◇トーチカ
アーデルハイトが叫び、それを合図に皆が動いた。目指すのはゲートからの脱出。いつもの帰宅と同じルートだ。だがそれが長く感じられる。トーチカは中央に置かれ、ゼリーがふよふよ浮かぶ──ジュエリーゼリー本人曰く『防御形態』の隣を走る。先頭を行くシン・ソニック、それに続くプラリーヌ、後方を警戒するアーデルハイト、皆わけもわかっていないだろうに、取り乱す者はいない。その最たる例がいまだ余裕の顔をしたライトニングだ。
「ん? ちょい待ち、ライトニング? あんたなんでこっちにおるねん」
「逃げるんじゃないの?」
「連中研究部門なんやろ。で、あんたも研究部門所属。それでうちらの敵やないとおかしいやろ」
「それもそうね。じゃあ今から襲いかかった方がいい?」
「それ、全員死ぬで」
「冗談よ。あの2人と違って、何も聞いてないの」
そうは言いつつも寂しさなどは無く、やはり余裕がある。隣のゼリーがぽつりと「ナイス夫婦漫才」とこぼし、アーデルハイトは何か言いたげだった。しかし相手も簡単に逃がしてくれるわけではないらしい。先程出てきた教室の壁が赤熱した岩石に撃ち抜かれて破壊され、瓦礫が舞う。現れた彼女はさらに銃剣から溶岩の弾丸を乱射し、廊下を破壊しながら回避を強要させてくる。が、アーデルハイトが軍刀を抜き放ち、ライトニングが剣を抜き帯電、ふたりの斬撃は弾丸を砕き落とす。
「私の火山弾を逃げながら落とすなんて! ちょっとはやるじゃない。褒めてあげる」
「派手に追ってきたわね。あれがプリンセス・ボルケーノ?」
「なあ、そっくりやろ。顔と、でかい態度が」
「全然違うわ。私はもっと繊細でしょ」
しかし話している間にも攻撃は続き、ボルケーノはさらに足元で爆発を起こして加速、一気に迫ってくる。アーデルハイトが白兵戦の構えになったその時、ライトニングが割って入る。
「そんなに遊びたいなら私が相手してあげる」
「
「同感ね」
「命令違反よ。全員……特にあのコックは殺してでも確保しろと言われてる」
「
同じ口調、同じ表情で顔を合わせ、雷と溶岩が激突する。辺り一面が雷と火事だ。ボルケーノは確かに押し留めてくれていて、おかげで距離はとれている。彼女は残していくしかない。
「死んだら許さへんからな!」
ボルケーノと斬り合うライトニングは口角を上げた。そしてとびきり大きな雷で迫る溶岩を打ち払い、それを返事の代わりとした。トーチカたちはひたすら逃げる。
しかし追っ手もまたあれで終わりではなかった。進行方向から飛んでくるのは矢、だろうか。蹴りで対応しようとしたシン・ソニックが、矢に触れた瞬間に大きく吹っ飛ばされた。あれは──ただの矢じゃない。『矢印』だ。その魔法には覚えがあった。だが使い手は違う。姿を現したのは赤い上掛けの魔法少女。先程別れたのと、これもまた同じ顔だった。
続いて飛来した矢印は、ジュエリーゼリーがゼラチン質の中に閉じ込めて受け止め、それをアーデルハイトが雷を込めて投げ返して反撃。魔法少女は涼しい顔でそれを避ける。
「あいつと同じことせなあかんなぁこれ」
「そうなる。この先は通さないというオーラ」
「えぇその通り。ここは通さない。どころか、二度と舞台に上がれなくしてあげる。あの、やたらと大きな
「は? そんなの──」
アーデルハイトの言葉が止まる。思い当たったのだ。その『やたらと大きな端末の少女』が誰なのか。トーチカも理解する。朝、ディティック・ベルがなぜ彼女の所有物であるそれを持っていたのか、なぜ登校していないのか、その答えが出てしまった。
「……メルメルのことか」
ジュエリーゼリーが肩を震わせ、アーデルハイトはただ強く軍刀を握り締め、敵を睨む。2班の残された2人は前に出て、トーチカたちを守るように立ってくれている。
