魔法少女育成計画Blue/Shift   作:皇緋那

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暇を持て余した貴婦人の遊び

 ◇雷将アーデルハイト

 

 決闘のせいで退院秒読みのはずが入院生活に逆戻りしたアーデルハイトは、個室のベッドで目を覚ます。

 病室ではそれなりに朝が早い。やることもないのに早めに目が覚めて、二度寝するにはうまく寝付けず、カーテンを開く。朝日に目を細めながら、庭の方の人影を見た。やたら速く動き回るあのスピード、シン・ソニックだろう。毎度早朝から走り込みをしているらしい。ストイックだなと思いつつ、朝食までも時間があって、特にやることもなく彼女を眺めていた。普通軽いジョギングくらいだろうに、やたらと速い。目で追うのがそもそも戦う魔法少女でなければできないくらいで、アーデルハイトはだんだん追いかけるのが馬鹿らしくなり、窓から目を逸らした。遠くの景色を見る。気持ちのいい晴れ模様だ。

 

「おはようアーデル」

「うわぁビックリしたぁ!? なんや驚かすなや」

 

 いつの間に入ってきたのか。面会に来るには明らかに時間が早い。何事かと思いきや、声をかけたジュエリーゼリーの後ろに、これまた当たり前かのようにライトニングが立っていた。

 

「おはよう。あんなにボロボロにしてあげたのに、もう歩けるのね」

「はいはいおはようさん。これ誰がやった思っとるねん。まだ節々が痛いわー」

「ふふ、それはよかったわ」

「どこがやねん」

「わーお、これは夫婦漫才」

「誰が夫婦や」

 

 なあ、と振ろうとして、ライトニングのにまにました顔でやめた。満更でもないにも程がある。

 

「……それは! まあええやろ。傷の具合は平気や、私も、ライトニングも」

「良かった。早くに目が覚めたのでせっかくなので寝起きドッキリをしようと思って。思ったんだけど」

「なんで起きてるのよ」

「早くに目が覚めたからや!」

 

 アルメールが担っていたツッコミのポジションを引き継いだはいいが、ライトニングが増えたせいか収拾がつきにくい気がする。ここにシン・ソニックが加わると、アルメールでもつかない。ベクトリアはむしろ弁えていたんだなと、実感させられてしまう。

 

「ベル先は、スノーホワイトとお出かけ中。監査の人達はなんだかとても忙しそう。というわけで、まだ動けないとみた。今のうちに連携の確認とかしておくべき」

「確かに、なぁ。1班2班3班、全部の混合チームにならなあかんし」

「というわけでゲストに声をかけてある」

「お、おう? やる気満々やないの」

 

 こういう時、ジュエリーゼリーの行動力は妙に高い。とはいえ朝食はさすがに食べてからということで、食堂にまで歩く。そこで朝から目の前で昔話に出てくるようなどでか盛りご飯を平らげるライトニングと同席、ジュエリーゼリーはどんどん消えていくご飯とさらに「これ貰ってもいいかしら」で何品か持っていかれるのに唖然としていた。アーデルハイトはサンドウィッチで済ませて腹ごしらえは完了。併設されている広くて頑丈なトレーニングルームに赴くことに。

 

「皆さんどうしたんですかそんなに集まって朝からどこかにご用事ですか私も連れていってください最速で」

 

 廊下の途中で、走り込みを終えたらしいシン・ソニックが、片手にゼリー飲料を持って現れた。相変わらず息継ぎなしの早口でそう言いながら、トレーニングルームへ向かう一行にもうついてきていた。

 

「走ってきたのにご飯食べなくていいの」

「こちらがあるから平気このゼリー飲料考えた人はすごいこれでエネルギー補給できるんだから味も良いし非の打ち所がない」

「エッヘン」

「別に発案者はジュエリーゼリーではないやん」

「同じゼリーとして誇らしい」

「食べ物側の発言すぎるで」

 

 ジュエリーゼリーがなぜか胸を張りはじめたその時、シン・ソニックは思いっきり吸い込む一瞬で歩きながら完食。およそ食事らしくない掃除機みたいな音がしたものの、なるほどこれは速いなと納得しておくことにした。残骸は途中のゴミ箱にそっと片付けておき、これで皆万全でトレーニングルームに到着する。中は広い。さすが、魔法少女が本気を出すことが想定されている空間だ。室内なのに青空で、何かの魔法がかかっているのだろう。

 

「早かったな」

 

 その部屋の中の晴天の下に、堂々と佇む高貴な立ち姿。圧倒的な存在感を放つ彼女は、黒いドレスに身を包み、その角飾りはアーデルハイトにとっては見覚えがあるものだった。魔王塾卒業生としてイベントに参加していたら、嫌でも見ることになる顔だ。それも、決まってイベント終盤になると、こんなふうに目の前に。

 

「ちょ、ちょ、ちょい待ち。訓練相手があれってほんまに言うとる?」

「? うん」

「お知り合いかしら」

「いやまあそんなとこやね」

「やんごとなさそうだけど一番手が空いてそうな人に頼んでみたけど、何かあった?」

「なんかあったっちゅーか……」

 

 アーデルハイトでも、目の前のその魔法少女が、魔王塾卒業生でもそもそも勝負になる者が数少ないほどの相手であるとは知っていた。さすがに自分では話したことはなかったが。ここで会うことになるとは。

