魔法少女育成計画Blue/Shift   作:皇緋那

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I got a reason

 ◇アルメール

 

 捜査に授業に、今日もディティック・ベル先生は忙しそうだ。授業をラズリーヌ先生がやる割合が増えてきて、彼女はわかりやすく噛み砕こうとはしてくれるものの、よく脱線したり、感覚の話になったりで、座学の先生には向いているとは言えない。話していて楽しいのは事実なのだが。

 

 なんてことはベル先生はわかっていて、そうするしかないのだろう。

 放課後、ラズリーヌ先生がまだ教室に残っている間に、ベル先生に会うため職員室に入った時、ひとりでどこかに電話していたのが何よりの証拠だった。彼女にしては珍しく、通話の相手には声を荒らげており、やがて一方的に通話を切られたらしかった。出かかった強い言葉が途切れ、歯噛みして、椅子にどんと座りため息を吐いた。アルメールに気がついたのはその後で、力なくにへっと笑い、回転椅子でこちらを向く。

 

「これは、恥ずかしいところを見せてしまった」

「い、いえ、お忙しそうでしたので」

「何かあったのかな」

「……はい」

 

 アルメールは周囲に誰もいないことを確認して、魔法のタブレットを取り出すと、彼女の目の前でカメラの記録映像と盗聴器の録音を開いた。シン・ソニックに協力してもらった囮作戦のことを伝え、現れた思案と話しているところを録ったことまで話した。そして思案が語った諸々の話までをディティック・ベルに伝えていく。

 アイとレモネードの話には目撃者がいたこと。ツインウォーズが検視に関わっていること。思案が、オールド・ブルーが何かを企んでいると漏らしかけたこと。要点をかいつまんで、時には音声や映像を早送りにしながら。

 研究部門及びオールド・ブルーは何かを知っている。恐らくは犯人を抱えてすらいるだろ、というのはアルメールの推理でしかないが、ディティック・ベルもなるほどと深く息を吐いた。

 

「2つほど、いいかな」

「……はい!」

「まずは……ありがとう。私が頼んだから、手を尽くそうとしてくれたんだ。助かるよ。生徒の素直な声は、私には話してくれないこともあるから」

 

 アルメールは込み上げる嬉しさから、ぐっとタブレットを握った。法務局では地味な仕事ばっかり、学級でも班長は何も派手な活躍じゃなかった、けれどこんな時、大人(先生)の役に立てるなら、この魔法の端末と比べられて貶されがちなタブレットだって悪くはない。

 

「でも」

 

 感謝の声色はそこまでだった。ディティック・ベルは鍔に手をかけ、帽子を被り直しながら、真剣な眼差しで告げた。

 

「二度とこんな危ないことはしないこと。囮作戦だなんて、本当に犯人が来たらどうするつもりだったの」

「シン・ソニックとアーデルハイトなら、と──」

「いくら強くたって、危ないものは危ないでしょう」

 

 何も言えない。皆を危険に晒したのは本当だ。自分は安全圏からオペレーターだけをして、シン・ソニックを矢面に立たせた。彼女なら大丈夫と信頼したのは、彼女は危険に晒してもいいと言ったのと同じようなこと。当たり前のことを忘れていて、アルメールは今度は反省の意を込めてタブレットを握る。

 

「で、でも……捜査が難航しているなら……」

 

 上手く言葉にできなかった。何もしないではいられないのに、祈って待つのは嫌なのに、遠ざけようとされている。

 

「……対策もするよ。送迎や護衛の話も、偉い人が話し合ってくれているって。力が必要になったら伝えるから。だから、いつも通りに」

 

 2班の捜査協力はアルメールたちの心情を汲んでのことだった。しかしレモネードの事件があって、それでもまだ決定的な証拠がない。もはや話が違い、もう生徒を巻き込むわけにはいかないのだ。

 

「……わかり、ました」

 

 口ではそう言って、理解はしたが、納得はしていなかった。ディティック・ベルと離れ、アルメールは駆け出そうとし、廊下を歩く少女の姿を見つけて思わず身を隠した。

 

 玲透館思案。彼女にはシン・ソニックが盗聴器を取り付けてくれている。そしてそれがまだ生きているのは昨日の夜、今日の朝と確認済みだ。アルメールはイヤホンを取り出し、タブレットに同期、思案の周りの環境音を聴きながら、彼女の尾行を開始する。

 決定的な証拠が見つからず、ディティック・ベルも思うように動けないのなら。探偵の彼女は、きっとその証拠さえ見つかったのなら、真実に辿り着いてくれる。それを手に入れるため飛び込める人間は、今ここにしかいない。

 

