◇トーチカ
レモネードが殺された。明るく振舞っていたマスカットは追い詰められて、アイに叫びながら詰め寄っていた。肉親を失った苦しみと、どうしようもない感情の渦巻きは、トーチカが数年前に抱いたあの感触よりずっと強いのだろう。
彼女の様子はひどいものだった。何か声をかけようとしたシン・ソニックが隣に言っても、机に突っ伏したままで反応がなく、あったかと思いきや、それは特定の言葉に対する怒りの発露だった。
「私の責任だ私がついていればこうはならなかったかもしれないのに」
「……やめて。貴女のせいなんかにしないで……そんなこと言われたって、私……どうしていいかわかんないよ」
シン・ソニック自身も精神的にはかなり来ていて、それ以上は押し黙るしかなく、トーチカも声をかけられなかった。それが教室での出来事だ。またベクトリアの時と同じように、先生は監査の人と捜査や何やらでいない。2班はああでもないこうでもないと端に固まって話している。3班は──我関せずだった。もうすぐ夏だというのに、空気は冷えきっていた。
マスカットの言葉によれば、レモネードと最後一緒にいたのはアイだという。自然とアイとふたりきりになる帰り道、ふいに声をかける。
「ねえ、アイさん」
「はい、おうじさま♡」
「……レモネードのこと、だけど、さ。アイさんじゃ、ないよね」
何気ない一言だった。一応聞いておかなければならないが、そうではないだろうと思いながらの質問だった。しかしふいに彼女は立ち止まり、俯いた。
「おうじさままで、私を疑うんですのね」
そう呟く彼女の表情は見えなかった。彼女なら当たり前のように否定するとばかり思っていたのに、そんな言葉が来ると思わなくて、返事をできないまま沈黙が流れた。
1歩、2歩、3歩目で、まずいと思い立ち止まり振り返ろうとして、体が動かなくなった。アイの魔法だ。何をされるのかと心を構え、それがそもそも彼女への疑いなのだと気がついて、その時にはもう遅い。魔法が解けるともう、そこにアイはいなかった。
「……アイさん?」
自分が言葉を間違えたことを、隣に誰もいない風の感触で改めて知る。周囲を探して、けれど彼女は見つからないまま、日が暮れてしまった。
「トモキ……? どうしたの?」
その最中でばったりと、大事な友達のチェルナー・マウスに会って、一緒になって探して回る。けれど、チェルナーの野生の勘をもってしても発見はできず、それから家に帰っても、また翌日になって登校しても、トーチカの目の前にアイが姿を現すことはなかった。
◇アルメール
『捜査本部』と書かれたホワイトボードを掲げ、校舎裏、非常階段の横にたむろするのは魔法少女たち。アルメール、アーデルハイト、ジュエリーゼリーに、シン・ソニック。ここにいるのがベクトリアではないということは心を抉る事実だが、今はシン・ソニックが頼もしい仲間としていてくれる。心を持ち直す。
「状況を整理しましょう。確かにこの1ヶ月ほど、キュー・ピット・アイの転校前後から、何かが起き始めていると言っていい」
「アイツやな。プリンセス・ボルケーノ……ほんまになんやったんや、あれは」
「プリンセス・ボルケーノ?」
「ライトニングにそっくりな偽モンや。雷やなくて溶岩を飛ばしたりしてくる厄介なやっちゃでな、夜中の学校で襲われてん」
「夜中の学校になぜ夜間はもちろん立ち入り禁止だしそんな時間にわざわざ学校に近寄る理由が」
「あーええわ知らん知らん知らん! それよりもや! 事件のことやろ、事件」
「そうだったごめんなさい」
調子狂うわと頭を搔くアーデルハイト。とにかく、事件についての現状を整理すべく、ホワイトボード……ではなく、アルメールのタブレットに情報を書き込んでいく。
「プリンセス・ボルケーノが現れたのは、キュー・ピット・アイ転校の前日です」
「そのキュー・ピット・アイが学校に来ていない」
アイとマスカットは欠席だ。教室には花瓶の置かれた席がふたつと、座り主のいない席がふたつある。マスカットは想像がつく。あれは欠席しても仕方がない。アイに関しての事情は知らされておらず、ディティック・ベル先生からしても詳細不明。トーチカに聞いても返事は「僕が悪い」とシン・ソニックと同じ自責の繰り返しが始まってしまい、不明瞭だった。
「トーチカも行方を知らないなら、本人に聞くのは無理」
「聞いても……っちゅう感じやったけどなぁ」
「レモネードの件について聞きたいことは山ほどあるけど、とにかくいないものはいない」
「……大丈夫かな」
「心配せんでもああいう手合いは殺しても死なん」
トーチカが暗くなるほど心配しているのに、わざわざアルメールまで心配になる必要もない、か。
「メルメル、続き」
「あぁ、うん、えっと……そう、ツインウォーズ先生がしばらく学級に来てない」
「例のライトニングとの件やな。あいつも大概なに考えとるかわからんし……研究部門なんてその最たる例やわ」
「でも私たちで研究部門を探りに行けるかと言うと」
「ノー」
アルメールは自分たちがただの魔法少女でしかないことを思い知らされていた。捜査員シン・ソニックを仲間に入れて捜査本部なんて掲げたはいいものの、結局できることはほとんどない。魔法の国の深部に踏み込むには相応の権力が必要で、それはここにいる少女たちにはない。末端も末端だ。外交、監査、人事、どれも名を借りるのは不可能。法務局に至っては借りたところでだ。
できる範囲で手を伸ばす必要がある。先輩捜査員や、ディティック・ベルたちに比べて、アルメールたちが勝っているところ。一応しがらみとか上の命令とかそういうのが最初に思い浮かぶが、首を振った。そうじゃない。
「どうやって捜査するか……いっそ先生たちにかけあってみるかいな?」
「私たちは魔法少女学級の生徒。この立場だと、むしろ保護されたりして」
「……魔法少女学級。そうだ」
アルメールたちは魔法少女学級の生徒だ。ベクトリアとレモネード、共通点のないふたりを狙った犯人が次を狙うとすれば、それはまた学級の生徒に違いない。つまり、我々には狙われているという点で先生たちよりも犯人に近い。
「犯人を誘き出す、っていうのはどうかな」
アルメールの提案に、皆は目を丸くした。
「待てや。ベクトリアがやられてるんやぞ。誘き出すなんて、犠牲者になりに行くようなもんや」
「そうだよメルメル。相手が何かなんてわからないのに」
止めてくれるふたりに対し、シン・ソニックは静かに手を挙げた。
「囮役が必要なら私がやりますなぜなら私は速いから油断はしませんし誰よりも速いので逃げきれます」
「……なあおい、そこは止めるとこちゃうんか、なあ」
「犯人は捕まえなければならないのは明白だから私だって危険は承知でいる現場の危険はわかったうえで行動するのが捜査員」
「危険を承知にも限度がある」
「でも」
沈黙の後、呼吸を整え、アルメールは続けた。
「私たちが何かしなくちゃ。ベクトリアもレモネードも、ゆっくり眠れないよ」
アーデルハイトとジュエリーゼリーが心から止めてくれる優しさ。それをわかったうえで押し切って、犯人を誘き寄せる、もっとも危険と隣合わせの方向性で行くしかないと説得する。そして押し切られた彼女らも加えて、方法をああでもないこうでもないと出し合って、授業の始まる時間までずっと、捜査本部は真剣な顔をした魔法少女たちが話し合っていた。