◇レモネード・グレネード
「ねえねえ、せっかくの宿泊研修の夜だしー、アレしようよ、アレ」
ここは魔法少女学級1班、女子部屋。3人布団の中に並び、消灯され静まり返った部屋に、いきなりマスカットの声が響く。
「アレって?」
「恋バナ」
恋バナも何も、魔法少女学級には女子ばっかり。マスカットが好きなそういう話には発展しないと思うのだが。それ以前に、双子なんだから互いのことで知らないことはそもほとんどないだろうに。
「……別に、特別なことはないでしょ……? わたしたち、そもそも普段から同じ部屋で寝てるし……」
「いーの! シンソニちゃんもいるし、ねー」
「私は別にそういうのには興味がないというかそんな時間があるなら早く寝て明日に備えるべきなんじゃないのまあでも宿泊研修の夜だからっていう雰囲気があるのは否定しないけど」
「気になってるんじゃんね」
まさかの班長、意外と浮き足立っている。確かにこのシチュエーションに憧れる気持ちはわかるけど。
「シンソニちゃんはあるの?」
「ないけど」
「ないんじゃーん」
とはいえ結局喋ることは特になかった。マスカットも今は恋とかそんな素振りは見せていない。ということはこのぶんならすぐに話が終わって、飽きて寝るまでがいつものマスカットだろう。こっちに話が来ても、ないと言えば終わる──なんて油断していると、話の振り方が違った。
「レモネーはトーチカくんのこと、どう?」
「っ!?!? な、な、なんでトーチカくんが出てくるのっ……!」
「だってー、男子はトーチカくんだけだしー、レモネーなんか気になってなかった? いいとこ見せようって張り切ってたよねー」
「そ、そ、そんなことはっ……」
ある、かもしれないけど、それがどうして恋バナになるのか。しかもよりによって、マスカット、つまりお互いのことで知らないことはほとんどない双子からの指摘。全くそんなつもりはなかったのに、無意識がそうさせていたということになってくる。
「気持ちはよくわかるよー、なんか大事な時かっこいいよねー」
「私は一人っ子だから勝手に言うけど双子の姉妹にこう言われるということは価値観をわかられているわけでつまりこの先トーチカとの恋バナということになるけど」
「うんうん。ねーねー、どこが好き? やっぱり顔?」
「……うぅ……でも……友達として頼りにしてるのは、本当、だけど……」
こんな歯切れの悪い否定になるしかない。レモネードからすればトーチカは珍しくできた魔法少女の友達で、同じ班としてただ頼れる人で、でも普段の姿では男の子で、他の魔法少女と接し方とか変わらないはずなのに、なんだか気になっている。ああ駄目だ、気になっているのが本当の話になってしまう。そんなことないはずなのに。
「今頃トーチカくん、すっごくくしゃみしてそー」
「噂をすればくしゃみが出るという迷信だけど私は以前監査部門の同僚と試したことがあって結果はタイムラグ3秒だった」
「どういう実験をしてるの……?」
思えばシン・ソニックも、危ないかと思ったら頼れたり、頼れると思ったら危うかったり、目まぐるしい人だ。マスカットにはぜひ、恋バナよりも彼女の色々を深堀りしてほしい。監査の仕事とか、何をしているのか気になるじゃないか。さすがに双子、考えることは同じらしく、マスカットはちょっとこっちに目を向けると、今度のターゲットはシン・ソニックになった。
「じゃあさじゃあさ、監査部門の話聞かせてー」
「聞きたい?」
待ってましたと言わんばかりの顔だ。
「いや話したいんだけどやっぱり部門の業務だし色々と守秘義務もあるから話せる部分は少なくなるんだけどそれでもどうしても聞きたいって言うなら話してあげなくもないけど」
「えー、どうしても聞きたーい」
「……自慢の先輩の話とか、ある……?」
「それはもちろん私には尊敬する監査部門の先輩方がいて面倒も見てくれていたんだけど」
得意げ、だけど何よりも早口で聞き取りにくい仕事の話が始まった。話が無事逸れていったことに安堵しつつ、聞き逃さぬようこの早口に集中せざるを得なくなってきた。
◇アルメール
「ふわぁ……おはようさん。昨日はすごかったなあ」
「うん……本当に。凄かった」
