◇ディティック・ベル
職員室でパソコンに向かっていたその最中だった。悲鳴が聞こえたのだ。生徒の悲鳴、声質からして恐らくはマスカット。立ち上がる自分より先にラズリーヌが動いた。既に青い煌めきがふわりと舞って、職員室から出ていくところだ。
彼女に続いて即座に変身、後を追うように走り、辿り着いた先は外れの女子トイレ。普段使われていないその場所に、ディティック・ベルたちに続いて皆が集まってくる。中に入ると、個室のひとつの前に立ち尽くすマスカットの姿があった。魔法少女姿なのは何があったのかと状況を見ようとして、惨状を認識する。
個室の中で、座ったまま息絶えた少女。複数箇所の刺傷が痛ましい、凄惨な遺体だった。
「レモネっち……ベクトリアちゃんの時と同じく、半日経ってるっす」
遺体を観察したラズリーヌがそう告げる。殺されたのは昨日だ。それを聞くや否や、立ち尽くしていたマスカットはハッとして、女子トイレから飛び出していく。慌てて振り返り、引き留めようとした時、既に遅かった。悲鳴を聞きつけてここまできた生徒たちのうち、マスカットは特定の人物に銃口を向けている。案の定と言うべきか、向けられているのはキュー・ピット・アイだった。
「なんで……なんでレモネーが……ねえ、なんで、なんでっ!!」
「……はて。何のことですの。悲鳴をあげて皆を集めておいて」
「しらばっくれないで!! こんなことするの、貴女しかいない!!」
「姉妹と同じことを言うんですのね」
マスカットはアイがやったと思っている。隣のトーチカは状況が全く呑み込めずにキョロキョロしてばかりだ。とにかくふたりのところに走る。間に入って止めないと。ラズリーヌも駆け出したのは同時だ。
だがそれよりも速く──廊下の向こうから突っ込んでくる影。風を切る音さえも置き去りにして突っ込んでくるその人影が起こした衝撃で、変身していない生徒やディティック・ベルも巻き込んで尻もちをつかせながら、彼女は現れた。シン・ソニックだ。即座にマスカットの銃口を蹴り上げて武器を奪い、押さえつけている。
「班員同士で何をしているんですか今は監視だけにすると聞いたでしょうしかもよりによってマスカットあなたがなぜ」
話しながら周囲の状況を見ようとして、シン・ソニックは個室から溢れ出してきた血痕に気がついたらしい。彼女の言葉が止まって冷や汗が流れ、制圧していたマスカットを離し、彼女らしくない覚束無い足取りで、現場を確認しに歩き出した。そして遺体がレモネードのものだと理解して、その場で倒れそうになる。ラズリーヌがすぐさま支えに入り、肩を借りて失神は回避する。
「そんなまさか私は目を見張っていたのについていながらこんなこと監査部門失格だ」
「落ち着くっすよソニっち」
「これが落ち着いていられないだって班員が私が守るべきはずの班員が殺されたんだ私は私が私の悪いのを知っているだから」
「……わかったでしょ。レモネーを狙って殺すなんて……こいつしか有り得ないんだから……!」
「マスカっちも! やめるっす! アイ氏を狙ってもなんにもならないっすよ!?」
「先生聞いて! レモネーは、アイとふたりで話をしようとして! 昨日、ひとり残ってたの! それが殺されたってことは……!!!」
双子の姉が殺されて、マスカットは平静を失っている。シン・ソニックが受けているショックも大きい。ディティック・ベルは静かに端末から監査部門、前回担当してくれた下克上羽菜にも連絡を入れながら、マスカットを止めるべく、自ら間に入った。
「……先生」
マスカットの表情はぐしゃぐしゃだ。銃を握る手が震えている。そんな彼女に、なんと言葉をかけていいのかわからなかった。
「今言っとったことは、確かなんやな?」
これまで黙って見ていた生徒のうち、アーデルハイトが、いつの間にか魔法少女姿でいた。彼女だけじゃない。みんなそうだ。恐らくはアーデルハイトが声をかけて、変身させたに近いのか。2人も人死にが出て、学級はもはや変身せずにいて安全な場所ではないと判断している。もはやそれを、ディティック・ベルには注意もできない。
「……そう、だよ。言って……はなかったけど、わかるもん。私だけ先に行ったのもそう……ふたりきりになろうとしてた」
「そういうことでしたのね。不自然に居残っているから、何かと思いました」
全員の視線がアイに向いた。彼女は確実に何かを知っている。それでなお、平然と、いつもの調子でいる。
