◇ディティック・ベル
オスク派による協力が決まり、派遣されてきた魔法少女の皆さんによる助力、そしてリハビリの結果、ディティック・ベルもなんとか起き上がれるようになってきた。その間、ほぼミルキーウェイがつきっきりで世話をしてくれ、ありがたいが申し訳なくなる。
「ごめんね、ずっといてもらって」
「いえ! 私のことはおかまいなく! 仕事はちゃんと有給とってます! それに……私、ベルさんにも憧れてますから」
「私、に?」
思わず首を傾げた。
自分で言ってはなんだが、目標にされるような魔法少女ではない。ミルキーウェイは部門所属、それも本部の雇われともなればかなりの上澄み。いくつか大きな事件に関わった実績はないこともないが、フリーで探偵なんてことをしているディティック・ベルは本来木っ端だ。戦えるような力も、珍しい魔法も持っちゃいない。任された先生の仕事だって、このざまだ。
それでも、目を向けてくれる人たちがいた。
「自分のやりたいこと、好きなことを貫くって、大変です。そういうところが輝きなんだと思います。ラズリーヌさんも、そんな輝きに惹かれたんですよ」
「……そうかな」
「きっとそうです!」
うまく動いてくれない体と焦りに折れそうになっても、ミルキーウェイは励ましてくれた。そのお陰か、たった数日で、彼女の肩を借りなくても歩けるようになるにまで回復しつつある。そっと手を離してもらい、少しふらつきつつも、踏み出した。リハビリ用の手すりの間を、手を浮かせたままで歩く。ドキドキしながら見守るミルキーウェイの前で、一歩一歩と進み、やがて、通り抜けられた。
「……! これなら……なんとか、歩けそう。ありがとう、ミルキー」
「いえいえ……本当によかったです! 部門長から車椅子借りなくて済みましたね!」
「借りる予定だったの!?」
彼女からジョークが飛んでくると思わずツッコミよりも驚きが来た。まだずっと歩けるわけじゃないが、壁を伝うくらいならできるだろう。幸い病院なら手すりは完備されている。
それなら、まず行かなきゃいけない部屋がある。
「あのさ。ふたりで話をしたい人がいるんだ」
「ふたりきり、ですか?」
「うん。個人面談、ね」
「そうですよね! 先生さんですから!」
ミルキーウェイには少し離れる、と伝える。彼女はらすぐにわかりましたと元気な返事が来る。素直で健気すぎてむしろ心配になるくらいだ。ここは任せて、時折壁に手をつき手すりに頼りながらも、病室のひとつを目指す。世話役の職員以外、気を遣って出入りしていないであろう奥の部屋だ。鍵はかかっていないようだった。ノックをして、返事はないが、ゆっくりと開く。中にはベッドの上、うずくまる少女がひとり。傍らには銃が転がしてある。
「……マスカット」
彼女はディティック・ベルの来訪に気が付き目を向けると、信じられないものを見る目をした。彼女は、自分を殺したつもりでいたのだろう。現に、スノーホワイトたちが少しでも遅れていれば死んでいた。自分もきっと終わりだと思った。だが、そうではなかったのだ。彼女の傍らに椅子を出し、ふらつきながらも座って、目を合わせた。すぐに、視線を逸らされる。
「っ……ごめん、なさい」
最初に出たのは涙声の、振り絞った謝罪だった。そんなつもりはなく、話そうとしていたことが飛んだ。無事思い出したのは少し間を置いてのことだ。
「責めに来たわけじゃないよ。謝ってほしかったわけでもない。私が……レモネードを助けられなかったのは、本当のことだから」
「……」
「私も。何も出来なかった。ラズリーヌが連れていかれるのを見ているしかなかった。昔と同じ。真実に意味はなくて、血が流れるだけ。その死を、私は見ないふりをした」
彼女は黙ったまま聞いていた。ディティック・ベルもまた吐き出した。マスカットが思い出させてくれた、思い出さないようにしていた、あの日の記憶。クラムベリーが起こした試験のことだ。思えば、ランユウィたちによる犯行、つまり生徒同士の殺し合いが、まさかその日の記憶と重なってしまって想起したのかもしれない。
「今度こそはせめて。なくす前に、取り戻したい。取り返しがつかなくなる前に」
「……レモネーのことは、もう取り返しつかないよ」
「そう、だね。死んだ人は帰ってきてはくれない」
「だったら」
「でも、好きだったものを守ることはできるんじゃないかな」
「……トーチカくん……連れて、行かれたんだよね、あの人たちに」
レモネードだって、学級生活は楽しんでくれていたはずだ。その思い出に、これ以上銃口を向けないでほしかった。
「……私は、貴方に、立ち上がってほしい。だけど……無理にとは言わないよ。辛いならここにいてほしい。私たちが、トーチカのことは連れて帰るから」
マスカットはその言葉に、歯を食いしばって、銃身を強く握りしめて、力任せにベッドに投げて、弾んだ銃はからんと床に転がり金属音を立てた。
「考え、させて」
頷いた。考えるのをやめることが、一番怖いことだ。きっと彼女はこの先、どうするのか自分で決めてくれるだろう。その選択がどう向くのかはわからない。けれど、それが最良になるような手助けだけは惜しみたくなかった。
──そこへ。病室の戸を叩く音が。答えるより先に、がらりと開かれる。現れるのは、ピンク色だ。
「あら。起きたと聞きましたけれど、本当に目を覚まされましたのね」
「っ、な、なんで、どの面下げて……っ」
「待って。キュー・ピット・アイ、事情聴取は終わったの?」
「えぇ。終わりましたとも。私に指示していた魔法使いは何らかの処分らしいですわ」
監査部門と宿舎に色々と聞かれていたというキュー・ピット・アイだが、もう終わっていたらしい。そして現れたのが真っ先にここだとは意外だった。姉妹との関係が良いようには見えなかったうえ、ひとりでトーチカを探しに行ってもおかしくないだろう。
「状況は」
「聞いております。おうじさまを取り戻すのが一筋縄ではいかない、とも。研究部門に、ラズリーヌ一門に、プク派。私も凶悪犯ですけれど、スケールが違いますわ」
「自分で言うの……?」
「今はひとりでも戦力が欲しい。でしょう?」
その通りだった。動ける魔法少女が多ければ、それだけ奪い返せる可能性だって大きくなる。
「マスカット・マスケット。あなたの銃撃、正確であるとはおうじさまに聞いておりますわ。ええ、そうなのでしょう、そこの先生の、心の臓の真ん中を撃ち抜くほどには」
「ちょ、その言い方は……!」
「失礼。褒め言葉でしてよ。とにかく……立ち上がってくださる? おうじさまを、助けなければなりません」
詰め寄るアイ。今のマスカットはまだ、受け止めきれないだろう。ディティック・ベルは彼女の手を取り、さすがにまだマスカットとは引き離しておくべきだと手を引こうとした。アイは拒否し、マスカットは答えない。静かだった。
「……ええ、そうですか。であれば。奴らと共にいた理由は」
「わかんないよ。ただ、青い人に、キャンディみたいなのを貰って……案内されて……そのまま記憶が……?」
「キャンディ?」
飴玉を使う魔法少女。プラリーヌのような流体ではなく、玉だという。噛むとすぐに溶けてなくなる不思議なものだとも聞く。
「キャンディ……何か手がかりになるかもしれない」
攻略の糸口はどこから出てくるものかわからない。ならばどこでも探ってみる。こちとら探偵だ。日頃から足で稼いでやっている。