◇魚山護/シャドウゲール
魔法少女としていくつも降りかかった事件の猛火を潜り抜けても、護にとってどうしても変わらないものがある。家柄だ。魚山家は従者の家系。自身も従者として、通うのならば同じ学校に、ということになる。よって、今の護は主人──庚江と同じ、都内の有名女子大学に通っている。学力はなんとかした。
ただ、やはり庚江の従者という立場上、自由な大学生活を謳歌できるものではなく。サークルなどには入らず、基本は庚江と行動を共にする。人付き合いもほとんど表面上で、ちゃんと交流があるのは、高校の時から同級生である絹乃宮さんくらいなものだ。今はそれに加えて、もうひとり。
「さっきの講義めっちゃ眠そうにしてたよね」
魔法少女に変身したままコスチュームの装飾を外し、上着やスカートで女子大生に見えるようにしたファッションで、バッグの中には魔法の手錠を忍ばせて、護の隣を当たり前のように歩く。彼女はパトリシア。プフレ、即ち他ならぬ庚江の部下である魔法少女であり、護の身辺警護が今の仕事内容だ。
そう、身辺警護。彼女は片時も護から離れようとしない。講義中のお手洗いまで常に一緒に行く女子学生スタイルだ。金さえ貰えば大抵のことは受け入れる傭兵魔法少女としても、魔法少女姿で女子大に潜入とはなかなか度胸がいる行為じゃないか。いや、大学なら浮きにくい、かも。本人はと言うと、「1年早かったらセーラー服着なきゃいけなかったね」なんて笑っていた。
他の大学生たちはというと、人小路がそうしたというなら何も言えず、むしろこの目立つ容姿のはずの存在を普通に元々あったものとして扱っている節があった。護自身は、護に聞かれても彼女が偽名の『服部シア』であるというしかなく、付き合いが短い入学早々ということもあって、結局1週間もすると、同じ学科の学生たちも話題にしなくなっているのである。
そんな状況は確かにパトリシアにとっては好都合だった。最初は変身を解除してまで護衛についていたが、大学ならいけると確信したのか、状況が変わったのか、途中からこの変装スタイルになったのだ。本人に臨戦態勢ですねとは言えず、誰も突っ込まないまま日々が過ぎている。
ただひとり、ずっと変わらず護に視線が向いている絹乃宮さんに、心の中でこの人を気にしてくれと思う。しかし彼女は彼女で護には自ら話しかけてこようとはしなかった。庚江やパトリシアがいる時、絹乃宮さんは話しかけてこない。護だけの時も、こちらから話しかけることはあっても、向こうからは接触がない。警戒心が強いのだろうか。こちらとしては、魔法少女案件に巻き込んで、向こうにその記憶がなく、ただいきなり友人を亡くしたという状態のままなのも、気が引けてくるのだが──。
「シャドゲちゃん、止まって」
いつもと変わらぬ、しかしいつもよりも真剣な声色で、パトリシアが歩みを止めさせてきた。ここは大学の構内だ。学生の人通りもある。まさかそんな、魔法少女案件が仕掛けられるなんて思わない。なのに。
「ごめん、伏せてもらえる?」
パトリシアは護を突き飛ばした。変身前の護が怪我をしない程度の強さまで加減されている。そして視線をパトリシアに戻した時、彼女は自身のバッグから手錠を引っ張り出し、飛来する物体を迎撃していた。打ち砕かれたそれは氷の礫だろうか。飛び散った氷の欠片が、この夏にはまるで時期外れの冷たさを振りまく。いや、そんなことを考えている場合じゃない。護はとにかく人目から離れるべく物陰に飛び込んだ。そしてシャドウゲールへと変身し、パトリシアの様子を見ようと顔を出して、そこへまた氷が飛来し、パトリシアがどうにか駆け込んできて、間に合った。氷を弾き飛ばし、そして突き入れられた三叉槍にも手錠をぶつけて逸らし、その使い手に反撃の拳。氷を合わせて流され、そのまま攻撃の応酬が続き、全方位に向けて放たれた氷塊を手錠をヌンチャクのように使った鮮やかな動きで一掃すると、一度相手の動きも止まった。
「白昼堂々と来るとはね。今話題の、青い魔法少女……かな?」
パトリシアの変装用の衣装は破れ、本来の警官風のコスチュームが露わとなっている。対する相手は、三叉槍を手にした魔法少女に加えもうひとり、確かにパトリシアの言う通り『青い』魔法少女が立っていた。
「同業者がどんどんやられてるって話。あれ、本当? ついでに、本気?」
「……」
敵は答えない。青い魔法少女は離れたところから見守るように立ち、三叉槍の魔法少女は何も言わずに再び構え、攻撃態勢となった。パトリシアが引き受けてくれている、今のうちに逃げるべきか。気がつけば、ここだけでなく、周囲の数箇所で交戦が始まっているらしい気配がした。それらを突っ切って逃げるには、シャドウゲールだけでは機動力に欠ける。
