◇玲透館思案
「はい、これでどうかしら」
ライトニングの電撃がベクトリアに施された矢印の拘束を弾き飛ばす。ようやく自由に動けるようになり、思案は立ち上がって伸びをした。ふとランユウィを見るが、彼女は黙って動かない。どうしたのかと覗き込み、目に宿った炎は消えていないのに気が付き、ビクッとしてしまった。その態度で細められた目がこっちに向き、慌てて顔を背ける。
「いやぁ、やられたねぇ」
プラリーヌは手をひらひらさせて、失敗まで含めて楽しそうに笑った。楽観的だ。ライトニングもそう深刻そうではない。今は逃したアーデルハイトのことを考えているのだろう。思案を責める目線はない。それがむしろ重い。
2班を取り逃したのは思案が悪い。魔王塾出身者と選抜試験圧勝者のふたりをここで退場させ、戦闘力では劣るメンバーたちだけを残し、後は悠々とひとりずつ飛ばしていく……なんて、作戦会議をしていたのに。2人がかりでベクトリアに思いっきりやられた。これではラズリーヌに顔向けできない。
「……あたしらが」
ランユウィが呟いたことで、視線が集まる。
「あたしらがうまくやれば、まだ食らいつけたっす」
交戦の最中、ランユウィが出した策を、思案は拒否した。クーラーボックスをモチーフとし、収納の能力を持つ魔法少女である思案の背中には、大きめの扉がついている。開くと背中がさらけ出されるだけのハリボテだが、それでも扉は扉だ。思案の収納庫には、ランユウィに合わせるため、枠だけの扉が入っている。それを任意の位置に設置さえできれば、ランユウィの魔法で思案の背中と扉枠を繋げ、矢印を潜り抜けた奇襲をできた……と、そういうことらしい。
そうしなかったのは、自分を扉に見立てて飛び込まれるなんて有り得ない事象に恐怖感があったことと、ベクトリアの誰も寄せ付けず華やかであり続ける様に、見惚れていたからだ。
「まあまあ。どうせ最後の謎を解いたその後、ここに戻ってこなきゃいけないみたいだし? 待ち伏せ作戦に切り替える〜ってことで」
「そうね。向こうが謎解き中に時間を割いているうちに、私たちは魔法少女対策を考えましょうか」
「次こそは……っす」
ランユウィの目に挫折は無い。作戦の上でも、気概でも、思案はもうすでに置いていかれていた。
◇トーチカ
ルールも読まずに走り出したシン・ソニックを追いかけて、たどり着いたのはトレーニングルームと題された部屋だった。やっとの思いでマップを確認すると、スタート地点から一番遠い謎解きスポットらしい。彼女は彼女で考えているのかと思い、感心して扉を開き、中の様子を見ようとするや否や、シン・ソニックはマネキンと戦っていた。
「人形に私が捉えられますか遅すぎるその速度じゃ監査部門のエリートは捕まりませんよ当然の勝利です」
強烈な回し蹴りでマネキンの頭部が粉砕され、倒れ伏す。一体これのどこが謎解きなのかと思いつつ、恐る恐る部屋の中に入った。
室内には『正しき答えを選べ、誤りし者には罰を』……という文とともに、複数体のマネキンが並んでいる。マネキンの胸元にはクイズの問題文、その下に穴が3つ。穴には選択肢が振られている。つまるところ3択クイズだ。近くにまとめて置いてある細剣を、穴に刺して回答する、ということらしい。
シン・ソニックは不正解の選択肢を刺したことでマネキンに襲われていた。こういう時は慎重に考えなくては。後ろに控えたマスカットとレモネードのわかっていなさそうな顔を見て、あれは3択のクイズで……なんて説明を始め、そのうちに、シン・ソニックは細剣を手に取っていた。
「えっ!? ちょっと待っ」
「たぶんこれだと思う問題文とか読んでもないし読む必要もないけどこれだと思ったからこれで間違いないから」
とんでもない不安まみれの発言と同時に剣が突き刺さる。しかしこれは択一クイズ、3分の1が当たってさえくれれば、正解になって次に行ける。頼む、確率が的中していてくれ──。