 廊下に設置された出入口である魔法の門の設定を弄る思案。ほんの小さな声ではあるが、彼女は設定内容を無意識のうちに読み上げていた。運のいいこに、思案には心の内の呟きを声にしてしまう癖がある。そこで聞き取った通りに設定を変え、思案が使ったのから少し時間を置いて、ゲートを通る。抜けた先は人気のない寂れた場所。廃墟を隠れ蓑をしている、魔法の国の常套手段か。壁や廃材の陰に隠れながら、思案を追った。すると普通では気づかないよう魔法的なカムフラージュの施された入口があり、その奥で話しているらしい。

 

『あら。おかえり、実行犯さん』

『……お黙りなさい』

 

 少し顔を出して覗き込んだ。今の声、ライトニングか。そう思ったが、そこにいたのは見覚えのない魔法少女。赤熱したオレンジ色と冷え固まった岩石の黒、思い至ったのはアーデルハイトが言っていたプリンセス・ボルケーノだ。実行犯──まさか。そう思っている間に誰かが出てきそうになって、アルメールは慌てて入口から離れる。思案のことは完全に見失ってしまったが、盗聴器は生きている。

 

『目標の彼は孤立しております。プラリーヌの報告で学校内の警備システム等についても判明済み。戦力も、現状であれば問題にならないかと』

『そうですね。ボルケーノと……新しく、彼女も連れていきましょうか』

 

 一体なんの話をしている。プラリーヌが学校の警備システムを……というのは、毎日のように遅くまで残っていた理由か。彼、彼に当てはまる、つまり『男』はトーチカかツインウォーズ。ツインウォーズは研究部門で、つまりトーチカしかいない。目標とは、なんの目標だ。

 そして戦力という言葉。争いごとを起こそうとしている。何故だ。学級を潰したいのなら、問題を公表するだけでいいし、そも学級はプク派の事業。プク派を後援者とした研究部門が敵対する理由がどこかにあるのか。あるいは、目的は学級そのものではないのか。

 

 ふいに、周囲を見て、隠された位置にケーブルを発見する。恐らく生きていて、この先の施設と繋がっている。アルメールは魔法のケーブルと、ハッキング用のタッチペンをポシェットから取り出して、ケーブルの両端をタブレットと、施設の配線に突き刺した。検知されずに入り込むのは難しいが、いっそこれが決定的な証拠になりさえすればいい。その末に重要そうなデータを根こそぎ引っこ抜いていった。中身を確認するのは後だ。今は、これを──。

 

「──ッ」

 

 何が起きた。これは、地面、私は投げ出されて、倒れているのか。力は、辛うじて入る。頭が感じたこともないほどに痛む。それでも立ち上がろうとして、転がって、なんとか足に力を込めて、駆け出した。振り向く暇はない。わずかに聴こえる風切り音、それがアルメールの体に突き刺さり、鋭い痛みが走った。自分を貫いたそれを見て、思考が止まる。

 

 ──実体を持つ矢印。本物の鏃として射出されるそれを使う魔法なら、知っていた。だが有り得なかった。彼女は、ベクトリア・エラはもういないはずだ。

 

 だからこそとにかく走った。タブレットを両手に抱えて、来た道を戻る。せめて学校に戻れば、なんとかなるかもしれない。それに賭けて、足だけは止めなかった。今度はその足が貫かれて、勢い余って、また地面に身を投げ出した。ようやく振り返る暇が生まれて、これをやった奴の姿を見る。彼女のようだが、彼女ではない。画面に血が着くことも厭わずタブレットの解析をかける。ああそうだ、もちろんベクトリアじゃない。衣装は似ていても、顔立ちは違う。彼女はティアラなんて着けていないし、ライトニングと同じ顔なんてしていなかった。

 

「初舞台がこれなんて、つまらないことさせられたものね」

 

 歩み寄ってくる少女。彼女はアルメールを見下ろし、指を差す。生み出された矢印が、アルメールに向かって真っ直ぐに向かってくる。

 ……真っ直ぐ、なら。歯を食いしばり、力を込めて、タブレットを振り回した。

 

「なっ」

 

 魔法のタブレットは特別製。壊れることの無いアイテムだ。矢印を弾いたままの勢いを使い、タブレットで相手を殴りつけ、その脇をすり抜けて逃げた。あと少し、あと少しだけ、あとちょっと。

 

「貴方ね……!」

 

 胸を貫かれる感触。何かが流れ出る。脚も動いてくれない、呼吸もうまくできない。ならばせめてと、アルメールはタブレットの画面をひたすら操作した。届けなくちゃ。これまでしていたこと、全部。一番信頼できる、したい相手に。

 

『ロック 完了』

 

 それを見届けたアルメールは、ゲートに向かってタブレットを投げた。円盤めいて回転しながら飛んでいき、ゲートの向こうに吸い込まれていく。これでいい。助からないなりに、やれることはやった。

 

 倒れ伏したその場所で、意識が薄れていく。閉じた瞳が二度と開くことはない。

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