◇レモネード・グレネード
「おうじさま♡ 私ここがわからなくって……♡」
「あ、うん、ここはね」
「……♡」
魔法少女学級の始まりから1ヶ月も経っていないのに突如として現れた
ただ、中学生には見えない年齢の女性が無理やり制服を着て男子中学生に絡みついているのは、正直なところ見るに堪えない。聞いている問題も中学生レベルだし、たぶんあれはわかっているのに近づきたくて聞いている顔だ。
「ほらチャイム鳴ったからはやく席に戻って戻りなさいいくら勉強わからないからって次は授業時間ベタベタの時間は終わりさあ早く早く」
「あぁん、そんなに急かさなくっても♡ でも私とおうじさまの関係は授業時間じゃあ引き裂けません」
「チャイムが鳴ってるの授業時間でそこはトーチカの席であなたの席じゃないのさっきから言ってるよねじゃないと逮捕するけどこの凶悪犯罪者」
「痛い事実ですわ♡」
シン・ソニックはアイに対して否定的で、敵対的だが、あそこまでするつもりもない。どうすればいいのかわからず、自分の机に向かって頭を抱える。すると斜め前の席から振り返って、誰のものよりも聞き慣れた声がする。
「どーしたのレモネー、そんなに甘くない顔してー。ってそりゃ、あのことかー」
「……マスカはやっぱり……お見通しだね……」
やっぱり双子の姉妹にはわかられてしまう。宿泊研修の夜に指摘されたこの感情がアイの登場で捻くれている。
「わかるよー、トーチカくんが取られたみたいで嫌なんでしょー」
これまで仲良くしてくれていたトーチカに、あんな距離で囁いたりするのはレモネードとマスカットの特権だった。それを押し退けてまで、しかもずうっとすぐ側にいるのは、元々向こうが親しかったのを知っていても、急に出てきて奪われた、なんて感じてしまう。まあ、つまり、アイに嫉妬……しているのだ。
「レモネーもぐいぐい行っちゃいなよー」
「……それは……」
側に行くまではいいけど、あんなふうにベタベタ絡みつくのはレモネードにできることじゃない。恥ずかしくてしょうがない。
「お、なんや、恋のライバル出現っちゅうやつか」
そして隣の席のアーデルハイトに、当たり前ながら聞かれている。人付き合いの得意ではないレモネードにとってあまり話したことのない他班、それも独特の雰囲気で話しかけにくい2班所属。ビクッとしたものの、それを考えると、ここで行けなかったらきっとトーチカの横からアイを押し退け返すことはできない。
「だ、だいたい……そんな……感じ……?」
「ほほーん? なるほど? お姉さんに話してみぃ?」
「……同い年……」
「まあまあそこはノってや。ほんで? トーチカにアタックしたいんや?」
「……う、うん……」
「ほな簡単や。デート誘ってまえ」
「でっ、デート……!?」
レモネードは自分の声に驚いた。わたし、こんなに声量出せたんだ、なんて。ということはつまりみんなにも聞こえていて、教室のみんなのうち半分以上がこちらに視線を向けていた。トーチカもそうだ。急激に恥ずかしくなって、さらに授業中のディティック・ベル先生もさすがに私語を注意せざるを得なくなっており、控えめに「駄目ですよ」とだけ言ってくれた。気を遣われるのが一番痛い。
「でもいっそ誘っちゃえばいいよね。1班みんなでって建前にして!」
「……でも……アイさんもついてきちゃう……」
「そこは任せてー、私とシンソニちゃんで、アイちゃんをひっぺがすから」
「……ソニックさんも……?」
学校の外に持ち出すと殴り合い始めそうでとっても不安なのだが。それでも頼もしいのは本当かもしれない。まだ、言い訳や逃げ道があってくれたら、話しかけられる。緊張はする、けど。
「レモネードさん。ちゃんと聞いてますか?」
「え……あっ、は、はい……ごめんなさい……」
