◇トーチカ
その日、魔法少女学級は朝から騒がしかった。2班が固まって何か話しているというのはいつも通りの光景だが、いつもと違うのは、喋っている中心がジュエリーゼリーでもベクトリアでもなくアーデルハイトだということ。
教室に入るとすでにもうその状況で、トーチカは首を傾げながら自分の席に座りつつ、聞こえてくる声に耳を傾けた。
「本当やねん、見たんやって。あれは絶対同じ顔やった」
指を差すアーデルハイトに、指を差されるライトニング。首を傾げられ、やきもきする様子が見られ、一体なにがあったのか、いっそ話しかけてみることにする。
「……何があったんですか?」
「おぉ、トーチカ。いやな? 昨日とんでもないことがあってな。夜中学校に来てみたんよ。パトロールの一環や。したらな」
「そしたら?」
「ライトニングにソックリな女が出て、ライトニングと全然違う魔法少女に変身して襲いかかってきたねん」
「なっ……」
「あれはほんま大変やったわ。なんか通りすがりの魔法少女に助けられたけど、めっちゃ火傷したもんな」
怪我をするほどの攻撃を仕掛けられた、だけでも驚きだが、アーデルハイトが言うには「同じ顔だった」そうだ。ライトニングはあの黙っていても目立つほどの顔立ちだから、見間違えるということはまずないと思われる。なのに変身した魔法少女は別物だった、とか。
「やはりライトニング嬢に化けた魔法少女ではないかと思うんだ。そういう芸当の魔法少女がいたという話も聞いたことがある」
「わざわざ変身前の顔まで借りてか。それはどこの話や?」
「ロンドン、19世紀頃の伝説かな」
「古すぎじゃない!?」
ベクトリアの言う事も全く関係がないわけではないが、魔法少女の魔法であればなんでもあり、になってしまう。ただ、それならライトニング自身ではない。彼女は姿を悪用された被害者だ。
「溶岩をばんばん撃ってきたならそっちが魔法なのでは? おまけで扱えていいものではないと思う」
世の中には多種多様な魔法のアイテムがある。これも『なんでもあり』だ。手がかりは出てこない。フリーランスゆえに顔の広い(らしい)ベクトリアでさえも、古い伝説を持ち出す始末。つまり誰も心当たりがない。
「あんた、ほんまになんも知らんの?」
「知らないわ」
「『プリンセス・ボルケーノ』だって言うてたで。同じ冠やな? ほんまに知らん?」
「知らないってば。というか……あなた、そのボルケーノって女と、戦ったの?」
「戦わされたわ、死ぬかと思ったで」
「私というものがありながら?」
「……はい?」
返ってきたのはまるで想定外の反応。
「だってずるくないかしら。体験課題の時だって全力は出せなかったのに」
「何がずるいねん! こちとらいきなり襲われた被害者やねん、下手こいたら死んどったんや」
「私を差し置いて……」
「めんどくさい彼女みたいになってますけど」
アルメールの声でベクトリアが笑い、いつもの舞台への例え話を始めたところで、教室の扉が勢いよく開いた。皆の視線が集まる中、そこに立ってるのはラズリーヌ先生だ。少し早い時間ながら現れた彼女が予想外だったのか、思案がなぜかハッと声を出し、怪訝な顔で見られていた。が、それよりも、ラズリーヌの持っているそれが目に入るとそちらが気になってくる。
「あ、後ろなんだから後ろから入ればよかったっすね。ごめんっす、通るっすよー」
持ってきたのは机と椅子だった。軽々持ち上げて、教室の後方に配置する。窓側列最後尾、ジュエリーゼリーの後ろの席が誕生した。この配置が行われる、ということは、だ。生徒同士が顔を合わせる。トーチカはマスカットとレモネードを見て、察していないマスカットが首を傾げ、察しているレモネードは頷いた。
「ラズせーん、なんですかぁそれ」
「ふっふー、それはこの後のお楽しみっす」
そう言うということは、だ。朝のホームルームが始まって、先生たちが揃って、まずその重大発表から行われる。
「えー、おはようございます、皆さん。早速ですが、今日から転入生が来ます」
「転入生!?」
「えっらい唐突やなあ」
皆口々にざわめく教室。響く拍手はベクトリアのものだ。
……まさか。トーチカの頭の中で、情報局の偉い人から聞いた話が反復される。かつて身元を狙われたこともあるトーチカのため、情報局からもう少し手を打つ、と。嫌な予感は激しくあった。それが今、当たろうとしている。ディティック・ベルに呼ばれ、現れる少女──目に飛び込んでくるのは、普通の学校なら当たり前に校則違反だろう派手な髪、ハート型にとぐろを巻いた蛇の眼帯、その他蛇やハートのピアスやリングでいっぱいの耳。最後に目が合った。目に浮かんでいるのもハートだった。
「ふふっ♡ 皆様はじめまして。
「……!?!?!? あ、あああアイさん!?」