「あんたらは走らんと」
「そんなライトニングに続いて2人まで」
「相手の狙いは主にトーチカだとボルケーノが言ってた」
「あいつは、うちらがケジメつけなあかんねん」
ベクトリアの魔法を使い、アルメールを殺したという相手。ならば背を向けられない。
「貴方たちが相手ね。いいわ、このプリンセス・アローズの力で! 完膚なきまでに舞台から退場させてあげる!」
「そいつはこっちのセリフや! なあゼリー!」
「もちろんアーデル。そうそう、こんな時、言うべきことがある」
「……ん? あぁ、アレ、やな!」
駆け出したジュエリーゼリーが指を鳴らすと、現れた青いゼラチンが炸裂し、衝撃を産む。その間を突き抜ける雷。アローズの眼前に迫り、放たれる矢印をかわしながら軍刀を振るう。
「ここはうちらに任せて──」
「──先に行け!」
それからは脇目もふらずに走る。追っ手はまだいる。授業やらで使う黒色の人型、ホムンクルスたちに、さらに魔法少女の追っ手もいた。前から来る連中はシン・ソニックが最速で襲いかかって怯ませて、なんとか通り抜けて、追ってくるのをプラリーヌが足元に広げた砂糖で転ばせて足止めだ。ボルケーノやアローズに比肩する強敵は幸い現れず、いつもの帰り道の終点近くまでやって来る。
そこで待っていたのは──。
「お久しぶりじゃな。シン・ソニック。プラリーヌ。それに、トーチカ」
和服にツインテール。小柄な体躯。間違いない、ツインウォーズだ。今になってここにいるということはそういうことだ。今この学校は研究部門に狙われている。だから彼女は敵だ。だが「彼は味方だ」という意識が抜けなかった。
「悪いですけどぉ、通してくれません? ってかぁ、ツイ先さ〜、ベクトリアちゃんで魔法少女作ってんじゃないの〜あれ?」
「口が減らぬなプラリーヌ。余計なことを話すのは死に直結するぞ」
「……あ〜らら。生徒に刀抜いちゃってるよ、この先公」
「ツイン先生そこを通してください我々は狙われているのです特にトーチカを目標として襲ってきているのですだから」
「無理じゃと言っておる。でなければ……刀など抜かん!」
腰に差した日本刀を抜き放つツインウォーズ。左手だけで握っていたはずのそれは、全く同じものが右手の中にも出現する。これがツインウォーズの魔法である二刀流だ。交差させて構える彼女を前に、皆が身構える。だがそれで敵は終わりじゃなかった。ツインウォーズのやや後方から、こちらもまた小柄な、白黒の少女がひとり。
「プラりん、やっほー」
「……は? ペンギン先輩? なんで」
「は〜い、戦うのやめ。みんな、一緒に来てくれな〜い? ね、ちょ〜っと、取り返しのつかないことしてあげるだけだから」
笑顔で両手を合わせて、明らかに信用出来ない言葉を持ちかけてくる彼女。プラリーヌの先輩、つまりキューティーペンギンだ。なぜここにいるのかはわからないが、つまり彼女もまた立ちはだかる者。プラリーヌは構えたまま、にこにこ笑うペンギンに対し何もできずいる。
仕掛けたのはシン・ソニックだった。が、瞬速の彼女が繰り出した蹴りを、ペンギンはそのペンギンめいた指先の別れていない手袋に包まれた手で叩き、弾いていた。純粋なフィジカルならば学級いちのシン・ソニックは目を丸くしながら、払い除けられて勢い余り壁に衝突する。
「その速さならひとりで逃げられるのにね〜」
「私は逃げない監査だから正義の味方だからお前たちとは違うから」
「キューティーヒーラーだって正義の味方なのにね。ねぇプラりん?」
「……っ」
脱出口であるはずの門を目前にしたはずが、状況は最悪だった。