「……珍しい。集中する時は、集中するようにね」
ディティック・ベル先生から強い注意は飛んでこないが、申し訳なさが勝って、レモネードは授業に意識を戻した。それからチャイムが鳴るまでは、覚悟と誘い文句に意識を持っていかれながらも、前を向いての授業に参加していますというポーズはしっかりとり続けた。おかげでベル先生もそれ以上は何も言わなかった。
……問題は授業終了後すぐだった。
「話は聞かせてもらったよ!! デートに行くのかい!!」
「声でかすぎやろ! 気ぃ遣ってやらんと! 恋する乙女やぞ!」
「やはりデートか……私も同行する」
「ジュエリ院」
「いや同行しちゃ駄目じゃないですか」
なぜか前の方の席からベクトリアが飛んできて、さらにいつの間にかジュエリーゼリーもその陰から顔を出し、アルメールまで連れてこられていた。
「あの、なぜ2班総出に? 私は特に力になれそうにありませんよ」
「だって面白、んっ、んん、応援したいやん」
「まあまあ。ここは我々の持つデートに関するデータを提供しよう。まずは恋愛経験がゼロそうなアーデルから」
「せやな、やっぱし遊園地ちゃうか、って失礼な! 誰が恋愛経験なさそうやねん!」
「『十代女性 モテても拒否しそう』『十代女性 人を好きになるハードルが高そう』」
「全部コメント寄せたのゼリーさん自身ですよね?」
「恋愛経験はないが! デートスポットの紹介はできるとも! 実は舞台のチケットがここに偶然2枚あってだね!!」
「布教!?」
結局色々あって、2班は好き勝手喋り倒して話をひとりでに進めた結論として、ベクトリアの好きな舞台のチケットを貰ってしまった。観劇なんて結構なお値段なんじゃと遠慮しようとしたが、元々布教用で買ったものだから平気だと押し付けられ、そういう流れになってしまった。後は……本人を誘う、だけ。
トーチカの方を見ると、結局またアイが隣にくっついていた。眉間に皺が寄る、けど耐えて、マスカットの机を軽く叩いて彼女に助けを求め、ふたりで席まで向かう。こちらに気がつくと、トーチカは何か言いたそうな様子を察したのか、向こうから、どうかしたの、と声をかけてくれた。
「……その……」
授業中ずっと、なんと言って誘うか考えていたのに、言葉に詰まってしまった。隣のマスカットからの覗き込むような視線。助け舟を出そうかという視線だ。いや、けど、ここは。
「……あの、ね。1班のみんなで、なんだ、けど。その……一緒に、お出かけしたい、なって……思って……だめかな……用事とかあったら、その、全然、いいんだけど……」
「用事とかはないよ。アイさんは大丈夫?」
「おうじさまと一緒でしたらどこへでも」
「だって。僕は大丈夫。喜んで行くよ」
「ひゃっ、え、あ、じゃ、じゃあっ……!」
やった。OKがもらえた。思わず緊張が解れて、出したい言葉でいっぱいになって、喉で詰まって、勢いよく唾液を気管に吸い込み噎せた。真っ先に心配してくれるトーチカが優しく背中に手を回してくれる。
「シンソニちゃんも行くよねー? 監査部門忙しかったらいーんだけどー」
「もちろん行きますとも凶悪犯罪者の監視をするため同行するのも監査部門としての大事な役目だしそもそも班長不在で班の交流会とかありえないから」
「わー、食い気味だー」
前の席ではこちらの話を聞いていてソワソワしていたシン・ソニックをマスカットが誘い最速でOKされていた。これで1班はみんな揃った。後は──。
「私も楽しみにしていますわね♡」
「いつ、どこにしようか。誘ってくれたのは2人だし、レモネードの行きたい所にしよう」
「……う、うん……っ」
アイと目が合う。変身していないのに、そのハートの浮かんだ目には視線の先のレモネードすら映っていないようで、苦手だという気持ちはなくならなかった。