◇アルメール
──囮作戦の決行は日々の議論が動かなくなってからすぐに決まった。決行の日までに幸い死人は出ず、だがアイやマスカットも登校してこなかった。先生たちの忙しそうな状況に変化も、生徒からは見えない。ただ、日に日にディティック・ベルがくたびれていく。人の良い彼女がそんな負担で潰れていくのは見たくなかった。
放課後、普段使っていない廊下にシン・ソニックを配置。彼女には魔法のタブレットと繋いだ盗聴器とイヤホンを渡し、さらに隠しカメラをシン・ソニックのコスチュームに仕込ませてもらい、捜査本部(という名の校舎裏)で待機するアルメールがインカムから統制する。アーデルハイトとジュエリーゼリーはいつでも駆けつけられるように待機だ。それぞれ他の生徒が帰っていくような時間まで待ち、孤立する状況を再現しようとした。
さらに、もしゲートの使用履歴まで確認してから犯行に及んでいるなら、その確認しようとする仕草が怪しいと見た。そちらにも即動けるよう、ゲート側にも隠しカメラを置いてある。そちらには、真っ直ぐ帰ろうとするランユウィ、ふらっと帰るライトニング、そしてトーチカの背中が映っていた。トーチカはアイもフルーツ姉妹もいなくなって、寂しそうな背中をしていた。
彼女らの姿が消えることを確認しつつ、皆で並んで画面を見つめる。
「これであと校舎に残っとるのは」
「プラリーヌと思案」
「仕事がある言うてる割には残るんやな、プラリーヌ」
「若干時間が遅くてギリギリまで時間を潰しているらしい。前に聞いた。遅刻スレスレを演出しているとか」
「ようわからんな。ん、でもランユウィは帰ったんやろ? 同門の思案はどうなんや」
「門限があるわけでない?」
「今度ラズリーヌ先生に聞いてみようか……おっと」
アーデルハイトが首を傾げ、その頃ちょうど、走り続けるシン・ソニックの方のカメラに何かが映りこんだ。トレーニングの走り込みという体で廊下に残っていた彼女がひたすら往復し続けているところに、人影が近寄ってきている。
「来たで!」
「シン・ソニックさん、誰か来ました。あれは──」
言い終える前に、画面の中のシン・ソニックは目を光らせ、人影の方に向かって地面を蹴る。相変わらずの目で追えぬほどの超速度。衝撃波でガラスが震え、こちらのインカムにもノイズが入り、アルメールは眉を顰めて耐えた。状況がどうなったかというと、シン・ソニックが現れた人影に拳を突きつけている。
「感度上げるで」
横からアーデルハイトが操作して、盗聴器の設定が変わった。おかげでシン・ソニックの呼吸音まで拾うようになったが、会話している相手の言葉まで聞き取れるようになる。拳を突きつけられた彼女は、シン・ソニック以上に息を荒くして、両手を挙げていた。
『……っ、い、いきなりだったことは謝りますわ。ですから……下ろしてくださいませんこと?』
『まだわからない下ろした瞬間に狙ってくる可能性もある』
『でっ、ですから手を挙げているのですわ』
『肘に刃物を仕込んでいるかもしれない』
『ひじ? 肘ですの? それはその、ずいぶんと使いにくそうですわね……?』
シン・ソニックが戦闘態勢を解く。少女、玲透館思案は心底ほっとした様子で胸を撫でおろし、冷や汗を拭った。
『用件は何自分はトレーニングに忙しいんだけどわざわざ走りを止めさせてまでの用事があるの』
「威圧的すぎるやろ」
「まあまあ……」
「シンソニはもう、そういうもの」
疑いを隠そうともしないのが彼女だ。
『シン・ソニック様は、監査部門でしたわよね』
『そうだけど』
『ただいま事件を捜査されている皆様と同じ……警察のような』
『そう正義のための組織』
『……お話が、ありますの』
ふたりきりでなければできないような話。しかも監査部門であると確認を入れている。つまり事件に関わることか。急展開に息を呑み、アーデルハイトとジュエリーゼリーとは顔を合わせて、同じように固唾を飲んで見守る。
『重なってしまった不幸……あの事件についてのお話ですわ』
──来た。現状、証拠が薄く、わずかな差でアイが最有力だが、次点で濃いのは3班の誰かが真犯人だという線だ。ここで思案が接触してきた、ということは、内部告発をしたかったということも有り得る。だからこそ遅い時間まで待ったのだろう。
『私、聞いていたのですわ。レモネード様とアイ様が揉めているのを』
レモネードはアイと教室でふたりになっていた。それは本人が肯定していた。その言い争いは、思案曰くトーチカをめぐるものだったという。それもそうだろう。休日デートの尾行までしたのだから知っている。レモネードはトーチカを好いていた。だからこそアイを邪魔に思っていて、アイに食ってかかった、と。
それで返り討ちに殺すのかと言われたら、或いはアイならやりかねないのかもしれない。前科もあるらしい。けれどそうした末にトーチカと離れている。
と、いうのはもう確認していることだった。思案が目撃していたことでより強固にはなったものの──。
『それでアイがやったという証拠にはならないと羽菜先輩がいっていたまだ捜査が必要だと証言なら羽菜先輩に直接言っておいた方がいい』
『なっ……』
これで一番アイを敵視していたシン・ソニックが冷静に対応してくると思わなかったらしく、思案は目を丸くしていた。ついでにアルメールもそうなった。シン・ソニックは折れたあとも真っ直ぐだ。下克上羽菜に強めに叩かれたことで、アイに固執するのはもうやめていたのだ。
『……いえ、これだけでは……なくて、ですね』
想定外の反応だったがゆえか、目線を逸らした思案。喋り方からも勢いが消えている。
『……その。研究部門のことでして』
『研究部門といえばライトニングの推薦元で思案は関係ないはずだけどどうして思案がその名前を出してくるの』
『えっと、それは……色々とあって少し縁がありますの』
誤魔化すのが下手だ。とにかく、と続けてくる。
『ベクトリア様の検視にその、ツインウォーズ先生様が関わられているみたいでして』
なぜ、わざわざツインウォーズ先生が?
