魔法少女育成計画Blue/Shift   作:皇緋那

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探偵と殺人事件

 ◇ディティック・ベル

 

 職員室に出勤し、始業前に済ませておく諸々をしているその途中だった。勢いよく開かれる職員室の扉。ツインウォーズとラズリーヌも一緒になり、全員が振り返る。ジュエリーゼリーだ。だが普段の彼女ではありえないくらいの焦りようで、何かあると直感した時にはもう、ラズリーヌが動いている。

 

「どうか、したっすか」

「はぁ、はぁっ……ベクトリアがっ……血、血が……!」

「……! ベルっち!」

 

 ディティック・ベルは呼ばれるのとほぼ同時に立ち上がり、続いたツインウォーズには魔法の国の救急機関への連絡を頼み、自分はラズリーヌとともに職員室を飛び出した。ジュエリーゼリーの案内で、なりふり構わず廊下を走り、急いだ先で、生徒たちが集まっている場所を見つける。どうやらあの場所らしい。その真ん中を声をかけながら突っ切り、現場に飛び込んだ。

 

 そこは普段使っていない空き教室。元々あった椅子や机が放置してあったが、それらが薙ぎ倒されている。が、それよりも明らかに目を引くのは教壇の前に広がった血の海だ。中央には仰向けに倒れている少女。ベクトリアだ。傍らに屈んで、首筋に手を当てた。脈はない、肌も冷たい。救急はまだ来ないが──もう事切れている。

 

「……どうっすか」

 

 首を振った。この血の海なら死因は出血多量か。見回せば、教室のあちこちに血痕が付着している。入ってきた扉にもそうだ。内側の取っ手はべったりと赤い。

 

「最初に発見したのは?」

 

 入口に溜まる生徒たちに聞くと、プラリーヌがジュエリーゼリーを指した。彼女はまだ落ち着かない様子で息が荒いながら、小さく手を挙げてくれている。

 

「今日は……早起きで……でもベクトリアの荷物が、教室に、置いたままで……どこにいるのかなと思って……そしたら……っ」

「……ありがとう。無理に思い出させてごめん」

「先生っ……」

 

 ラズリーヌが彼女を抱きしめる。こんな状況で平静でいられる中学生なんてまずいない。

 

 ──それから救急隊員の魔法少女が来てくれたが、事切れていることを確認。その後、監査部門への引き継ぎのため色々と連絡してくれていた。その間も登校してきた生徒たちが騒ぎを聞きつけてきてしまい、廊下には人が溜まっていく。

 

「皆さん! 教室に戻って! 待機です!」

 

 ツインウォーズは冷や汗をかきながらも、生徒を連れて教室に戻ろうとしてくれた。多くの生徒は従ったが、ここに残ったのは、2班。ベクトリアと同じ班の少女たちだった。落ち着かないジュエリーゼリーの背中をさするアルメールとアーデルハイト。彼女が少し落ち着いてくると、ラズリーヌに任せ、こちらに向かってくる。

 

「先生。私のタブレットで現場の写真を撮ってあります。役立ててください」

「……後は監査の方々に引き継ぐから、生徒は教室に」

「でも……被害者は班員です。いえ、それ以前に、大事な友人です! 何か……!」

 

 アルメールの気持ちは痛いほどわかる。だからって、生徒を関わらせるわけには。どう彼女を宥めたものか言葉を選んでいるうち、アーデルハイトは亡骸の傍らに屈む。

 

「よっこいせ。ちょい失礼するで、ベクトリア」

 

 アーデルハイトはベクトリアの胸元にぐっと顔を近づけ、傷口を観察し始める。制止しようとして、彼女の何かの気づきを得たような顔に、尋ねる方を優先した。

 

「何かわかった?」

「……焼けてへん。アイツやない」

「アイツ……この間の襲撃者? プリンセス・ボルケーノと名乗っていたっていう」

「せや、校舎ぶっ壊し犯。殺しの犯人がプリンセス・ボルケーノやったら、傷口が焼けとったりするはずやろ。それが無い。アイツ以外にも敵がおるっちゅうこと」

「……待って」

 

 アルメールが口を開く。

 

「そもそも、学校内に部外者は入れないようになってるんじゃ」

「……せやな。でも、一昨日は参観日やったやろ。その時に紛れ込んだ輩が隠れとったっちゅうこともあるかもしれん」

「出入りできないようになってるなら、その時からずっと潜伏しているかも、ってこと?」

 

 アーデルハイトの目は悲しみではなく怒りに染まっている。それもそうだ。アルメールも同じ、黙っていられない、という感情が強く出ている。大事な友達を奪われて、犯人を許せるはずがない。ディティック・ベルだってそうだった。自分はみんなにとって『先生』だ。もちろん、殺されたベクトリアにとっても。

