魔法少女育成計画Blue/Shift   作:皇緋那

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これでさよなら

 ◇ディティック・ベル

 

「そうですね。指示をしたのは、確かに私です」

 

 突如現れた青い魔法少女──ラズリーヌの師匠、先代のラピス・ラズリーヌ。今の名は『オールド・ブルー』。彼女は自らが弟子に殺人を指示したことを肯定した。その瞬間にラズリーヌが動く。自らの師匠に拳を向けることも厭わず、その目は本気だ。だがオールド・ブルーもまた、それを易々と受け流してみせた。

 

「予備動作が大振りになっていますよ」

 

 降り注ぐ拳に、アドバイスすらする余裕がある。その目が見ているのは攻撃そのものじゃない、ラズリーヌの癖や行動の起こりだ。息遣い、踏み込み、わずかな動作からどう攻撃が来るかを理解し、その通りに対処している。ただ闇雲にやり続けるだけではどうにもならない。

 ならばそれをズラすのがラズリーヌだ。自分の癖で回避してくるなら、普段と違う動きを見せる。深く長く息を吐いて、壁を蹴って、魔法による瞬間移動で背後に回り込む。そこからの蹴りを両腕で受け止められ、それでも仕掛けて始まる打撃の応酬、余裕は崩れない。ラズリーヌとて紙一重で一撃も貰わぬままだが、それは相手も同じ。互いに届く攻撃はなく、拳が空を切り、蹴りは受け止められ、ラズリーヌ渾身の頭突きは当たらず、オールド・ブルーが繰り出した掌底をテレポートで躱す。

 ラピス・ラズリーヌの名を最初に自らに付けただけあり、オールド・ブルーはそのネモフィラの香り漂うコスチュームの中に、宝石の意匠を持つ。ならばラズリーヌはその場所へ跳び放題だ。いつでも自分の周りにテレポートされると警戒しながら、それでもなお正面からの攻撃を全て受け流し、自らの攻撃を通しに来る。

 これがラズリーヌを鍛えた師匠。そしてラズリーヌはその名を継いだ弟子。受け流されても一切動じることはなく、ディティック・ベルでは到底追いつけない速度の戦いは続く。

 だからこそ勝負はつかず、差があるとすれば何かの外的要因が──。

 

「動かないでくださいまし」

 

 師弟対決の様子ばかりを見ていたせいで、この場に残った魔法少女たちへの警戒が抜けていた。ディティック・ベルの首筋に突きつけられた凶器。刃渡りや形状からして──レモネードを刺した刃と同じだろう。手にしているのは思案だ。首筋の皮膚が切られ、わずかに血が滲んだ。

 

「っ、ベルっち──」

 

 ラズリーヌはその光景が目に入るや否や、目的をこちらに切り替えてくれる。オールド・ブルーには渾身の回し蹴りで牽制、回避をさせたら、ディティック・ベルの髪飾りを先に指定して瞬間移動。と同時に思案に当たるよう拳を繰り出して、それがまた別の魔法少女に止められる。ランユウィだ。蹴りに蹴りが合わせられ、激突するだけで思案を振り払えず、ディティック・ベルは動けないままだ。

 

「……っ、ラズリーヌ! 思案、こんなこと」

「それ以上喋ったら掻っ切りますわよ」

 

 押し付けられる刃。思案は本気だ。既にクラスメイトを殺めてしまっているせいで、恐怖心の箍は壊れている。そしてランユウィがラズリーヌの攻撃を止めたことで、オールド・ブルーに大きな隙を晒していた。それを逃さずに仕掛けてくる師匠。一気に踏み込んで繰り出される掌底に、逃げようとしたラズリーヌをランユウィが掴む。そのせいで対応は完全に遅れ、鳩尾に攻撃を受けて転がっていった。咳き込むラズリーヌ。彼女を心配して叫びたくとも、思案の刃は冷たく首に添えられたままで、何も出来ない。

 

「けほ、けほっ……師匠、なんでっすか、なんなんすか、これ、どうして、学級を」

「魔法少女学級は口実でした。真の目的に必要な者と、障害となる者、そしてこの場所。それらをひとつに集め、一度に処理する。そのための事業です」

「そんなんじゃ、ねーっす……! ベルっちは、先生やらされるってなっても、必死にみんなのためを考えて!」

「ですから。言ったでしょう。探偵ごっこも、先生ごっこも、終わりだと」

 

