◇玲透館思案
相手はいくらラピス・ラズリーヌとはいえ、ひとり。1本奪えばそれで終わり。こちらは4人、つまり4対1。普通なら楽勝の条件だ。思案だってそう思う。
けれどラズリーヌは一斉にかかってこいと挑発のジェスチャーをした。そう言われて尻込みする者はいない。このメンバーなら、なおさらだ。周囲を囲んだ班員たちが、誰からともなく一斉に仕掛ける。
透明な液体がプラリーヌの両手から噴き上がり飛来、それをかわした先にはライトニングの帯電した剣、受け流してランユウィの蹴りを受け止め、そこに後から来た思案が武器を振り抜く。使うのは引き出しから抜き放った対魔法少女用の警棒だ。振る瞬間だけ硬くなったり伸びたりする特別仕様だ、がラズリーヌは掴んで当たり前のように受け止めて、ランユウィともども押し戻してひっくり返されそうになった。
「なんの、っす!」
飛び込み仕掛けていくランユウィ。その周囲を固めていくプラリーヌ。さらに時折本人を狙い飛ばされてくる雷撃。攻撃の嵐だ。それを潜る、潜る、潜る。掴みかかるランユウィを掴み返したかと思うといきなりプラリーヌの方向に投げ、よろめいた彼女はプラリーヌの砂糖液を浴びてベタベタになり、続く電撃を側転で華麗に回避。
そのうちに距離を縮めてライトニングに迫ると、対応に振るわれた剣を白刃取りで止め、引っ張って本人に一撃。鋭い拳を両腕で受け止めさせる。そしてライトニングはラズリーヌに対して興が乗って、今度は大技を連発。ラズリーヌの魔法である宝石へのテレポートが、部屋の各地に埋め込まれた宝石を介して行使され、どれも当たらない。慌てて離れる班員たちを他所に、彼女は「これならどうかしら!」なんて派手に雷を鳴らしている。声は届かないだろうなと思ったその時、ふいに背後に気配。身構えて振り返る頃にはもう首元が抑えられていた。
「思案ちゃんは来ないっすか?」
「わ、わたくし……も……!」
咄嗟に振りほどいて警棒を振り、空振りだ。回避しながらのすれ違い様にお腹に衝撃が1発。反応できなかった。完全に意識が抜けていた。ああこの威力、きっと加減されているな、そう悟りながら蹲ってしまった。
こんなことをしている場合じゃない。息を整え振り向くと、大規模な雷を連打した末にガス欠となったライトニングが、その手にある宝石をラズリーヌに攻め立てられ、あえなく手放してしまう瞬間だった。ライトニングは普通の魔法少女ではない。宝石を使い『補給』することが必要だ。ティアラの輝きは薄らいでおり、もはやラズリーヌに対応しきれない。
「鈍くなってきてるっすよ」
「お生憎様ね、奥の手は切らしてるの」
「持久力とペース配分が課題、ってとこっすかね。よいしょっ!」
掴んで投げ飛ばされたライトニング。迷路の白い壁に激突し、すぐには立ち上がれそうにない。
ならばとそこへ向かっていくのがランユウィだった。飛びかかりながらの1発をラズリーヌが受け止める。さらにその後方にはキューティープラリーヌ。指鉄砲の形で発射を常に用意しており、攻撃の隙間に狙って砂糖を放ってくる。プラリーヌの放つ砂糖液は固まれば魔法少女でも簡単には砕けないほど硬く、液体時は自在に動いてくる。ランユウィに対処しながらの襲来は難しい。思案なら無理だ。
けれどラズリーヌはその軌道を視認して避け、時にランユウィを挟むように動いている。ランユウィはひたすらに打ち込み隙を捻出しようとしてくれているが、立ち位置まで気が回っていない。プラリーヌは頭を搔いていた。
「あぁ、もうっ……ケアしてくるんですねぇ、それ」
ランユウィはどうにかしようと大振りな回し蹴りを繰り出し、躱されて、掴まれた。返してやろうと組み合って、押しも押されぬ睨み合いだ。かと思えばある瞬間から拳の打ち合いになり、いきなりのジャブ、ストレートをかわしてブロー、からのアッパーが来たかと思ったらまたストレート、それをいなして懐でまた拳。そこへランユウィは大きく跳んで回避、しながらの蹴り。ここにプラリーヌからの援護が来て、ラズリーヌもマントを翻して回避。もう思案では追うので精一杯だ。
「さすがユウィっち、なかなか仕上がってるっすよ」
「……2代目にお褒めいただけるなんて。光栄っす」
「いやあそれほどでも。でも、見えてないもの、あるっすよ」
体を浮かせたままだったランユウィが着地し、足をかけたその場所は、プラリーヌが先程まで連射していた砂糖の上。複数回重ねてかけられた塊の上に、さらに液体がかかった部分。つまり、一番滑りやすい状態だということだ。ランユウィはわずかに足を滑らせ、その予想外に崩れたバランスを立て直しに力を込め、そのせいでラズリーヌへの対応ができず、あえなく顎に拳を貰った。
「さて後は──」
「ラズリーヌだかなんだかよくわかんないけどぉ、ラズ先、ちゃんと強いんですねぇ。だったら現役キューティーヒーラーも、ちょっと本気見せちゃいましょうか〜! リーヌ対決と行きましょうよぉ!」