 

「わかった。できることがあれば協力してもらう。頼んだよ」

「はい」

「お安い御用や」

「……私、も。ぐずぐず泣いてだけいたら、舞台には立てない」

 

 ラズリーヌの肩を借りたジュエリーゼリーでさえそう言ってくれて、己の手を強く握った。そうして、探偵であるならばと現場の操作に取り掛かるため、氷岡忍の姿からディティック・ベルの姿に変身。帽子の位置をキュッと整え、そのあたりで、ラズリーヌに肩を叩かれた。監査の人が来たらしい。現れたのは兎耳の捜査員だった。

 

「失礼します。一昨日ぶりですね、先生」

「……下克上さん。よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします。まさか、こんなすぐにお会いすることになるとは。しかも仕事で……あってはならないことです」

 

 下克上羽菜。監査部門のトップエースと称される魔法少女だ。シン・ソニックの教育係をしていた期間があるとのことで、一昨日の参観日では監査部門から学級を訪れ、ディティック・ベルとも話していた。その時は彼女にとっての可愛い後輩の話をしたが、今回は、捜査員と事件関係者として話すことになる。状況と、第一発見者がここにいるジュエリーゼリーであることも伝えた。

 

「わかりました、ありがとうございます。私はもう少し現場を調べてみます。学級の皆さんにはその後お話を聞きますね。もう少し時間を置いた方が、落ち着いてお話を聞けるでしょう」

 

 現場の調査は羽菜に任せるほかにない。ディティック・ベルたちは一度廊下へ出ることにした。到着まで現場は動かさないのが鉄則だが、それゆえに血の匂いが充満したままで、気分はよくない。

 

「……私の魔法を使えば」

 

 何気なくした呟きを、アルメールが目を丸くして拾い上げる。

 

「ベル先生の魔法って、確か」

「『建物と話ができる』……よな」

「目撃者がいなかったとしても、屋内の出来事。建物は一部始終のすべてを見ている」

「おっ、ベルっち、やるっすか」

 

 こういう時こそ確かにディティック・ベルの魔法の出番だ。この空き教室周辺は普段使っていない。壁は真新しい。ならば躊躇は必要ないだろう。皆が見守る中で、ディティック・ベルは口づけをする。壁に向かって、そっと唇を押し付けた。

 すると己の魔法により、壁にカートゥーン調にデフォルメされた顔が──浮かび上がらない。出てくるはずが、何も起きなかった。

 

「……あれ?」

 

 ゲームの中に飛ばされたあの時でさえ、話は聞けなかったにしても、建物なら魔法が通じていた。この旧校舎はどこからどう見ても建物じゃないか。どうして通じないんだ。焦って周囲を見回す。顔が出ている様子はなく、ラズリーヌたちは首を傾げて待っている。おかしい、普段ならばもうすでに、口づけをした箇所に顔が浮かんでいる、はずだが。

 

『──』

 

 何か声がした気がして、慌てて振り向いた。そこに立っていたのはぼんやりとした、白い人影のようなものが立っている。これほどの距離ならば、こんなにぼやけているのはおかしいくらいだ。それなのに、輪郭すら曖昧なまま、その白い人影は立っていた。

 

「え、な、何、これ……? 皆、これは──」

「なんのことっすか?」

「そこには何もいません」

 

 これが見えているのはディティック・ベルだけだ。ならばといっそ手を伸ばし、その輪郭に触れようとして、その瞬間、目の奥が焼け付くような感触に襲われ、呻いて転がった。

 

「ベルっち!? どうしたっすか」

「わ、からない……けど」

 

 顔を上げると、もうそこに人影はない。壁に顔が浮かび上がることもないままだ。けれど焼けるような感覚がした頭の中には、ディティック・ベルのものではない記憶が溢れ出し、複雑な魔法の術式やら遠い過去の景色やらが脳裏をグルグルと回っている。何に触れた。わからない。けれど──。

 

「……宝石……?」

 

 魔法の宝石の光が煌めき、その少し後、少女が倒れ伏し、血を流す、そんなイメージが頭の中に現れる。これは、校舎が持っていた記憶か。ただ、魔法の宝石を扱う者なんていくらでもいる。有り得ないと信じているが、それではラズリーヌでさえ候補に挙がってしまう。不確かな記憶は証拠にはならない。

 

「……とにかく、私は大丈夫。校舎には……魔法が使えないみたい」

「そう、ですか……」

 

 光明が見えたと思ったはずなのに。手がかりは他の方法で見つけなければならないらしい。

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