魔法少女育成計画Blue/Shift   作:皇緋那

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解決篇

 ◇ディティック・ベル

 

 登校して最初に目にしたのは、廊下に転がる血塗れのタブレットだった。血。また血だ。ゲートから出てきたばかりのようにも見える。咄嗟に駆け寄り、拾い上げた。デザインには見覚えがあった。

 

「ベルっち、これ」

「……間違いない、アルメールのタブレットだ」

「血は……やっぱり昨日のっす」

 

 頭が痛む。固有魔法がアイテムである魔法少女にとって、それは生命線だ。自分そのものにも等しい。それがここに、しかもこんなにべったりと血が付着して落ちている。それがなにを意味するのかはすぐに理解してしまった。

 現場の保存より、彼女の記録を優先する。タブレットの電源ボタンを押し込む。起動されたのはカメラだった。解析モードだ。

 

『ディティック・ベルを認証──ロック解除』

「私、を?」

 

 持ち主はアルメールに間違いないはずなのに、わざわざ登録されているのは──と考えて、彼女の捜査協力への態度を思い出す。そこまでして届けたかったものがここにある。そうして開かれたのは、整理されずとにかく放り込まれたような乱雑なフォルダだった。このままにせざるを得ない状況だったことは窺い知れる。

 

「職員室に移動するっすよ」

 

 ラズリーヌの言葉で駆け出した。周囲には誰もいない。ひとつひとつ、中身をチェックしていく。中には校舎の図面、警備システムの推察もある。何かを起こそうとしていたのか、あるいは既に起こしたのか。その答えはやがて見つかる。

 

「『遺跡』……?」

 

 それは学校の内部に存在する『遺跡』に関する報告書だった。報告者の魔法使いの名は──どうやらプク派のものらしい。魔法の国の、しかも始まりの魔法使いが遺したレベルのものが、この中学校にあるらしい。そういうのはもっと厳重に管理されているべきだろうと思う。

 学級で起きている殺人事件はこの『遺跡』をめぐるものか。いや、それならなぜ生徒が犠牲にならなければならなかった。ただ強奪するか、そもそも教師役になって堂々と入場すればいいだけのことじゃないのか。

 

「人造魔法少女計画……シフル・エンブラスカ?」

 

 その名を何気なくタップすると、タブレットのデータベースから検索がかかり、詳細が現れる。オスク派所属、魔法使いの女性だ。元実験場所属だが部署変更、つまり左遷で別施設に移動。その施設は、先日の、魔王パムが斃れたあの事件で潰れている。人造魔法少女とはその事件に深く関わっているらしい。

 

「プリンセス・シリーズって、これライトニング氏の!」

「それだけじゃない……これ。魔法少女からのプリンセス・ジュエルの精製……だって」

 

 魔法少女の遺体からその魔法を宿した宝石を作り出す。つまり道具として『加工』する技術。おぞましいものだ。遺体を素材としか見ていない。その統括はオスク派のシフルから、また別の人物へと移っているらしい。これを引き継いだのが──研究部門。

 言葉を失った。積極的に遺体を引き取っていき、にも関わらず検視の結果を寄越さなかったのは『これ』が理由だとしたら。

 

「……繋がってきた」

 

 ここで、思案、つまりオールド・ブルーの弟子が研究部門へ出入りしていたことを思い出す。彼女らが捜査線上に急浮上してくる。現場の血痕、状況を覆せるとしたら、なるほどその魔法なら簡単にできる。心苦しいが、疑わぬようにしてきた前提を崩さざるを得ない。

 

 最後に、残っていた動画ファイルを開く。聞こえてくるのは吐息と、画面は空を映して揺れてばかりだ。走っているのか。風切り音と呻き声がして、画面の中で天地がひっくり返る。転がってしまったらしい。その先で、操作をしながら、このタブレットの持ち主は、襲い来る者の姿を映した。

 それはさながらベクトリアのようで、しかしそうじゃない。差異はいくつもあれど、顔立ちはライトニングと同じだ。そして彼女が飛ばす矢印が、さらにアルメールに突き刺さったであろうところで動画が終わっていた。

 何も言えず、拳を強く握った。

 

「……ベルっち。そろそろ朝の時間っす。どうするっすか?」

 

 代わりにあたしがやるっすよ、なんて提案だ。最近は頼ることも多くあったが、これは皆の前に出る必要がある。

 

「ありがとう、ラズリーヌ。うん、行くよ」

 

 血を拭き取り、タブレットを傍らに抱え、立ち上がった。きっと信じて託してくれたアルメールのためにも、ディティック・ベルは全てを明らかにする。

 

 

 ◇ジュエリーゼリー

 

 登校してきた時、教室には昨日よりも人が少なく、ホームルームの時間になっても現れない者が増えていた。アルメール。我らが班長。これまで一度だって休んだことがなかったはずの彼女の欠席はどうしても引っかかる。先生が来たら、事情を聞こうと思っていた。そんな矢先だった。

 

「皆。ホームルームの前に、大事な話を」

 

 ディティック・ベルは帽子を深く被って、ここにいる魔法少女たち全員に向けて、話を始めた。アルメールに関わることなのか。そう思った時、彼女の手元に他ならぬアルメールのタブレットが握られていることに気がついた。はっと声を出しそうになったが、やめた。

 

「先日から辛いこと、不安にさせるようなことばかりで……ごめん。だけど、これは聞いてほしい。わかったんですよ、犯人が」

「……っ!?」

 

