魔法少女育成計画Blue/Shift   作:皇緋那

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入学の前に

 ◇氷岡(ひおか)(しのぶ)

 

 プフレからの無茶ぶりが届いてから数週間、確かにラズベリー探偵事務所宛に色々と書類が届いた。色々書いて押印、返送して、着々と手続きが進んでいく。それはつまりなぜか教師生活の始まりが近づいているわけであって。生徒名簿が送られてきた時なんかは、急に実感が押し寄せてきて、頭を抱えた。ディティック・ベル、ひいては変身前の氷岡忍は、家庭教師のアルバイトもやったことがない。生徒名簿なんて覚え切れるのか──。

 

 なんて、不安になったのが先々月のこと。推理小説は登場人物が多いからなんとかなるだろうと開き直ったのが先月のことだ。二週間前には、教師って何をするのか、なんて慌てて調べ、『新任教師 やること』『新任教師 心得』が履歴に残り始めた。そして今日──。

 

「へぇ、場所自体は普通の中学校なんすね」

 

 ここ、梅見崎(うめみざき)中学校に来た。来てしまった。ついでに助手のラピス・ラズリーヌこと米田(よねだ)瑠璃(るり)も一緒だ。当たり前のように連れてきたわけだが、よく考えたら講師に助手というのも変だ。瑠璃もサブ講師ということで通っているらしいので心配はいらないのだが。

 魔法の国の『(ゲート)』を使い、たどり着いた先は既に中学校の校舎の中だった。魔法で登校という、一般の感覚とはまるで違う方法ではあるが、魔法の国に出入りしなければならない魔法少女にとってはそれなりに慣れたものだ。校舎の中は、旧校舎というわりにはリフォームされたおかげで新しく、もはや新校舎と呼んで差し支えない状態であった。

 

「学校に入るのなんて何年ぶりだろ。卒業してから1回もないかも」

「あたしも学校辞めて以来っす」

 

 ……これは話題の選び方が悪かった。瑠璃は気にしていない様子とはいえ、彼女にとっての学業は魔法少女として父を支える夢と引き換えになったデリケートな話題だ。親しき仲にも礼儀はある。下手に触れることではない。まあ気にしていたら、辞めた学校の制服を普段着のひとつに採用はしないだろうが。

 さすがに今は高校の制服ではなく、キャンパスにいる女子大生……という感じの控えめな格好をしてもらっている。ギャル感は隠しきれていないが、許容範囲だろう。

 

 互いに、軽く施設への感想をこぼしつつ、廊下を歩く。今は旧校舎には人が来ない時間帯だと聞いている。その通り、本当に静かだった。瑠璃の声がよく響く。

 

「ベルっちは名簿ちゃんと覚えたっすか? 生徒さん、12人」

「もちろん。魔法少女名だと意外と覚えやすくて」

 

 推理小説だと、もっと特徴のない人名らしい人名たちを覚えることになる。モチーフが明確な魔法少女は、そのぶん簡単と言える。

 それに、中には知っている名前もあった。以前の事件で関わったり、そもそもが有名人であったり。その点で言えば心配はいらなさそうだ。それなりに長い廊下を進んで、その先で待っている担当の人と合流する。

 

「──はじめまして。ディティック・ベルさんに、ラピス・ラズリーヌさんですね」

 

 待っていたのは、優しげな雰囲気をまとい、長髪をゆるく二つ結びにした長身の女性だった。彼女のゆったりとした服装を見るに、忍のようにかっちり決まったスーツではなくてよかったらしい。瑠璃の格好の方が正解か。

 

「はじめまして。研究部門所属、魔法少女名『ツインウォーズ』と申します。通常授業は私の担当になります。よろしくお願いしますね、先生」

「あっはい、よろしくお願いします」

「はい。職員室はこちらです」

 

 招かれるがままに赴いた職員室は狭めの部屋で、席は3つしかなかった。彼女と、自分と、瑠璃のぶんか。それぞれの席に案内され、まずは鞄を置いた。ありがたいことに、事務仕事用のパソコンがしっかり用意してある。

 

「始業前ですし、校長先生も今日はいらっしゃらない……というか、基本的にお忙しくて来られないそうなので、ご挨拶は私くらいですね」

 

 目を通しておいてくださいね、と書類の束を渡される。あらかじめ貰っていたものと同じものもいくつかあった。身を乗り出す瑠璃と一緒になって目を通す。

 ──魔法少女学級では、基本的に皆は変身せずに過ごす。これは教師も含め、互いを攻撃しない、という、武装禁止令のようなものだ。だからといって本名ではなく、魔法少女名のままで活動する、というのはちょっと変な感じだ。

 他にも使用する教科書関係などが含まれており、先生は大変な仕事なんだなと思う。これで何度目の感慨だろう。

 

「始業まではまだ数日ありますから。必要なことはゆっくり埋めていきましょう」

 

 ツインウォーズの目の前には、渡されたものの数倍の紙の束が積んである。思いっきり教師として働かされる彼女の方が、当たり前だがやることが多い。心の中にそっと、申し訳なさを抱く。

 

「……普通に研究員だったんですけどね。学生時代、真面目に教職なんて取らなければ押し付けられなかったんでしょうけど」

 

 その発言でなおさら申し訳なくなった。ディティック・ベルなんて選ばれたばっかりに。

 

「んー……よくわかんねっす!」

 

 書類と睨めっこしていたかと思うと、いきなり机にばんと放り出して、瑠璃は立ち上がった。

 

「せっかくだし、校舎探検しないっすか! 把握はしておいた方がいいっすよ!」

「ちょっとラズリーヌ、そんな勝手に……」

「本校舎の方に入らなければ大丈夫ですよ。特に何もありませんし。あ、ただ」

 

 ツインウォーズは言葉を止めた。溜めてから、言い聞かせるように話す。

 

「中庭にはあまり近づかないようにと、校長先生から」

 

 中庭? わざわざ釘を刺すということは何かがあるということだ。隠されると探偵的には追求したくなるところだが、さすがに弁えている。

 

「じゃあ中庭に」

「校舎を見てこよう。迷子になったら大変だからね」

「確かに。あたし、人事部門でもめっちゃ迷子になったことあるっすよ」

「あそこ広いからね……」

 

 瑠璃に手を引かれるがままに席を立つ。ツインウォーズに目を向けると、彼女は軽く会釈をした。問題はなさそうだ。言っていた通り、始業まではまだあるのだから、それまでに終わらせればよいのだ。

 一緒になって、職員室を出て、廊下に飛び出した。

 

 ──その途中で。そうだ、ちょうど、近寄るなとされた中庭だったろうか。その横を通り過ぎる瞬間だ。ディティック・ベルは何かを見た。白い、ぼやけた、人影のような。

 

「ベルっち?」

「……? ラズリーヌ、何か今……」

「中庭、何かあったっすか」

 

 振り返ると、もうそこに見えたはずの人影はない。ラズリーヌの直感力でさえ気が付かなかったというのなら、何かの見間違いでしかない、か。そういうことにして、2人でまた歩き出した。

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