◇ハルナ・ミディ・メレン
突如として報告が途絶えたかと思いきや、その魔法少女はまた前触れもなく姿を現した。どうやって侵入したのやら、情報局の施設で、何事もなかったかのようにそこにいて、急ぎ足で歩いていた。眼帯に、ピンクの髪に巻きついた蛇のアクセサリー、間違いなくあの女だ。ハルナはその魔法少女の行き先を追った。追って、追いつき、おい、と声をかける。少女──キュー・ピット・アイは慌てて振り向き、その焦り顔をハルナを見るなり澄まし顔に変えた。
「あら……副局長様ではありませんか」
そうだ、ハルナはこの情報局の副局長という立場にある。その立場を利用し、情報局推薦の魔法少女──あろうことか元テロリストの──トーチカの縁者である彼女を、魔法少女学級に転校生として送り込んだ。ただでさえ魔法少女学級に噛む対価として
の、だが。アイは失踪した。何も言わずにいなくなったのだ。確かに記憶を消されても封印を施されても直らなかった救いようのない奴だが、学級からドロップアウトまでされるとは予想外だった。
「これまで何をしていた、どの面を下げてここに現れた」
「人を探していて、急いでいるんですの」
「それがどうした。私だって忙しい」
「邪魔しないでくださる?」
「お前……!」
できる限り怒りを表に出さずに努めて訊ね、アイの態度の前に崩壊した。ハルナは他の魔法使いのように全ての魔法少女を忌み嫌っているわけではない。中には尊敬すべき者もいる。だがそのうえで、魔法少女に力を持つべきでない者が多数いるのも事実。そしてアイはそちら側の
「脱獄囚として手配されていたお前を、魔法少女学級に通えるまで手を回してやったのは誰だ。覚えていないのか」
「ええ。私が選んだ道、ですもの」
「お前は選んでなどいない。私だ、私が全ての手続きをしてやったんだ」
オスク師を祖に持つ魔法使いであり、情報局副局長であるというこの立場は部門の連中に、多少強引に話を通すことができる。監査の奴らに捕まえず交渉するように言いつけ、宿舎の奴らに収監しないことを認めさせた。それを改めて教えてやったうえで、アイの態度は変わらなかった。
「……ですから。急いでいるのですわ」
煮えくり返りそうだ。そもそもこいつは『魔法少女狩り』によって逮捕された、不適格者なのだ。よりにもよってこいつを使おうとした過去の自分を呪った。
かつて新人時代、調査班でクラムベリー事件を担当した。その時からずっと、だ。正しくない魔法少女はいくらでもいる。胡座をかくならまだしも、アイのように人の道を外れる者さえいる。そんな連中を消し去る、のは難しくとも、外れる前に矯正または排除する方法はある。教育だ。
魔法少女学級は正しくあるべきだ。魔法少女でありながら精神の追いついていないゴミばかりのこの世の中で、教育のレベルは引き上げられなければならない。だからこそ、オスク派閥にありながら、プク派の事業である学級に協力を表明するように仕向けた。他部門の介入により、校長にまで赴任しようとしたハルナの目論見は外れたが──無事に学級そのものは開かれた。が、よりによってハルナ自身が、不純物を混ぜ込む羽目になっている。
理由はいくらでもつけられる。魔法少女学級を正しくするためには、この後でもいい、こいつは除名だ。情報局の力を使うことを決めながら、今目の前のアイに対する怒りをしまい込んだ。
「……捜しているのは誰だ」
「今すぐ、魔法少女のために動ける方」
ハルナの頭にはある人物が浮かぶ。が、それは駄目だ。こいつを会わせるわけにはいかない。そのはずが、ハルナが思い浮かべた瞬間に、迂闊にも向けたその視線の先を、彼女は読み取っていた。方向が決まるや否や、アイは歩き出してしまう。
「おい待て! ……おい!」
ハルナは追いかけるしかない。奥へ、奥へと進んでいく。止まる気配がない。なのにぺろりと舌を出した途端、急に何かを感じ取り、立ち止まった。思い浮かべた最悪の部屋だった。まさかこいつがそこまで嗅覚に優れているとは思わなかったが、アイは行くつもりだ。扉は開け放たれる。その向こうで、お休みになっていたはずの彼女が、電子妖精の浮かぶ魔法の端末から顔を上げた。
頭と腰に添えられた薔薇の飾り。紅く染まった衣装。その上に羽織る白と黒のローブ。見透かすような冷えた眼。長く伸ばした髪はこの1年で変えたものだと聞いた。彼女──『アークプリンセス・スノーホワイト』はアイとハルナを視認すると、現身のために誂えられた椅子より立ち上がる。
「私に、何か」
細く透き通る、冷ややかな声。
アイの所業の全ては、彼女には『心の声』で筒抜けだ。そもそも彼女はかつて魔法少女狩りに破れて逮捕されている。つまり全て知られている。その見透かす視線はアイを射抜いていた。
それでもアイは動じない、いや、僅かに震え、冷や汗が滲んでいる。
「今、私の心を覗いてわかっていただけたでしょう。おうじさまに、トーチカに、危機が迫っております。私、聞いたのです、学級を襲うと」
トーチカを助けてほしい、と。だがなぜその話がスノーホワイトに行くのか。ハルナは思わず、アイに向かって詰め寄ろうとする。
「そんなことで現身の手を煩わせようと? それは」
「『静かにして』」
声は止められた。何も言えなくなり、ハルナはただ見ているしかなくなった。
「……どうして、あなたが私に?」
「わかっております。私は貴女に狩られたもの。でももう、頼れるのは貴女しかおりません。私はもうおうじさまには信じていただけていない。ですから、助けが要るのです、私でない、正しき者の」
それから少しの間、ふたりは何も言わずに視線をぶつけ続けた。アイは何度か曲げそうになって、しかしそれでも踏みとどまり、見つめ返していた。
だが現身にそのような暇はない。スノーホワイトならば正しい魔法少女のためにと聞き入れるだろうが、トーチカはテロリスト、アイは人殺しだ。そんな奴の言葉が届くわけがない。
ないはず、だったのだが。
視線を交わしたその末に、スノーホワイトは瞼を閉じ、己の首元にある傷痕に触れ、そして頷いた。
「──わかりました。目標は、魔法少女学級襲撃の阻止。及び、生徒の救出、ですね」
「……! は、はい、ですわ!」
「なっ──」
椅子の傍らにあった薙刀と、両手剣を拾い、腰の袋に放り込むと、スノーホワイトは歩き出した。アイが続き、目を輝かせてついていく。呆然としたハルナはその場に残されそうになり、追いかけようとして、スノーホワイトの目線が向けられた。
「ハルナ・ミディ・メレン。あなたには、戻ったらお話があります」
──そうだ。ハルナの心の声も全て筒抜けだった、か。そのうえで、向けられるのが、アイに向けるものよりも冷ややかな、断罪者の目。
突き放されたような感覚と共に、ハルナは足を止めた。スノーホワイトとキュー・ピット・アイの背中はすぐに見えなくなった。