 教室に衝撃が走る。ジュエリーゼリーはアーデルハイトと顔を合わせ、それぞれに驚きを隠せずにいる様子。動じていないのはやたらと姿勢のいいライトニングくらいだ。

 

「ほんまか先生! 誰や、誰が皆を!」

「……焦らないで。まず第一の事件です。ベクトリアさんの周囲、教室は血の海でした。扉にまでべったりと付着するほどの返り血を浴びて、廊下に痕跡を残さず逃亡する方法がない」

「そんなことを言っても、私たちは魔法少女」

「そう。魔法。瞬間移動が可能なら、全ての密室や逃走経路は潰れる。第二の事件におけるトイレの個室でも同じことでしょう。あるいは便座を扉に見立てた……ということも可能かも」

 

 魔法少女であれば手段はなんでもあり、だ。例えばラピス・ラズリーヌは瞬間移動の魔法を使う。だからってラズリーヌ先生がやるとは思えないが──だとしたら、該当者はもうひとり。

 

「クラスの人間がそんなことをする理由は?」

「上の者の指示、でしょう。研究部門は──魔法少女の死体から、魔法のアイテムを作っている」

「……あら? 研究部門、ってことは、私? もちろんそんなこと知らないけれど」

 

 ライトニングは首を傾げるが、ディティック・ベルは構わずに続けた。

 

「第一の事件がベクトリアさんだったのは、彼女の性格と実力、そしてフリーランスという出自。彼女であれば、後ろ盾の部門はまだ動かない。不祥事を嫌う部署はむしろ公表せず握り潰そうとするかもしれない」

「そんな……」

「第二の事件でレモネードさんを狙った理由は、アイさんが犯人だと印象付け、クラスを引き裂くためでしょう。現にマスカットさんとアイさんは欠席しています。それに、第8宿舎はこの中で最も新設。刑務所という立場も動きづらく、介入を受けづらい」

 

 途切れることなく話し終えて、息を吸い、彼女は教室の前方、右列先頭に座る少女を指した。

 

「あなた、ですよね。ランユウィさん」

「……はぁ」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくださいまし!? そんな、政治的な理由を並べられて、貴方が犯人でしょって! はいそうですよとは言いませんわよ!」

 

 立ち上がってまで割って入ったのは思案だった。彼女は普段の様子とは打って変わって、訴えかけるように大きな身振り手振りでディティック・ベルに反論する。

 

「私は! どちらの日も、彼女が早々に帰宅し、修行に打ち込んでいたと証言しますわ! 他の候補生たちに聞いて回ってもかまいません!」

 

 アリバイの主張だ。ゲートの使用履歴も持ち出している。が、それが意味のないことであることは瞬間移動が持ち出された時点で確定している。

 

「それに! ベクトリア様に最後に会ったのはプラリーヌ様! レモネード様はアイ様でしょう!?」

「……あー。それ。その件だけど。先生、プラリーヌちゃんマスコット、ベクトリアから出てこなかったでしょ」

 

 ディティック・ベルは頷いた。すると、プラリーヌは顔を上げ、ごそごそと鞄を漁ると、キーホルダーをひとつ取り出す。彼女自身を模したものだ。

 

「ランユウィの帯に引っかかってたこれ。私があの日、ベクトリアに渡したものなんだ」

「なっ……」

「あの後教室を調べてさぁ。あったんだぁ、ベクトリアが仕掛けただろう魔法の矢印の痕。効力は残ってなかったけど、それを使ってランユウィにこいつを引っ掛けたんだろうね」

「だ、だからって! そうですわ、ベクトリア様が何かの事情で死を偽装しようと」

 

 すっ、と。ランユウィ自身が、思案を止めた。

 

「はい。実行犯はあたしと思案っすよ。師匠の指示っす」

「っ……ま、待ってくださいまし、それは」

「で。どうするっすか。そうだって言ったら! 言われたから殺しただけ! そんな犯人を前に!」

 

 ランユウィが見たことのない表情でディティック・ベルに詰め寄った。彼女は言葉を返すことができないまま、踏み出そうとしたのはラズリーヌの方だった。

 

「待つっすよ。師匠がってのは、なんすか。師匠がそんなこと言うっすか」

「……間違いないっすよ。ベクトリアを狙え、レモネードを狙え、って。使った凶器なら、思案の魔法の引き出しの中っす」

「なんだって! 修行中の子が! 人殺しなんて!」

 

 ラズリーヌも抱いているのは怒りだ。そしてそれは実行したランユウィたちにではない。その後ろに蠢く陰謀、そしてその首謀者であろう己の師匠に対してだ。

 

「誰が殺したって、変わりませんよ」

 

 そして。いつの間にか背後には『青い魔法少女』が立っていた。

 

「ラズリーヌ──」

「先生ごっこ。探偵ごっこ。どちらもお疲れ様でした。正解はしたようですが、少し遅かったようですね」

 

 ディティック・ベルの肩に手を置くその魔法少女。彼女が合図をすると同時に、教室の窓ガラスを破り、オレンジと黒の魔法少女が飛び込んでくる。彼女は銃剣を手に、衣装の各部から溶岩を噴き出させ、教室全体に破壊を齎した。ベクトリアとレモネードの机上の花瓶が倒れ、花がオレンジの中に呑まれて灰と消えた。

 

「さあ、ここは今から活火山よ」

「ッ、あかんボルケーノや! 逃げろ!」

 

 魔法少女たちが一斉に動き出す。これが魔法少女学級最後の日のはじまりだった。

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