◇プリンセス・ランタン
体が動いた時は無我夢中だった。とにかく彼女を助けるためになんとかしなきゃと飛び出した。
その黒い看護師が魚山護その人であることは雰囲気と本能で直感し、それを狙う者には、きっと人間じゃ勝てないとわかっていながら、少しでも時間稼ぎになればいいと思っていた。
軽く払うように殴られただけで脳が揺れて気絶しそうなくらいで、ついでに頬骨と歯が折れている。容赦なく踏みつけられて、頭が割れそうなほど力がかけられ、現にそれが間に合わなければ割れていただろう。
プリンセス・ジュエル。魚山護が投げ渡してくれたその宝石。何も知らないはずなのに、光を手にした途端、どうすればいいのか、理解する前に声を出した。変身の合図だ。
──溢れる光に包まれる。その奥から、知らないはずの感覚が蘇ってくる。湧き上がる力の渦の中、握り締めた手には長い杖と、その先には明かりの灯るランタン。踏みつけてきていたプリンセス・シャドウを力任せに押し返し、杖を構えた。
頭の中で声が響く。『彼女を許してはいけない』と。許すつもりは無い。だって私は、護ちゃんのために立たなくちゃいけないのだから。不思議と思考は鮮明だった。何をすればいいか、手に取るようにわかる。
「新世代……プリンセス・シリーズ!? ありえないわ、私たちの他に、そのジュエルを扱えるなんて」
「はぁッ!」
武器を振るう。ランタンの武器は、名の通り魔法のランタンだ。灯火は光を放ち、その光線は敵を灼く。プリンセス・シャドウが飛び退き、そこへさらに追撃の光線を放ちながら突き入れる。逃がすつもりはない。薙ぎ払いながらの射出、ステップを踏むように躱してくる相手に何度も振り抜く。それらを潜り抜けてきた相手の繰り出した拳は杖を回して止め、弾くと同時に柄を当て体勢を崩し、そこへ思いっきり叩きつけようとした。
プリンセス・シャドウは慌てて体の向きを変え、ランタンの影を踏んだ。体が止まり、動かせないと認識するや否や敵からの蹴りが飛んでくる。避けることも出来ず顔面に受け、ただでさえ血の滲んだ顔がより痛む。だがこちらも杖を突き立て地面を踏みしめて留まり、むしろ3本、一斉に放った光条でプリンセス・シャドウを包囲。回避を強制し、拘束から抜け出しながらその着地点にまた杖による追撃。避けきれずに食らった彼女は呻いてよろめき、そこへもう一発、二発、攻撃の手は緩めない。
『そう──その調子だ。相手は……ジップステップを冒涜する不届き者。容赦してはいけないよ』
脳裏に響く声が、輪郭を伴って現れる。きっとこの力の本来の持ち主だろう。ジュエルが体に馴染んできたらしい。彼女の意識に染み付いた動き、杖捌きに光線捌きのおかげで、プリンセス・シャドウは追い詰められていく。
「まさかっ、初期の実験体が生きていたなんて!」
「実験体だプリンセスだなんて知らない、けど、護ちゃんを狙ったあなたを許すことはできない」
言い切ると共に降り注ぐ光線の雨。どうにか身を捩って、巻き起こった土煙の中をひた走るプリンセス・シャドウ。それを逃すランタンではない。唯一に近い逃げ道があるのなら、それを袋小路にするまで。振りかざした杖の影を踏ませ、止まったことを隙と思わせながら、だがそうではない。迸った光が変則的な軌道でぐんと曲がり、プリンセス・シャドウの腹部を貫いた。それではまだ決着はついていない。油断はするなと告げるは頭の中の声。
『守の癖が
──なら、狙うべきは決まってる。
『そうだね。3、2、1、ここだ』
タイミングを合わせて踏み込む。突き出した杖からは確かな手応え。自ら飛び込んでくるかの如く、プリンセス・シャドウの胸に突き立った。
「ありえない、わ」
