくる矢印だ。四肢に巻き付き、コスチュームを床に縫い付け、動きを封じる。
「うわぁ、なにこれ」
「あら。潰すべきはあの目立ちたがり屋さんだったってことかしら」
「そうだとも! ボクがいる限り、2班は『
拘束されている状態でも電撃や溶液を飛ばしてくるライトニングたちには背を向け、全力で離れる。アルメールからの連絡では会議室棟の方だと言っていた。魔法の端末を開き確認すると、そこに残っている座標はひとつ。目掛けて一直線だ。ベクトリアが敷き、飛び乗った矢印がスケートボードのように推進力を持ち続け、高速で目的地へと送り届けられる。アルメールの言っていた反応はすぐそこだ。スケボー矢印から飛び降りて、会議室の扉を開け放つ。中にはやや焦げたアルメールの姿。そして。
「これは……」
曲がりくねった金属製の迷路。帯電した電極棒。迷路にはスタート地点とゴール地点が明記されている。そして恐らく、電極棒が他の金属に接触すれば感電するようにできている。つまり、一度でも接触すればアウト。電極棒を壁に接触させることなく、ゴールまで辿り着かなければならないようになっている。
そこまで理解して、言わずにはいられず、叫ぶ。
「これ……イライラ棒やないか!」
「なんだいその名前は?」
「え、イライラ棒、知らん? なんと言うか……あれみたいな感じのゲームがあってん」
「テレビ番組のコーナー。我々が産まれる前にやっていた視聴者参加型バラエティで誕生したゲーム。見ての通り、棒が壁に触れて爆発しないようにゴールまで運んでいく」
「なるほど、急がなければならないが急いては事を百パーセント仕損じる、なかなか進めないもどかしさからイライラ棒の名がつけられた……というわけだね」
「初めて見聞きしたものを咀嚼するのが早過ぎないですか?」
今回は謎解きというより、単純にイライラ棒をクリアするのが必要らしい。失敗すると感電する仕掛けだから雷系のアーデルハイトを呼んだ、と。妙に納得し、太腿に手を当て深く息を吐いた。
「こんな玩具のためにすっ飛んで来た思うとなんか妙な気分やな」
「ひとついいですか」
アルメールが挙手し、いつもよりも真剣な表情で、真っ赤な丸の髪飾りの向きをキュッと整え、続けてくる。
「2回ほど挑戦しましたが、2回とも即失敗して感電しました」
「ああ、それで焦げとんのね」
「思っているより難しいですよ。本当に手が震えますからね。しかもかなりビリビリする」
「フッ、ならばここはボクの出番だね」
アーデルハイトが前に出るよりも先に、ベクトリアが電極棒を手に取った。持ち上げ、スタート地点の待機エリアを出た時から、装置のタイマーがカウントダウンを始める。制限時間があるのだ。
「セカンドチャレンジャー、ベクトリア。さて、この挑戦を乗り越え、百万円を手に入れることが出来るのか」
「どこから来たお金!?」
「フッ、賞金など必要ないさ。常に舞台に立ち、緊張を乗りこなすこのボクならこの程度造作もなあばばばばば」
「ちょい、感電しとる感電しとる! 剥がせ!」
アーデルハイトのドロップキックで救出。ひとしきり痙攣してから、彼女は何事もなかったかのように立ち上がり、これはキミのための舞台だとアーデルハイトを指した。やかましい。元よりやってやるつもりだった。自動でスタート位置に戻された電極棒を掴み、呼吸を整える。
「……さっさとカタ付けたるわ」
軍刀を振るうのと同じ勢いで、電極棒はスタートした。ベクトリアが脱落した最初の曲がり角を越え、ヘアピンカーブをほぼ直線で強引に突破。後半戦に差し掛かるというところで、壁にぶつかった。電撃が迸る音と共に、アーデルハイトに電流が来る。
「ああっ……!」
「はっ……こんなんな! 失敗にならん!」
が──アーデルハイトなら感電することはない。ライトニングの放つ雷撃に比べたら微々たるもの。エネルギーは吸収して自分のものに変え、壁に擦りながらもプレイを続行した。どれだけ電流が流されようと、当然効かない。ガチガチと金属音を響かせながら、最後まで駆け抜ける。吸収により帯電して発光し、勢いにマントを靡かせながら、決める最速での攻略。タイマーを余裕で残したままゴール地点に辿り着き、送り届けた電極棒を離した。
「チェックメイトや」
タイマーの表記が変わる。見ると、『CLEAR!!』の文字が流れていた。ぶつかるのが駄目なのではなく、手を離した時点で失格とされるルールだったというわけだ。さらにタイマーの表記は文字が横に流れていき、最後には『PATHWORD IS THUNDER』の文字列が来た。
「すごい! すごいですよアーデルハイトさん! やっぱり頼んでよかった!」
素直に喜ぶアルメール。ベクトリアとジュエリーゼリーも続けて歓声をあげ、なぜか胴上げをされそうになったが、帯電していた体が触れられる直前にバチィと電気を放ったことで中止された。
正攻法での突破ではないとはいえ、ぶつかれば即脱落してやり直しにしなかった方が悪い。
宝箱に解錠のパスワードを入れ、開く。中には黄色い硝子玉が入っていた。
「これで2個目。順調やな」
「この調子でどんどん集めていこう。めざせ、ひゃくごじゅういち」
「多すぎやろがい」
「いいじゃないか! 151の試練があっても!」
「あったら困りますよ!?」
皆が揃って、次に向かって歩き出す。いや、揃ってはいない。ベクトリアがわざと手を引き、アルメールが引っ張られ、ジュエリーゼリーは隣に来て、アーデルハイトが少し遅れてついていく。