『ブブーッ』
駄目だった。
マネキンが動き出す。不正解者であるシン・ソニックに向かって、自分に刺してあった細剣を引き抜いて武器とし、襲いかかってくる。さっき戦っていた1体目より動きが速く、細剣を扱う技術もあるらしい。トーチカが合図して、マスカットが銃を抜き、レモネードが爆弾を構えた。しかしシン・ソニックはそんなことには一切構わず、その『誰よりも速く走れる』魔法の高速移動によって細剣の攻撃を回避し続け、マネキンに強烈なキックを浴びせている。蹴りの一撃でマネキンは体勢を崩し、そこへ投げつけられる檸檬。内側から果汁を放ちながら炸裂し、マネキンの頭部を吹き飛ばしてトドメを刺した。
「なるほど皆で一気に仕掛ければより効率的かもしれないならもういっそのこと先に攻撃を仕掛けて最初から壊してしまった方が」
「……ちょ、ちょっと、待って……」
レモネードが口を挟んだ。声の小さい彼女だから早口のシン・ソニックにかき消されるかと思ったが、意外にもシン・ソニックは言葉を止め、レモネードを睨みつけ、用意していたかのように今度はレモネードに向けた言葉の洪水を浴びせかけてくる。
「私のやり方に文句あるわけあるならあるって言いなさいよ実際こうした方が速いでしょだって私が一番速いんだしというかクイズ真面目に解いたってそれが間違ってたらどうせ戦わなくちゃいけないんでしょだったらそれで間違えるくらいならさっさと間違えて最速で潰した方が速いんじゃないのそこはどうなの」
「……そ、それは……」
レモネードからの視線。ハッとしたマスカットは割り込みに行こうとするが、止めた。あれは助けを求めているのでは無い。今のうちにクイズを解いてくれ、のアイコンタクトだ。察したトーチカは頷き、ヒートアップするシン・ソニックに、レモネードが弱々しい言葉でなんとか言い合いを続けているのを横目に、2人で最後のクイズに挑む。内容は、伝説的な大罪人魔法少女である『プキン』に付き従ったと言われる、こちらもまた伝説的大罪人魔法少女の名を問うものだった。魔法少女犯罪史の、それも教科書の序盤に出てくるような内容だ。答えはソニア・ビーン。選択肢を確認、マスカットから細剣を受け取り、突き刺した。奥まで差し込むと何かを押すような感覚がして、それから沈黙。念の為警戒するが、マネキンが動き出すことはなく、飛び出したのは上部にくっつけられていたクラッカーからの紙吹雪だった。
「クリアしたー、のかなー?」
マスカットの言う通りらしい。中央に設置されている宝箱から、ひとりでにがちゃりと音が響いた。明らかに解錠の音で、聞くや否や超高速でシン・ソニックが急行し開封。中にあった橙色のガラス玉をゲットした。が、それに対してはなんの感慨を見せることもなく、シン・ソニックはどこかに行こうとする。引き止める間もなかった。足も気も速すぎるのだ。
「あははー、ブレないねー」
「……また……こうなる……」
「本当、大変な人にリーダー任せちゃったな……あ、レモネードさん」
呼びかけられると思っていなかったのか恐る恐る首を傾げるレモネードに、驚かせないようやや屈んで目線を合わせ、さっきはありがとう、なんて礼を言っておく。シン・ソニックも悪い人ではないと思うが、言い方が悪かったり、早口に威圧感があったりして、気の弱いレモネードにはさすがに怖かったと思う。それでも気を逸らしてその隙にこっちでクイズを解くというのは、なかなか一瞬では出せない作戦だ。
「……そ、そ、それほど、でも……ない……」
「あー! トーチカくん! 駄目だよー、口説いたら!」
「く、口説いてはないから!」
そうこうしているうちに、シン・ソニックの背中はとっくに見えなくなっていた。仕方がない。追いつくのは後からでもいいことにして、トーチカたちはトーチカたちのペースで次を目指すことにする。