自ら両腕に纏わせた砂糖を固め、大きなグローブにして殴り掛かっていくプラリーヌ。攻撃と同時に撒き散らされた砂糖水が自在に動いてラズリーヌを囲い、まるで対戦相手がもうひとりいるかの如く動き回る。それでもものともせずに立ち回り、攻撃の後隙を残さず回避。さらに大技の後は誘い込んでから宝石に転移、位置関係を狂わせながらのキックが来る。当たらないし、当たっても固めきる前に逃げられ、そして自分は回避しきれずグローブで受けようとしたその時、ラズリーヌが少しだけ本気で鋭く拳を放った。その拳の痕だけが綺麗に砂糖菓子のグローブに残り、衝撃を食らったプラリーヌは吹っ飛ばされていた。なのにその瞬間を掴み、わざわざ話しかける。
「自分でなんでもできる、と思ってないっすか? 事実万能系だろうけど、頼ることも覚えるべきっすよ」
「……なんにそれ、めんどぉ……」
ラズリーヌは彼女を地面に叩きつけ、迷路の床にめり込ませた。プラリーヌの肺から空気が押し出され、咳き込んでいる。
これがディティック・ベルのいう最難関だ。まだまだかかってくるがいいっす、とラズリーヌは笑顔で胸を張る。言葉の通り体力は余裕だろう。こちらは、ライトニングのチャージは終わっただろうか。プラリーヌは拗ねた顔で半分地面に埋まっていて、動いてくれそうにない。ならばと駆け寄った先はランユウィだ。
「1発、不意を突くなら……なんとか」
「……あんたがやめましょうって意気地無しでやめたあれっすか」
「そ、それは、そうですけど!」
大枠は、ランユウィになら伝わるだろう。思案は大慌てで端末を操作する。ライトニングとプラリーヌにも伝わることを賭けた。するとライトニングが反応する。奥でぴくりと動き出したかと思うと、剣を構えて飛び出し、向かっていって派手に放電する。
「まだ終わってないらしいわ」
「そうこなくっちゃあ!」
雷の連撃、そしてそこに飛来する砂糖水。雷の巻き添えで黒焦げになるが、余計に現れては一瞬壁になって消えていく性質上、乱射すればラズリーヌの行動を制限もできる。不満げながらも下方から援護が連発され、ライトニングの剣筋も彼女らしい自由さの下にラズリーヌを攻め立てる。さらに至近距離からの広範囲技で防御を許さず、転移を強いる。何度も戦場は少しづつ場所を変え、大部屋の入口の方まで移動していった。
「ペース配分はどうしたっすか!」
「いらないわ。だって!」
ライトニングの主目的はそっちじゃない。ここは迷路ではなく大部屋。入口、ならそこには扉があった。そしてもうひとつ、ここに扉がある。思案の、コスチュームの背中に。
ランユウィが開け放つ。その瞬間に魔法が力を発揮する。思案に向かって飛び込んでいって、何が起きているのか思案自身にはわからないうちに、ラズリーヌの背後、大部屋の入口からランユウィが飛び出してくる。手には警棒。背後からの強襲でいける、決まった、そう思ったが、ラズリーヌの直感はそれを許さない。振るわれた警棒を最小限の動作で避け、何が起きたか認識するや否やにっと笑ってランユウィへの対処に移ってくる。
その足元へ、思案はあるものを投げた。氷皿だ。プラリーヌがさらに砂糖水をぶちまけた途端、固まった足元はさながらスケートリンク。さすがのラズリーヌも転移の回避を選ぶ。あとは賭けだ。最後に彼女が目を向けた宝石、そこに一点狙い。ライトニングからランユウィの警棒に雷が渡され、ランユウィが突っ込み、ラズリーヌが転移して現れた瞬間に向かって、振り抜いた。腕で逸らして反撃しようとするその腕に、炸裂した雷が走る。破裂音と共に、ラズリーヌの方から煙があがる。袖が焦げていた。
「あっちゃー、これは小手……っすね」
「……ってことは!?」
「1本! っす! いやぁ、あの調子じゃあそれはないかなと思ってたっすけど。無事連携攻撃までできるようになったみたいで、何よりっす。思案ちゃんすかね? あたしが余裕見せてる間に突貫で何か伝えてたの」
「は、はい……一応ですわ」
「諦めは一番の敵! っすから! これ、師匠の受け売りっす!」
あっけらかんとした笑顔で、その後も班員の良かったところがいくつか並べられ、軽いストレッチからよーし第2回戦っすと言われて大慌てした。それから宝箱がラズリーヌ自身の手で開かれ、中から出てきた青色のガラス玉を渡される。
「はい! ユウィっち、思案ちゃん! ラズリーヌ・ビーズっす!」
「……はい! 大事にします!」
「あいや、それ今回の謎解きで使うただのガラス玉っす。プレゼントは、もっとできるようになってから、っすかね?」
何はともあれ、これで青の試練はクリア、のはずだ。埋まっていたプラリーヌを引っ張り出して、お帰りはこちらからという宝石に皆で触れる。この後、どうするのだろう? そういえば思案は何も知らないが、まあそこはライトニングが決めることか。
「はぁ。難しいってさー、そういうことじゃないんだねー、わかるかなぁ、この気持ち」
「あら、私は楽しかったけれど」
約1名はなんだかなあと言い続ける。ふふっ、と思案がライトニングにつられて、お嬢様的に笑うところで、話しかけられた。
「……あの」
「はい? どうかしました……の」
ランユウィだ。クリアしたからって気を緩めるなとかそういうことを言われるかと思い、無理やり真顔に自分を戻した。その予想はしっかり外れることになる。
「お互い、目標は遠いっすね」
向けられたのは、苦笑いのような笑顔。ラズリーヌ本人の懐っこい笑顔とは程遠いけれど、そうなろうとしているのは見てとれた。