◇雷将アーデルハイト
「アーデル! 大変! 大変!」
入院中のアーデルハイトの病室に、珍しく慌てた様子のジュエリーゼリーが現れる。お見舞いには毎日のように来てくれるありがたい彼女なのだが、こんなに慌てているのは初めてだ。
「なんや、うちらの活躍がブルーレイに?」
「第1巻発売、じゃなくて」
軽くノリつつ、ジュエリーゼリーは近くに腰掛けると、息を整える。
「良いニュースと、良いニュースがある。どっちから聞きたい?」
「……良いニュース」
「オーケー。では後者から」
「なんでやねん」
なんのための択一だったのやら。我ながら小気味よいテンポでツッコめたなと思いつつ、ふと嬉しくもなる。あれから1週間。そんなふわっとした冗談が混じるくらい、落ち込んでいた彼女が振り切れてくれているのだ。アローズと決着をつけられたのはそれだけ大きくて、精神的には落ち着けている。肉体的には、怪我をしたのはアーデルハイトの方だけだ。
「ではまず。スノーホワイトが奪還に協力してくれるらしい。オスク派の人達が動員されるとか」
「……なんやでかい話になってきたやないか」
「そもそも各部門を挙げての事業だった。元々大きいよ。アーデルくらい意外と大きい」
「なんの話や」
眉を顰めて首を傾げると、なんでもない、と続けられた。ジュエリーゼリーの発言の半分はノリだけの他愛のないもので、だいたい大事なことはわかるように話す。だからそれも本筋には関係ない、はずだ。
「それよか、前者や。前者は何やねん」
「そうそう。実は、ベル先が起きた」
「なっ──」
1週間前に心臓をぶち抜かれ、昏睡状態だったディティック・ベル。ジュエリーゼリーが応急処置をし、魔法少女の耐久力があったとしても、意識はずっと戻っていなかった。半ば諦めかけていた我らが先生が、目を覚ましたと。良いニュースの中でもとても良いニュースだった。
「そういうことなら先に言わんと!」
「もったいぶるほどだったでしょ」
それならアーデルハイトだって寝ている場合じゃない。思わず動き出して、呻いた。
「ぁいっ……たたぁ……」
「無理しないで、ほら、私につかまって」
「おぉう……ありがとなぁ」
医療用のベッドから起き上がろうとすると、どうしても下腹部が痛い。アローズに刺された傷だ。魔法の医療施設のおかげでかなり塞がってきてはいるものの、痛いものは痛い。包帯でぐるぐる巻きの腹を押さえながら、ジュエリーゼリーに寄りかかる形になってなんとか落ち着く。
あの大騒ぎから1週間も経って、本調子ではないにしろ、下腹部に力を込めなければ動ける。
「……せや。他のみんなには知らせたんか」
「モチよ。シンソニなんてベッドから瞬速で飛び出してった。病み上がりなのに」
たまに痛みに顔を歪めながら、肩を借りてディティック・ベルの部屋を目指す。既に数名が集まっているらしく、話し声がした。ジュエリーゼリーが3回ノックをし、中から声がして、入室。部屋の中には予想通り複数名の魔法少女が集まっている。肝心のその先生は──ベッドの上だ。視線はこちらに向いている。人工呼吸器は外せていないが、意識がある。ほっと安心して、深く息を吐き、変なところに力が入り傷口が傷んで呻く。
「あぁっ、だ、大丈夫ですか!?」
「あーいや、平気や、ほぼ塞がっとんねん、ベル先に比べたらなんでもないわ」
駆け寄ってくれる青色の魔法少女──確か人事部門から見舞いに来ている、そう、ミルキーウェイだ。彼女に心配されながら、椅子まで運ばれ、座らせてもらった。ディティック・ベルと目が合うと、アーデルハイトは平気だと笑ってみせる。ジュエリーゼリーはすまし顔のまま両手でピースした。まだディティック・ベルは声までは出せないようだが、自分たちの元気な姿で安心してくれただろうか。
ついでにシン・ソニックにも軽く絡んでみる。
「てかシンソニは大丈夫なんか、ボロボロやったやないの」
「問題ない私は正義の監査部門なんだから倒れてばかりではいられないし今すぐにでもトーチカたちを助けないとそうだ助けに行くの今から行くからあとはよろしく」
「ちょい待ち!!!」
話しているうちにいてもたってもいられなくなり、立ち上がったと思うと走り出そうとしてしまう。軽率に絡んだのがよくなかったらしい。その先には分厚いゼリーの壁があり、彼女は無事キャッチされ、単騎突貫は免れた。しばらくうずうずしていたものの、スノーホワイトに『動かないで』と言われて静かになる。
気持ちは痛いほどわかる、実際刺された傷が痛いのだが、本当はこの傷が開いてでも学校を取り戻してやりたい。生徒の皆がそう思っている。心に深刻なダメージを負ったマスカットは今も部屋からは出てこないし、キュー・ピット・アイは事情聴取中というが、少なくとも、ここにいる残った生徒たちは──。
「……ん? ライトニングは? あいつ、わりとすぐ退院して元気やったやろ」
「病院内にはいないらしい」
「そっか」
アーデルハイトは病室生活がゆえによく知らないが、あの自由気ままなお姫様のことだ。またどこか、自分の行きたい場所でフラフラしているんだろう。……それはそれで大丈夫なのか心配になるが。
「彼女には聞きたい話がいくつもあるのに」
「プリンセス・マスカレイド……仮面舞踏会。仮面を使って、死した魔法少女の力を使う……」
例の軍勢『プリンセス・マスカレイド』はライトニングと同じ、どころか彼女は本来その中のひとり、だと言っていた。目の当たりにしたその力を聞き、スノーホワイトが静かに手に力を込めているのに気がついた。
敵は、ベクトリアのものを模倣したアローズのように、誰かの魔法を使う。そのうえで、ライトニングと少なくとも同格以上の者が何人もいる。さらにそこに、オールド・ブルーに、ランユウィ、思案、そしてツインウォーズまでも加わってくる。脳裏には不安が過ぎる。振り切った。
「チェルナーたちなら平気だよ」
特大ひまわりの種をかじっていた着ぐるみハムスターの魔法少女がそう言うと、ちょっと和む。耳打ちであのもちもちはなんやと聞いてみると、ミルキーウェイ曰くチェルナー・マウスという、トーチカの友人で、助っ人らしい。
「舞台の神は越えられる試練しか与えない」
「……なんやそれ、ベクトリアみたいなこと言うて」
「ベクトリアの言葉。それにこうも言う」
皆が見ている中、ジュエリーゼリーは軽く咳払いをし、アルメールの声真似をしてみせた。
「このままじゃ……奪われたままじゃ、みんなゆっくり眠れない」
「……せやな。もちろん! うちらも協力するで。ベル先もスノーホワイトも戦うんやろ?」
ディティック・ベルは、声を出せないなりに、頷いた。奪われたものは大きく、取り返しに行くのも容易なことではない。だがここに折れた者はいない。ジュエリーゼリーが最初に手を出して、ディティック・ベルの手に重ねた。シン・ソニックが続き、アーデルハイトも手を置く。そしてミルキーウェイが、チェルナー・マウスが、スノーホワイトが続く。
「最もシンプルに、プリミティブに、そしてフェティッシュにいこう」
「最強最速で奪還します有無を言わせず是非もないほどに」
「連中のいけ好かん顔、しばいたるで」
「えーっと、えっと、頑張ります!」
「トモキ……待っててね!」
反撃の狼煙が、病室の中、静かにあがっていた。