◇ブルーベル・キャンディ
「遅いですよ、師匠」
「すみませんでした、少し遊びすぎてしまって」
遅れてきた師匠は、わざわざひとり多く連れ帰ってきた。これで、キューティーペンギンが勝手に連れてきた
その連れてこられたというのが、ブルーベルにとっては意外だった。旧名ブルーコメット、現ラピス・ラズリーヌ。襲名に伴い一門から卒業したかと思いきや、探偵事務所なんかに入ったという子だ。
「……ブルっち」
そういえば彼女に最初に名乗った名前から、そんなあだ名になっているんだったか。最初は自分も『ブルー』だったし、今は師匠も『ブルー』なのに。今はこちらも
「あ、2代目。久しぶり」
「何してたか、知ってたんすか」
「私、かなり共犯だよ」
2代目ラピス・ラズリーヌは先代に比べて善性すぎる。だからこそ選ばれたのだろうという感覚と、それではどこかで転ばされるだろうという感覚があった。そしてそれは今日のことだった。魔法少女学級を襲撃し崩壊させるなんて手段を取った我々に連れて帰られる、ということは、何かしら師匠にやられたんだろう。大方──あの探偵絡み。
「ベルっちは……ベルっちはどうなったんすか。あれは、なんなんすか、今のは」
マスカット・マスケットには、レモネード・グレネードの怒りの感情から作ったキャンディを与えた。それがどう作用したのかは、想像には難くない。怒りの矛先があらぬ方向に行って、誰も幸せにならない結果になったのだろう。それをラズリーヌに伝えたとて、彼女が収まることはない。ブルーベルがはぐらかして伝え、ラズリーヌは歯噛みして、ぐいっと師匠に掴みかかる。それでも、言ったところで現実には変化はない。
「やったのは私ではなく。あなたの生徒でしょう」
師匠はラズリーヌに見えぬよう、こちらに合図をした。言われて仕方なく、後ろからラズリーヌの肩に手を置いた。魔法が発動する。触れた先から赤色のキャンディがぽろりと零れ落ちて、ラズリーヌの手から力が抜けた。キャンディはそっと回収しておく。
すぐ横では、行われたこんなやり取りを見て、察してしまったらしいプラリーヌが微妙な顔で目を逸らしていた。トーチカに至ってはずっと俯いて、顔に影を落としている。
それにしたって、師匠もえげつないことをするものだ。ディティック・ベルにどうしても追わせたくなかっただけなら、他にもやりようがあったろうに。ラズリーヌを取られた気にでもなっていた私怨か。師匠に限って有り得ないか。ひとり、ふっと吐き捨てた。
「それで? マスカレイドまで使ってこんな派手なことして、これから何をするの?」
「それは私ではなく、これよりお迎えする方に」
「お迎え? 誰?」
「
校長、魔法少女学級の、か? これまで校長なんて、まるで表に立ってこなかっただろう。現に教員だったラズリーヌでさえピンときていない様子だ。何が始まるのやらと思って待つ。校門に屯する新旧のラズリーヌにキューティーヒーラー、異様な光景だが、そんな違和をかき消しに、一台の車が校門前へと到着する。
開く扉。お付きがカーペットを敷き、ふわりと現れる彼女の御御足を受け止める。魔法少女の中でも幼い姿。神々しささえある巻き髪を揺らして、彼女は降り立った。
三賢人が一角、『アヴ・ラパチ・プク・バルタ』、その現身たる彼女は『プク・プック』。ああそうだ、彼女のためにここに集まっているのだと再確認する。師匠が真っ先に、膝をつき頭を下げたのに続いて、ブルーベルも同じように彼女への敬意を示した。
「お待ちしておりました。校長先生、いえ、プク・プック様」
「ここで魔法少女の学校をやってたんだね。その子たちは?」
「儀式には不要ですので、帰らせました」
「そっか。必要なのは、トーチカちゃんくらいだもんね」
──初めから、狙いは学校の中にあった。プク派が確保してきた、始まりの魔法使いの遺物のひとつ。それがこの中学校にある『遺跡』だ。本来ならば現身でさえ触れることはないだろう領域。だがそれを使う算段が、そして使わなければならぬほどの目的が、プク・プックにはあった。
トーチカはかつて、完全に死体となっていた旧レジスタンスの魔法少女『マリア・ユーテラス』の蘇生を成功させている。彼女の魔法が導き出す儀式は、やり方として確立してしまうものなのだという。彼女ならば、始まりの魔法使いの遺跡にすら、何らかの儀式を通用させることができるかもしれない。
だから情報局を利用してトーチカを学級に招き入れた。学校内に誘い込むために、表の企画として魔法少女学級なんてものも作った。ついでに他部門まで巻き込んで同時に突き崩しにかかるための布石すら打たれている。
あらゆる発端はオールド・ブルーだ。オールド・ブルーはその目的のため、手段を選ぼうとはしない。利用できるものすべてを最大限に利用するだけだ。研究、広報、そしてプク派。全ては、『魔法の国』の──、魔法の国の……何、だったか。ああいやそうだ、全ては
「それじゃあ、さっそく。トーチカお姉ちゃん、お願いね」
「……はい」
プク・プックによって肩に手を置かれ、覗き込んでもらえるという栄誉を受けながら、トーチカの瞳が赤に輝きを放つ。彼女が組み立てるのは『魔法の国の救い方』だ。プク・プックが、お友達と共に魔法の国を救うのだ。