目を丸くして、為す術なく貫かれるプリンセス・シャドウ。そのぶち抜いた胸元に、ゼロ距離からの光線を放つ。光が周囲の肉を焼きながら迸り、風穴の空いた彼女は血を吐き、ふらついて、倒れた。拍子にこぼれ落ちた黒の宝石を拾い上げ、しまい込む。焦げた匂いが鼻をつく。人を殺した感覚だ。それが初めてのものではない気がして、杖を強く握っていた。
『まだ、終わってはいないよ』
そうだ。護ちゃんの敵、護ちゃんを狙った不埒者はまだいる。向こうで警官風の魔法少女と戦っていた、氷の魔法少女。彼女が放つ氷に合わせ、光線を5つ一気に展開して乱入する。氷は光線の熱で蒸発して相殺され、間に割って入ると同時に槍を杖で受け止め、その間に手錠がぶつけられ、氷の魔法少女は距離をとらざるを得なくなる。
「……」
無言、恨みの眼差し。復讐者の目。人数で不利になっても、彼女の頭に退くという選択肢はない。ただ目の前の相手を凍りつかせることしか考えていないのだろう。
「ナイス助っ人……って、あの時いた光線使い? なんでここに?」
「あの時……?」
「ほら、オスク派のさ……まあいいや。私、パトリシア。シャドゲちゃんの味方だよね。なら私とも味方」
パトリシアと名乗った彼女は、シャドウゲール、つまり護ちゃんの味方だ。庇って戦っていたのは見ている。彼女の氷に覆われ今にも砕けそうな体に、ランタンは熱を伴う光を出して、少しでも溶かそうとした。
その中で、これまでずっと1歩も動かず、見守っていただけの青い魔法少女が口を開いた。
「あれ。あのマスカレイド、倒されてる。クラブとはいえ、上位ナンバー連れてきたのに」
「プリンセス・シャドウなら、私がやった」
「あなたは……そっか! あの時記憶抜いてあげた。もう1年以上も薬飲んでないのに、よく変身できたね」
本来は投薬がなければいけないものだったのか。だとしたら、これは護ちゃんのために起こした奇跡と言ってもいい。本来ならただの観察者であるはずの自分が、彼女を
「どうする? 数の有利はなくなったけど」
パトリシアが手錠を構え、見るからに撤退するつもりのない氷の魔法少女にも向けてそう訊ねた。そもそもこの青い魔法少女自身は戦うつもりではないと見える。双方睨み合う時間が続き、その中で、追われている張本人であるシャドウゲールがこちらに駆け寄っていた。
「あなた達、なんなんですか、キャンパスでいきなり」
「そりゃあ襲撃者でしょ」
「……私は……復讐、しなきゃ。チェリーをあんなにした全部に……この地獄に」
「そうそう。デリュージったら、その意気。だけど」
彼女は氷の魔法少女の首筋をさっと撫でると、そこからぽろぽろと零れ落ちたふたつのカラフルな球体──飴玉、だろうか──を摘み、それで意識を失ったらしい氷の魔法少女を受け止めた。
「今はちょっと分が悪いね」
自ら気絶させたデリュージをお姫様抱っこで抱えたまま、彼女は跳躍し、建物の上に着地し、デリュージは寝かせた──かと思った瞬間だ。目で追えないほどの踏み込み。伸びてくる手。明らかにシャドウゲールを狙った動き。突っ込んでくる彼女に、直感だけで杖を捩じ込み、打ち込まれた手を防ぎ、光線を放って牽制。そこへ手錠で殴りかかったパトリシアに続いて一撃、二撃と振り抜いたのがことごとく潜り抜けられて、気がつけば青い魔法少女はデリュージのところへ戻っていた。
「その奇跡に免じて、今日はここまで。別に主目的は殺す方じゃないし」
命を狙っておきながら、そうとだけ呟いて、青い魔法少女は姿を消す。追うより先に光線で追撃しにかかったが、するりと避けられたままだった。敵の気配が消える。パトリシアがふう、と息を吐き、シャドウゲールは安堵から胸を撫で下ろしている。
ランタンもまた緊張の糸が切れる。すると同時に全身の痛みが襲い、意識も揺らぎ、ふらついた。シャドウゲールが受け止めてくれる。
「ちょっ、しっかりしてください! まだお礼も言ってないんですから」
護ちゃんの……顔が、近い。それだけで、沈んでいきそうな意識を繋ぎ止めた。