「……トーチカくん……知り合いなの……?」
「う、うんまあ、知り合いだけど」
「あ、昨夜はどうもー」
「あら昨日の。ご無事でしたら何よりですわ。ふふ♡ そ・れ・よ・り、おうじさま♡ これでまたずっと一緒ですわ……♡」
「これまで大人しくお留守番してくれてたはずなのに……」
キュー・ピット・アイ。かつてトーチカが起こした諸々の事件の中で出会った魔法少女だ。彼女の目隠しを解いて以来というもの、トーチカは彼女に絡みつかれている。ずっと自分の味方でいてくれる、頼もしい魔法少女ではあるのだが、如何せんこう、激しいというかなんというか。
そんな中、すっと手を挙げる者がいる。シン・ソニックだ。ディティック・ベルの方からどうしましたと聞かれて、彼女にしてはゆっくりと話し出す。
「失礼ですが転入生さんのお名前はキュー・ピット・アイで間違いないでしょうか」
「はい♡」
「そうですかでしたら──」
刹那。風が走った。文字通り瞬く間に状況は一変している。目の前には、シン・ソニックとキュー・ピット・アイ、魔法少女姿へと変身した両名。教壇の上で拳を振りかぶるシン・ソニックに、その体を自らの魔法で縛り付けるアイの構図となっていた。
「ちょっ、なんで変身してるの!」
「凶悪脱獄犯がいるのに監査部門の魔法少女が黙っているなんてできない」
「いやん、助けてくださいまし、おうじさま」
明らかな棒読み。シン・ソニックはその己を明らかに軽視した態度に込める力を強めようとする、が、アイの魔法で視界に捉えられている間は動けない。
「2人とも、落ち着いて」
「私は落ち着いてますわ」
「これが落ち着いていられるか」
明らかに一触即発。いや、もう弾けている。間にラズリーヌが入り、魔法で固められていたシン・ソニックの手を掴み、下ろさせた。ただ大人しく変身を解除するほど素直ではなく、しかし、と反論の用意がされている。
「熱くなってきたわね、だったら私も」
「ややこしくなるから座っててくださいっす」
ライトニングがランユウィに止められて、座らされた。
「2人とも、変身解除。ここでは戦わないこと。キュー・ピット・アイは確かにそういった経歴だけど、情報局、第八宿舎、監査部門、各所で手続きは済んでると聞いてるよ」
「え? そうなの?」
気の抜けた声を出すマスカット。レモネードも一緒になって、何も聞いていないと話す。情報局推薦の人は推薦したトーチカに、仄めかしてだけいた。第八宿舎や監査部門の偉い人は、シン・ソニックたちに何も伝えていないらしい。ディティック・ベルに言われ、ようやくシン・ソニックは変身を解除。アイも続いて解除してくれた。
「私、ちゃあんと手続きをしておりますのよ。おうじさまのためなら不法侵入、できないこともありませんけれど」
「……ねえ。その、『おうじさま』……って」
「おうじさまはおうじさまですわ♡」
「えーっと……アイさんと僕はその、色々あって」
説明するとなると大変すぎる。
「詳しくは前々作をよろしく」
トーチカがうまくまとめられずまごついている間に飛び込んできたジュエリーゼリーの発言は、よくわからなかったが、とにかく説明は後回しにするしかない。
「……じゃあ、アイさんの席は」
ディティック・ベルが空いている後ろを指して言葉を続けようとするのも構わず、アイは教壇から降り、真っ直ぐ向かってくる。そして何をするかと思うと、堂々と、当たり前のことかのように、トーチカの膝の上に座った。
「はい、心得ておりますわ。おうじさまの、お側、ですわね♡」
「アイさん……」
ディティック・ベルに向かって思わず助けを求める視線。向こうからも助けを求める視線が来る。クラス中を見回し、主にこちらに来ているのは同情や心配の目線だった。ベクトリアに至ってはもう最初の拍手の体制のまま固まっている。
「……まあ、うん、もう、いいか、そこで」
「ちょっ!?」
「というわけで今日からアイさんがクラスメイトになります、皆仲良くするように」
ディティック・ベルが全てを放棄して進行。そして連絡事項はまだこれだけではないらしい。
「えー、今朝の件なんですが。旧校舎、つまりこの校舎だね。その入口前が思いっきり破壊されていました」
「あ。それ、私とキュー・ピット・アイは目撃しとる。犯人はプリンセス・ボルケーノや」
「……プリンセス? ボルケーノ?」
ディティック・ベルはまた困惑の目をしてライトニングを見て、ライトニングは首を横に振った。
「わかった。アーデルハイトさんとアイさんは後で証言をお願い」
先生は朝から頭が痛いだろう。トーチカはもうものすごく痛い。今日から学校生活にずっとアイがいるとなると、主に他のクラスメイトと彼女が何か起こす気しかしなくて、気が遠くなる。