 言い放つオールド・ブルーに、もはや言葉を失っていた。話が通じていない。前提が食い違っている。オールド・ブルーにとって、この魔法少女学級とその生徒たちは眼中にも無い。見ているのは目的のために関わる部分だけだ。

 

「何がしたいのかわかんねーっす! でもだったら! あたしもベルっちも、生徒のみんなも! 関係ねーはずっすよ!?」

「関係はありますよ。いえ、ですがそう……交渉に応じてくれるのなら、話は別でしょうか」

「交渉……」

 

 言われたことをぽつりと復唱する。思案の刃は震えている。

 

「2代目ラピス・ラズリーヌ。私の目的に協力してください。それがいい。そうしたら、ディティック・ベルは解放しましょう。生徒も、これ以上は傷つけぬよう尽力します」

「なっ……」

 

 学級を壊し襲ってきた相手に協力をしろ、と。そう言われてすぐに信じられる者はいない。ラズリーヌでさえ言葉に詰まった。そしてこちらの方に向けられる視線。ディティック・ベルは、自分は大丈夫だからという目線を返した、そのつもりだったのに、込み上げてくるものを堪えながら、彼女は俯いた。

 

「……わかったっす」

「ちょ、ラズリーヌ……?」

「師匠がやりたいこと、あたしも手伝うから……ベルっちは離してやってほしいっすよ」

 

 確かにラズリーヌの口からそう聞いて、オールド・ブルーは柔らかく微笑んだ。その笑顔に至るまでの経緯を思えば、その柔らかさは人間味が感じられない、もはや気味が悪いとさえ思えた。

 

「それでこそラピス・ラズリーヌです。ほら、こちらへ」

 

 ラズリーヌの手を掴み、引いていくオールド・ブルー。ランユウィと思案を呼び、ようやくディティック・ベルは手を離された。ディティック・ベルじゃあ戦える魔法少女じゃない、ここで立ち向かっていっても敵わないと、首につけられた赤い筋が告げている。連れられていくラズリーヌの背中を、見ているしかない。

 

「……ごめんっす、ベルっち」

 

 違う。悪いのはラズリーヌじゃない。そんな顔、しないでくれ。そう手を伸ばしたくても、伸ばせない。オールド・ブルーはランユウィの魔法を使い、教室の扉をどこかに繋げ、既に撤退の算段をつけていた。彼女らは扉の向こうに消えていく。

 その最中だった。オールド・ブルーは、扉の向こうにいたらしい何かに指示をした。何だ。あの、ライトニングに似た謎の魔法少女たちか。それともランユウィたちのような弟子か。しかし目の前に現れるのは、そのどちらでもなく。

 

 構えられた銃口。明るい緑のはずの瞳は錯乱に澱んで、瑞々しい果実の魔法少女とは思えぬ眼差しだった。トリガーにはもう指がかけられている。

 

「今ですよ」

「……っ! 先生のくせに、探偵のくせに、守ってくれなかった……レモネーを守らなかった! お前なんて……!!」

 

 ──なぜここにマスカットがいるのか。それさえもわからぬまま、彼女が指に力を込め、銃が火を噴くのを見ていた。弾丸は目にも止まらず、ディティック・ベルを貫く。胸、真ん中──焼けるように熱い。痛みを超えている。どくん、どくんと、内側から溢れだしてくる。血だ。

 

「なッ──」

 

 扉の向こうに吸い込まれる瞬間、振り向いたラズリーヌはそれを見てしまった。見た上で、手を引かれ、その向こうにいなくなってしまった。扉は閉じ、そこに残るのは、息を荒くしたマスカットと、胸を撃ち抜かれたディティック・ベルだけ。逆流してきた血が口からも溢れる。意識が朦朧として、体からも力が抜ける。思わず倒れ込み、もう視界は赤だけだった。思考すらも保っていられない。

 

 私、は──最後まで一緒に、って、思ったはず、なのに──。

 

 意識が、深い深い青の中に沈んでいく。

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