 

「名乗っておくか。この場では『レーテ』。よろしくな」

「はいよろしくお願いします付き合っていただいて申し訳ありませんが速攻で終わらせていただきます」

「それは楽しみだな」

 

 何も知らないシン・ソニックが構えた。レーテはレーテでなにもなかったはずの空間から真剣、魔法の日本刀を引っ張り出し、互いに体勢は整っている。そしてアーデルハイトが声をかけようとして、そうなるまでもなく、シン・ソニックは動いていた。速い。一気にレーテとの距離を詰めて、拳を握りしめている。が、振り抜く瞬間、確かにレーテを捉えたはずの拳は空を切った。レーテの位置が変化している。シン・ソニックは持ち前の速度と脚力により床を蹴りつけて強引に距離を修正、今度は飛び蹴りを仕掛けるも届かない。彼女は奥歯を噛み、わけがわからないという顔のままとにかく仕掛けていく。

 

「ふたりとも、シンソニの援護!」

「えぇそうね。制御不能だもの、切り込ませるのが一番よね」

「あんたもたいがい制御不能やけどな!」

「あらそう? 協調性の塊よね?」

 

 ライトニングに合わせてアーデルハイトは同時に動き、雷撃を放つ。完全に挟み込んだはずがやはり届かない。やはり見かけと実態が違う。彼女の魔法の影響だ。すぐ近くにいるはずなのに、遠い。距離を歪める魔法だ。いくら物理的に詰めてもどうにもならない。

 

「使って!」

 

 ジュエリーゼリーが一斉に魔法のゼリーを展開。シン・ソニックはそれを蹴りつけ、破裂する勢いを用いて加速、レーテに迫る。さらにふよふよ浮かぶそのゼリーたちを中継地点として、ライトニングが放つ電撃がレーテの方に導かれていく。だが遠い。そしてそこからゆらりと、レーテが斬撃を放ってくる。電撃が青いキューブごと切り裂かれ、途絶えた。アーデルハイトは前に出て、自身も魔法のゼリーに飛び乗って、宙を移動して最前線に飛び込む。ライトニングから掠めとったエネルギーを乗せて斬撃を放つ。レーテの刀と接触し、接触したことに驚く間もなく、あまりにも重い返しの斬撃に押し返される。

 

「ぐっ……!?」

「今度はこちらからいかせてもらう」

 

 距離を操り空間を歪める魔法なんて使っておきながら、本人も剣戟の達人だ。瞬間移動により息をつかせず、見惚れるような太刀筋で攻め立ててくる。響いてくる衝撃はこちらの力に変えて、それでも対抗できるかは怪しく、弾かれてふらつき、大きな隙を狙われてそこに剣が突き入れられた。ライトニングだ。彼女は何も言わず、しかし明らかに「私が必要でしょ?」という顔をする。

 伸縮自在の雷の剣は振り下ろされる刀の連撃を防ぎ、アーデルハイトが立て直すと、今度はふたりで反撃だ。レーテもそれに合わせ、もう一方の手にも刀を呼び寄せ、二刀流で相手をしてくる。息を合わせているつもりだが、こちらの刃は通してもらえない。あちらの刃は、通さないので精一杯だ。

 

 剣戟の余波により浮かぶゼリーたちが切り分けられ、電撃でぽよんと押し込まれ、あちらこちらに浮かんでは、時折弾けて、偏在する溜まり場ができていた。

 

「──む」

「剣戟だけが戦いじゃないから素手だって立派な武器だし拳法とか格闘技とかそういうのたくさんあるからまあ私のはシン・ソニック流だけど」

 

 本命はそちらだった。溜まり場を突っ切って、何か呟きながらシン・ソニックが飛んでくる。しかし無策ならこれまでと同じだ。遠ざけられて終わる。現に迫ったはずの拳は届かずじまいだ。だが彼女は加速ならば誰にも負けない。ましてやそれが、ふたりぶんの電撃を蓄えた、ジュエリーゼリー特製のゼリーの群れなら。レーテが空間を歪めるタイミングがわかっているのなら、それさえ振り切ればいい。

 

「くらむ──ぼん」

 

 ジュエリーゼリーの合図で、シン・ソニックの姿が消えた。弾けたゼリーが、じゅわっとソーダ色の花火をあちこちに打ち上げて、それを見ている暇はなかった。電光をまとい超加速した少女は既にレーテに激突している。もはや拳法も格闘技も構えもなにもなくただの頭突きであったが、その頭突きがなによりの威力を持って彼女を吹っ飛ばす。これで、あの公爵夫人に一泡吹かせてやった──。

 

「なかなかやるな」

 

 ──かと思ったのに。レーテは平然と立っていて、あれほどやって受けていたのはかすり傷だった。シン・ソニックもどうにか立ち上がっているが、次の瞬間には放たれた斬撃に対処しきれず思いっきり弾き飛ばされていた。

 

「ならばもう少し本気で扱いてやらねば」

 

 アーデルハイトはライトニングと顔を見合わせた。互いに、ありえない、という顔をしていたと思う。

 

「間違った魔法少女を教官にしてしまった」

 

 ジュエリーゼリーが呟いた通り、レーテによる扱きはこの日ずっと続いてしまった──。

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