元々研究部門所属だとは言っていた。ということは何かの研究員なんだろうとも想像はできる。だがそのうえで、検視──つまりベクトリアの遺体の調査に関わっている。まあそれだけならまだ、精神的に辛い仕事をさせられているだけかもしれない。が、研究部門はその結果を監査やディティック・ベルになかなか伝えようとしていない。
『ならどうして監査にも教室にも報告が来ない』
『難航していると聞いておりますが……定かではありません、私も詳しくは』
人間の社会では2ヶ月かかる場合もあるとインターネットには書いてあったが、魔法少女社会なら別だ。それも研究部門の設備やら分析に向いた魔法少女なら、当日で終わらせることだって簡単だ。なのにこれほど待たせるには事情がある。ついでにレモネードの遺体も研究部門が持っていったと話し、管轄がそうなっているのだと思案は続けた。
「もう少し引き出せないかな」
『研究部門の目的はなんだ』
「っちょ、単刀直入すぎ」
『目的……私に聞かれましても。そういう仕事なのだとしか』
それもそうだろう。
『アイ様もツインウォーズ先生様も……あるいはライトニング様やプラリーヌ様だって、信用できません。私も……師匠から色々と』
思案が目線を落とした。アルメールは思わずインカムを掴み、けど音量は一息置いて落ち着くことで押さえて、シン・ソニックに伝える。
「その色々が何かを聞かせてほしいから……『師匠は何をしているんだ』とか聞いて!」
『師匠は何をしているんだ』
「『弟子のクラスメイトが犠牲になっていて何の動きもないのは不自然じゃないのか』!」
『弟子のクラスメイトが犠牲になっていて何の動きもないのは不自然じゃないのか』
アルメールが伝えた通りの言葉を告げてもらったところ、思案は大いに動揺している。それは、と目を泳がせて、手をもにょもにょと動かして、その末に、答えられずに口の中だけで何かを言おうとしていた。隠しカメラを口元にズーム。読み取ろうとするがさすがに無理か。
「『師匠からあの件は言うなと言われているんでしたわ』」
「……! ゼリー!」
「あの件……いや、もっと細かい、『工作』?」
ジュエリーゼリーがわずかな唇を読み、ついでにそこそこのクオリティの声真似も交えて解読してくれた。
『私も何も知らないんですの。と、とにかく! 監査部門なら! 守ってくださいましね!?』
『とにかくと言われても守ってほしいらしいのは今はじめて聞いたことだけどそれが用件だったの』
『……また明日ですわ!』
思案はさっさと離れていこうとする。これは逃してはならないのではないか。そう直感し、アルメールはシン・ソニックに指示を出す。内容は『渡してある盗聴器を思案に仕掛けること』。シン・ソニックに渡してあるのは、コスチュームにくっつければアクセサリーとして誤認させることができ、魔法的に感知されないという代物だ。魔法の通販で取り寄せたが高かった。そのぶん役に立ってもらわなくては。さっさと走っていこうとする思案を、シン・ソニックは持ち前の走力でぶち抜き、さらにすれ違いざまに盗聴器を半ば放り込むように設置。これで思案の動向はアルメールに伝わるようになる。
「犯人は誘き寄せられなかったけど、これは思わぬ収穫だよ」
思案なら隙がある。これがランユウィなら設置成功まではいかなかっただろう。これならば糸口に成りうる。そうだ、ディティック・ベル先生にも色々と伝えておかないと。思うように動けない彼女のため、アルメールがなんとかするのだ。
「なんか、メルメル、張り切ってる」
「……そう? そうかな」
「うん。本当に。無理、しちゃダメ」
ジュエリーゼリーの言葉ではじめて自覚した。