◇レモネード・グレネード
来る日曜日。魔法少女学級は今日はお休みだ。だが、レモネードにとっては休日であって休日でない、むしろ決戦だった。可能な限りのおめかしをして、可愛く決めた。時間ギリギリまで悩み抜いた成果か、マスカットからいつもの「かわいい」ではなく「ちょーかわいい」を引き出した。大丈夫。なはずだ。
そのマスカットに連れられて、ドキドキしながら電車を降りて、待ち合わせ場所に急ぐ。待ち合わせ場所である駅前で、中学生らしいラフな格好の男子と、明らかに目立つ地雷系ファッションの女性というあまりよろしくない組み合わせを即発見、駆け寄った。
「っ、お、お待たせ……」
「やほー、来たよー」
「あっ、2人とも」
「あらあらみなさまお揃いですわね♡」
「ねー、シンソニちゃんは?」
「最初から最速で待ち合わせ場所にいますがさすがに3時間待ち続けるのは大変なのでランニングをして喫茶店に入って軽食を食べてトレーニングジムでひと汗を流して来ましたが何か」
「い、いつの間に後ろに」
しかも友達とお出かけの前にやるにしてはずいぶんと濃厚な待ち時間だ。体力は大丈夫なのか。シン・ソニックならたぶん大丈夫か。いや、それよりも、だ。ここは学校の外。つまるところ、みんな初めて私服で対面するということだ。
その髪やアクセサリーから想像できるハートと蛇まみれのアイは、もう魔法少女コスチュームとあまり変わらないんじゃないかという雰囲気だった。
シン・ソニックは明らかに運動に適したランニングウェアみたいな衣服で、なるほどイメージ通りだ。ちょっとピチッとしているせいか、制服姿よりも体を鍛えていることがわかりやすい。
最後に、トーチカ。彼も学ランの時とはイメージが異なり、ラフなTシャツ姿だ。ただしそのTシャツには……亀? 踊り子衣装で踊る亀のイラストが描かれており、なかなか店頭でも見ない個性的なセンスにコメントできなかった。に、似合ってる、のだろうか。わからない。
「まだ行き先を聞いてなかったけどどこに行く予定でしたっけ決めるのは確かレモネードさんでしたよねスケジュールは共有してもらわないと」
「あ……えっと、あのね……」
トーチカや他の班員からこちらの私服へのコメントはない。染めている髪と同じ色、イメージカラーのマスカットグリーンとレモンイエローに合わせて白系で清楚に可愛くコーディネートしてきたけど、変なところとかないだろうか。トーチカからの言及はない。
「えっと、これから行きたいところがあってね……ま、まずっ、新しくできたお店が……!」
◇アルメール
「お、あの喫茶店入ったで」
「ではバレないように少し時間をズラそう」
「しばし暗転だね!」
アルメール、そしてアーデルハイトとジュエリーゼリーとベクトリア──つまるところ2班はなぜか全員で、1班のことを尾行していた。そもそも無理やり首を突っ込んでいたアーデルハイトがさらに「あんな面白そうなん見逃せないやん」と言い出し、ブレーキの存在しない2班もノリでお出かけすることになってしまった。アルメールも特に用事はなかったから来たけれど、いざ尾行集団になると変だ。明らかに尾行には向かないみんなの派手な私服がその変さを加速させている。アーデルハイトはスラッと、ジュエリーゼリーはふわっと、ベクトリアはビシッという感じだ。アルメールは完全に印象がかき消されていると自覚している。彼女らの個性には勝てない。
新しくできたお店そのものは気になるところだ。みんなと来るのは悪くない。むしろ楽しい。けど、にしたって、尾行は変だ。やたら楽しそうにしているから何も言えない。
「よし、そろそろ行こか」
アーデルハイトの号令で、皆で喫茶店に入る。幸いなことにお好きな席にどうぞ、の形だった。目立つ3人組が見つからぬよう遠く、しかしこちらから見失わぬよう近く、絶妙な位置の席を選び、着席。アルメールはひたすら、不自然ではない範囲で、ちらりと1班のテーブルを確認。どうやらレモネードは自然にトーチカの隣を確保できているようだ。逆隣のキュー・ピット・アイはそのまた隣のシン・ソニックがやりづらくさせている……のだろうか。平常運転に見えるが、どうだろう。
「えーなんにしよ。どれも美味そうやもんな、班長はどないする?」
「えっ?」
「なんやなんも注文せんつもりやったんか?」
「い、いや、監視を……まあいいか」
「結局はレモネード君の頑張り次第だしね!」
「じゃあなんで集まることに……」
「きっかけはなんでもいい。みんなでお出かけ、してみたかった。あ、私はミルクでももらおうか」
言い出しっぺのジュエリーゼリーにそう言われてしまうと何も言えない。そういうことならこちらの集会も全力で楽しませてもらう。奮発して、期間限定メニューである季節のフルーツパフェを頼んでしまおう。
「……お店のタブレットも自前タッチペンでやるんやね」
「え? あぁ、その方がタブレットも喜ぶから」
「ほな押し心地教えてや、ちょい貸して」