「他の連中は私の部下が相手してくれてるから。近くにいてくれた方が私も守りやすいよ。なんなら、背負おうか」
逃げるのならいっそそうしてくれた方がいい。だが相手は2人以上いる。パトリシアの手錠はひとつ。片方は、倒さなくちゃならない。
「ラグジュアリーモード・オン」
三叉槍の彼女が動く。周囲にキラキラしたものを浮かべ、自らが踏み込むと同時、一斉に動かした。氷の礫たちを全て避け切ることはできず、パトリシアはシャドウゲールに届く弾道を確実に潰しながら、己に降りかかるものは最低限、致命傷だけを避けていく。頬の皮が裂かれるが表情ひとつ変えず、ひたすらに打ち込む。氷の魔法少女のガードの上から一撃をもらい、崩れそうになった体勢を建て直し、さらに冷気を纏い突っ込んでくる。パトリシアが防ぎ、隙を見て手錠をかけるべく仕掛ける。それを受けては終わりだと向こうもわかっているのか、やはり致命的なものは止めてくる。パトリシアが傷ついていく。
シャドウゲールは魔法の端末を手に、とにかく誰かに連絡をつけようとした。プフレは、駄目だ。たまやクランテイルたちは巻き込みたくない。仕事と引き受けて助けてくれそうなラズリーヌは繋がらない。ならばディティック・ベルだと続けてかけようとして、体の動きが止まった。視線だけを動かす。物陰に重なって伸びた自分の影の上に、足を乗せて立つ少女。ふわふわとした黒いシルエットは、覚えがある。
「はい、影、捕まえた」
「……宍岡、さん?」
宍岡守。魔法少女ジップステップ。あの時、目の前で命を落としたはずの魔法少女、そのコスチュームを纏った何者かが立っている。しかも影踏みにより体の自由を奪う魔法が同じだ。その現象を、ジップステップの姉、宍岡衛子で経験していた。恐らくは、死した魔法少女から作られた魔法少女だ。
「シャドウゲール、だったわね? 私はプリンセス・シャドウ。お揃いね。でも、影はふたつもいらないでしょう? 生死は問わないっていうし……死んでもらっちゃおう、かしら」
すぐ近くにまで歩み寄り、首元に手を伸ばしてくる。おかげで魔法が弱まり、とにかく抵抗すべく、なにか無いかとポケットを漁った。抵抗になるようなものはまともになく、小さな改造品の道具がぽろぽろと溢れただけだった。襟を掴まれ、体が浮かされる。体重がかかって首が絞まり、呼吸が苦しくなる。パトリシアは冷静にこちらに助けに向かおうとして、しかし氷の魔法少女の猛攻は止まらず、来られない。シャドウゲールは自分のコスチュームからレンチを武器にしようとして、手にした途端にプリンセス・シャドウに蹴り飛ばされ、レンチは転がっていってしまった。
「なんだかわからないけれど……ずっとこうしたかった気がするわ。ごめんなさいね、初対面なのにね?」
「ぁ……がっ……!」
息ができない。頸が軋んでいる。視界がぼやけていく。もがくが、力では遠く及ばない。ここで終わりなのか。苦しい。自分が、自分だけが、死ぬ、なんて。
──その時だった。誰かが、プリンセス・シャドウに殴りかかっていた。
「……げほ、げほっ……!? い、今の……」
「あら。よくもやってくれたわね、一般人さん」
首から手が離れ、その場に崩れ落ちたシャドウゲール。求めていた息がやっとできるようになり咳き込みながら、襲撃者にターゲットを移された、助けてくれた誰かの正体を見ようとした。そこにいたのは──魔法少女ですら、ない。シャドウゲールのレンチを手にした、絹乃宮さんだった。
「駄目、逃げ──っ」
「邪魔を……しないでくださる?」
間に合わない。プリンセス・シャドウが軽く殴りつけるだけで、絹乃宮さんの頬骨は砕けて、折れた歯が飛んで散らばった。倒れ込んだ彼女を、プリンセス・シャドウは先に殺すことに決めたらしい。それでも、彼女は恨めしそうな顔ではなく、むしろ、こちらの無事を祈るように、逃げろとでも言うように、視線を向けていた。
どうしてだ。今の絹乃宮さんは魔法少女ですらない。一般人では、魔法少女にかなうわけがない。それなのに。
シャドウゲールでは間に合わない。やれる事を探した。やれる事──。ふと、ポケットから溢れ落ちていたものの中に、キラリと光ったものがあった気がした。とにかくそれを掴む。
彼女の頭はプリンセス・シャドウに踏みつけられ、今にも砕かれようとしている。そんな彼女に向かって、無我夢中で投げ渡す。意味があるかはわからない。けれど、今はとにかく、そこに賭けるほかに思いつかなかった。
絹乃宮さんが手を伸ばす。光が──宝石が、プリンセス・ジュエルが、彼女の手に届く。そして──。
「プリンセスモード・オン──!」
影を裂く光。その向こうから現れた
魔法少女──プリンセス・ランタンとして。
「護ちゃん……今、助けるから」