◇ディティック・ベル
──深く。深い夢の中。
生暖かな闇の中に蹲り、震えている。閉じられた空間で、いつ来るともわからないものに怯えながら、ただひたすらに終わりを待つ。外から聴こえてくるのは、命を奪い合う音。呻き、悲鳴、断末魔。見つかったら真っ先に殺されるのが自分だと、何よりも強くわかっている。だから闇の中に閉じこもる。閉じこもっているしかない。死にたくないから。
これはあの日の記憶だ。人が殺しあって、死んでいくのを見過ごしたあの日。森の音楽家クラムベリーによる、試験とは名ばかりの、凄惨な事件の記憶。ディティック・ベルは何もしなかった。いや、むしろ、そうだ、覚えている。ゲームの時ラズリーヌを見つけたように魔法少女の家を探り、待ち伏せて、襲いかかろうとしたことさえあった。追い詰められて動転していた、なんて言い訳をしたって、ディティック・ベルは凶器を持ち出した。殺そうと本気で思っていた。
まあ、その目論見は外れて返り討ちに遭い、それからはずっと、魔法で作った建物の口の中に隠れて、怯えて、そればかりだった。そんな私だったなら、魔法少女の素質を問い返され、狩人の銛に裁かれたって仕方がないだろう。
意識が浸っていた闇に、切れ目が現れる。記憶の中では有り得ない光景だ。闇の外から差し込んでくるのは青い光。瑠璃色の、ラピスラズリの輝きだ。
私の中の消えない傷。それでもなおと運命を変えてくれたのは、きっとこの光だった。手を伸ばす。届かなくて、遠ざかっていく。……闇の中にはいられない。その光を知ってしまったからには、追いかけなくちゃいけない。瑠璃を追って、闇から抜け出して──。
「……! 起きた!?」
目の前には魔法少女。もこもこの着ぐるみめいたコスチューム。痛む頭を探り、チェルナー・マウスの存在に思い当たり、彼女に呼びかけようとして、声が出なかった。人工呼吸器がついている。体もうまく動かせなかった。チューブに繋がれているらしい。そうだ──自分は、マスカットに撃たれたんだったか。彼女の弾丸は確かに、ディティック・ベルの心臓を撃ち抜いたらしい。それでも助かった。ここは、どこかの医療施設だろう。知らない、真っ白な天井だ。
「ベルさん!」
飛び込んできたのは青い魔法少女。青は青でも、夜空の青だ。彼女、ミルキーウェイは慌ててベッドのすぐ近くまでやって来て、首から提げた金属板のネックレスがしゃらんと鳴る。
「よかった……! もう、会えないのかと……」
「ミル、キー……」
「あぁっ、無理しないでください! 生死の境をさまよったんですから!」
「ラズ……リーヌ、は……」
そうだ。オールド・ブルーによって連れていかれたラズリーヌ、彼女のことが心配でならなかった。彼女がいなければ、ディティック・ベルはここにはいない。彼女がいなきゃ、ラズベリー探偵事務所にはなれないのだから。
「……ごめんなさい、行方はわかってなくて」
ミルキーウェイは申し訳なさそうにする。彼女は何も悪くは無い、ただお見舞いに来てくれた優しい知人だ。そう言ってあげたいが、声は出ない。
「連れてきたよ!」
病室の扉がいきなり開く。チェルナーだけじゃなく、後から続いて現れるのは見慣れぬ魔法少女。長いストロベリーブロンドの髪に白いヴェール、そして赤い薔薇の飾り。その知っているはずの顔を見ても、頭の中では同一人物だと結びつかなかった。
「……この姿になってからは、初めまして。スノーホワイトです。あなたたちを保護させていただきました」
スノーホワイトだということは、ここは監査部門か。たち、ということは生徒も保護されているのか。浮かび上がってきた思考に、スノーホワイトは心の声を聞いて丁寧に答えてくれる。
「ここはオスク派の医療施設です。監査部門系とは少し違います。生徒さんも、負傷者は入院、治療させていただいています」
それを聞き、生徒はみんな無事なのかと問い返そうとして、喋れない。咳き込んで、落ち着いて、と優しく声をかけられ、ようやく収まった。
「……全員は、確認できませんでした。ラズリーヌさんも」
「……」
「ランユウィ、玲透館思案……トーチカ、キューティープラリーヌ。以上が行方不明の生徒です」
5人、残った生徒たちの半数がオールド・ブルーの弟子であったふたりに加え、プラリーヌに、トーチカ。現役のキューティーヒーラーと、儀式の魔法を持つ魔法少女だ。オールド・ブルーは何をしようとしている。
「彼女らはこの1週間、梅見崎中学校旧校舎を占拠し続けています。恐らくはその……トーチカを使った儀式が終わるまで」
以前トーチカが起こした事件で行われたのは死者蘇生の儀式だった。トーチカの作るレシピは手段を選ばなければそこまでのことができてしまう。オールド・ブルーの手に渡ったら何が起こることか。
「はや、く……っ」
「『動かないで』」
無理をしてでも力を込めた体が止められた。連れ去られたラズリーヌも、生徒たちも、取り戻さなきゃいけない。なのに。
「今動けば、あなたは死ぬだけ」
「……」
何も言えなかった。ディティック・ベルには何もできない。真実に迫ろうが、力にねじ伏せられていってしまった。できることは、闇の中に閉じこもる、それだけなのか。
「まだ。これからです」
「そうだよ! トモキ、また何かに捕まってるなら、助けに行かなくちゃ」
声を出したのはミルキーウェイだった。そこにチェルナーが続く。今のディティック・ベルは、助けてくれる人達に囲まれている。また立ち上がることはできると、手を握ってくれた。体温はしっかりと伝えられる。温かかった。動かせないなりに、ぐっと握り返した。
「──それなら。我々も協力させていただきます」
スノーホワイトの言葉は頼もしいものだった。彼女がいれば百人力、だ。かつて共闘した時も、相手の魔法少女を簡単に制圧してみせたり、とても頼りにしていた。なんだかチェルナーもいて、その時のチームを思い出す。
「そう、ではなくて」
心の声で聴こえたのか、スノーホワイトは言いにくそうに否定した。言うか迷った末、スノーホワイト自身ではなく、彼女の胸元にあった端末から立体映像が飛び出して、白黒のマスコット、ファルが代わりに続けた。
『実は今のオスク派のトップはスノーホワイトなんだぽん』
「……え」
派閥の頂点って。そんな話は聞いたこともない。どころかむしろ、1年ほど前から連絡がつかなくなっているということの方が聞いた。たまの頼みで情報網を辿っても引っかからなかったこともある。隠蔽されていた、ということなのか。
「監査と、宿舎にも声をかけましょう。立場上はカスパ派ですが人事とも話をつけなければ。遺跡が絡みプク派が本格的に動いている。全面的な争いになるのは避けられません」
大勢の魔法少女を巻き込むことになるだろう。それでも、オールド・ブルー、あるいはプク派の企みは、ラズリーヌのことを取り戻すと共に調査しなければならない。とうに覚悟はここにあった。深く頷き、スノーホワイトもまた、頷き返してくれる。
「それでこそ、です!」
諦めるのは探偵らしくない。ラズリーヌが帰ってきた時、胸を張って探偵らしいことをしたと言えるようにしなければ。今は、その張る胸に穴が空いている、んだけど。
「……生徒、の、様子……は?」
「生徒さんたちですか? はい、ベルさんよりも先にお目覚めになったみたいでして──」