ついに長い2日目が終わり、3日目の朝が来た。本当に、昨日は大変だった。体験課題の謎解きツアーでもタブレットと自分の頭をフル稼働させたうえ、続く『班対抗カレー作り対決』、そして夜の『サウナ我慢比べ対決』に湯上りの『魔法少女学級・ゴッド・タレント』、消灯後の『枕投げ最強決定戦』……課題が終わったあとの方が何なら物凄く忙しかった気がする。主に、ボケについていくので、だ。
とはいえ今回の研修、ついでに色々催された謎の対決や大会のおかげで、クラスメイトたちの人となりもなんとなく掴めた気がしている。内向的なレモネードや意外と内輪向きなランユウィとはあまり話せていないものの、アルメール的にはかなり交流できた。さらけ出す事もできた、というかやらされた。
特に、取るならテッペンと言い出したアーデルハイトのせいで即興で練習させられた漫才。あえなくスベり、無理やりオーバーリアクションにして体を張ることで笑いを取りに行ったあの時といったらもう、殺してくれとさえ思っていた──。
「ちょい、何をそんなに苦虫を噛み潰したような顔しとんねん」
「……苦虫の方がマシかも。みんなの前でまたスベるくらいなら」
「それはうちらの練度と、皆のセンスが追いついてないだけやって言っとるやろ! 磨いたら絶対やれるて!」
「磨ける材質なのか怪しくない……?」
そうだ、そんな嫌なことばかりを思い出している暇じゃない。朝の身支度をしなければ。まだ研修そのものは続いている。ほぼあとは帰るだけとはいえ、朝から集会だ。2班の班長として、遅れるわけにはいかない。慌てて支度を開始、悠々と、しかし手際よく準備を進めてくるアーデルハイトにより、身支度そのものは早い段階で整った。あとは持つタッチペンを選ぶのに10分少々。悩み抜いた1本を胸ポケットに、いざ部屋を出る。班長なので班員より早く、ということで、今日は隣の部屋のジュエリーゼリーたちを起こさずに直行だ。
「ん? なんや珍しい。あいつはおらんであんただけなんて」
「はしゃぎすぎたみたいで。まだちょっとスヤスヤだよ〜」
そこにいたのはキューティープラリーヌひとりだった。目の前のテーブルにはティーカップと、何個かのシロップの空容器が転がっている。残る1班の班長、誰よりも早起きを目指してそうなシン・ソニックはまだいないらしい。朝のランニングか何かだろうとプラリーヌは言う。
「それよりあのお姫さん、面白くって。昨日全班のカレー食い尽くした大食らいのくせに、寝言じゃ『もう食べられないわ』なんて、いやもう笑っちゃうよね〜」
自分の腕枕でテーブルに自分の重みを預け、にへっと笑いながら、意味もなくマドラーを掻き回すプラリーヌ。確かにプラリーヌがいて、ライトニングはいない状況は少ないような。ということは、今のうちに聞くべきか。
「……ねえ」
「ど〜かした?」
「なんでも戦ったりしたがるのは、プラリーヌの方? ライトニング? それとも……どっちかの『推薦者』?」
「班長、いくらツッコミやからって突っ込みすぎや」
「聞いて、おかないと」
3班の生徒たち、というよりライトニングかプラリーヌは、わざとクラス全体を巻き込んで、勝負事にしてくるきらいがある。そして我が班には彼女に振り回されるどころか乗りこなしに行くメンバーでいっぱいだ。結局それに振り回されるのはアルメールになる。それが誰の意向なのか、確かめておかなければ。
「そう深入りしなくても……ふふ、それとも今のはぁ、カスパ派代表のつもりでの発言だった〜?」
「……ただのクラスメイトとして、気になっただけ」
「ふ〜ん……ま、自分もプク派のことな〜んも知らないけど」
魔法少女学級の『班』は、推薦元の派閥によって決められている。ただほとんどは班の境など気にしない生徒だ。こうして話に出したとしても、末端は結局末端の話しかできない。
「自分らは好きにしてるだけ。めちゃくちゃなのは主に、あのお姫さんだよ〜。自分も悪知恵は出すけど〜……学級が学級であるうちは、何をするつもりも、自分にはないよ。そんなことしたら、ほら、本業に支障出るから〜」
プラリーヌの言葉は信じてもいいのだろうか。勧められるまま、彼女の前の椅子に、アーデルハイトと一緒になって座る。紅茶は朝食のバイキング用のドリンクバーから持ってきたものらしく、一緒になってコーヒーやらを取りに行くことにした。