「殺したのは、私じゃありません。ただ私は売られた喧嘩を買わずに捌いただけ。彼女が放とうとした爆弾を止めて、おうじさまと会うために教室を離れました。その後は知りませんわ」
「トーチカ。帰ったのは一緒やったんか?」
「……いいや。帰宅したのは、僕が先だ」
「ほなアリバイはないなぁ。せやろ、ベル先生」
「あ、あぁ」
キュー・ピット・アイは前科持ち。どころか封印刑すら受けたことのある超凶悪犯だ。そもそも情報局側がなぜ彼女を送り込んできたのかも不明瞭で、怪しむべき存在なのは確かだろう。だからこそ、そもそも騒ぎを起こすかも疑わないといけない。
「だから私は……」
「とにかく。羽菜さんの到着を待とう。みんな、不用意にひとりにならないように」
言い合いがヒートアップすれば、ベクトリアの時と同じになる。いや、今回はもっと酷いことになるかもしれない。マスカットが引鉄を引けば、もはや止まらないだろう。そうなれば本当に、誰かが現行犯になってしまう可能性すらある。
「当たり前にみんな変身しているけれど……このままでいいのかしら? 護身のためには必要?」
「……緊急時だから、仕方ないよ」
「あらそう。ならこのままでいいかしら」
──ディティック・ベルはそれに、他の生徒たちのことも気にしていた。先生としての精神状態を把握することもやらなくちゃいけない。
特に、野次馬の3班。遠巻きに状況を見ているが、プラリーヌはライトニングを警戒し、ライトニングは何を考えているのやらぼんやりと上を見ていた。ランユウィは目を背け、思案はずっと俯いている。よく見れば、泣いているのだろう。怖がるのも無理はないのだ。
「大丈夫っすから! 監査の人とベルっちで解決しちゃうっすから! ね、犯人、捕まるっすよね!」
ラズリーヌでさえも、ちょっと無理をしているように見えた。ただ、これらの件から、生徒は引き離した方がいい。これ以上の犠牲者は、出したくない。頷き、続く。
「きっと、大丈夫だから。みんなは、普段通りに」
そんな気休めを信じていられる状況じゃないのは、自分でもわかっていて、それしか言えなかった。
◇アルメール
起きてしまった。起きるべきではない『第二の殺人』が。まだ『第一の殺人』の犯人の手がかりさえほとんど掴めていないというのに。ジュエリーゼリーもまだ立ち直ってはいない。彼女はこの緊張した現場で、息を呑み、「ベクトリア」──と、小さく名を呼んでいた。それだけ堪えている。アルメールだって、まだ受け入れられてはいない。
アーデルハイトだって強気だが、内心焦りは強いのだろう、かなり手汗をかいており、時折手袋を脱いでは鞄から引っ張り出したタオルで拭っていた。
「ラズリーヌ先生。シン・ソニックさんは、私が」
今、アルメールが一番心配だったのはシン・ソニックだった。強いショックを受けたのか、ぶつぶつ何かを話している。ラズリーヌ先生もずっと彼女に肩を貸してはいられないだろうと申し出て、彼女を受け取った。そして、密かに話しかける。
「……シン・ソニックさん」
彼女の目線が返ってくる。ショックを受けても視線は真っ直ぐだ。
「ベル先生から聞きましたが、ベクトリアさんの検視に関する連絡はないそうです」
「検視って研究部門が遺体を預かっててすぐにでも回すって聞いていたはずだけどそれなのに」
「私は、手放しに信用できないと思います。ツイン先生をライトニングさんが脅していた件も気になります。監査があっさりと引き渡したということは、監査の中でも、研究部門と何か繋がりがあるということかもしれない」
「そんなこと聞いたことないけれど」
「一介の捜査員までは知ることができない領域の話でしょうから」
全てアルメールの推測でしかない。それでも、魔法の国には不信感が生まれている。魔法少女学級でこんな連続殺人が起きて、同一犯とは限らずとも、この学級が狙われているとしか思えない。
「私たち2班に力を貸してくれませんか」
「ベル先生は普段通りにと」
「私たちだけでも動かないと、きっとまた事件が起きます」
またすぐに『次』が起きてしまうかもしれない。もうこんなのは嫌だ。シン・ソニックには、班員を殺された悔しさだってあるはずだ。アルメールが抱いたものと同じ、義憤で包み隠した復讐心のようなものが。彼女はその通りに頷いてくれた。
「協力する私にできることなら言って」
「……ありがとうございます。ゼリーやアーデルハイトにも、伝えます」
魔法の国が信用できず、監査や先生でも辿り着けないなら、せめて助けになれるように動かなくちゃ。アルメールだって、班長だ。