「もちろん。これはリーズナブルだけど長持ちするモデルでね」
「カフェのメニューのことより余裕で詳しいね!」
そうこうしているうちに頼んだパフェがやってくる。期間限定、期間限定、王道、そして5倍盛りデラックスメニュー。こんな目立つことをする奴、誰だ、と思ったところ、アーデルハイトが手を挙げて受け取っていた。あなたか。強烈なインパクトとともに現れた巨大パフェは、何層にも分かれた甘いものの監獄で、デラックスメニューだけあって食べ切れるのか不安になる。アーデルハイトもさすがに予想外のサイズらしく、苦笑いだった。
「メルメルのそれも美味しそう」
「あ、ゼリー、食べる?」
「ならボクの限定メニューもどうかな?」
「私のはひとくちと言わずひと皿ぶん持ってってくれへんか?」
味はちゃんと美味しい。美味しいのだが。アーデルハイトの皿からどんどん追加され、減らない。アルメールで減らないのだ、ひとくちの小さいジュエリーゼリーではさらに減らず、アイスクリームが溶け始めている。これはどうにかしなければとベクトリアとアイコンタクト。デラックスとの戦いが始まり、ようやく落ち着く頃には、振り向いても1班の姿がなかった。退店したのだろう。
「あの。見失ってません?」
「……あ」
「これは! やらかしたね!」
「目標喪失。ただいまより、デラックススイーツとの交戦に移る。攻撃許可を」
「ええから! 食べてや!」
見守る会のはずが、対象を見失い、それでもデラックスはなくならず、こういう時は必ずメニューを確認して警告しないといけないんだと学んだ。
◇レモネード・グレネード
「おうじさま、こちらのメニューにして、半分交換しませんこと?」
「はい、あーん、ですわ♡」
「あらっ……胸元にこぼしてしまいましたわ♡ おうじさま、拭いてくださる?」
「私疲れましたわ、おうじさま……肩、お借りしますわ♡」
キュー・ピット・アイは人目があろうとフルスロットルだった。何かにつけてトーチカにくっつこうとする。まれにシン・ソニックが、最速で用意したティッシュで胸を拭くなど阻止されることもあったが、レモネードは完全に押し負けていた。頑張れ、とマスカットは声をかけてくれるけど、やっぱりあんなに大胆にはなれない。張り合うのは、無理だ。
最後のチャンスといえば……今日のメインとなる、舞台劇だ。
ベクトリアはチケットを、なんと5枚、全員分用意してくれた。さすがに申し訳なさ過ぎて一部費用は出させてもらったが、さらなる気遣いなのか、席は1列ではなく、なんと2人と3人で分かれるようになっているらしい。なんとか、トーチカとふたりの方になりたい。チケットそのものはレモネードが持っている。渡すのを選べばいい。先にマスカットと口裏を合わせて、彼女には自分で選んでもらうポーズを見せることで、不自然さをなくしつつ、残るメンバーにはレモネードが選んだものを手渡しする。
「こ、これ、チケット……!」
「ありがとうございますわ……あ、座席。おうじさまとは……あら、離れておりますわ。みなさまそうですの?」
しかしそれに気が付かないアイではなかった。彼女は全員のチケットを確認してくる。鼓動が速くなる。
「あら……レモネードさん? おうじさまのお隣、あなただけそうでしたのね。交換、してくださらない?」
アイはレモネードが何を思っているのかなんて知らないだろう。純粋にトーチカの方ばかり見ているのだ。ただそうしたくて、こうして交換してほしいと言い出している。それが、何よりレモネードが受け入れたくない言葉だった。せめて、せめてここ、だけは。
「……駄目」
「はい?」
「わ、私、トーチカくんと、隣が……」
「おうじさまの? 隣が?」
「っ……わ、私だって! 一緒に観劇とかっ、したくてっ、誘って……だからっ……」
アイが、レモネードを見た。ついに、その目にレモネードが映った。まさに蛇に睨まれたように、背筋が凍る。それでも、マスカットがそっと背中を支えてくれ、耐えた。
「……わかりましたわ。おうじさまの安全は任せましたわよ?」
「っ、う、うん……」
「けれど覚えておいてくださるかしら。おうじさまは、おうじさまだって」
言っている意味はよくわからないが、その目は好きになれない。それでも、席は守りきった。間に挟まれて、何が起きているのか困惑していたトーチカだったが、席の話が決着し、そろそろ劇場に向かおうという話にマスカットが変えた。
演目は、レモネードもかつて読んだことがある文学作品の舞台版らしい。魔法を使って、好きな人に振り向いてもらおうとする、人魚姫をルーツとする古典派魔法少女ものの派生のはずだ。このお話の最後は──どう、なるんだったっけ。ああそうだ、人魚姫、なんだから──。
調べようとして、もうすぐ開演だと知らせるブザーとアナウンスが響いた。慌てて端末の電源を落とす。
劇場で隣に座るトーチカ。薄暗い客席の照明を受ける彼は、なんだか、ずっと近いのに、遠く見えていた。